勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    ムシトリナデシコ
       

    中国は、新築マンションが売れないだけでない。中古マンションも値下がりしている。住み替え計画は頓挫する一方、老後資金に備えて貸家にしてきたマンションも大幅な値下がりだ。日々の消費を切り詰めて貯蓄に励んでいる。こうして、消費は一段の低迷を来たしている。不動産バブル崩壊のもたらした「津波」が押し寄せている。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月26日付)は、「住宅不況に苦しむ中国、多くの家計が支出抑制」と題する記事を掲載した。

     

    中国では、過去20年間の不動産ブームで多くの世帯がより豊かになったと感じていた。しかし市場環境が一変した現在、資産価値の減少を受けて支出を抑制している家計も多く、景気減速に拍車を掛けている。

     


    (1)「数十の都市で新築・中古住宅の平均価格が昨年9月以降下落しており、回復の兆しは見られない。多くの不動産開発業者がデフォルト(債務不履行)に陥り、建設を中断したため、売り上げが減少し、市場への信頼感が一段と失われている。中国の不動産所有者の多くは現在、住宅価格がさらに下落する可能性を懸念し、支出を抑え、貯蓄を殖やしている。市民の間で中国経済の先行きに対する自信が揺らいでいるのは、住宅市場の低迷だけが理由ではない。所得の伸びは鈍化し、インフレが高まっており、経済成長率は2年ぶりの低水準に減速している。16~24歳の若者の約5分の1は仕事に就いていない」

     

    中国では、家計資産の約70%が住宅である。これが値下がりすれば、家計支出に影響するのは当然。その現象が現在、中国経済の足を引っ張っている。住宅バブル華やかな頃と、真逆の事態が始まっている。

     

    (2)「住宅価格の下落により、万が一に備えて支出を減らすべき時期だとの考えが多くの世帯で強まっている。中国では家計資産に占める住宅の割合が約70%と、米国に比べて高い傾向にあることがこうした懸念を高めているかもしれない。米国では、住宅保有率がもっと低く、株式保有がより一般的だ。中国の小売売上高は今春に数カ月連続で減少した後、6月は前年同月比3.1%増、7月は同2.7%増にとどまり、伸び率は新型コロナ流行前の水準を大幅に下回った。中国の不動産価格がおおむね上昇していた2000年から2019年末までの間、小売売上高は月平均約12%増加していた。今年上半期のテレビ、冷蔵庫、エアコンなどの家電の売り上げは、前年同期から11%減少した

     

    不動産バブル崩壊で、すべてが逆回転を始めている。本欄は、こういう事態の到来に警戒観を唱えてきたものだ。それが今、現実化しているに過ぎない。

     

    (3)「一方で、中国国民は貯蓄を殖やしている。上半期の銀行での貯蓄額は過去最高の10兆3300億元(約209兆円)と、前年同期の7兆4500億元を上回った。5月の消費者信頼感を表す指標は、中国の統計局が1991年に統計を取り始めて以降最低の水準に落ち込んだ」

     

    消費節約による個人貯蓄増は、中国経済全体の循環過程にマイナス影響を与えている。貯蓄は増えても銀行貸出が増えないのだ。要するに、「流動性のワナ」に陥っている。事態は深刻である。

     

    (4)「一部の人々にとっての問題は、住宅価格への信頼感が損なわれたことよりむしろ、市場が好調だったときに購入した資産を売却できないことだ。中国南西部にある人口70万人の貴州省凱里市のある住民は、息子が北京で家を買う資金を調達するため、自分が持っているいくつかのアパートを売ることを計画。しかし、地元の住宅価格はパンデミック(世界的大流行)が始まって以降20%も下落した。アパートを売ることができなかった。結局、北京の物件の頭金を払うために、自身の全貯蓄をはたき、親族から借金をして資金を集めた。そのため、日々の出費を抑えている。彼は「誰もが中国の住宅(購入)は確実な賭けだと考えていた。状況がこれほど急に変化するとは思っていなかった」と話した」

     

    中古住宅が値下がりしており、転売もままならなくなっている。これまでは、いつでも高値で売却できたので貸家需要が増え続けた。この現象が、住宅値下がりでストップした。不動産バブル崩壊とは、こういう事態を引き起こす。もともと、投機需要で支えられていただけに、投機が止まれば価格は急落するもの。一般の経済現象と同じことなのだ。

     


    (5)「四川省成都市の西南財経大学の研究者らが、2019年に発表した調査報告によると、中国では不動産価格が10%上昇すると、消費全体が約3%増えることが分かった。シーフェアラー・キャピタル・パートナーズで中国市場調査ディレクターを務めるニコラス・ボースト氏は、今年出した調査報告の中で、不動産市場の大きな調整を受けて、家計支出が抑制されるとの見通しを示した。同氏は、中国の家計は住宅市場のリスクにさらされている度合いが大きいためだ」

     

    下線部の指摘は、その通りであろう。資産価格の上昇は、消費行動を拡張型にする。資産価格の下落では、逆現象を招くのである。 

     

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    中国外交は、右往左往している。7月の日中外相会談は、中国が予定時刻の寸前にキャンセルする非常識な振る舞いをした。G7外相会議が、中国の台湾包囲演習への非難声明を出したことへの嫌がらせだ。ところが、中国外交担当トップの楊潔篪(ようけつち)共産党政治局員は8月17日、日本の秋葉剛男国家安全保障局長と中国・天津で会談したのである。

     

    本来ならば、外相会談をキャンセルした中国側が訪日して会談すべきである。日本の秋葉氏を呼びつけるのは非礼な行為なのだ。

     

    『大紀元』(8月25日付)は、「中国の専門家、対中包囲網に『日本を突破口に』 反日感情が足枷か」と題する記事を掲載した。

     

    秋葉剛男国家安全保障局長は817日、中国・天津で中国外交担当トップの楊潔篪(ようけつち)共産党政治局員と会談し、政府は「今後も対話を継続する方針を確認した」と発表した。9月下旬に迎える日中国交正常化50周年に向けて、双方が関係改善に乗り出すとみられる。ただ、中国側の目論見はそれだけではないようだ。

     

    (1)「中国のポータルサイト「網易」が23日に掲載した、中国人民大学国際関係学元教授で、独立系シンクタンク「國觀智庫」の儲殷研究員の評論記事は、今回の会談が中国の国家戦略にとって非常に重要だと述べ、米中対立が高まるなか「日本を突破口にする」狙いを明らかにした。同氏は、長い間、日中間に歴史問題などに由来する「構造的な対立」は根強く存在するが、これまで西側の対中包囲網を突き破るため、日本を利用していたと述べた。1989年の六四天安門事件後、各国は対中制裁を実施したが、いち早く制裁解除に動いたのは日本だった、と言及した」

     


    中国は、日米を「敵国」としている。日米を打倒して世界覇権を握る。こういう大構想に酔っているのだ。だから、日本に対して冷淡に振舞ったり、「ニーハオ」とニコニコ顔で接近するなど忙しい対応である。王毅外相は、日中外相会談をキャンセルしておきながら、今度は役者を変えての日中外交会談である。時間の無駄という印象を持つのだ。

     

    同盟国の少ない中国は本来、日本を邪険に扱ってはならないのだ。日本は、過去の日中戦争への贖罪の意味もあり、中国へは特別の感情を持っていた。だが、尖閣諸島を巡る中国の「ウソ主張」ですっかり嫌気がさし、世界一の「反中国」になっている。日本ほど、中国を嫌う国民はいないのだ。この現実を理解すべきである。日本に対しては、もっと神経細やかに対応すべきだ。

     


    (2)「同氏は、日本が信頼できる相手ではないが「最先端技術と外国投資を得て、西側の包囲網に風穴を開けるための重要な存在だ」と分析した。「日本との関係は現実的かつ重要な戦略的利益に関わる問題だ」と指摘し、(民族)感情に流されてはいけないと最近高まる反日感情を牽制した。中国と西側の緊張がますます高まっているとし、「日本企業を安心させ、日本からの投資を安定させ、最先端技術を日本から導入することは、中国にとって非常に重要な問題だ」と説明した」

     

    日本は、中国の覇権主義を世界で最初に気付いた国である。戦前から、中国研究では世界一の水準を誇ってきた。中国人の気付かない裏の裏まで、日本は研究し尽くしている。中国が何を狙っているか。すべて見通しているのだ。下線程度の認識で、日本を利用しようとしても無駄である。

     


    (3)「いっぽう、両国の高官による協議は「争議点を棚上げにし、良い雰囲気作りをする」には有効だが、「市民の民族感情とネット空間上の巨大な圧力に直面する」と述べ、日本との友好ムードが国民の反発を引き起こす懸念を示した。中国ではこのほど、浴衣を着用する若者が連行されたり、日本スタイルの夏祭りが中止になったりするなど、親日の風潮を徹底的に封殺しようとしている」

     

    下線の言分によって、日本は尖閣諸島の問題で鄧小平の口車に乗せられ大失敗した。こういうムード的話合いは、外交において下策中の下策になる。難問は、しっかり解決しておくべきなのだ。中国の策謀に乗せられると、利用されるだけである。中国は、あらゆる機会を利用して、世界覇権を狙っている国である。

     


    (4)「中国政府は六四天安門事件後、国内政治への不満をかわすため、反日教育を利用してきた。2012年、日本政府が尖閣諸島の国有化を宣言すると、中国政府は大規模な反日デモを容認し、国民の民族感情を煽り立ててきた。現在、国際社会では中国の脅威への警戒がかつてないレベルにまで達し、中国政府は局面打開に再び日本との関係を改善しようとしているが、国民の理解を得られなくなる恐れがある。反日教育が裏目に出る格好だ」

     

    天安門事件では、日本が中国を国際社会へ復帰させるパイロット役になった。中国は、そういう恩義を忘れて、日本に対して「軍国主義」など言いたい放題である。まともな感覚ではない。米国に対しても同じ振る舞いをしている。中国経済が、GDP2位になれた裏には、米国の資本と技術がどれだけ役に立ったか。そういう恩義には一切触れない国である。韓国の日本に対する態度と同一である。

     

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    中国経済は、金利を下げても貸出が増えない「流動性のワナ」という最悪事態に落込んでいる。この危機を乗り切るべく、財政面で支援することになった。インフラ債10兆円増発のほかに最大20兆円の資金を投入する方針を発表した。

     

    背水の陣である。不動産バブル崩壊で地方政府の土地売却収入は、前年比約3割もの減少になっている。それだけに、最大20兆円の資金上乗せ投入をしても、どれだけ退勢挽回に寄与するか不明だ。

     


    『ブルームバーグ』(8月25日付)は、「中国の景気刺激策、20兆円相当上乗せー不動産危機や干ばつに対応」と題する記事を掲載した。

     

    中国政府は景気刺激策に1兆元(約20兆円)相当の措置を追加した。新型コロナウイルス対策の度重なるロックダウン(都市封鎖)や不動産セクターの危機で低迷する経済を支える。中国国務院(政府)は24日、19項目の政策パッケージを準備したと、国営中央テレビ(CCTV)がに報じた

     

    (1)「政府はインフラ事業に充てる3000億元を債券発行などで調達すると先に発表していたが、これに国有政策銀行がインフラ事業に投資可能な資金3000億元を上乗せする。さらに、地方政府には未使用の起債枠から5000億元相当の特別債が割り当てられる」

     

    財政支出規模は、すでに発表済のものも含め、総額1兆1000億元(約22兆円)をこれからインフラ投資に向ける。一見、巨額投資に見えるが、民間事業活動がすでに大幅な縮小に陥っているので、景気下支え効果は限定的と見られる。

     


    (2)「
    コールドマン・サックス・グループは、今年の中国経済成長率を3%と予想しているが、24日に発表された措置は、全体的な成長率を同水準からさらに押し上げるには十分ではないと指摘。魏琪氏らエコノミストはリポートで、財政収入急減などをある程度補うことができるかもしれないが、非常に弱い不動産セクターとコロナ規制に伴う混乱で、大規模な政策緩和措置がなければ、全体的な成長率は「引き続き低迷する」と分析した」

     

    コールドマン・サックスは、すでに今年の中国経済成長率を3%と予測しているが、今回の追加財政支出によるインフラ投資でも、3%を上回る成長期待は持てないとしている。それだけ、景気の実勢悪が強いことを意味している。

     

    IMF(国際通貨基金)では、インフラ投資よりも家計への資金配分が個人消費を刺激するとしており、波及効果が高いと見ている。だが、中国政府にはそういう配慮は全くない。ただ、インフラ投資だけが景気テコ入れの手段になると判断している。

     


    『日本経済新聞 電子版』(8月24日付)は、「中国、インフラ債最大10兆円増発 党大会後にらみ底上げ」と題する記事を掲載した

     

    中国は、地方政府のインフラ債を最大5000億元(約10兆円)超上積みする。10月末までに発行する。沿岸部など経済規模が大きい地域を主な対象に見込む。習近平指導部は、秋の共産党大会の成功を目指して新型コロナウイルスを抑え込む「ゼロコロナ」政策を堅持し、景気悪化を招いた。党大会後をにらみ、公共事業の拡充で経済の下支えを狙う。国務院(政府)が24日開いた常務会議で増発の方針を決めたと、中国国営中央テレビ(CCTV)が伝えた。

     

    (3)「中国は3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で「専項債」と呼ぶインフラ債の新規発行枠を3兆6500億元と決めた。このうち、中小銀行に注入する公的資金に転用する2000億元を除く3兆4500億元は7月末までにほぼ発行を終えた。発行が年前半に集中したのは、今春に上海市のロックダウン(都市封鎖)などで景気が急激に落ち込んだためだ。雇用が減少し民需の回復はなおもたついている。習指導部は、地方政府によるインフラ投資の拡大を経済立て直しの柱に据えてきた。早期発行の効果で、1~7月のインフラ投資は前年同期比7.%増えた。各年1~7月で比べると、増加率は2017年同時期以来5年ぶりの大きさとなった」

     

    中国は、今年のインフラ債の新規発行枠を3兆6500億元と決めたが、3兆4500億元は7月末までにほぼ発行を終えている。すでにインフラ投資への「撃つ弾」が切れてしまっている。そこで、地方政府のインフラ債を最大5000億元の上積み発行を10月までに行なう。

     


    (4)「追加発行の狙いは、財政の景気下支え効果が22年後半に落ちないようにすることだ。この秋から23年初めにかけて具体的な投資案件が動き出せば、地域の成長を促す。習総書記が党トップとして3期目入りを目指す党大会の後の国内安定にも役立つという思惑も透ける。当局はインフラ債について、年間の新規発行枠のほか、発行残高の上限も決める。22年の上限は21兆8185億元だが、6月末時点で発行残高は20兆2645億元に達した」

     

    22年のインフラ債発行残高上限は、21兆8185億元。6月末時点での発行残高は、20兆2645億元に達している。残る枠は、1554億元である。上積み発行で5000億元が加わると、発行残高の枠を超える。もはや、こういうことに拘っている余裕はないのだろう。

    あじさいのたまご


    ロシアのウクライナ侵攻は、開戦後すでに半年経過した。戦線は膠着状態である。ロシアの戦費は、高騰する原油や天然ガスの輸出代金でカバーできるが、経済制裁によるハイテク製品の輸出禁止によって、ロシアの技術進歩が大幅に遅れることが確実になった。ソ連が1979年、アフガン戦争で受けた経済制裁と同じ状況に陥る。これが引き金になって、1991年のソ連崩壊へ進んだのだ。今回の経済制裁によって、ロシアは大規模な戦争を再び起こせないほど、技術的打撃を受けるだろうと指摘されている。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ』(8月20日付)は、ロシア制裁は長期戦の覚悟を」と題する社説を掲載した。

     

    ウクライナ侵攻に対する西側諸国の制裁によって、ロシア経済はソ連崩壊以降で最大の混乱に見舞われている。だが、西側がプーチン政権の侵略行為に対してできる限り厳しい制裁を科してから半年がたった今も、ロシア経済は大方の予想より持ちこたえている。足元の戦況は、トルコのエルドアン大統領がプーチン氏には交渉による解決の用意があると述べたように、少なくとも膠着状態に陥っているように見えるが、制裁はロシアが戦争を続行する能力をそいではいない。

     

    (1)「ロシア中央銀行は迅速に資本制限と政策金利の大幅利上げを実施し、ルーブル相場を安定させた。ロシア産原油の「ロシア割引」は世界の石油価格が全体的に上昇したことで相殺された。欧州連合(EU)向けの輸出減は中国やインド、トルコ向けの輸出増で補われたため、国際エネルギー機関(IEA)の推計では、7月のロシアの石油生産量は侵攻前に比べて3%弱しか減っていない。ロシア中銀が予測する2022年のGDP縮小率は4〜6%で、壊滅的なレベルではない。国際通貨基金(IMF)も予想縮小率を4月に発表した8.%から6%に引き下げた」

     

    今年に限って見れば、ロシアのウクライナ侵攻の代償は、GDPがマイナス数%程度で済むかも知れない。本格的な影響は、来年以降に出てくる予想である。

     


    (2)「未曽有の暖房費の値上がりに直面する欧州の市民は、ロシア人ほど困窮に慣れておらず、すぐに不満をデモで爆発させる。プーチン氏は、経済的な痛みへの我慢比べをすればロシアは多くの西側諸国よりも強いと考えていてもおかしくはない。だが、それは間違いだろう。そもそも制裁はロシア経済を直ちに崩壊させるものではない。西側の制裁措置は徐々にロシア経済を締め上げており、ロシアが払う代償は今後も累積していく」

     

    短期的に見れば、西側諸国がエネルギー価格の上昇によるインフレで苦しんでいる。だが、来年以降になれば、代替策が効果を見せるはずだ。

     


    (3)「
    西側の民主主義陣営にとっては正念場だ。ロシアのエネルギー収入を減らすためにはさらなる措置が必要だ。また、EUが決めたロシア産石油の禁輸については、ロシアよりも民主主義陣営のほうが大きな痛みを被ることがないように制度を調整する必要がある。市民に直接訴え、支援措置を取ることで、エネルギー価格の上昇に人々が耐えられるように体制を整えるべきだ。中国とインド、トルコに対してはロシアの制裁逃れに加担しないよう説得を強める必要がある」

     

    ロシア産原油価格の上限制が検討されている。これが実現すれば、中国、インド、トルコなどにも「恩恵」が及ぶ形である。

     


    (4)「西側にとって、エネルギーのデカップリング(分断)による痛みは、ロシアに比べると短期で済みそうだ。例えば、EUにはロシア産天然ガスからの脱却に向けた具体的な道筋がすでに見えているが、ロシアが輸出先を中国に切り替えるにはインフラを整備する必要があるため数年かかる。ロシアにとって最も影響が大きいのは西側のエネルギー市場を失うことではなく、西側の技術や電子部品が入ってこなくなることだ。中国製品で完全に代替することはできず、ロシアの製造業や天然資源産業、軍産複合体は大きな打撃を受けるだろう

     

    下線部は、西側の経済制裁によって、ロシアへ技術や電子部品が入らなくなることだ。ウクライナ侵攻直後、ロシア経済界は経済制裁でロシア経済が100年前に戻ると嘆いていた。技術や電子部品の杜絶は、このようにロシア経済を荒廃させるのだ。

     

    ロシア製武器生産は、電子部品の輸入杜絶で大きな影響を受ける。中国は、このロシアから武器を輸入している。中国も武器の入手難に直面するはずだ。

     


    (5)「現在の状況は、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻に対してハイテク製品の輸出制限が発動されたときに通じる面がある。この制裁で、ソ連は経済成長が鈍化し、技術の後れも深刻化した。エネルギー価格の低下もあり、80年代末までにロシア経済は深刻な危機に陥った。制裁は、今はまだプーチン政権がウクライナ戦争を続行する能力を損なってはいないかもしれない。だが、制裁の結果、プーチン氏が長期戦を続けることは難しくなっており、将来、今回のような規模の戦争を始めることが難しくなったということは言えるだろう」

     

    ソ連は、アフガン戦争で疲弊した。西側諸国の経済制裁によって、技術と電子部品の輸入が困難になったことも影響した。これが引き金になり、ソ連崩壊という大事件へ発展した。今回の経済制裁も同様の内容である。西側諸国は、ロシアが再び近隣国侵略を不可能にするように、制裁措置を長期に行なうはずである。ロシアは、やがて大誤算をしたことに気付くであろう。

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    ロシアのウクライナ侵攻が始まって、8月24日で半年が過ぎた。プーチン・ロシア大統領は、東欧諸国でロシアの歴史的な影響力を復活させ、冷戦後の歴史を塗り替えようとする試みが失敗したのだ。また、欧州諸国はほぼ「反プーチン」で結束した。北大西洋条約機構(NATO)は息を吹き返し、スウェーデンとフィンランドが新たに加盟する。プーチン氏にとってほぼすべてが裏目に出る展開である。

     

    だが、ウクライナで戦闘は続く。ロシア軍の劣勢が明らかになった。ウクライナ東部は失速状態。南部は、弱点を補強中である。ウクライナ軍は、首都キーウを死守した際の戦略を踏襲する戦略だ。具体的には、ゲリラ戦術などを駆使し、前線から離れた後方の補給ラインを狙い、ロシア軍の戦闘能力を弱め、撤退を迫る作戦である。持久戦の様相を呈している。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月25日付)は、「ウクライナ侵攻から半年、ロシアの苦戦鮮明に」と題する記事を掲載した。

     

    ロシアがウクライナに侵攻してから半年が経過した。軍事、経済の両面で戦況は緩やかながらも、ウクライナと後ろ盾である西側諸国に優位に傾く兆しが強まっている。だが、死と破壊の連鎖が終わる兆候はなお見えない。ウクライナはロシアの圧倒的な軍事力を前になお厳しい戦いを余儀なくされているが、西側からさらに武器が到着するのに伴い、ロシアの補給ラインや基地を確実に攻撃できるようになってきた。

     

    (1)「米国防研究組織CNAのロシア研究プログラム責任者、マイケル・コフマン氏は「ロシア軍は勢いの大半を失っており、ウクライナによる南部での反撃に備えて部隊の多くを再配置している」と指摘する。「戦況の膠着が自然な成り行きだとは思わない」と話すコフマン氏。「冬が訪れる前に、少なくもあと一回は新たな展開が訪れる」。その取り組みがどんな結果をもたらすのかは見通せないが、紛争の行方は、ウクライナが何を実現できるかにかかっていると言えそうだ」

     

    戦線は、膠着状態になっている。この状態を動かすのは、ウクライナ軍がどのような戦い方をするかにかかっているという。戦闘の主導権は、ウクライナ軍が握った形である。

     


    (2)「2月24日の侵攻開始以降、ロシア、ウクライナ双方で数万人の兵士が死傷したとみられている。ロシアは兵士や軍装備の補充でウクライナよりも苦戦しており、外国の雇い兵や代理勢力、旧型戦車を投入せざるを得ない状況に追い込まれている。さらに、ロシア経済は西側諸国よりも深刻なリセッション(景気後退)に直面している。それでも、戦争がいつまで続くのかという問いと同様に、その結末も読みにくい。ロシアは依然、はるかに多くの重火器を保有している。平地での進軍が困難なため、ウクライナが領土を奪還することも難しくなる。西側諸国がロシアと直接戦火を交える事態を招きかねないほどの支援を行わない限り、ウクライナが軍事的に勝利を収めることはできない――。西側の政策担当者の間では、こうした懐疑的な見方が依然として根強い」

     

    劣勢になっている形のロシア軍は、依然として多くの重火器を保有している。平野部での戦闘だけに、ウクライナ軍がロシア軍を大きく押し返すには力不足である。こういう見方が、西側専門家に多いという。

     




    (3)「夏が終わりに近づく中、ウクライナ軍はロシアの前線から遠く離れた後方拠点にも攻撃を加えることができるようになってきた。ウクライナ東部ドンバス地方における、ロシアの攻撃は失速しつつある。またロシアは、ウクライナ南部のぜい弱な拠点を補強するため、兵士の配置転換を余儀なくされている。それでも、ロシアから領土の大部分を奪還することは、ウクライナ軍にとって今も至難の業だ。ウクライナのミハイロ・ポドリャク大統領顧問はインタビューで、南部での反撃について、正面から猛攻撃を仕掛けることはしないと述べた。むしろ、首都キーウを死守した際の戦略を踏襲するという。具体的には、ゲリラ戦術などを駆使して前線から離れた後方の補給ラインを狙い、ロシア軍の戦闘能力を弱め、撤退を迫る作戦だ」

     

    ウクライナ軍は、南部での反撃について猛攻撃を仕掛けるのでなく、首都キーウを防衛したようにゲリラ戦術などを駆使して、ロシア軍の兵站線を遮断し戦闘部隊の撤退へ追込むという。

     


    (4)「ポドリャク氏は、「ロシア軍は弾薬、燃料、前線に近い現場司令部を必要としている。われわれが燃料や弾薬を破壊し、司令部がなくなることで混乱が生じる。そのため、すでに士気低下が広がっている。そこに攻撃を仕掛け、切り込むのだ」と説明する。「キーウ防衛で機能した。今回の反撃でもうまく行くだろう」ポドリャク氏はその上で、ロシアの電子戦防御を突き破るため、追加のハイマースと攻撃ドローンが必要だと訴えた」

     

    ウクライナ軍は、NATOから柔軟な戦い方を習得している。これは、ロシア軍にはない戦術である。重火器で「ドカン」「ドカン」と攻撃する第二次世界大戦型のロシア軍を打倒するには、ゲリラ戦が有効という判断である。

     




    (5)「現在の戦闘局面において、ロシア、ウクライナのいずれも相手に対して大きく優位に立ってはいないものの、ウクライナが前線から遠く離れたロシア軍のインフラに攻め入っていることは、いかに主導権がシフトしたかを如実に物語っている。米国防当局者はこう現状を分析している。ある米国防総省の高官は19日、ロシア軍がドンバス地方での戦いで優勢に立っていた2カ月前と比べて、戦争が異なる局面に入ったとの認識を示した。「ロシア軍が戦場で全く前進していないと言える状況だ」という」

     

    下線部のように、ウクライナ軍が前線から遠く離れたロシア軍の兵站を攻撃できることは、戦線の主導権がウクライナへ移っていることを示している。ロシア敗北の第一歩が始まっている。

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