勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    中国政府は、「見え透いた」ウソを重ねている。政府のインフラ投資資金を国有企業に負担させ、表面的に債務を減らしてあたかも「健全財政」を演じているからだ。だが、国有企業の債務は公的部門の債務として計算されていることを忘れている。頭隠して尻隠さずの振る舞いなのだ。

     

    中国経済は、度を超えたインフラ投資で支えられている。その資金負担をさせられている国有企業の中交集団(中国交通建設集団)が、債務を急増させており中国政府の財政的苦しさを見せつけている。中交集団は、世界建設企業ランキング3位だが、22年6月末時点の負債総額は1兆8400億元(約36兆8000億円)。過去5年で2倍以上に膨らんだ。その規模は21年6月末に約2兆元だった恒大に迫るほどである。

     

    『日本経済新聞 電子版』(10月4日付)は、「中国インフラ大手、成長に影 一帯一路・不動産で採算難」と題する記事を掲載した。

     

    中国国有のインフラ建設大手、中国交通建設集団が内憂外患にさらされている。巨大経済圏構想「一帯一路」の担い手として海外の港湾や鉄道建設で世界3位に駆け上がったが、海外は世界的なインフレで建設コストが膨らみ、国内も不動産市況の冷え込みが響き負債が膨らんでいる。「国策会社」とはいえ、傘下企業の再編や工事採算の改善が急務だ。

     

    (1)「中交集団への逆風は、中国恒大集団の経営危機に代表される不動産分野の信用不安や、新興国のインフラ開発資金の焦げ付きなどでかねて強まっていた。中国格付け会社の中誠信国際信用評級は9月、「世界各国で経済が変動し、新型コロナがまん延し、海外業務の経営リスクは高まっている」。中交集団の中核上場会社の中国交通建設股份に対し、こう指摘した。中交集団は港湾や道路、高速鉄道、不動産などの建設事業が主力。建設の請負だけでなく、自社で投資・運営するインフラ事業も拡大させてきた」

     

    中交集団は、中国格付け会社から「海外業務の経営リスクが高まる」と指摘されるまでになっている。中国政府の一帯一路プロジェクトで受注した工事が、昨今の物価高で採算難に陥るリスクが高まっているからだ。

     


    (2)「21年12月期のグループ連結売上高は8428億元(約17兆円)。16年比では79%増え、純利益(305億元)は同70%増えた。中誠信国際は「契約額が増え続け、受注能力は非常に高い」と評しており業績は好調だ。だが、中国政府の国策を背景にした積極投資の反動で、負債は増えている。22年6月末時点の負債総額は1兆8400億元。過去5年で2倍以上に膨らんだ。中誠信国際は「事業への投融資により債務が増え続けている。返済繰り延べなどがあり得る」と警鐘を鳴らす」

     

    下線部は、不可思議な現象である。通常であれば、建設会社で債務が増えるはずがない。中国では、工事を担う建設会社に資金調達させるという特異のパターンのために、受注増=債務増という形になっている。国有企業の中交集団は、中国政府から財政的なしわ寄せを受けているのだ。

     


    (3)「中交集団は港湾と道路の国有建設2社が05年に合併して誕生した。10年には国有不動産会社とも合併し、総合建設企業になった。被援助国が債権国から政策や外交で圧力を受ける「債務のワナ」の典型例とされるスリランカのハンバントタ港を建設した中国港湾工程や、道路建設の中国路橋工程などを傘下に持つ。ここに来て暗雲が漂ってきたのが海外案件の採算性だ。野村総合研究所の木内登英氏は、「米国の利上げに伴う通貨安、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー・食料価格の高騰などで新興国では通貨危機のリスクが高まった」とし、プロジェクトが頓挫する可能性にも警鐘を鳴らす」

     

    最近の米ドル高で、発展途上国通貨は軒並み下落してインフレを加速させている。これによって、中交集団の海外受注工事の採算も悪化している。中交集団にとっては、厳しい状況になっている。

     

    (4)「中交集団の収益源で国内の不動産事業の比率が高まっていることも不安材料だ。グループ売上高の海外比率は直近のピークである17年の24%から21年には13%に縮小。グループ売上高に占める不動産事業の比率は21年が約14%で、5年間で約6ポイント上昇した。中交地産などマンション開発の系列会社では資金不足などの問題が起こった。このため複数の不動産関係会社を「1つの会社にまとめる構想もある」と、交通建設股份の王海懐・執行董事は9月の決算説明会で語った」

     

    グループ売上高に占める不動産事業の比率は、21年で約14%にも上昇している。系列のマンション開発企業では、資金不足の問題が起こっているほど。中国全体を覆う不動産バブル崩壊の後遺症から逃れられない運命だ。中交集団は、世界ランキング3位でも中身は、政府からのしわ寄せを受けて四苦八苦だ。

     

     

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    ウクライナ軍は、8月ごろから南部ヘルソン州で奪回作戦を進めてきた。ロシア軍もこれに呼応して、東部戦線から主力部隊を移動させ防衛線を固めてきたが10月3日、ウクライナ軍機甲化部隊によって突破された。ウクライナ軍の作戦は、勝利を確信した上での攻撃と見られる。

     

    英国『BBC』(10月4日付)は、「ウクライナ部隊、南部ヘルソンで前線を突破 東部でも前進」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「ロシアが任命したヘルソン当局トップのウラジーミル・サルド氏によると、ウクライナ軍は、前線だった地点の南約30キロにある、ドニプロ川沿いの町ドゥドチャニ付近を突破したという。サルド氏は、「いくつかの集落がウクライナ軍に占拠された」と述べた。ロシアの一部報道は、ウクライナ軍がドゥドチャニを制圧したとしている。サルド氏によると、ウクライナ軍の2個大隊は、ヘルソンの東約70キロにある港湾都市ノヴァ・カホフカのカホフカ水力発電所を目指したという」

     


    南部ヘルソン州は、これまで黒海のロシア艦隊が支援攻撃をしてきたが、現在はウクライナ軍の攻撃を警戒して姿を消した状態である。このため、ウクライナ軍はロシア軍の兵站線さえ潰せば、ヘルソン総攻撃で勝利を収められる可能性が強くなっている。東部戦線からロシア精鋭部隊を送り込まれたとしても、兵站線を潰されているので反撃能力に限界があろう。

     

    ウクライナ軍の「2個大隊」が進撃中とされるが、規模が小さすぎる感じだ。ドニプロ川西岸には、2万5000人のロシア軍が止まっているとされる。この「大軍」をウクライナ軍の2個連隊(1000~2000名)が撃破するには負担が大き過ぎるからだ。

     


    (2)「ロシア国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官は、「数の上で優勢な」ウクライナ戦車部隊が、ドニプロ川沿いの前線となっていたゾロタヤ・バルカ村の南に「深いくさびを打ち込んだ」と説明。また、この時の戦闘で、ロシア軍はウクライナ兵約130人を殺したと主張した。ロイター通信によると、ウクライナは、ドニプロ川西岸にいる約2万5000人のロシア部隊への補給路を断とうとしているという」

     

    ウクライナ軍は、これまで高機動ロケット砲「ハイマース」(射程距離77キロメートル)でロシア軍を徹底的に叩いているはずだ。抵抗力を削いだ上での機甲化部隊進撃で、トドメを刺す戦術であろう。勝算あっての戦い方と見られるが、さてどうか。

     


    (3)「ウクライナ部隊は、ヘルソン戦線の北西側から砲撃し、ロシア軍の重要ルートとなっているアントノフスキー橋に大きな損害を与えているとされる。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、国民向けの2日夜の演説で、「いくつかの州で新たに解放された集落がある」と述べた。さらに、「多くの地域で激しい戦闘が続いている」としたが、詳しくは話さなかった」

     

    ウクライナ軍は、ドニプロ川に架かるいくつかの橋を交通不能に持込んでいる。さらに、ロシア軍が掛けた浮き橋も攻撃して、物資の補給を止める作戦を1ヶ月以上も行なってきた。ロシア軍は相当、消耗を強いられているはずである。どこまで抵抗できる戦力を保持しているかである。

     


    (4)
    「東部ルハンスク州でも、ロシアが支配する地域にウクライナ軍が前進した。ルハンスク州の親ロシア派部隊によると、ウクライナ軍は同州に数キロメートル入り込んだ。報道によると、ウクライナ軍はロシアが制圧している町クレミンナとスヴァトヴェに向かっている。ウクライナ軍は1日、ルハンスク州境に近い要衝リマンを奪還した。ロシア軍はリマンを物流拠点にしていた。南部のヘルソンと東部ルハンスク両州は、ロシアのプーチン大統領が同国の一部だと一方的に宣言した4に含まれる。ロシアはこの4州のいずれも完全には支配していない」

     

    ウクライナ軍は、東部ルハンスク州でも前進している。すでに、10月1日に要衝リマンを奪還した。ここは、ロシア軍の兵站部が置かれていた場所だ。ウクライナ軍の奪回によって、戦況は180度の変化が起こる地点だ。ロシア軍は、痛いところを奪回された。太平洋戦争で言えば、沖縄失陥に相当しよう。

     


    (5)「
    プーチン氏が、モスクワの赤の広場で併合を宣言したのは9月30日夜だった。そのわずか数時間後に、ロシアは軍事的な後退を強いられた。ウクライナは、2014年にロシア軍に奪われたクリミアを含め、ロシアによって併合されたすべての領土を奪還すると宣言している」

     

    これまで、ウクライナにとってはクリミア半島奪還が「夢物語」とされてきた。だが、現実の戦況変化によって、「それもあり得る」というところまで流れが変わった。戦争の「勢い」とは、こういうものだろう。プーチン氏は、この「勢い」に最も賭けてきた人物だ。「勢い」は、不運にもプーチン氏からますます離れて行くようである。

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    中国経済を見る視点は、180度変えなければならない時代になった。都市人口の増加が、はっきりと頭打ちになって来たからだ。中国へ進出している海外企業は、中国依存度の高い企業ほど株価が頭打ちいう従来にない現象が起こっている。中国経済の発展性が落ちたのだ。こういう認識を欠いたまま、「中国だ、中国だ」と言っている向きは大穴へ落込む時代になった。変化は早い。

     

    『日本経済新聞』(10月4日付)は、「中国リスク 市場の警鐘(下)、縮む内需 都市人口頭打ち」と題する記事を掲載した。

     

    7月、仏ロレアルは化粧品ブランド「メイベリンニューヨーク」の中国国内にある14の独立型店舗を閉鎖し、ネット販売を主体とすることを明らかにした。1997年に進出し、「中国のすべての女性にメイベリンの口紅を」の宣伝でシェアを拡大してきた。株価は2021年末比で2割安に沈み、戦略転換を迫られている。

     

    市場の中国ビジネスへの見方が変化している。2000年代は中国売上高比率が高い企業が株価を伸ばしたが、足元では比率が低い企業が上昇する逆転現象が起きている。

     

    (1)「QUICK・ファクトセットが集計した世界企業約13千社(中国企業を除く)のデータを直近の中国売上高比率で4等分し、09年末を起点に平均株価推移を指数化した。中国売上高比率が50~75%未満の企業の平均株価は4グループのなかで低調に推移し、足元で09年末より約1割安い。75%以上の企業も5%高程度にとどまる。25%未満の企業が6割高、25~50%未満の企業が2.3倍に上昇したのとは対照的な値動きになった。

     

    これまで中国へは「草木もなびく」環境であった。その中国の人口動態変化が、中国経済の魅力を失わせている。当然のことが起ったまで、だ。私は、この一点について口を酸っぱくして言い続けてきた。それが、現実化したのである。中国依存度が50%以下の企業は、株価大きく値上りしている。75%以上の企業が、5%高程度に止まったのと大きな差が出た。

     


    (2)「中国売上高比率が65%QUICK・ファクトセット推計)の韓国のLGディスプレイ株は、21年末比で5割安。化粧品のODM(製造開発受託)を手がける台湾の太和グループ株(中国比率6割)も3割安だった。2000年代でみると、09年末時点の1999年末比の株価は、中国比率が75%以上の企業は4倍。50~75%未満の企業も26%高と、25~50%未満の企業(8%高)や、25%未満の企業(13%高)を上回った」

     

    中国経済が高度成長していた時代は、中国依存度の高い企業の株価ほど高騰した。現在とは別の顔を見せたのだ。

     


    (3)「その背景に中国経済の転調がある。これまで都市人口の増加が内需拡大をけん引してきた。所得水準の低い農村から都市への出稼ぎ労働を促すことで、労働力を確保して購買力を引き上げる狙い。1990年に26%だった都市化率は2010年に50%となり、21年には65%に高まったが、35年に75%に達したあとは頭打ちになるとの見方がある。人口自体も減少に向かう。国連は7月、中国の人口が中位推計で21年の14億2589万人をピークに減少に転じた可能性があると発表した。
    2100年時点では7億6667万人と1960年代後半の水準まで減る。東京海上アセットマネジメントの平山賢一氏は「中国市場にこだわるのはリスクになった」と話す」

     

    これまで中国は都市化を図ってきたが、現在は状況が変わっている。農村重視を打ち出しているのだ。人口超高齢時代を目前にして、「農村再興」へ回帰している。食糧自給率も引上げねばならない。都会の若者を農村へUターンさせる取り組みが始まっているのだ。単純な「都市化」時代でない。

     


    (4)「シンクタンクのオックスフォード・エコノミクスは9月、中国の成長見通しを改定した。
    10年に10%を超えていた国内総生産(GDP)の伸びは20年代に年平均で4.6%、30年代には同3.%にまで鈍化するという。市場はゼロコロナ政策が22年の成長率を3%台半ばに押し下げるとみるが、中期的にはこの水準が巡航速度となる」

     

    世銀と国務院発展研究中心が、2019年にまとめた中国経済の長期予測が参考になる。改革をしない場合、2020年代の平均経済成長率は4.0%、30年代は1.7%である。現在の習氏のIT関連ビジネス規制を見ていると、前記の見通しが現実化しよう。中国は、急速な減衰過程へ入る。

     

    中国が、経済改革を怠り「共同富裕論」などというまやかしの政策で共産党独裁をカムフラージュしていけば、人口動態変化がそのまま中国の経済成長率になるはずだ。習氏の国家主席3期目は、中国経済「晩鐘」を告げる。気の毒に思うのだ。

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    日本の大和ハウス工業が、中国浙江省でマンション15棟(総工事費720億円)の建設計画を発表した。気になるのは、中国不動産市場がバブル崩壊の渦中にあって混乱していることだ。会社側では、「中国人口は2030年まで増える」という前提を置いているが、実は今年から総人口は減少する。また、住宅取得年齢である25~34歳人口は減少するという悪条件が控えているのだ。

     

    最新の国連の世界人口予測によれば、中国の25~34歳人口は2016年に約2億3000万人でピークを打ち、2030年までに7000万人も減る見通しだ。住宅需要は、全体として減少に向かうのだ。

     


    『日本経済新聞 電子版』(10月3日付)は、「
    大和ハウス、中国に大規模マンション 事業費720億円」と題する記事を掲載した。

     

    大和ハウス工業は10月3日、中国で大規模分譲マンションを開発すると発表した。江蘇省に全15棟、総戸数967戸のマンションを建設する。総事業費は約720億円を見込む。内装のキッチンや照明、浴槽などに日系企業の製品を採用することで、日本ブランドを売りにする。

     

    (1)「4日に販売を開始し、引き渡しは2025年1月に始める予定だ。販売価格は日本円で約7200万円から1億4400万円を見込む。開発場所の敷地面積は東京ドーム1.6個分にあたる約7万5000平方メートル。共用施設として子供などが遊べる多目的広場やフィットネス広場、スポーツを楽しめる場所も整備する。中国では分譲するマンション専有部の内装や住宅設備を設けずに販売することが多いが、大和ハウスは日本国内で一般的な内装付きで販売する。日本のキッチンや浴槽などが人気を集めており、日本ブランドを生かして販売促進につなげる」

     


    公表された写真によれば、中国企業の分譲マンションよりもゆったりした配置になっている点で高級感が出ている。多分、高所得層をターゲットにしている。中国でも、高級住宅は値下がりせず、上がっているという。不動産バブル気分は未だ残っているのであろう。ただ、2013年以来の長期の不動産バブルが崩壊したことは間違いない。現在は未だ、高級住宅の売れ行きは良いとしても、今後とも変わらないという前提に立つわけにはいくまい。

     

    (2)「大和ハウスが、中国でマンション開発を手掛けるのは8例目で、事業費別では過去2番目に大きい。これまで8000戸程度を販売してきた実績がある。足元では新型コロナウイルスの感染拡大で対面販売が困難となるなど営業に影響が出ているものの「2030年まで人口は増加局面にあり、都市化が進んでいない地域も多いことから経済成長も見込めるため、中国の不動産需要は底堅い」(大和ハウス)と分析する」

     

    下線部の分析には、率直に言って「甘さ」を感じる。中国はこれまで、結婚適齢層を大幅に上回る住宅供給をしてきた。今年から年齢層に見合った住宅供給に絞り込むと、約半分が供給過剰になる計算である。いくら、高級感を出しても需要には限度がある。

     


    マクロ経済的な言い方をすれば、下線部の前提は「不動産バブル」にまみれた甘い予測と言うほかない。中国の経済構造は現在、大きく悪い方向へ転換している。大和ハウスの見方は、余りにも従来の楽観的な予測に引っ張られた感じが強い。はっきり言えば、惰性に流された「建築計画」と言うほかない。危ない。

     

    (3)「中国では、長江デルタ地域を中心にマンション開発を積極化している。中国事業は22年3月期の売上高が前の期比約8割増の475億円だった。海外で最大市場の米国に次いで2番目の規模になった」

     

    中国事業は、22年3月期の売上高が前の期比約8割増の475億円だったという。この好業績の幻想に取り憑かれているように見える。大和ハウス工業は、巨大企業であるから800億円未満の事業が上手く行かないとしても屋台を揺るがすことはない。ただ、責任は問われるであろう。

     

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    中国は、米バイオ製薬モデルナに対して新型コロナウイルスワクチン開発技術を引き渡すことを条件に、国内販売を交渉していたが拒否された。中国製ワクチンは、感染力の強い変異型「オミクロン型」の感染予防効果が欧米製より劣ることから、モデルナへ技術移転を前提にして交渉していたもの。

     

    中国が、技術移転を前提にした国内生産許可を出すのは常套手段である。中国は、あらゆる産業の知的財産権について、こういう形での交渉を行って虎の子技術を手に入れてきた。だが、モデルナは不条理な中国の要求を撥ね付けたもので、「技術泥棒」中国へ肘鉄を食らわした形だ。日本の新幹線も、技術移転を前提にした車両製造で独占的地位を失う羽目に陥った。中国は、「セコイ国」なのだ。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ 電子版』(10月2日付)は、「モデルナ、コロナワクチン技術の中国移転を拒否」と題する記事を掲載した。

     

    米バイオ製薬モデルナは、画期的な新型コロナウイルスワクチンの開発で核となる知的財産を中国へ引き渡すことを拒み、同国でのワクチン販売を巡る協議は決裂していた。事情を知る複数の関係者が明らかにした。

     

    (1)「2020〜21年にかけて行われた協議に関わった関係者2人によると、米マサチューセッツ州に本社を置くモデルナは商業上、安全上の懸念を理由に、メッセンジャーRNA(mRNA)技術によるワクチン開発方法の提供を求める中国政府の要求に応じなかった。モデルナは今も中国へのワクチン販売を「強く望んでいる」としている。モデルナのほかに独ビオンテックと米ファイザーが共同で採用しているmRNA技術によるワクチンは、中国のメーカーが製造する不活化ワクチンより効果の持続期間が長く、防御力も高い。中国の製薬企業数社が自前のmRNA技術の開発を急いでいるが、より感染力の強い変異ウイルスの出現でてこずっている」

     

    中国のメーカーが製造する不活化ワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)技術によるワクチンに比べて効果が劣ることは有名な事実だ。中国が、未だにゼロコロナ政策にしがみついている理由の一つは、不活化ワクチンが効かないことにある。中国は、mRNAワクチン導入を喫緊の課題とするが、その技術を手に入れるべく辛抱強く待っているのだろう。凄い国である。

     


    (2)「モデルナの中国担当チームに近い関係者によると、中国側が技術移転を対中販売の前提条件としたため、同社はそれまで続けていた進出への試みを「断念」したという。今のところ、中国政府は外国製の新型コロナワクチンの国内販売について、規制当局の認可を条件として2つの道を開いている。中国の製薬会社に技術を全面移転するか、基礎技術を保持したまま現地企業と組んで中国国内に生産施設を設けるかのいずれかだ。モデルナは前者とするよう迫られた」

     

    中国が、技術の全面移転を狙っているのは、この種のバイオ技術の基盤がないことだ。そこで、mRNA技術を手に入れて飛躍的発展を目指しているにちがいない。日本が新幹線の車両製造技術を公開しなければ、中国の高速鉄道は発展しないどころか、海外輸出も不可能であった。日本は「人の善さ」で技術を手渡し、強力なライバルを育てる結果になった。技術公開は、慎重の上にも慎重になるべき例がこれだ。

     


    (3)「ビオンテックは20年、臨床試験(治験)とワクチンの製品化に向けて上海復星医薬集団と提携した。知的財産権が維持される方式だ。この提携で、復星医薬は年間10億回分の生産能力を持つ工場の提供に応じた。対照的に上海の雲頂新耀は、カナダのバイオテクノロジー企業プロビデンス・セラピューティクスのmRNAワクチン候補にアクセスできる契約を結んだ。完全な技術移転も含まれる。どちらのワクチンも、中国政府は承認していない」

     

    中国は、モデルナのmRNA技術を本命視しているに違いない。一度狙った獲物は、絶対に外さないという執念深さを見せている。相当な魅力を感じているのであろう。mRNA技術は、コロナワクチンだけでなく、多方面の難病克服に有力な製造法とされている。ノーベル賞級という高い評価が生まれている理由である。今年のノーベル賞候補かも知れない。それほどの高い技術である。

     


    (4)「業界関係者は、mRNAワクチンを導入していない最後の主要経済国である中国との協議再開に前向きなのは、モデルナが最初の売り込み先として照準を合わせた高所得国で需要が低迷しているからだとみている。ワクチンの出荷状況を追跡している英医療調査会社エアフィニティによると、モデルナは他の3つの主要ワクチンメーカーよりも出荷に占める高所得国の比率が高い。同社に数十億ドルの利益をもたらした戦略だ。モデルナのワクチンの86%強が高所得国向けであるのに対し、ビオンテックとファイザーは74%、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は63%、英アストラゼネカは19%だ」

     

    モデルナのワクチンの86%強は、高所得国向けであるという。それだけ技術評価において、他のワクチンを引離しているのかも知れない。米国トランプ政権が、資金面で開発を全面支援した経緯がある。技術的発想の高さを買った結果である。

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