中国は現在、コロナ政策の失敗で大混乱の極にある。政策の失敗は明らかであり、これが防疫政策に止まらず経済政策全般に及ぶという見方が浮上している。その結果、「中国の失敗を望むな」という主張まで出てきた。世界のGDP2位の中国経済の破綻は、世界経済を混乱に巻き込み、西側諸国もその巻き添えを食い、輸出が減るという構図からだ。
ただ、安全保障という面から言えば、それと違った視点が浮かび上がる。中国の経済的後退は、軍事力拡張へ歯止めを掛けるからだ。そこで、中国の台頭をいかに管理するかという問題意識の登場になる。これは、かつての「中国民主化期待論」と同一線上に戻ることに気づくであろう。コミュニズムを信奉する国家の「台頭管理」は、すでに一度行なって失敗したことである。デモクラシーとコミュニズムの親和性は、不可能というのがこれまでの結論になっている。中国経済は、これからどうなるか、だ。
『日本経済新聞』(1月11日付)は、「中国、深刻な景気減速」と題する記事を掲載した。元モルガン・スタンレー・アジア会長のスティーブン・ローチ氏へのインタビューである。ローチ氏は現在、米エール大学シニアフェローである。
習近平中国共産党総書記(国家主席)の強権的な指導体制の確立が、従来の楽観から転じるきっかけだったという。中国はすでに深刻な景気減速に見舞われているとしたうえで「中長期的にも高成長には戻らない」との見方を示した。
(1)「中国の国内総生産(GDP)は縮小していないものの、ほぼ不況入りに相当する状態といえる。今年の成長率は3%未満になるとみる。12年以降は8%前後で推移してきたことを鑑みれば驚くべき数字だ。中国は08年の金融危機時に世界経済の柱となり、その後も世界生産高の35%以上を占めていた。今は中国を頼りにできなくなったため、世界経済は危機的な状況に陥っている。中国経済の中長期的な成長も望めない。一人っ子政策は中国の人口動態にゆがみをもたらした。生産年齢人口の減少は想定以上に早く進んでいる。習近平指導部が打ち出す『共同富裕(ともに豊かになる)』政策は生産性を悪化させる」
習氏が、国家主席に就任した2012年以降の経済成長は不動産投資やインフラ投資に支えられたもので、生産性の伸び率は急速に鈍化している。「国進民退」という国有企業優先の共産党政権固有の政策に回帰した結果だ。これは、鄧小平の「社会主義的市場経済」を放棄に繋がっている。
(2)「過去25年間に中国を分析してきた米国のエコノミストのなかで、最も中国経済を楽観視していたのは私だった。習氏が最高指導者としての地位を確立してからは楽観視できなくなった。彼は17年の第19回党大会で、経済や政治システム、中国社会を支配するという見解を打ち出した。中国経済は市場原理に基づく自由化の力よりも、イデオロギー的な決定で動くようになってしまった」
習氏が、共産主義本道を求めて政策を大きく転換させたことで、中国経済の生産性が鈍化している。経済成長よりもイデオロギー追求へと舵を切ったことは明らかだ。ただ、3年間のゼロコロナ政策で、経済政策的には完全は空洞が生まれている。これに気づき、ゼロコロナを一挙に廃止して「フルコロナ」に戻った。これは、新たな大混乱を引き起しているのだ。
(3)「貿易戦争として始まった米中の対立は、技術を巡る戦争に姿を変え、新たな冷戦に突入している。両国が相手に対する誤ったナラティブ(物語)をあおりたてた結果、現在の状況に陥ってしまった。米国は貿易赤字を中国のせいにしているが、実際には米国の貯蓄率の低さに原因がある。中国は自国の台頭が戦略的に封じ込められ、経済の構造改革が妨げられていると米国を非難しているが、実際には中国側により多くの問題がある。この紛争に明確な勝者は存在しない。米中双方が打撃を受けている。私は著書の中で共通の問題を解決する方法として、米中の(経済などの)専門家を集めた事務局の設立を提案した。両国が自らの脆弱さと向き合わない限り、解決は見込めない」
トランプ米大統領(当時)が始めた米中貿易戦争は、バイデン政権になって米中デカップリングへと拡大し、安全保障問題が前面に出て来た。中国は建国以来、内部的には秘かに「米国打倒」を共通認識にし、国力がつくまで目立たない動きをすることを目指していたのである。米国が、この動きを2015年ごろに初めて知って驚愕。トランプ氏が、米中貿易戦争を始めた遠因はここにある。
(4)「中国の証券当局は、米上場企業会計監視委員会(PCAOB)による中国本土と香港の会計監査法人の検査を受け入れた。米国に上場する中国企業の透明性を高めるもので、米国の投資家が長年求めてきた。中国に資金を振り向けたいと考えている投資家は増えるはずだ。しかし、中国政府は成長力の高いインターネット企業に対して規制を強めている。知的財産の保護、産業政策や補助金を巡っても多くの問題を抱えている。中国経済の成長率が8%前後の高軌道に戻ることはありえない。中長期的な成長リスクを懸念すべきだ」
米機関投資家は、今回のコロナ政策の混乱に大きな衝撃を受けている。中国の政策は事前の予測が不可能という根本的な弱点を露呈したからだ。投資には、「予測不可能」が最大の禁句である。未来を予測できれば、それによってリスク回避の手立ても可能になり、初めて投資対象になりうる。中国では、この最も重要な前提が消えたのだ。