勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    韓国半導体の実力を診断

    半導体工場が台湾“占領”

    欧州にない産業が台湾に

     

    韓国経済の屋台骨は、半導体輸出である。韓国は、5月以降貿易赤字に落込んだ。半導体輸出の不振が影響している。最近のウォン相場急落の裏には、半導体輸出不振による貿易赤字という問題があるのだ。

     

    韓国経済は、製造業における一種の「モノカルチャー」的な現象を呈している。モノカルチャーとは、一国の産業構造が1つまたは2~3品目の農産物や鉱物資源の生産 (輸出向け)に特化した経済のことだ。韓国は、工業製品で半導体が圧倒的なシェアを占めている。その意味では、半導体が転けたらコリア経済も転ける構造だ。

     


    韓国は、底の浅い経済である。こういう脆弱な構造にあるという認識が、ゼロというのも珍しいことだ。それどころか、GDP10位となって先進国意識に燃えている。文前大統領のように、「日本に二度と負けない」と強烈発言もある。産業構造からみて、これは不可能というほかない。韓国には、バランスの取れた産業構造へ転換することが、最も必要になっている。

     

    韓国半導体の実力を診断

    韓国は、メモリー型半導体で世界一のシェアを誇るが、非メモリー型半導体(システム半導体)では台湾の後塵を拝している。一口で言えば半導体技術力の差である。メモリー型半導体は、パソコンやスマホ、ゲーム機などに大量に使われる汎用品である。非メモリー型半導体は、自動車など一段上の品質を要求される「オーダーメイド」になる。汎用品半導体の市況は大きく変動するが、オーダーメイド半導体はその性格上、価格は比較的に安定している。注文生産ゆえに、過剰生産にならないからだ。

     

    一口に半導体と言っても、メモリー型と非メモリー型ではこういう大きな差がある。韓国は、メモリー型半導体に依存するゆえに、すでに輸出面で市況下落の影響を受けているのだ。

     


    韓国は、中国への輸出全体の依存度が25%と4分の1も占めている。韓国半導体輸出額に占める中国の割合は40%。香港を含めると60%にも達している。だが、中国のメモリー型半導体需要そのものが、大きく落込んでいるのだ。これを受けて、韓国からの半導体輸出も落込む結果となった。

     

    中国国家統計局によれば、中国の8月の半導体生産は、前年同期比で24.7%も減少した。1997年に統計を始めて以来最大の減少だ。7月も前年比16.6%減である。今年1~8月までの半導体生産量は前年比10%減少である。この減少は、パソコンなどの需要減を反映したもの。ゼロコロナで生産が落ちたわけでない。半導体生産は、全自動化であるのでコロナ感染とは無縁である。ただ、停電の影響は受けている。

     

    台湾は、半導体の中国輸出で、韓国と全く異なる様相を呈している。台湾の半導体輸出には、何の変調も出ていないのだ。中国の半導体生産は、需要減で大きく落込んでいるのに、台湾半導体にはその影が全くないのはなぜか。それは、台湾半導体が非メモリー型であることだ。自動車などに使われる「オーダーメイド半導体」であるので、需要先に変調が出ないかぎり、台湾半導体輸出に陰りは出ないであろう。

     


    台湾半導体の対中国輸出状況を見ておこう。

     

    今年1~8月の中国向け半導体輸出が430億ドル。輸出全体の51.8%を占めた。18月の半導体貿易黒字は223億ドル。貿易黒字全体の92.7%を占めた。昨年1~8月の半導体貿易黒字は303億ドル、貿易黒字全体の69.8%だった。

     

    込み入った数字だが、言いたいことは次の点にある。今年は世界的なインフレで輸入物価が上昇している中で、台湾は半導体の貿易黒字で貿易収支全体を支えていることだ。台湾トップの半導体メーカーTSMC(台湾積体電路製造)は、設備投資資金も自己資金で賄うという「スーパー優良企業」になっている。「オーダーメイド半導体」の採算が、いかに良いかを端的に物語っているのだ。

     

    TSMCは、半導体の進化を支える微細化技術で、世界一の実力を持つとされる。20年春には半導体の性能を左右する回路線幅が5ナノ(ナノは10億分の1)メートルの半導体を世界で初めて量産。製造分野に集中投資し、「技術力と生産キャパシティーの両面で、各社はTSMCに頼るほかない状況だ」とまで言わせる存在だ。

     


    半導体工場が台湾“占領”

    このTSMCに刺激された形で、台湾全島で半導体設備投資が進められている。台湾は、未曽有の半導体の投資ラッシュが起きている。総額16兆円に及ぶ世界でも例を見ない巨額投資だ。世界から台湾の地政学的リスクが何度も指摘されてきた。それでも、台湾は巨額投資に突き進んでいる。

     

    それは、世界一の「半導体生産基地」になれば、いくら中国でもこれら設備を破壊する侵攻作戦を始めないだろう。また、西側諸国が「半導体」台湾を簡単に見捨てることはあるまい、という思惑に突き動かされているように見える。

     

    台湾南部の中核都市・台南市は、TSMCが一大生産拠点を構えた場所である。世界で最も先端の工場が集まる場所として知られ、今年、TSMCが4つの新工場を完成させたばかりである。さらに、2つの工場が建設されている。(つづく)

     

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    あじさいのたまご
       


    原油価格は、ロシアのウクライナ侵攻時に1バレル=90ドル見当であった。それが、一時は120ドルを超えるまで暴騰した。現在は、80ドル台まで沈静化している。すでに、ウクライナ侵攻前の状態だ。原油先物相場で見る限り、ウクライナ侵攻は「終息」という見立てになっているようだ。

     

    ここで、慌てているのが産油国のOPECである。1バレル=80ドルが産油国の財政収支均衡価格という。OPEC(OPECプラス)は5日、ウィーンで閣僚級会合を開き、11月から日量200万バレル減産することで合意した。世界的な金融引き締めで景気が後退し、原油需要が減るとの見方が強まるなか、産油国の財政圧迫を招く原油相場の下落に歯止めをかけようというものだ。

     


    『日本経済新聞 電子版』(10月5日付)は、
    産油国 防衛ライン『80ドル』原油下落歯止めに大幅減産」と題する記事を掲載した。

     

    石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非加盟の主要産油国でつくる「OPECプラス」が日量200万バレルの大幅減産を決めたのは、産油国にとって財政収支の悪化を招く原油価格の下落に歯止めをかけるためだ。会合前の原油価格は収支が均衡する「防衛ライン」の1バレル80ドル前後で推移していた。このまま放置すれば、一段の財政悪化を招くと危機感を強めていた。

     

    (1)「米欧の中央銀行がインフレ退治へ金融引き締めを加速し、世界では景気減速懸念が強まっている。原油需要も落ち込むとの見方から、国際指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物は9月26日、一時1バレル76ドル台前半まで下落し、1月上旬以来の安値を付けた。産油国にとって看過できない水準に下がっていた」

     

    かねてから、1バレル=80ドル割れになると産油国に深刻な財政欠陥が起こると指摘されていた。日量200万バレルの大幅減産は、価格立て直しに必要としている。

     

    (2)「中東産油国は国家の歳入の大部分を原油に依存し、原油価格の下落は財政収支を悪化させる。国際通貨基金(IMF)の推計によると、産油量首位のサウジアラビアの財政収支が均衡する原油価格は1バレル79.2ドル。足元の原油価格がこの水準を下回ると、財政赤字になることを意味する。財政収支が均衡する価格は国によってばらつきがあるが、産油量2位のイラク(75.9ドル)など70ドル台後半に集中する。80ドルが主要産油国に共通する「防衛ライン」といえる」

     

    産油量首位のサウジアラビアは、財政収支均衡の原油価格は1バレル79.2ドルという。80ドルを防衛ラインとする背景はこれだ。

     


    (3)「各国では脱炭素投資などで財政支出が増え、均衡価格が上昇傾向にある。産油量3位のアラブ首長国連邦(UAE)の均衡価格は2000年~18年平均で約50ドルだったが、足元で76.1ドルに上昇している。再生可能エネルギーなどへの投資拡大方針を掲げるなど、各国は積極財政を打ち出す。サウジは新型コロナで石油収入が急減した20年は財政状況が厳しかったが、経済再開やロシアのウクライナ侵攻後の原油高が追い風になった」

     

    産油国も、脱炭素投資などで財政支出が増えている。このため原油の財政収支均衡価格が上昇している。UAEの場合、かつては50ドルの均衡価格が現在、76ドルまで上がっている。「脱炭素投資」で原油の均衡価格が上がっているのだ。

     


    (4)「OPECプラスの主要メンバーであるロシアにとっても、原油価格の下落は悩みの種だ。ロシアはウクライナへの侵攻で膨らむ戦費を原油価格の高騰で賄っている。国際エネルギー機関(IEA)によると、ロシアの石油輸出による月間収益は推計177億ドル(約2兆5500億円)で、6月以降の原油価格の下落で12億ドルほど収入を減らしたとみられている。エネルギー調査機関などの推計では、西側諸国の禁輸などでロシアの生産量が落ちた分、ロシアの財政均衡に必要な原油価格は80ドル前後と以前の60ドル台から上昇したとみられている。会合前には、大幅減産の検討を求めていたのはロシアだったとの見方も出ていた」

     

    ロシアは、ウクライナ侵攻ですでに8月単月で財政赤字になっている。自業自得であるが、ロシアの場合は経済制裁により1バレル20ドル程度の値引きを販売している。ロシアは、国際市況通りの価格販売でないのだ。EU(欧州連合)側は、ロシア産原油購入打切り目標を今年年末としている。ロシアは、ますます値引き販売を余儀なくされるよう。

     

     

     


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    ロシアは、30万人の動員令を掛けたが、約20万人が徴兵に応じた模様。だが、原則半年間の訓練をしている間に、士気が高く効率的な武器を堤行するウクライナ軍の奪回作戦が進んでしまうというジレンマを抱える。戦局の挽回には、間に合わないようだ。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月5日付)は、「ロシア動員でも弱点露呈、ウ軍前進でジレンマ」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアのショイグ国防相は先月から始まった動員令の一環として、20万人が軍隊に加わったと明らかにした。だが、ウクライナ軍はロシア占領地で目覚ましい前進を遂げており、ロシアの兵力増強を上回るペースで反撃に出ている。

     


    (1)「西側の軍事専門家はロシアがジレンマに直面していると指摘する。ロシアは損失拡大を食い止めるため、訓練が不十分な新兵を戦場に送り出す可能性がある。しかも、士気の高いウクライナ兵を前に、戦況を好転させる効果はほとんど期待できない状況にもかかわらずだ。あるいは、来年まで待って十分に訓練、装備された兵士を送り込めば、戦場での流れを変えられるかもしれない。だが、それまでにはウクライナ軍が領土を相当奪還していることが想定される。戦争研究を専門とするキングス・カレッジ・ロンドンのローレンス・フリードマン名誉教授は「少なくともこの冬場は、ロシアにとって助けにはならないだろう。しかも、それまでに占領地をかなり失うことが十分あり得る」と話す」

     

    ロシア軍は、兵士も武器弾薬も不足しているなかで苦戦を強いられている。動員令を掛けた新兵がまともな訓練を受けて入れば、今の急場に間に合わずかなりの占領地を奪還されると見られる。

     


    (2)「理論上は、30万人の兵士を動員すれば、戦況に大きな変化をもたらしうる。西側の推計によると、ロシアは侵攻開始当初、15万人を投入。その後、数万人を追加で増員している。米国は侵攻開始以来、最多で8万人のロシア兵が死傷したか、拘束されたと分析している。ただ、これにはウクライナ東部や民間軍事会社の代理武装勢力といったロシア人以外の軍事組織が含まれる可能性が高い。ショイグ国防相は9月、6000人近いロシア兵が死亡したと述べている」

     

    ロシア軍は侵攻開始当初、15万人を投入。その後、数万人を追加で増員しているという。うち、8万人が戦死・負傷・捕虜と見なされる。となれば現在、前線で戦っているのは10万人強しか残っていない計算になる。

     


    (3)「ウクライナ国家安全保障・国防会議のオレクシー・ダニロフ書記は、ロシアがこれまで20万人を動員したと話す。「一部はすでに前線に配備された。すでに拘束された兵士も、殺された兵士もいる」。その上で、ダニロフ氏は「動員された兵士は準備できていない状態で前線に送られている」と指摘する。米軍幹部の一人は3日、新たに動員されたロシア兵はまだ、大量にはウクライナに送られていないとの見方を示した。ランド研究所の上級研究員、ダラ・マッシコット氏は、プーチン氏が長らく抵抗していた部分動員令がついに実施されたことは、志願兵の募集や囚人への入隊勧誘といった場当たり的な兵力増強への取り組みが、限界に達したことを示唆していると話す」

     

    動員令30万人を発動したのは、志願兵の募集や囚人への入隊勧誘といった場当たり的な兵力増強への取り組みが、限界に達した結果と見られる。この状況では、前線の兵士不足は当面、緩和しない。苦しい戦いを余儀なくされるだろう。ウクライナ軍の進撃に対して、ロシア兵が「遁走」しているのは当然。抵抗しても無駄だからだ。

     


    (4)「すでに疲弊した編隊に徴集兵が送られていることを示す兆候も出ているとマッシコット氏は指摘する。「現実には、徴集兵はこの崩壊した部隊に直接送り込まれ、価値を加えることも、戦闘能力に貢献することもない」。前出のダニロフ書記は、新たな大隊が編成されるのは理解できるが、「彼らには訓練や装備の時間が必要であり、士気も求められる」と話す。その上で、ロシア第3軍団の志願兵による新規部隊が今年に入り編成されたが、ハリコフ州でウクライナが進軍した際にあっけなく後退を余儀なくされた事例に言及した。「彼らに勝ち目はなかった」と指摘」

     

    ロシア第3軍団は新鋭部隊と喧伝されてきたが、ハリコフ州であっけなく後退したという。最新鋭戦車を擁する部隊とされたのだ。士気が上がらず、「逃げマインド」になったのであろう。

     


    (5)「専門家の分析では、ロシア軍の基本訓練は34カ月程度で、ようやく初歩的なスキルを身につけられる程度だとされる。だが、訓練を主導できる人材の多くは、すでに死傷したか、なお戦闘に加わっているもようだ。マッシコット氏は「そのプロセスで必要な人材が極端に不足している。ウクライナでまだ戦っているか、殺されたためだ」と話す。徴集兵が徴集兵を戦場で訓練していることもあり得るという」

     

    ロシア軍の基本訓練は34カ月程度という。米軍の退役軍人が、ウクライナ兵を訓練する場合、数週間(1ヶ月半)で「生き延びる戦い方」を教え込むという。ロシア兵は、突撃することだけを教えるので犠牲者がそれだけ増えるとしている。「生き延びる戦い方」は、結果としてロシア兵を倒して犠牲を減らす戦い方という。兵士の米国式訓練とロシア式訓練の差が、ウクライナ軍の犠牲者を減らすのだ。 

     

     

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    ロシア軍の敗走が続いている。ロシア国防省が10月4日に行った戦況説明で使用した地図には、ウクライナ南部ヘルソン州での戦況悪化がはっきりと示されていた。前日の説明で使用した同地域の地図と比較して、ロシア軍が大きく後退している。

     

    この地図では、ヘルソン州を流れるドニプロ川西岸のロシア占領地に向かってウクライナ軍が大きく前進したとする、ウクライナや親ロシア派の高官、そして親ロシア派の軍事アナリストの報告を裏付けている。ウクライナのゼレンスキー大統領は4日、ウクライナ軍が、ロシア軍の占領する南部ヘルソン州の州都ヘルソン市に向けてさらに前進したと述べた。

     


    こうした状況下で、ウクライナはロシア大統領にプーチン氏が止まる限り、交渉しないという規定を定めた。一方のプーチン氏は、欧州を相手に和平交渉するという前提で、準備が進んでいるという見方が出て来た。

     

    米『CNN』(10月4日付)は、「追い詰められたプーチン氏、時計の針の音は増すばかり」と題する評論を掲載した。筆者は、CNNニック・ロバートソン記者の分析記事である。

     

    ドナルド・トランプ前大統領の下で北大西洋条約機構(NATO)大使とウクライナ特使を務めたカート・ボルカー氏は、プーチン氏が平和に向けて準備を進めているのではないかと考えている。「同氏は核兵器をちらつかせ、欧州にあらゆる脅しをかけて、その上でこう持ちかけるつもりに違いない。『OK、和平交渉をしよう。ただ、すでに私が手に入れた物は渡さない』と」

     


    (1)「3人の米大統領に対ロシア国家安全保障で助言をしてきたフィオナ・ヒル氏も、プーチン氏が幕引きを試みているのではと考えている。「プーチン氏は勢いを失っていることを痛切に感じている。そして今、戦争を始めた時と同じやり方で戦争から身を引こうとしている。自分が統括する立場にあり、どんな交渉であれ全体の条件を定めるのは自分だという姿勢で、だ」。こうした分析が正しければ、先月26日にバルト海で起きた不可解な事象も説明がつく」

     

    プーチン氏は、戦況の不利を見て戦争終結への準備を始めたという。その小道具として、バルト海でのパイプラインの一部を爆破。これにより、欧州へ天然ガス供給を止める意思を示した。

     


    (2)「ロシアのパイプライン「ノルドストリーム1」「ノルドストリーム2」の少なくとも4か所からガス漏れが発見された。
    西側の情報機関関係者によれば、数日前にこの付近でロシア海軍の複数の船が欧州の安全保障当局によって目撃されている。ヒル氏によれば、ノルドストリームのパイプラインの破壊行為はプーチン氏が投げた最後の賽(さい)となるかもしれない。「ガス問題で後戻りはない。欧州は冬に向けてガス貯蔵量を増やし続けることはできないだろう。プーチン氏は今まさに、すべてを投げ打っている」。

     

    元スパイのプーチン氏が考え付く戦術である。欧州へのガスを止めて、和平交渉を始めたい意思を見せ始めている。

     

    (3)「プーチン氏の思考を加速させているもうひとつの要因は、おそらく冬の訪れだろう。ナポレオンもヒトラーもモスクワ攻略に失敗したが、ボルカー氏によれば、今はプーチン氏の重荷になっているという。「今回、ウクライナにいる自軍を維持するために補給線が必要なのはロシアのほうだ。この冬、それは非常に困難なものになるだろう。こうした要因がすべてあわさり、プーチン氏の予定が急きょ前倒しになった」

     

    これから訪れる「冬将軍」によって、ロシア軍は補給で悩まされることは確実である。歴史的に言えば、「冬将軍」によってナポレオンやヒトラーのモスクワ攻略は失敗した。今度は、プーチン氏が冬将軍で「敗北」側へ追いやられる決定的リスクを背負っている。

     


    (4)「ヒル氏の言葉を借りれば、要するに「今回の出来事は、ウクライナが地上戦で勢いを増し、プーチンが劣勢に追い込まれた結果だ。同氏はこうした状況への適応を図り、主導権を握って優位に立とうとしている。ヒル氏によれば、プーチン氏はウクライナではなく、バイデン大統領や同盟国との交渉を望んでいるという。「プーチン氏が言おうとしているのは基本的にこうだ。『あなた方は私と交渉し、平和を求める必要がある。それはすなわち、我々がウクライナの地で行ったことを認めるということだ』と」。

     

    プーチン氏は、ウクライナ相手でなく欧米との直接和平交渉をねらっている。だが、欧米はウクライナが最終決定権を持つと発言している。プーチン氏の思惑は早くも外れる。当のウクライナは、プーチン氏と交渉しないとの規定を作って和平交渉を遮断した。

     



    (5)「ボルカー氏の予測では、プーチン氏はまずフランスとドイツに働きかけると思われる。「『我々はこの戦争を終わらせる必要があり、あらゆる代償を払い、あらゆる必要な手段を講じて自国領土を守る。あなた方はウクライナに対して和解するよう圧力をかける必要がある』と言ってくるだろう」。もしこれがプーチン氏の計画なら、これまでで最大の戦略的誤算となる可能性がある。西側諸国にはプーチン氏が権力に居座る状況を望む考えがほとんどなく、米国のロイド・オースティン国防長官も夏にそうした発言をしている。これまで受けた被害を考えれば、ウクライナを見捨てる考えがないのはなおさらだ」

     

    最終的にプーチン氏の目指す和平交渉は、立ち往生して進むまい。この間に、ロシア軍の敗北は一段と鮮明になる。核をちらつかせること自体、ロシア敗北が決定的局面へ来ている証拠だ。

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    中国は、米中貿易摩擦解消の一環で米国産LNGの長期輸入契約を結んでいる。だが、中国経済の不振で国内需要が落込んでおり、輸入枠が大幅に余っている。この枠を欧米へ転売して年間で約3兆円の利益を得るという。米国としては、曰く言い難しという心境であろう。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月4日付)は、「中国に巨額利益、米国産LNGを欧州に転売」と題する記事を掲載した。

     

    中国経済の減速やトランプ政権時代の貿易合意、天然ガスの確保を迫られる欧州諸国の焦りを背景に、中国エネルギー企業の一部が多額の利益を手にしている。この異例の構図は、冬場に向けて在庫の上積みを目指す欧州にも追い風となっている。

     


    (1)「米国産液化天然ガス(LNG)の長期購入契約を結んだ中国企業は、国内の需要減退を受けて余剰分を転売し、数億ドルの利益を得ている。買い手となっているのは欧州や日本、韓国だ。今年18月に米国から中国に入港したLNGタンカー船は19隻にとどまり、前年同期の133隻から急減した。中国税関のデータによると、今年は天然ガスの3割近くをロシアから調達している。予定されていたパイプライン「シベリアの力」からの供給拡大に加え、大幅なディスカウント水準でのロシア産LNGの購入が全体を押し上げているもようだ」

     

    中国は、米国と長期のLNG輸入契約を結んでいる。だから、その輸入枠を使って中国の需要減で余った部分を転売しても文句を言われる筋はない。実態は、その通りであるが、なにか釈然としない部分も残る。

     


    (2)「中国が欧州にガスを転売しても、欧州大陸が冬場に枯渇の事態を回避するには不十分だ。とはいえ、ロシアがこの先、中国への依存をさらに高めるであろうことがうかがえる。ロシアはウクライナ侵攻以降、政治や経済面で中国に支援を求めている。にもかかわらず、中国企業はガス輸出停止で欧州に分断の種をまこうとするロシアの取り組みを妨害する存在となっている。トランプ政権時代に、中国による米国製品の大量購入を要求する米政府の意向を受けて、米中両国は長期LNG供給契約を多数締結した。他国のLNG契約と異なり、米国の長期LNG契約では、供給先を柔軟に変えられるものが多い。価格は米国の天然ガス価格の指標になるヘンリーハブ先物に連動しており、ヘンリーハブは足元、欧州やアジア向けのLNGスポット(随時契約)価格を大きく下回る水準にある

     

    下線のように、米国産LNG輸入契約は緩い規約になっているという。輸入側で自由に決められる部分があるのだ。中国にとっては、ありがたい輸入契約になった。

     

    (3)「エネルギー専門のコンサルティング会社ライスタッド・エナジーのシニアアナリスト(在北京)、ウェイ・シャオン氏は「これは米中双方に利益をもたらしている」と述べる。最長25年にも及ぶ契約により、米国のサプライヤーは自信を持って、メキシコ湾沿いにLNGターミナル施設を建設する巨額投資に踏み切ることが可能になり、米国のガス輸出能力も増強される。中国の新奥天然气股份有限公司(ENNナチュラル・ガス)は10月18日に、LNGタンカー船「ダイヤモンド・ガス・ヴィクトリア」をルイジアナ州のメキシコ湾沿いにあるシェニエール・エナジーの輸出施設に送り、ガスを積載する予定だ。業界関係者3人が明らかにした。その後の行き先は中国ではなく、欧州に向かう見通しだという」

     

    米中のLNG契約は、最長25年にも及ぶ内容になっている。短期的には、プラス、マイナスを判断できない面もある。双方が、長期の視点で採算を取らなければならない建前であるからだ。

     

    (4)「アナリストの推計によると、ENNはこのタンカー船1隻で、1億1000万~1億3000万ドル(約159億~188億円)の利益を手にするとみられている。シェニエールは、ENNと中化国際(シノケム・インターナショナル)との間で毎年90万トンを供給する取り決めを交わしており、契約は7月に発効した。契約について詳しい関係者によると、今年は利用可能なすべてのタンカー船が転売に回った。LNG輸送船の積載量は通常、6万~8万トンだ。米中は2021年以降、年間で1900万トンの米国産LNGを中国側に供給する計17件の契約を発表。今後5年間に段階的に発効する運びとなっている」

     

    中国側は、タンカー1隻で約159億~188億円の転売利益が得られるという。今年18月に米国から中国に入港したLNGタンカー船は19隻にとどまり、前年同期の133隻から急減した。実に、1~8月で114隻が転売可能であった。これに、1隻当りの転売利益として約159億~188億円を掛ければ、平均1隻170億円として、ざっと8ヶ月で1兆9380億円が懐に転がりこんだ計算になろう。年間ベースにすると、2兆9000億円だ。 

     

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