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習近平氏は、なぜ米国への徹底抗戦という路線を決めたのか。この裏には、中央政治局常務委の王滬寧氏の存在がある。彼は、党内序列5位という高いランクだ。イデオロギーと宣伝(メディア)担当であり、習氏の「知恵袋」的な存在である。この王氏が、間違った見方を習氏に吹き込んで、「米国へ徹底抗戦する」という現実無視の献策をしたと思われる。

 

王氏は、「反米・国粋主義」という偏った政治思想の持ち主だ。学者出身としてはかなり偏向した人物と見られる。米国留学の経験はあるが、政治的な偏向が災いして米国の実態把握を怠って、米国の真の力を見抜く能力に欠けていた。だから、臆面もなく「中国発展・米国衰退」という、まさに極左の思想にのめり込んでいた。これを、習氏に吹き込んだのだ。透徹したマルキストであれば、資本主義経済の実態分析でも優れた能力を発揮しなければならない。王氏には、その分析能力が欠けている。だかた、「米国衰退・中国発展」という根拠のないドグマに取り憑かれたと見られる。

 

この王氏は、間違えた「徹底抗戦」を献策して、米中貿易摩擦を混乱に陥れた。そういう理由で「宣伝」担当の任を外された、後任者が発表されている。この動きを見ると、米国経済に関する分析能力が、中国全体で欠如しているとは言えなくなる。米国との徹底抗戦に反対する論文がインターネットで発表されるなど、活発な反対論が登場していた。それを一切無視したのが王氏である。つまり、彼の独断であった。習氏は、その独断にまんまと乗せられたのだ。

 

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(6月26日付)は、「米中貿易摩擦、習氏は徹底抗戦の構え」と題する記事を掲載した。

 

(3)「中国の習近平国家主席は、トランプ米政権との貿易摩擦が激化する中、なりふり構わず反撃する覚悟を決めたもようだ。関係筋が明らかにした。米中の対立がさらに激しさを増し、互いに大きな傷を負う可能性が高まっている。ドナルド・トランプ米大統領が、中国製品に対する懲罰的な関税を引き上げ計画を表明すると、習主席は6月21日、欧米を中心とする多国籍企業20社の首脳に対し、中国政府として反撃する考えであることを伝えた。習主席は、『欧米では左のほほを殴られたら右のほほを差し出せ、との考えがある』とした上で、『殴り返すのがわれわれの文化だ』と語ったという」

 

この6月中旬では、習氏が王氏の献策に乗せられていたことは明らかだ。習氏は、「殴り返すのがわれわれの文化だ」と言い切っている。習氏が、得意の絶頂であったときはこの頃までだ。7月に入って景気の実勢悪が伝えられるようになり、習氏を取り巻く状況はがらりと変わり、党内での習―王ライン批判が高まった。王氏が、姿を消すのは7月に入ってからだ。再度、姿を現したのが8月20日である。批判のほとぼりが冷めるのを待っていたのだ.

この間に、王氏の担当である「宣伝」が外された。

 

(4)「国営メディアや中国当局者によると、米国が『米国第一主義』を掲げて各国から批判を浴びる中、習主席は高官に対し、世界における中国の役割を前面に打ち出すよう指示した。こうした状況下で、習主席は米国に対し、不屈の姿勢で臨む覚悟を決めたもようだ。ある高官『中国は外部の圧力に屈して、苦汁をなめるようなことはしない』とし、『習主席は、これを交渉の原則として定めた』と語った」

 

このパラグラフでは、習氏が最高意思決定者として振舞っている。米中貿易戦争が中国の敗退で終われば、習氏は責任をとらざるを得ない立場だ。絶対的な権力には絶対的な責任が伴うからだ。この習氏の過剰自信の裏に、王氏の間違った献策があったことは言うまでもない。

 

習主席は米国に対し、不屈の姿勢で臨む覚悟を決めたという。だが、王岐山国家副主席は、「米中貿易戦争について、『客観的データを基に理性的な認識を持つべきだ』と述べ、相互依存関係にある米中は協調すべきだと訴えた。『中国の内政は国民のより良い生活へのあこがれを実現することが大事で、そのためには平和発展が必要だ』とも強調。『中国と世界は切り離せない。貿易摩擦はあっても貿易戦争の認識はない』とも語った。北京を訪問した日中協会の野田毅会長との会談で述べた」(『日本経済新聞』8月25日付)。習氏の徹底抗戦論と王氏の「客観的データを基に理性的な認識」では、認識にかなりの開きがある。

 

(5)「習主席は6月2223日、高官レベルによる異例の極秘会議を招集し、外交政策の戦略を策定した。国営メディアが伝えたところによると、習主席は、世界が『根本的かつこれまでに類を見ない変化』を遂げており、中国は仲間を形成し、世界のルール作りを行うことで、自国の利益を推進する必要があると述べた」

 

このパラグラフこそ、習氏が情勢判断を大きく間違えた部分だ。このころは、米国と同盟国間で特別関税をめぐって紛争が続いていた時期である。カントは『永遠平和のために』(1795年)で、共和国(民主主義国家)の間では、紛争が大きくならないと指摘している。習氏が米国と同盟国の紛争を過大評価して、世界の秩序が変わると期待したことは空振りであった。習氏のマルキストとしての資本主義鑑識眼は、決して褒められるレベルではない。王滬寧氏の見立てであろう。