日本を訪れる中国人観光客と言えば、「爆買い」に代表されるようにショッピング目的が喧伝されている。そうではない一団の「教養人」が、東京国立博物館へ唐時代の書家である「顔真卿(がんしんけい)」の書を見るために殺到した。
顔真卿とは、いかなる人物か。中国の唐の時代に皇帝に使えた政治家・官僚であると同時に、偉大な書家として名を残している。中国史上で屈指の名書といわれる「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」が、東京国立博物館で展示されたためだ。私は、書について全くの素人だが、中国の人々5万人も殺到したことを広く、日本でも知って欲しいという願いで記事にした。
なぜ、この作品に多くの中国人がこだわるのか。「祭姪文稿」は顔真卿が758年に、当時「安史の乱」で非業の死を遂げた顔一族を哀悼するために、怒りや悲しみを込めて一気に書き上げた書として知られているという。中国の書の歴史の中でも屈指の名作とされ、当時の歴史資料としても、きわめて貴重なものとされている理由だ。顔一族約30人は、1人も敵軍に屈さず、全員が残酷極まりない方法で処刑されたと伝えられる。こういう悲劇性が加わって、顔真卿の書には見る者を捉えて放さない輝きがあるという。
『サーチナ』(3月1日付)は、「5万人もの中国人が東京国立博物館に詰め掛けたのは一体なぜ?」と題する記事を掲載した。
東京国立博物館で行われた1カ月足らず(1月16日~2月24日)の特別展には、日本人のみならず5万人もの中国人が足を運んだ。これは非常に驚くべきことと言える。中国メディア『快資迅』(2月23日付)は、「顔真卿(がんしんけい)の書を見るために5万人もの中国人が日本へ押し寄せた』と論じる記事を掲載した。
(1)「顔真卿の展示の目玉となったのは、台北国立故宮博物院所蔵の顔真卿『祭姪文稿(さいてつぶんこう)』という書で日本初公開だったものだ。滅多にお目にかかれない非常に価値ある書を一目見ようと日中両国の人々がこの書の前に集まったが、特にこの展示は中国国内でも大きな注目を集めたという」
(2)「記事は、祭姪文稿を見るために日本を訪れた中国人の手記を掲載し、博物館の様子について伝えている。その日は、入館時間前から入り口には500人もの行列ができており、さらに『祭姪文稿』が展示された部屋の前で1時間ほど並び、実際に見られたのは5~6秒ほどだったという。ゆえに、もっとじっくり見たいと3回も並び直して書を味わったが、『顔真卿の肉筆の書は中国人の心を深く感動させるものだった』と語っている。この書の希少性は、1000年以上も前の書がそのまま保存されていること。また、後世に多大な影響を与えた顔真卿の代表作であるからだという」
(3)「その価値を知る中国人は、『顔真卿の悲痛な心と血と涙が如実に紙の上に表れていた』とし、『この国宝を目にすることができたのは、前世から来世にわたる幸せだ』と感極まった様子で伝えた。この特別展は2月24日で終了した。今回、入場者の半数に当たる5万人もの中国人が東京国立博物館を訪れたのは、中国の春節の休暇と重なったこともあるが、歴史や文化を愛する中国人がそれだけ多いことを示していると言えるだろう」
中国人は、子どもの時から筆に馴染んでいるので字が上手いことは確かだ。私が昔、教えていた中国人留学生の字がきれいで目を見張るものがあった。理由を聞いてみると、子どもの頃から筆を持っていたという説明で納得した。中国人の書への高い関心には、こういう背景があるのだろう。
今回の作品は、台北国立故宮博物院に所蔵されているコレクションである。大陸から持ち出した文物を合わせて、約69万点が所蔵されている。数ヵ月間、入れ替わりで展示しても10年間がかかるとされる。私は、この台北国立故宮博物院で二度、参観する機会があった。静かな山間にたたずむ美術館である。予備知識もなく入館したので、その広さに圧倒されてただ、驚いたという印象しか残っていないのが残念である。それでも、象形文字の由来が分る古代の展示物を見ると、漢字生成過程が分って興味深かった。この記憶は、今も鮮明に残っている。