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中国の泣き所は、本格的な市場経済の経験がないことだ。毛沢東の著書では、このことが記されている。市場経済を経験した後で社会主義経済へ移行するとしている。鄧小平が、市場経済化を推し進めた背景はこれだ。彼は、決して体制移行を図ったものではない。江沢民、胡錦濤はこの鄧小平路線に沿って経済運営をしてきた。

 

習近平時代になって、この市場化を否定する動きを強めて、国有企業を産業構造の根幹に据える大きな方向転換をはかった。中国政府が経済を直接、管理しなければコントロールできないほど、過剰債務が累積したことも背景にある。習氏は、「毒を食らわば皿まで」ということで、中国経済に死を与えるほどの危険な段階まで追い込んでしまった。

 

不動産バブルは、麻薬と同じ効果をもたらす。初期は、経済に活力をもたらす。それが、バブルの効果であることに気付かず、さらに強い刺激を求めるようになった。住宅投資やインフラ投資依存の経済運営がそれだ。この結果、インフラ投資が国有企業や地方政府に過剰債務をもたらした。家計では高騰する住宅購入で多額の債務を負う結果となった。インフラ投資に伴う過剰負債は、政府が財政面でカバーできるが、家計の過剰負債は、軽減方法がないのだ。

 

不動産バブルの「毒」が、家計を襲っている。この毒を消すワクチンは存在しないから、家計は逃げ場がなく、消費を切り詰める以外に生き延びるすべはないのだ。中国は現在、この状態に追い詰められている。

 

『ロイター』(8月29日付)は、「中国、安定的で健全な経済発展の達成で困難に直面―発改委主任」と題する記事を掲載した。

 

(1)「中国国家発展改革委員会(NDRC)の何立峰主任は28日、安定的で健全な経済発展の達成で外的困難さが増しているとの認識を示し、下期は消費や社会発展の目標達成に向けて取り組みを強化する必要があると強調した。NDRCが29日、ウェブサイトで明らかにした。主任は全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の常務委員会で、『経済成長、雇用、インフレ、輸出入の目標は努力によって達成が可能』としつつ、『ただ消費、社会融資総量、可処分所得の伸びの目標達成に向けて一段の努力が必要だ』と述べた」

 

この記事では、消費、社会融資総量、可処分所得の伸びが停滞していると警告している。この事態は、不動産バブル崩壊による「信用収縮」が、広範囲に起こっていることを示すものだ。社会融資総量とは、中国独特の金融概念である。マネーサプライ以外に、債券発行、影の銀行など非金融機関の融資も含めている。この社会融資総量低迷は、中国末端の経済活動が窮地に立たされている証明である。

 

家計逼迫化は、個人消費を切り詰めるので、経済成長の足を引っ張る。習氏にとって、2015~2020年までに6.5%以上の成長率を目標にしてきた。この目標が、不動産バブル依存の経済運営を強いたことは疑いない。こうして、過大な成長率目標が、家計債務急増をもたらして、「家計が入院」する騒ぎを起こしている。これに懲りず、さらに地方の三線、四線の都市で、住宅バブルを狙っている。どこまでも「不埒」な政府である。

 

中国政府は、ここで重大な事実を見落としている。2050年頃には、米国覇権に挑戦すると宣言した。現在、米中貿易戦争を招いているが、住宅バブルによって出生率を引下げていることを見落としている。住宅バブルで経済成長率を押上げたが、長期的にそれが出生率を引下げ、米国の後塵を拝している現実を知らないのだ。なんとも愚かな話であり、中国には知恵者がいなかったのか訝るほど。国粋主義者はゴロゴロいても、合理的な経済計算ができる人間に恵まれなかったのだろう。

 

米国は、中国の人口動態に大きな関心を寄せてきた。中国経済の潜在成長力を計る尺度であるからだ。その際、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に出産する数)は、有力は国勢判断材料になる。また生産年齢人口も注目の指標である。中国の場合、健康的な理由で満65歳まで働けず、平均退職年齢は55歳だ。世界標準は65歳だから、中国の労働人口はぐっと減る。こう見てくると、中国は世界最大の人口を擁するものの、実際の働ける人数は大幅な割引を迫れられる。

 

中国の合計特殊出生率は、住宅バブルの影響を受けて低下している。多額の住宅ローンを抱えて、出産・育児の経済的な余裕を失うことが理由である。中国政府は、この重大な事実に気付かずに、住宅バブルがGDPを押上げる絶好の材料と見てきた。習氏は、国家主席になって以来、一段と住宅建設に依存する経済運営へシフトした。まさに、知らぬが仏であったのだ。

 

中国の合計特殊出生率は、人口横ばいを維持する(人口置換率)2.08を割ったのは、1992年である。それ以来、一貫して米国を下回っている。よく、中国のGDPは2026年以降に米国を抜くと、まことしやかに言われるが、合計特殊出生率の動向から言えば、「ノー」なのだ。しかも、ここ5年ほどの住宅バブル爛熟期が、さらに合計特殊出生率を引下げる方向に影響しているはずだ。