習近平氏は、なぜか鄧小平に対抗意識を持っている。習氏の実父が、鄧に受け入れられなかったという「私怨」があるとの見方もある。だが、公平に見て習近平と鄧小平では人物の格が違う。さらに、毛沢東の我が儘に振り回され3度も左遷された鄧小平である。中国経済の根本的な弱点を見抜いており、市場経済化を推進した。同時に権力の集中化を防ぐ手立ても講じていた。
習近平氏は、江沢民氏の依怙贔屓で拾った国家主席の椅子である。習氏は、毛沢東崇拝の民族主義者である。それゆえ、毛沢東の間違った路線に迷い込む危険性はきわめて強い。彼が、鄧小平を嫌う理由は、実父の恨みを晴らすという私怨のほかに、体質的に毛沢東張りなのであろう。
『日本経済新聞』(11月9日付)は、「中国安定成長へ民間に活力を」という寄稿を掲載した。筆者は、英『エノド・エコノミクスチーフ』エコノミストの ダイアナ・チョイレバ氏である。
(1)「中国共産党の重要会議である第19期中央委員会第4回全体会議(4中全会)が10月31日に閉幕した。(2018年2月の3中全会から)1年8カ月ぶりの開催だったが、中国は米国との対立や国内経済の減速などの対応に追われている。今の中国の状況を考えると、過去数十年にわたる中国経済の発展に、民間企業の活力や試行錯誤を重ねて実行された政策改革がどれほど寄与したかを政府高官が認識することが極めて重要だ」
習氏は、「中華の未来」に夢を託すあまり、過去の中国経済がどのような過程を経て成長してきたか、そのプロセスを知ろうとしない欠点がある。鄧小平の改革開放路線があったことと、「人口ボーナス期」という人口動態がもたらすボーナスによって発展できたのだ。それは、市場経済を目指し民間企業を先兵にしてきたからだ。習氏は、この改革開放路線に背を向け、国有企業中心の産業構造再編を狙っている。習氏と同じ「紅二代」(太子党)の利権を守り、自らの政権基盤の安泰を図るという「邪念」の結果だ。
(2)「世界に保護主義が広がり、グローバリゼーションが揺らぐ中で、中国が前進するには、民間企業の活力や政策改革は不可欠な原動力だ。米中対立の影響で貿易は縮小し、製造業は東南アジアなどに生産拠点を移転している。企業によるサプライチェーン(供給網)の再構築が加速している。共産党による事実上の一党独裁体制が続く中国で、「国進民退」と呼ばれる国有企業の優遇と、民間企業の厳しさは外国投資家の懸念材料になっている。民間企業はイノベーション(技術革新)の最前線にあり、多くの中国人を雇用している。にもかかわらず、習近平(シー・ジンピン)政権は国有企業の改革を進めるどころか、民間企業の社内に共産党組織の設置を促している」
習氏は、自己の政権基盤を強化する狙いと、そのためには国有企業が中国経済の核になるべきという間違った考えに囚われている。民間企業にまで共産党組織を作らせているのは、共産党が中国経済の全てを掌握するという意思表示である。
(3)「習政権が発足して以来、中国で40年以上にわたって機能してきた政策改革の動きが鈍化した。「改革開放」政策を掲げた鄧小平時代は、中央政府が決定した政策であっても、地方政府がそれぞれの地元の状況に応じて調整しながら実行する余地があった。だが今は習氏への権力集中が進み、管理も強まった。地方政府の高官は自らの責任で行動することをためらうようになった。目立った行動をすれば、「反腐敗運動」の名の下に(あらぬ腐敗を追及されかねないと)萎縮し、リスクを冒さない方が得策と考えるようになってしまった」
中国文化は、汚職である。これが、市場経済のインセンティブになって中国経済を成長させてきた。現在は、反腐敗で取締っている結果、このインセンティブが抑圧されている。一方では、国有企業による民間企業への圧迫が進んでいる。こうなると、中国経済を動かす市場経済機構が、完全に押し潰されてしまうリスクを抱える。
「水清ければ魚棲まず」という言葉がある。中国に合理的な市場機構が育つ社会基盤はないのだ。人縁社会の中国では、賄賂が市場機構の役割を果たしてきた。「中国文化は汚職である」というのは、決して詭弁でなく現実である。汚職を取りしまうのであれば、徹底的な民営企業中心の経済に転換すべきである。国有企業中心では、汚職取締と両立できず、中国経済は必ず、衰退する運命だ。
(4)「習政権は金融危機で債務が急増して経済が不安定化した場合、それを抑制しなければ、共産党の存亡の機になりかねないと考えているようだ。過剰債務の圧縮に取り組む中央政府は、不動産売買に伴う規制を緩めていない。買い手に対し、銀行を通さず資金を融通する「影の銀行」の取り締まりを続けている。ほかにも、習氏は最貧困層をなくす生活改善プロジェクトや大気汚染などにも取り組んでいる。大気汚染は依然として深刻だが、官製イノベーションは急ピッチで続いている」
習氏は、それなりに合理的な政策を実行しようとしている。それは正しいが、経済政策の根本である市場機構を弱める国有企業再編では、実効を上げられないで壁に突き当たる。習氏が、ここまで国有企業=共産党支配にこだわるのは、習近平支持派の「太子党」の利権確保が目的だ。これによって、習永久政権を目論んでいるはず。ここまでくると、豊臣秀吉の姿と二重写しになろう。
(5)「しかしながら、国進民退路線が貫かれたままだ。中国共産党の中央委員会は40年以上にわたってなし遂げられた経済成長という金の卵を産んできたガチョウを殺しかねないリスクがあることを認識しなければならない。先行きが見通しにくい中で、中国が世界で成功するには、自国経済をけん引してきた民間企業の活力や起業家精神を押しつぶさないように慎重に行動することが重要だ。地方政府にも政策を実践することを容認する必要がある」
国進民退路線(国有企業優先・民営企業後退)は、中国経済における過去の発展を逆さまにすることである。この分りきったことが、習氏には分らないのだ。それは、自分の永久政権に目が眩み、真の発展策を見失っている証拠であろう。鄧小平思想否定は、習氏の個人的な欲望がそうさせているに過ぎない。