勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    中国の7月主要統計は、いずれも事前予想を下回り6月よりも悪化した。人民元相場はすでに今年5月、防衛ラインである1ドル=7元を割り込んで一段安へ進んでいる。8月16日の人民元相場は1ドル=7.29元台で推移。16年ぶりの安値水準だ。これは、経済停滞色が強まりながら何らの具体策も打ち出されないことへの悲観論の表れである

     

    『ブルームバーグ』(8月17日付)は、「中国指導部、消費拡大と民間部門支援を確約ー具体的施策は示さず」と題する記事を掲載した。

     

    中国共産党指導部は国内消費の拡大と民間部門の支援を表明したが、新たな景気刺激策の詳細は示さなかった。市場が低迷し、経済成長が予想を下回る中、指導部は口先で国内経済への信頼感向上を図っている。

     

    (1)「中国国務院は、「的を絞った強力」なマクロ経済調整と政策協調の強化を通じて年間経済目標を達成すると確約した。中国国営ラジオの中央人民放送(CNR)が李強首相主宰の16日の国務院全体会議を引用して報じた。李首相は高額商品購入を含めた国内需要・消費拡大に一段と取り組むよう呼び掛けたが、具体的な新措置の発表はなかった。同首相は「大きなリスク」の阻止と国有セクター改革の深化も公約した」

     

    下線部は、中国指導部が「口先介入」だけに終わっていることを示している。現在、行うべきことは国民の信頼感回復である。高額商品の消費拡大ではない。国民は、中国経済の先行き展望が見えないことに絶望している。

     

    (2)「最近の統計で個人消費の伸び鈍化、投資の低迷、失業率上昇などが示され、中国経済の問題が山積する中で国務院全体会議は開かれた。不動産へのエクスポージャーを持つ大手信託会社が数十の商品の支払いを滞らせるなど、不動産不況の悪化による連鎖リスク懸念が金融セクターにも広がり始めている」

     

    下線部は、シャドーバンキング問題である。6%台という高利回り金融商品(運用期間は半年)の期日返済が滞り始めた。今時、こんな高い利回りを実現できるはずはなく、返済不能の事態は目に見えている。こういう金融商品に手を出す方も常識を疑われるが、急激な景気悪化の結果とも読める。

     

    (3)「李首相の同会議での発言でも、16日の米株式市場で同国上場の中国株は続落。中国企業の米国預託証券(ADR)などで構成されるナスダック・ゴールデン・ドラゴン中国指数は1.6%下落し、9営業日で8回目の下落となった。同指数は今月13%下落している」

     

    李首相発言が、全く中身のないことから、米国で上場の中国株が売られている。8月に入って「ナスダック・ゴールデン・ドラゴン中国指数」は、13%もの下落になった。

     

    (4)「中国当局が、成長テコ入れと景気回復加速に取り組む中、中国人民銀行(中央銀行)は15日、中期貸出制度(MLF)の1年物金利を予想に反して2.5%へ引き下げると発表した。引き下げ幅は2020年以来の大きさとなる。しかし共産党政治局が7月末に成長促進を示唆したにもかかわらず、当局者は大規模刺激策の実施に今のところ抵抗している。世界金融危機時や15年前後など過去の景気後退期における刺激策は住宅価格の急伸や債務水準の急増につながった。当局はこのような事態を再び招かないよう注意を払っている

     

    下線部は、完全な政策を実行しない「言い訳」に過ぎない。現状で、住宅バブル再現などありえないほど落ち込んでいる。

     

    『ブルームバーグ』(8月17日付)は、「中国の住宅不振、公式データよりはるかに深刻かー仲介業者や民間情報」と題する記事を掲載した。

     

    中国の公式統計から判断すると、景気減速や不動産開発企業の記録的なデフォルト(債務不履行)にもかかわらず、国内住宅市場は極めて底堅く推移している。

     

    (5)「政府のデータによれば、新築住宅価格は2021年8月に付けた高値から2.4%下落するにとどまっている。一方、中古住宅価格は6%下げている。だが、不動産仲介業者や民間のデータ提供者が明らかにする状況はこれよりもはるかに厳しい。こうした情報によると、中古住宅価格は上海や深圳など主要大都市圏の一等地のほか、二線・三線都市の半数超で少なくとも15%下落している。電子商取引大手アリババグループの浙江省杭州本社近くの中古住宅は、21年終盤の高値から約25%値下がりしたと、地元の仲介業者は明かす」

     

    中国の公的統計は、改ざんされていると見るべきだ。エコノミストに対して「弱気発言」を禁じている國の統計が、どこまで真実を伝えているか分らない。それよりも民間データを見るべきだ。民間データの中古住宅相場は、21年終わりの高値から25%も値下がりしている。この状態で、住宅バブル再現などあり得ない。中央政府が財政資金を投入する「意思」がないだけだ。そういう資金は、台湾侵攻計画にそって軍事費に回す意図であろう。

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    中国経済に警戒信号が上がっている。国民を抑圧対象とししか見ていない中国政府が、そのしっぺ返しを受けている構図に見える。国民は、3年間もゼロコロナという過酷な状態に押し込められ、その間の所得補償はゼロという一方的な扱いであった。西側諸国は、一律に現金給付をしてその後の景気回復につなげた。中国には、そういう国民思いの対策がなかったのだ。 

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月16日付)は、「揺らぐ中国経済、家計の信頼回復が急務」と題する記事を掲載した。 

    15日発表の7月の主要経済指標は、経済が踊り場に近いことを示している。小売売上高は前年同月比2.5%増に鈍化した。先に発表のあった消費者物価指数(CPI)はすでにマイナスとなっている。鉱工業生産指数は前月比でごくわずかな伸びにとどまり、さらに銀行の新規融資は2009年以来の低水準となった。 

    (1)「年初には有望に見えた中国経済が、なぜ再び、これほど急速に悪化したのだろうか。輸出の減少、外国投資の枯渇、再び軟化した労働市場など、背景にはいくつもの要因がある。だが、おそらく最も説得力のある説明はこうだろう。家計の将来の収入見通しと、主要な金融資産である住宅の安全性・価値についての信頼が、大幅かつ永久的に失われたということだ。どちらのケースでも、主に責められるべきなのは政府の最近の政策だ。経済指標が突然、慎重な扱いを要するようになったのも、この点が理由の一つかもしれない」 

    年初の個人消費の盛り上がりには、多額の貴金属や宝石の購入が含まれていた。これを差し引けば、家計の消費行動は慎重であった。

     

    (2)「中国経済の奇跡に関する論評は、しばしば国有企業改革に光を当てている。だが間違いなくそれと同じくらい重要だったのが、1980年代から2000年代初めにかけての住宅の私有化だ。これは家計への富の移転の事例として史上最大規模で、一般家庭に本当の経済的な安心感を多少なりとも与えると同時に、新規事業への投資の元手にもなった。それ以来、住宅は多くの家庭にとって、退職金、保険、株式ポートフォリオを兼ねるものとして機能してきた。際限なく上昇する住宅価格と増える富は、若い住宅購入希望者にとっては頭痛の種であり、借金を増やす要因になっているが、中高年の預金者に対するセーフティーネットの穴を目隠しする役割を果たしてきた」 

    中国人が、執拗なまでに住宅へ関心を持った最大の理由は、住宅の私有化が可能になったことだ。長い間の住宅への渇望が、不動産バブルへ繋がった。それにも限度がある。ついに破綻した。当局は、この再来を狙っているが、もはや限界点に達した以上、再来はあり得ない。「財の普及・飽和」と同じパターンである。 

    (3)「ところが、不動産開発業者への融資に対する政府の容赦ない締め付け、業界大手の中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)の債務不履行(デフォルト)、そして、建設されるかも分からない購入済みマンションの完成を多くの家庭が待つしかなくなっている、長く深刻な住宅不況が発生した。これらは、大半とはいえないまでも、多くの家庭にとって内臓をえぐるような強烈なパンチになった。こうした状況は、政府の強権的な「ゼロコロナ」政策とインターネット・IT業界や学習塾業界の取り締まりを受け、良質な雇用を提供していたサービス部門が既に揺らぎつつあった時期に起こった」 

    習氏の悪弊は、思いつきで「一網打尽」に行うことだ。21年夏の嵐のように行われた住宅・ITへの規制がすべてを台無しにした。

     

    (4)「中国の家計は住宅市場を避け、近年まれに見る規模で負債を返済することで対応した。中国の個人向け住宅ローン残高は、2022年10~12月期と23年4~6月期に減少した。2014年終盤から15年初めにかけての、今よりはるかに深刻な不動産価格の下落局面ですら見られなかった現象だ。7月の住宅用不動産販売は6030万平方フィート(約560万平方メートル)で、データ会社CEICによると2012年以降で最低だった」 

    下線のように、7月の住宅販売面積は2012年以来の最低になった。住宅が、過剰供給されている以上、購入は慎重になる。もはや「青田買い」ではなく、完成物件でなければ契約することはあるまい。資金力の続かない住宅業者は、脱落するほかないのだ。 

    (5)「碧桂園控股(カントリー・ガーデン)という別の不動産開発大手が経営難に陥っているとみられ、本格的なデフレの可能性も視野に入ってきた今、政府の財政策を発動する時期が到来したことは明らかだろう。大規模な消費刺激策は、政府が壮大な産業政策や地政学ではなく、家計の利益を再び最優先していると消費者を納得させる一つの方法になる。不動産開発業者の支援策の大幅強化も、政治的に望ましくないとはいえ、おそらく必要になるだろう。2016年に不動産開発業者の救済目的で導入した、公的資金による「スラム再開発」計画の拡大版の類いは、比較的受け入れやすいアプローチの一つになる」

     

    政府のやるべき仕事は、販売契約を結んだが未完成である物件に資金をつぎ込んで完成させ、消費者へ引き渡すことだ。これを行うだけで、信頼感の一部は回復するであろう。それすら行わないとは、知恵が回らないのだろう。 

    (6)「中国政府が、家計の利益のために強力かつ実利的な行動をとる能力がまだあることを証明できなければ、中国は痛みを伴う経済停滞の時期、そして最終的には政治不安の時期を迎えることになるかもしれない」 

    習氏は、台湾侵攻計画で頭が一杯であるのだろう。国民が、何に悩んでいるのか、その現実を知ろうともしないのだ。習氏は危険なゾーンへ向っている。

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    バイデン指摘の時限爆弾説

    2正面からの金融危機迫る

    米の対中投資規制がトドメ

    習の台湾侵攻優先策に大穴

     

    中国経済は、7月の指標も相変わらず暗いモノばかりであった。中国国家統計局が8月15日に発表した一連の経済指標は、さらなる景気減速を示した。生産・消費・投資の3つの7月指標が、いずれも6月を下回ったのである。 

    1) 鉱工業生産は、前年比3.7%増加したが、伸び率は6月の4.4%を下回った。

    2)小売売上高は、前年比2.5%増だが、6月の3.1%増から鈍化した。

    3)固定資産投資は、1~7月が前年比3.4%増だが、1~6月の3.8%増から鈍化した。 

    こうした状態にも関わらず、抜本的な対策を打たず「放置」している。わずかに、中期貸出制度の1年物金利を2.5%に引き下げただけだ。従来は2.65%だった。金融緩和の効果が落ちているので、市場は大型財政対策を熱望している状況である。 

    中国政府が、市場内外から信頼を失ってきたことは、今後の政策運営において難しい事態を招くことが予想される。それは、人民元相場が安値局面を強いられ、資本流出という中国にとっと最も避けたい事態に遭遇するからだ。こうした綱渡りが、中国経済にとって潜在的リスクを大きくさせている。

     

    バイデン氏指摘の時限爆弾説

    バイデン米大統領は8月10日、中国の経済問題を「爆発するのを待っている時限爆弾」と酷評した。一国大統領が、ライバル国経済に対して「時限爆弾」と評したことは、決して聞き流せる言葉でない。米国政府が、すでに共通してこういう認識を持っていることを示唆するのだ。事実、米ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は翌日、バイデン氏の「時限爆弾」発言について、中国国内の緊張を指しており、中国政府が世界との関わり方に影響を与える可能性があると追認した。 

    米国国防省は、10年以上も前から中国の潜在的成長力分析を行っていた。そのキーポイントは、合計特殊出生率(一人の女性が出産する子どもの数)である。最も早い段階で、この合計特殊出生率が釣瓶落としになることを推計していた。現在、それが現実化しており、米国は中国の直面する現状を「ニンマリ」として眺めているはずである。 

    中国は、不動産バブルを「真水の経済」と錯覚していた。中国は、巨大経済をつくり上げたと誤解自慢し、米国覇権へ挑戦するという始皇帝並みの夢を追うことになった。それが今、バブルの過剰債務が破裂する「時限爆弾」となって立ちはだかってきた。習氏の夢が、ひっくり返りそうな事態になっているのだ。 

    習氏の夢は、台湾統一である。平和的手段での統一が不可能であれば、軍事的手段を用いると広言している。その時期は、2027年説が世界的に流布されている。人民解放軍の攻撃態勢が整うのは27年ということ。もう一つ、中国の経済力が高水準を維持できる限界という説も絡んでいる。つまり、中国経済の迎える最後の「高原成長状態」において、台湾を侵攻して勝利を収めるという戦略だ。

     

    この戦略には、中国経済が不動産バブルによって架空の繁栄を遂げたという現実認識がないのだ。「真水の成長」と思い込んできた結果である。それだけに今、経済成長の中身が「腐敗」していたという事実の表面化は最大の誤算であろう。27年までの経済成長率が、「5%の高原状態」を維持するとの条件は崩れたのだ。 

    それどころか、不動産バブル崩壊によって、過剰債務の返済が経済成長率を大きく抑制する事態を迎えている。日本経済が、「失われた30年」と言われた背景はここにある。中国も同じ道を歩むほかない。日本よりもさらに悪い条件は、米中対立である。これが一層、中国の経済進路を塞ぎ、「ナローパス」(限られた選択肢)を余儀なくさせることは不可避となった。 

    こういう状況下で、中国の李国防相が8月14~19日の日程でロシアとベラルーシを訪問する。モスクワで演説するほか、両国の国防相らとロシアのウクライナ侵攻を巡り協議する見通しだという。これは、中国がロシアのウクライナ侵攻で、ますますロシアより姿勢を強めるというイメージをつくるリスクを強めるのだ。これが、中国と西側諸国の距離をさらに開かせる危険性を持っており、中国経済にはマイナス要因を積み上げるはずだ。

     

    これまでの議論をここで、整理しておきたい。

    中国経済は、不動産バブル崩壊によって厳しい局面に立たされている。だが、財政支出拡大による抜本的な需要補強対策を見送っている。その理由は何か。過剰債務額が余りにも多くて、少々の財政支出では効果を上げられない。そこで、貴重な財源は台湾侵攻に備えて貯めておく。こういう選択であれば、経済基盤が破壊される危険性を高めるであろう。 

    2正面からの金融危機迫る

    習氏は、台湾侵攻を旗印にして異例の国家主席3期を実現した。だが、現実の中国経済は不動産バブル崩壊によって基盤そのものに大きなダメージを受けている。ここで、経済対策を打たねばさらなる禍根を残す。となれば、台湾侵攻を棚上げして経済復興に力点を置くほかないのだ。この決断が遅れれば遅れるほど、中国の未来は暗くなる。習氏としては、身を裂かれる決断が求められるのだ。遅れれば、金融危機という巨大な割れ目が、習氏も飲み込んでしまうであろう。(つづく) 

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    日本では、最近の円安相場を懸念する声が消えている。円安で訪日観光客が増えていることや、国内物価押し上げでデフレ脱却をより確実にするという視点から、傍観しているのだ。

     

    4~6月期の企業収益は絶好調である。ブルームバーグのデータによると、4~6月期のTOPIX構成企業の純利益は、アナリストの事前予想を22%上回り、上振れ率は2021年4~6月期以来、2年ぶりの大きさとなった。企業の想定円相場は、1ドル=131円。円安によって膨大な為替差益を手にしており、来年の高い賃上げ率も実現可能という声が出ている。

     

    『ブルームバーグ』(8月16日付)は、「7月の訪日外客数は232万600人 コロナ前水準の約8割まで回復」と題する記事を掲載した。

     

    7月の訪日外客数は232万600人と、2カ月連続で200万人を上回り、コロナ前水準の8割近くまで回復した。日本政府観光局(JNTO)が16日発表した。

     

    (1)「訪日外国人(インバウンド)の力強い伸びは、円安により購買力を増した訪日客の消費が日本の景気回復を下支え続ける可能性が高いことを示唆している。コロナ前の2019年7月は299万人だった」

     

    7月の訪日外客数は、232万600人である。コロナ前の2019年7月は、299万人だったので77%まで回復した計算だ。

     

    (2)「4~6月期の日本経済は、純輸出が成長をけん引し、GDP速報値は市場予想を上回る伸びとなった。同四半期の訪日客による支出は19年同四半期の95.1%まで回復している。GDP統計において、インバウンド消費はサービス輸出の一部に含まれている。中国政府が8月に日本行きの団体旅行を解禁したことで、インバウンド消費は今後数カ月間、景気の下支え要因になるとみられている。米国やオーストラリアなどからの入国者数が、既に19年の水準を上回った」

     

    4~6月の訪日観光客数は、コロナ前の77%まで回復したが、消費額では95.1%まで回復した。円安効果も効いているのであろう。インバウンド消費は、サービス輸出に計算される。4~6月期GDPは前期比1.5%増であったが、純輸出(外需)の寄与度は前期比+1.8%ポイントと大幅であった。民間需要はマイナスであったから、ほとんど純輸出で稼ぎ出した計算だ。こうなると、インバウンド需要も日本経済に寄与したことが分る。

     

    (3)「中国は出遅れており、7月は31万3300人と4年前の水準を70%下回っていた。今回の団体旅行の解禁で、訪日客の急増が予想される。大和総研の試算によれば、中国の団体旅行は今年のインバウンド消費額を2000億円程度押し上げ、合計で約4兆1000億円に達する見通し。岸田文雄首相は、インバウンド消費が早期に年間5兆円に達することを目指している。これは19年に記録した過去最高の4兆8000億円を上回る水準だ」

     

    中国は、先に日本への団体旅行を認めた。9月から第1陣が訪日すると見られる。ただ、中国はできるだけ観光客に消費をさせない工夫をしている。その現れがクルーズ船利用である。宿が船になるから、中国はその分を「回収」できる計算だ。日本政府は、インバウンド消費が早期に年間5兆円にしたいという腹積もりである。

     

    『ロイター』(8月16日付)は、「インバウンドと個人消費、円安で明暗 150円接近で透ける政府の本音」と題するコラムを掲載した。筆者はロイター記者の田巻一彦氏である。

     

    1ドル145円台まで円安が進んでいる。円安は外国人観光客による日本国内での消費(インバウンド消費)を増加させる一方、輸入物価の上昇を通じて消費を鈍化させる。この「功罪」を政府はどう評価するのだろうか。

     

    (4)「円安は輸出企業の利益を増大させる一方、内需には複雑な波紋を広げる要因になる。プラス面の筆頭は、インバウンド消費の増大を促す効果だ。他方、個人消費は足元での3%台のCPI上昇を受け、下押し圧力を受け続けている。内閣府が15日に発表した2023年4~6月期のGDPによると、家計最終消費支出は前期比マイナス0.5%に落ち込んだ。足元で進む円安はタイムラグを伴ってCPIの高止まりを促し、個人消費の足を引っ張る大きな要因として影響する構図となっている。今回のGDP統計によると、家計最終消費支出の寄与度がマイナス0.3%なのに対し、インバウンドは同プラス0.1%弱とみられる。この先も円安が進展したとすると、インバウンドのプラス効果を個人消費のマイナス効果が飲み込んでしまう可能性が高いとみられる」

     

    円安効果に期待したインバウンド消費が、国内の個人消費を抑制するというジレンマを指摘している。4~6月期GDP統計での寄与度は、インバウンドがプラス0.1%弱、個人消費はマイナス0.3%である。このことから、現在の円安が個人消費を抑制している計算になる。ただ、インバウンドを含めた純輸出という大きな中で計算すれば別の結論になるが、今後の日銀の金利政策に余計関心が集まるところである。円安利用の経済政策に限界があることは確かだ。

     

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    中国政府の掲げる23年経済成長率目標「5%前後」は、国家統計局が15日発表した7月の主要経済指標がいずれも事前予想を下回ったことで達成に疑問符がついた。海外の主要投資銀行は23年成長率目標を「5%以下」に引下げる事態になった。7月の主要経済指標は、次のような状況である

     

    工業生産は前年同月比3.7%増。小売売上高は前年同月比2.5%増加。1~7月の固定資産投資は前年同期比3.4%増に止まった。中国人民銀行(中央銀行)は同日、中期貸出制度の1年物金利を予想に反して2.5%に引き下げると発表した。従来は2.65%だった。

     

    GDP計算のテクニカルな話だが、GDPは前年10~12月期の前期比成長率がカギを握っている。22年10~12月期は、前期比で「0%成長」であった。大雑把に言えば、これが23年GDP計算の「発射台」になるので、23年は前年から繰り越された「ゲタ」部分がゼロ状態である。23年は正味「5%前後」を稼ぎ出さなければならない。登山に喩えれば、「中腹」(+ゲタ部分)から登るのと、海抜ゼロから登るのでは大きな違いである。23年の中国経済は、海抜ゼロからの登山になる。

     

    『ブルームバーグ』(8月16日付)は、「中国『5%前後』未達の危険浮き彫り 主要投資銀の下方修正相次ぐ」と題する記事を掲載した。

     

    中国の一連の経済指標が期待を裏切る数字となり、中国人民銀行(中央銀行)が中期貸出制度(MLF)1年物金利の予想外の引き下げを決めたことを受け、世界の主要投資銀行は同国の2023年の経済成長見通しを下方修正した。

     

    (1)「JPモルガン・チェースのチームは、中国の今年通年の国内総生産(GDP)成長率予想を4.8%に引き下げた。5月初めの時点では6.4%を見込んでいた。バークレイズも今年のGDP成長率予測を4.5%に0.4ポイント下方修正した。24年についてはコンセンサスを下回る従来見通し(4%)を維持した。みずほセキュリティーズアジアも不動産市場の落ち込みが続く逆風に言及し、今年の予想を5.5%から5%に引き下げた」

     

    もともと、海外投資銀行は23年の中国GDPを高めに予測していた。これは、自ら営む投資銀行業務に関わるので、あえて楽観論を流してきたきらいもないではない。本欄では、このように指摘してきた。それ故、こういう形で中国のGDP予想を引下げるのは当然であろう。先に取り上げたように、今年のGDP計算の「ゲタ部分」が、従来になく低いことを前提条件にしなければならない。

     

    (2)「中国は今年の経済成長率目標を「5%前後」に設定しているが、主要投資銀による予測の下方修正が相次いだことで一層、協調した政策対応を取らなければ、目標を達成できない危険が浮き彫りとなった。JPモルガンのチーフ中国エコノミストの朱海斌氏らは、中国の来年の成長率を4.2%と見込む。昨年の成長率も3%にとどまった。ブルームバーグの集計データによると、来年の数字が予想通りになれば、毛沢東主席時代以来で初めて成長率が3年連続で5%を下回ることになる

     

    JPモルガンは、来年のGDP成長率を4.2%と予測している。この予想通りになれば、中国経済は3年連続で5%割れ事態で、停滞局面に向っていることを世界に告知することになろう。

     

    (3)「エコノミストらは、新規住宅着工と土地購入の著しい落ち込みが続くと考えられる住宅市場見通しの悪化が、景気への重しを増大させる方向に働くと分析し、中国有数の不動産開発業者の碧桂園が利払いを履行できなかった状況にも触れた。これが市場の信頼感をさらに損ない、中国の金融セクターの各所に波及するリスクが増すことも予想される。バークレイズのチーフ中国エコノミスト、常建氏らは、消費と住宅、輸出、与信の期待外れのデータに加え、効果的な刺激策が講じられていないことを成長率見通し引き下げの理由に挙げている」

     

    中国経済を蝕んでいるのは、不動産バブル崩壊という大きな事態である。こういう前提で物事を考える必要がある。具体的には、金融危機の到来だ。最近では、長いこと忘れていたシャドーバンキング問題が持ち上がってきた。

     

    中国の信託大手、中融国際信託が数十の金融商品で支払いを期限までに履行できない事態になっている。顧客への償還に向けた当面の計画もないという。信託は、シャドーバンキング(影の銀行)の一角だが、中融国際信託を巡る問題はこれまで知られていたよりも根深いことを示唆している。仮に、支払いできない事態になると、今年1~3月期に中国信託会社の不動産投資残高1兆1280億元(約22兆5600億円)へ大きな影響を与える。中国は、金融難でモグラ叩きの状態へ追込まれた。これが、経済成長率に悪影響をもたらすのだ。

     

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