caedf955
   

米中通商協議の舞台裏は、欧米メディアの記事でしか実態を掴めない。米国側は、『ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)』、『ロイター』、『ブルームバーグ』など多彩だ。中国側の動きは、中国国営メディアの宣伝色が強すぎ信用できない欠陥を持つ。その中で唯一、『フィナンシャル・タイムズ(FT)』が、中国の舞台裏を報じている。ただ、かなり中国寄り記事が目立つ。それは、それで興味深いので、FTの報じる中国の動きも紹介したい。

 

『フィナンシャル・タイムズ』(3月29日付け)は、「米中貿易協議、再開後も険しい合意への道」と題する記事を掲載した。

 

(1)「米中両政府の当局者が貿易戦争の収束に向けた合意を目指す中、両国の交渉パターンがここ数週間で定着してきた。内情に詳しい関係者によると、米当局者は中国が18年前に世界貿易機関(WTO)に加盟して以降、最も重要と思われる貿易協定案を送った。中国側は受け取った文書に削除を示す棒線や条項の代替案を赤ペンで書き込み、米国に突き返した。劉鶴副首相率いる中国の代表団が送り返した「赤線だらけ」の協定案は、中国政府による国家主導の経済発展に対して広範な構造改革を求める米国をここまで中国がうまく退けてきたことを物語っている。米国産品の購入拡大や外資への中国市場開放など異論が少ない分野でさえ、合意にこぎつけるのは難しくなっている」

 

下線を引いた部分は、今回初めて公になったことだ。中国が赤線を引いて米国に突き返したのは初期のころであろう。まだ、米中貿易戦争の影響が顕著に出ていないから、習氏も意気軒昂であった。「米国に殴られたら殴り返す」と豪語していたほど。

 

現在は全く異なる。論より証拠、「中国製造2025」の言葉は完全に棚上げされている。この記事の取材源は、FT記者に対して「強気の中国」の片鱗を書かせてメンツを保とうとしていると思われる。私の記者経験から言えば、先方がある意図を持って取材に応じる場合、それに沿った材料を揃えるものである。ベテラン記者になると、相手の言い分を取捨選択し、あるいは、疑問点を突っ込んでその「虚実」を明らかにしなければならない。私の30年間の記者生活では、そういう記者としての奥義の一端を学んだように思う。

 


(2)「トランプ大統領は両国が31日までに合意できない場合、中国からの輸入品の約半分に課している制裁関税の税率を2倍以上に引き上げるとしていた交渉期限を延長した。その後、両国は3月末までに首脳会談を開き、最終合意を目指す意向を示していた。しかしその期限もまた守られなかった。ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とムニューシン米財務長官は3月28日、協議のために北京を再び訪問。その翌週には劉氏がワシントン再訪を予定している。米中首脳による『調印式』は早くても4月末になる見込みだ」

 

米国が3月1日の期限を延長したのは、中国に時間的な余裕を与えることであった。3月6日から全人代が開催される中で2000億ドルに25%関税を掛けたら、習氏のメンツは丸潰れになる。それを回避して、妥協への道をつくらせたはずだ。これが、トランプ流の「ディール」と見なければならない。それでは、米中通商協議の真実はどこにあるか。次の記事を見ていただきたい。

 


『ブルームバーグ』(3月29日付け)は、「米中が合意文言すり合わせ、英語・中国語の食い違い回避へ-関係者」と題する記事を掲載した。

 

(3)「米中通商交渉では合意文書の文言を1行ごとにすり合わせる作業が行われている。事情に詳しい関係者が明らかにした。北京を訪れているムニューシン米財務長官とライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は中国側と29日開いた会合で、英語と中国語で作成される合意文書の内容に食い違いがないことを確実にする取り組みをしているほか、交渉のための相手国への訪問回数のバランスを取ることにも腐心していると、交渉の非公開を理由に関係者が匿名を条件に語った」

 

FTの記事とは、全く異なる米中の交渉プロセスが明らかにされている。英語と中国語で一行一行付合わせた、「逐条解説」である。ここまで、厳密に行って後で解釈の違いから発生する紛議を予防する所まで進んでいる。

 

(4)「中国の劉鶴副首相率いる代表団は4月3日にワシントンを訪れる。関係者によれば、合意文書の中国語版で、交渉担当者が示したコミットメントの内容が後退していたり除外されていると米国側が抗議した後、文言のすりあわせが作業の焦点となっている。双方の理解の食い違いが非常に大きい文言もあると関係者の1人が述べた」

 

現在、北京を訪問中の米代表団が帰国後、4月に中国代表団がワシントンを訪問する。これは、米中が対等であることを示すための儀式である。米中通商協議は、大詰めに入っていることは確かであろう。FT記事が示唆している点は、中国当局者が米国の要求に屈服したのでない、ということをアッピールしていることだ。FTは、その片棒を担がされたのである。