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韓国では、ノーベル科学賞受賞者がゼロの理由について、あれこれ詮索している。大方は、基礎科学の発展が遅れているから致し方ないということで納得している。この説では、いずれ韓国からノーベル科学賞受賞者が出るという前提だ。

 

昨日、韓国メディアに登場した「新説」を読んで、「少し違うな」という違和感を持ったので、「参戦」することにした。

 

『朝鮮日報』(10月20日付)は、「壮元及第のDNAと職人根性のDNA」と題する寄稿を掲載した。筆者は、イ・ヘジョン教育科革新研究所長である。

 

(1)「日本からまたノーベル賞受賞者が誕生した。科学分野だけですでに24回目だ。最も批判されるのは韓国の教育だ。ソウル大学物理学科のキム・デシク教授は、著書『勉強論争』(チャンビ刊、2014)の中でその理由について語っている。キム教授は、韓国の勉強文化を表す壮元及第(トップ合格)DNAと日本の勉強文化を表す職人根性DNAという二つの概念で説明している」。

 

韓国と言うよりも、儒教文化圏では「科挙」(高級官僚)試験に合格しさえすれば、一生安泰に生きられた。ただ、この科挙試験を受けるには厳しい受験資格があった。「職人」には受験資格が与えられなかったのだ。儒教文化圏からノーベル科学賞の受賞者が出ない背景は、「技術軽視」という根本的な背景がある。もう一つ、「労働軽視」も共通している。中国人は労働しないことを誇りにし、その証に手の爪を伸し放題だったという事実もある。

 

現在も、韓国の理系学部では、細かい技術を教えず街の塾に任せているという。こういう風潮のなかで技術が発展するような伝統が生まれなかったのだ。日本では、江戸時代から数学(和算)が発達していた。江戸時代に、幾何の問題を自分で解いて「算額」をお寺に奉納して住民に見て貰うことがはやっていた。

 

このように、日本では論理学(帰納法・演繹法)が和算という日本独特の「算術」によって発展していた。中国や朝鮮では、こういう実用的な学問が発展しなかったのだ。明治になって。西洋から高度の科学知識が入って来ても和算という裏付けがあったので簡単に受容できた。これが、近代化過程を難なく乗り越えさせた理由である。 

 

(2)「長年にわたって韓民族は、官吏を試験で選抜してきた。全国民を対象にしているわけではないにしろ、身分が個人の努力によって上昇する余地が同時代の他の国々よりも多かった。従って、古くから勉強の目的は立身揚名(社会的な地位や名声を得ること)だった。トップ合格が勉強する全ての人々の夢だったのだ。韓国のそうめん屋のオーナーは、子どもがそうめん屋を継ぐよりも、一生懸命に勉強して立身揚名するのを願う」

 

韓国の勉強は科挙の歴史を汲むので、「一番」が目的になる。立身出世だ。日本は、技術を受入れていたから職業の幅広い選択が可能であった。官僚にならずとも道はいくらでもあった。福沢諭吉は、慶応の卒業生に官僚の道を薦めず、民間へ就職させた。朝鮮ではあり得ない職業選択である。

 

朝鮮李朝時代、そうめんやの息子は科挙試験の受験資格はなかったはずだ。名門出身でないと受験できない制約があった。庶民の子どもが、科挙試験を受けられるはずがない。この点は、明らかにしておかなければならない。

 

(3)「ところが、日本には一生懸命に勉強して立身揚名する体制がなかった。勉強するというなら、その道で大家になるのを望んでいるわけで、その勉強を足場に他の何かを期待するといった認識そのものがたやすいものではなかった。数千年にわたって王朝が一度も変わったことがなく、身分制度が引っ繰り返ったことがないため、侍の家系は代々侍になり、うどん屋の息子はより良いうどんを作るのが誇らしい生活だった。つまり、韓国ではとんカツ屋の息子が国家試験にパスして判事や検事になるのが誇らしい文化であるのに対し、日本は3代がとんカツを作るのが誇らしい文化なのだ」

 

日本の身分制は、明治維新でひっくり返った。江戸時代の武士は、明治になって仕事がなくなり、巡査、教員、吏員となって働いた。技術を重視しており、算数知識が普及していたのでそれを生かして新しい技術に挑戦した人たちも出たのだ。韓国ではあり得ない職業の展開である。

 

近代になって、日本でもとんかつ屋の息子が学者や官僚になれたはずだ。韓国も事情は同じであろう。ただ、韓国には科挙試験における技術軽視という伝統が牢固として生き残っており、それがノーベル科学受賞者の出現を阻止していることに気付くべきだ。