習近平国家主席と王岐山国家副主席は、刎頸の友である。王氏が65歳の定年制で中央政治局常務委員を辞任したあと、金融と米国関係の円滑化を図るという名目で、国家副主席に就任した。この習―王ラインが機能していれば、米中貿易戦争は起こらなかったであろう。王氏が、習氏を説得して米中対立回避に動いた、と予想されるからだ。
米中対立が現実化したのは、習近平氏が王氏を遠ざけたと結果と見られる。その後、両者が一緒にいる姿は確認されておらず、「習―王ライン破綻説」が噂されるほどだ。
『大紀元』(9月7日付)は、「『中国王岐山副主席』3カ月ぶりに公の場に、習氏との関係に変化との見方も」と題する記事を掲載した。
中国の王岐山国家副主席は「抗日戦争勝利記念日」の9月3日、北京で行われた「戦勝75周年」の式典に出席した。3カ月間、公の場に姿を見せなかった王氏は、友人で実業家の任志強氏が習近平氏を批判したあと、「王氏の習氏への影響力がなくなった」との見方が出ている。
(1)「9月3日午前、中国共産党最高指導部の7人全員と王岐山国家副主席らが「戦勝75周年」の式典に出席した。王氏の出席に、外界の注目が集まった。王氏が最後に公の場に現れたのは、5月末の全国人民代表大会(国会に相当)の時だったという。香港紙『アップルデイリー』によると、習近平政権の発足直後から、王氏はかつて腐敗幹部一掃の運動を仕切り、習氏の権力基盤を強固なものにした。しかし、事実上のナンバー2だった王氏は習氏との関係性に変化があったとの見方が出ている」
習近平政権第1期において、王氏が腐敗幹部の一掃など行い、政権基盤の強化に大きく寄与した。その後は、国家副主席に就任したものの、王氏の出る幕はなくなった。米中対立が激化して、王氏の意見を聞く耳を持たぬようになったからだ。
(2)「大手不動産開発会社トップを務める任志強氏は新型コロナウイルスの感染拡大について指導部の初動の遅れが原因だと批判した。さらに「化けの皮がはがれても皇帝の座にしがみつく道化師」とその矛先が習氏にも向けられた。同氏は3月中旬から行方が分からなくなり、のちに長男と秘書も同時逮捕されたことがわかった」
王氏が、公式の場から姿を消したのは、王氏の友人である任志強氏が、「習近平批判」を行い逮捕されたことと関係があると言われている。任氏は、中国政府の新型コロナウイルス対策を厳しく批判し、感染が拡大した理由を「言論の自由がないためだ」と指摘した。習氏については名指しを避けながらも、「化けの皮がはがれても皇帝の座にしがみ付こうとしているピエロ」と揶揄し、「遠くない将来、共産党はこの悪夢から目が覚め、もう一度『四人組』を打倒し、この民族と国家を救うかもしれない」と辛辣な批評を加えた。
中国の現状では、こういう意見表明は「犯罪」とされている。疑い深くなっている習近平は、この任氏の裏に王氏がいると邪推したのだろう。ただ、習―王ラインは刎頸の友、王―任ラインも古い友人関係である。となれば、王氏が習氏を売るようなことに関係するとは思えないが、専制君主のこと猜疑心は旺盛だ。現在の粛清進行はその証である。
(3)「任氏の父は、王岐山氏の義父で党の長老である姚依林氏に仕えていた。このことから、2人は親しい関係にある。任氏の踏み込んだ批判が習氏の逆鱗に触れ、指導部はいかなる人も任氏の件に介入してはならないとの指示を出したという。王氏は習氏との関係に変化があり、習氏に進言する立場ではなくなったとの見方があった」
習氏は、独裁者になっている。かつての刎頸の友である、王氏の意見も聞かなくなっており、側近の「おべんちゃら」しか耳を貸さなくなっていると想像できる。粛清を始めたのは、こういう孤立感が生んだ猜疑心であろう。王氏との疎遠は、習氏の危機であり、中国の運命を狂わす要因となろう。