ポールオブビューティー



中国は、誤った歴史観に囚われてきた。米国衰退論という「街の議論」をそのまま信じていたことだ。その典型的な人物は、中国最高指導部で序列5位の王滬寧(ワン・フーリン)政治局常務委員である。米国留学の経験はあるというが、米国の表面しか見ないで市民社会のもつエネルギーの大きさを知ることはなかった。この彼が引き出した結論は、「米国衰退、中国勃興」である。

 

米国衰退・中国勃興説は、初めて聞く話である。これは、文明論の立場から議論すべきものだ。「国粋主義」というバイアスのかかった視点の議論は、不毛な結論を引き出し危険である。戦争末期の日本で、特攻作戦に駆り出された前途ある若者が、「祖国必勝」を願って敵艦に体当たり攻撃した。その時は、「米国衰退、日本勃興」であった。上官からそのように教え込まれた悲劇だ。中国の唱える「米国衰退、中国勃興」は、日本の特攻隊が教え込まれたことの繰り返しである。国粋主義とは、こういう非科学的なことをなんのためらいもなく言うものだ。

 

文明論では、第二次世界大戦後に世界の歴史学界に大きな影響を与えた、英国のアーノルド・トインビーの存在を見落とせない。トインビーは、文明は生命体と同じく発生、成長、衰退、消滅の過程を踏み、人間の歴史は人類文明の生成と消滅の過程であると見た。トインビーの説では、中国の最盛期は唐時代(618~907年)と規定している。その後、発展はあっても最盛期を抜くことはなく、次第に成長力は減衰していくと分析した。現在の中国が、計画経済下で一時的に発展したとしても、市場機構を軽視する限り、制度的なイノベーションとは無縁な存在である。自らが持つ資源を使い果たせば、終末局面へと向かって進むだけである。現在の非効率経済(限界資本係数の構造的な上昇)は、中国経済の衰退を予告している。

 

米国の建国は、1776年である。まだ建国後242年を数える「若き国家」である。ただ、メイフラワー号に乗った最初の移民(ピューリタン)は、古き欧州の歴史を背景にしているものの、古きを捨てて新しさを求める「革新の精神」に燃えていた。これが、マックスヴェーバーの指摘する「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の原型になった。この米国が衰退して、すでに最盛期を終えて「余熱」で生きているような中国が再度、興隆するという発展史をどうやって描けるのか。先の王滬寧氏は、完全に世界の発展史を見誤っており、ただの「国粋主義者」と見られる。習氏は、この王氏の進言に迷わされて、無謀にも米中貿易戦争に突入した。

 

中国の劣勢は、時間の経過とともに明らかになっている。私は、関税引き上げ合戦を推奨するものではない。米国の要求は、中国に公正な貿易慣行を実行するよう求めるものだ。中国がこれを拒否した結果、始まったのが関税引き上げである。中国が、自ら姿勢を改めない限り、制裁としての関税引き上げはやむを得ざる措置というべきだ。中国は、早急に自らの非を認めてWTO原則へ復帰すべきである。

 

米国の強硬策によって、中国経済はきりきり舞いさせられている。当初は、「徹底抗戦」と粋がっていたが、もはやその影もない。

 

株価の上海総合指数は、8月16日の終値で2705ポイントと崖っ縁に立たされた。政府は、7月31日に金融財政の緊急経済対策を発表した。だが、反応は弱く政府の思惑は外れている。人民元相場も8月16日、1ドル=6.89元と弱含みである。一時は6.91元と売り込まれた。さすがの中国も音を上げ始めた。最初から、無駄な抵抗をすべきでなかったのだ。王氏の「米国衰退論」に邪魔されて、真実の米国の実力を見誤った。

 

中国は、「一帯一路」プロジェクトでミソを付けている。相手国の弱味につけ込んで、「債務トリップ」に陥れるという悪辣なことをやっている。これが、中国へのイメージをどれだけ悪くしているか。先進国の中国を見る目は、「悪い国の中国」である。今回の、米中貿易戦争でも中国の立場へエールを送る国は現れない理由を考えることだ。先進国は、口に出さないまでも中国によるWTO違反に心底、怒っている。

 

EUが、米トランプ大統領と感情的に対立しながら、中国のWTO違反では協調し、米・EUの貿易協定への交渉を始めるまでに接近している。同じ価値観に立つ先進国は、異次元の価値観に固執する中国に対して結束する事実を知ることだ。こういう視点に立てば、中国の世界覇権論など実現するはずがない。先ず、彼我の力関係を凝視することを勧めたい。今回の騒動は、中国を教育する上で良い機会にしなければならない。