中国にとってキッシンジャー氏は、米中復交の扉を開いた「大恩人」である。95歳の今なお、足繁く北京へ姿を現す。米中外交の中国側の指南役となっているからだ。

 

キッシンジャー氏の外交秘録は、大きな学術的価値を持つもので、外交に関心のある者は必ず読むべき書物である。キッシンジャーは、周恩来首相(当時)と肝胆相照らす仲になった。北京・中南海で、この二人が散歩しながら語った内容が劇的である。周は、キッシンジャー氏にこう語ったという。「米中は今、仲間だがいずれ利害関係が異なり対立する時が来る。その時の中国は、巨大な抵抗力を持つだろう」。

 

キッシンジャー氏は、この言葉が呪文となっている。米中は対決してはいけないという信念ができあがった。これが、「G2論」である。米中の二大大国が話を付ければ、世界は丸く収まるという主旨である。中国は、この「G2論」に飛びついた。ここから、中国外交は周辺国に対して威張り散らす態度に出てきた。中国外交部(外務省)で「日本課」が消えてしまった理由はこれだ。日本を小馬鹿にし始めたきっかけは、「G2論」にある。

 

一方の米国は、米中「G2論」を黙殺した。こともあろうに、共産主義国を米国の対等国家として認めるのは、共産主義を承認するに等しいこと。「絶対反対」が、共和党や民主党を問わず、共通の認識になった。中国は、最近まで「米中二大強国論」を持出しても、米国の冷たい黙殺に合っており、もはや諦めたようである。キッシンジャー氏が、中国へ妙な入れ知恵をしたからだ。

 

米国が、無視しているキッシンジャー氏以外、中国にとってパイプ役になる人物はいないのだ。米中貿易戦争を和解させる人物が一人もいない状況で、どうやって事態の解決をするのか。まさに、行き詰まり状況に追い込まれている。それゆえ米国は、杓子定規に中国のWTO(世界貿易機関)違反を繰り返し指摘して是正を求めるだけだ。中国は、これに対して有効な手立てがなく、米国に押しまくられている。こうして、中国経済は消耗するだけである。

 

中国は、習近平氏の国粋主義の犠牲になっている。胡錦濤時代までの「平和的台頭論」に止まっていれば、ここまで経済的な窮地に追い込まれることもなかった。なまじ、「色気」を出して、米国の世界覇権に挑戦するという「身の丈に合わない」目標を立てて自滅に向かっている。同盟国を一ヶ国も持たないで、「単騎出陣」型の覇権国家などあるはずもない。完全に、習近平氏一人の夢想に引きずられ犠牲を負わされている。この習氏への不満がいつ噴き出すか。これが、最大の注目点になってきた。

 

習氏は、中国の海軍力さえ拡充すれば、世界覇権に近づけると誤解している。かつての帝政ロシアが、日露戦争でなぜアジアの「小国」日本に負けたか。英国と米国が、日本に協力した結果だ。英国は、世界中の英国海軍基地で露軍艦の寄港を認めなかった。こうして疲労困憊(ひろうこんぱい)状態で日本海軍と戦い大敗した。

 

かつてのロシアの役割が、現在の中国である。中国に同盟国が存在せず、南シナ海ではベトナム・フィリピンの島嶼を占領して、周辺国を威嚇し続けている。まともな国は一ヶ国も中国の味方になろうという国がない。過剰貸付で「債務漬け」にし担保を取り立てる。そういう中国に味方するはずがない。このように、中国の戦略はすべて間違っている。

 

米中貿易戦争の出発点が、中国の世界覇権論にある以上、中国はどのように収拾するのか。習近平氏が辞任して、新たな平和的な国家主席と交代する以外に道はなさそうだ。

 

窮迫する中国経済については、「メルマガ6号」(18日発行)で取り上げる。