米国は、1930年代の世界恐慌を上回る失業率に落込むと予告されていた。5月の失業率は、意外なことに4月に引き続きさらなる悪化を免れたのである。一段の悪化を予想していたエコノミストは、真っ青になるほど。先ずは、「めでたし」というところか。
米労働省が6月5日発表した5月の雇用統計は、失業率が13.3%となり、戦後最悪だった4月(14.7%)から一転して改善したのである。市場は20%程度の失業率を見込んでいただけに、うれしい誤算になった。景気動向を敏感に映す非農業部門の就業者数も、前月比250万人もの増加である。
5月の非農業部門の就業者数は当初、エコノミスト予想の中央値で750万人もの減少であった。ブルームバーグが調査したエコノミスト78人の中で、最も楽観的な予測ですら80万人の減少が見込まれていた。それが、蓋を開けたら前月比250万人増である。
なにが、これほどの予測外れを起こさせてかである。それは、4月の失業率に問題を解くカギがあったのだ。4月の米雇用統計は、失業率が前記のように14.7%と大恐慌以来の水準だが、失業者の大半は「一時的な解雇」で、経済が再開すれば早期の職場復帰も可能な状態であった。10年間にわたって失業率が高止まりした大恐慌時と異なり、雇用の回復が比較的早かった1980年代の「ボルカー不況」に近いと指摘されていたのだ。5月の実績で、今回のコロナ禍による失業者の過半が「一時的な解雇」であったことを証明する形になったのである。
4月の失業者のうち「恒久的な解雇」は11%にすぎず、78%は「一時的な解雇」だった。08~09年の金融危機時は、逆に「一時解雇」が10%前後にすぎず、50%前後が「恒久解雇」と圧倒的に多数だった。統計をさらに遡ってみても「一時解雇」の割合は、新型コロナの発生前は1975年6月の24%が最大であった。以上は、『日本経済新聞』(5月9日付)が報じたものだ。
米産業界は景気悪化時に、労働者を一時的に解雇したり帰休させたりするレイオフ制を利用している。雇用そのものを景気の調整弁に使う一方で、企業自体は固定費を削れるため存続しやすくなるためだ。雇用統計上の「一時的な解雇」は、恒久的な失職ではなく、景気回復時には失業者が早期に元の職場に復帰できる可能性があることを示している。
5月の新規雇用が増加に転じたのは、「一時的な解雇」からの復帰であったことを示している。ここで重要なのは、トランプ政権がロックダウン政策に固執せず、弾力的に対応したことであろう。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(5月25日付)は、「ロックダウンの是非、モラルで語る危うさ」と題する記事を掲載した。
科学と経済学の細かいところが理解できない単純な人間には、新型コロナウイルスによる都市封鎖(ロックダウン)をめぐって全米で繰り広げられている複雑な議論を明快に説明してくれる「物語」が必要だ。つまり、ロックダウンに伴う便益と費用の比較検討である。ここでは、死者数がピークを打てば一部、経済活動の解除が必要という結論である。
(1)「経済を再開した州のほとんどで状況は同じかそれほど変わらない。これらの州の知事はただやみくもに賭けに出ているわけではない。彼らが科学とデータ、それに経済学を活用しているのは明らかだ。彼らはウイルスによる死者数がピークを超えると、リスクのバランスが変化することに気が付いた。ロックダウンの便益はますます費用に見合わなくなっているように見える」
フロリダ州やジョージア州の2州は、ウイルス死亡者がピークを越えると、ロックダウンの便益と費用の関係が逆転することに気付いていた。これは、極めて重要な「発見」と言える。ロックダウンを長期継続すれば、その費用が便益を上回って市民は損失を被るのだ。死者数がピークを打ったら、その時点で、ロックダウンを解除すれば、便益が費用を上回るのである。これを、前記2州は経験値で理解していた。米国流合理主義の勝利と言えよう。
(2)「ただ考えようによっては、そこが一番肝心な点だ。真実は複雑で、このウイルスについてわれわれが知らないことはあまりにも多い。経済上のリスクと健康上のリスクのバランスを適切に取ることは容易なことではない。新型ウイルスへの対応は科学か無知か、あるいは善か悪かといった単なる道徳話ではない。だがそれでは「物語」にはなりにくい」
5月の全米失業率で悪化に歯止めがかかったのは、コロナ死亡者がピークを打ったという確認を経て、経済活動を再開させた政治的決断の結果と見られる。ここで比較すべきは、中国流の強権によるロックダウンが、経済活動に決定的なマイナスをもたらしことである。米国では「一時的解雇」で済んだのが、中国では「恒久的解雇」につながる恐れが強いのである。
中国のようなロックダウンを行なったからと言って、コロナを全面駆除できる訳でない。ロックダウンは、再考すべきであることを示唆している。こうなると、日本型のコロナ対策が最も経済的にも有効であった。そういう結論になるのかも知れない。