ロシアのウクライナ侵略は、どう見ても状況が芳しくない。黒海艦隊旗艦「モスクワ」が炎上沈没した一件は、ロシアとプーチン氏の運命を予告するような現象である。歴史を遡ること120年近いロシア海軍で、次のような不吉な事件が起こっていたのだ。
バルチック艦隊は1905年5月、日本海海戦で敗北し軍の士気は大幅に乱れていた。こうした背景において、黒海で同年6月に戦艦「ポチョムキン号」の水兵が一斉蜂起し,将校と艦長を射殺する事件へ発展した。1905年ロシア革命の影響であった。この戦艦「ポチョムキン号」事件はその後、ロシア社会が大きく動く前兆になった。今回の旗艦「モスクワ」沈没が、ロシアとプーチン氏の将来を暗示するように見えるのだ。
英紙『フィナンシャル・タイムズ』(4月11日付)は、「典型的な産油国独裁者に化したプーチン氏」と題する寄稿を掲載した。筆者のルチル・シャルマ氏は、米ロックフェラー・インターナショナルの会長。前職は米モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメントのチーフ・グローバル・ストラテジストである。
1990年代後半に金融危機とデフォルト(債務不履行)で疲弊した国のトップを引き継いだプーチン氏は、民営化と規制緩和を推し進めていた。一律13%の所得税を導入し、米国の保守派を味方につけた。原油価格の上昇と改革を背景に、ロシアの1人当たり年間所得は2000年の就任当初の2000ドル(約25万円)から、10年代初めにはピークとなる1万6000ドルに増加した。
(1)「権力と成功がプーチン氏を変えた。2010年、私はプーチン氏が同席する会合で、ロシア経済の「率直な」評価を伝えるようモスクワに招かれた。会合がテレビ中継されるとは知らず、招待を額面通り受け取った私は、ロシアの成功が持続するのは難しいと話した。ロシアが中所得国として成長するためには、石油以外に産業を広げ、大手国営企業への依存を減らし、まん延する汚職に取り組まねばならないと訴えた」
ロシア経済の発展には、市場経済によって不合理な部分を排除しなければならない。プーチン氏は、これと逆に新興財閥を庇護して、巨万の富を蓄積させた。これが、新規産業発展の芽を摘んだ。
(2)「翌朝、親プーチン派の国営メディアが私の名前を挙げ、無礼な客人だと批判していた。そんな海外の論評や資本はロシアには不要だと切り捨てていた。その数カ月後、ジョージ・W・ブッシュ第43代米大統領(当時)にインタビューすると、同じようにプーチン氏の変化を指摘した。初期のころは常識的だったが、2000年代後半には尊大になったという。プーチン氏は今や、ロシア帝国の勢力圏を取り戻すことに執着するロシア特有のリーダーのように語られることが多い。だが、経済の視点で見れば、国家のリーダーとして普遍的なタイプに属する」
プーチン氏は、2000年代後半に尊大な振る舞いをするようになった。ブッシュ(子)米大統領もそれを感じていたという。
(3)「私の研究によると、独裁的な指導者の国では、次のような3つの条件を備えている。
1)民主的な指導者が率いる国よりもはるかに経済が不安定化する傾向がある
2)独裁者が長く権力の座に居続けるほど経済は悪くなる
3)特に石油国家で不安定さが顕著である
プーチン氏はこの3つの条件にすべて当てはまる「産油国に長く君臨する独裁者」だ」
プーチン氏は、世界3位の産油国の座に酔っている。地下資源が莫大な富になるのだから、経済改革という地味な努力を忘れるのだろう。
(4)「プーチン氏は2000年代後半になると、独善的になり、改革を推進しなくなった。14年のクリミア侵攻によって、欧米諸国が経済制裁を科すと、同氏は新たな変革に着手した。それは成長を促すよりも、外資に影響されない「フォートレス(要塞)ロシア」を作り上げることを目的にしていた。こうした防御体制がしばらくは機能したように見えた。今、新たに厳しい制裁を受けて、ひび割れし始めている。ロシアの1人当たり所得は過去のピークの1万6000ドルからウクライナ侵攻前の時点で1万2000ドルまで落ち込んでいた。原油価格が上昇しているにもかかわらず、22年末には1万ドルを下回る見込みだ」
下線のような産業構造の構築を目指したが、耐久消費財の4割は依然として輸入依存である。経済制裁に弱い経済体質である。
(5)「ウォール街が時として独裁者を受け入れてきたのは、彼らが好景気をもたらす場合があるためだ。しかし、実際には、活況をもたらした独裁者の3~4倍の数の独裁者が景気低迷、あるいは永続的な経済危機を招いてきた。その顔ぶれは、歴史上、キューバのカストロ氏から北朝鮮の金一族、ジンバブエのムガベ前大統領やエチオピアの皇帝ハイレ・セラシエ1世、ウガンダのムセベニ大統領を含むアフリカの数々の大物独裁者まで多岐にわたる」
独裁者は、景気を好況に導いた3~4倍が不況と長期低迷を引き起している。経済の安定的な成長には不適格である。市場経済原理をないがしろにする結果だ。
(6)「世界150カ国について1950年以降の統計を分析すると、極端な例を挙げると、数十年の間に急成長とマイナス成長を行き来した国は36カ国あり、その75%が独裁国だった。その多くは、ナイジェリア、イラン、シリア、イラクなどの産油国だった。プーチン氏は、ロシアをこの極端なケースに仲間入りさせる可能性がある。金融市場のデータは同国が99%の確率でデフォルトに陥ると示唆している。これはまさに政権初期のプーチン氏が懸命に防ごうとした運命だ」
世界150ヶ国について、約70年間のGDP統計を分析すると興味深いことが分る。急成長とマイナス成長を行き来した国36ヶ国のうち、75%が独裁国である。ロシアもこの分類に陥る公算が強い。
(7)「かつて改革者だったプーチン氏は今や、どう見ても典型的な老化する独裁者だ。長期強権体制の国々でも、同様の経済危機が進行している。これらの事例をみると、独裁政権はその成否にかかわらずしぶといことがわかる。経済の悪化でプーチン氏が失脚することを期待している欧米の指導者たちは、この歴史を認識すべきだ。独裁者は政治と経済のつながりを断ち、いつまでも権力の座にとどまることができる」
プーチン氏は現在、69歳である。2036年まで大統領を務める積もりのようだ。これが、実現すれば、ロシア経済の停滞は必至となろう。これが、独裁国経済の宿命である。