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現在の米中貿易戦争が、第三次世界大戦に点火する危機を孕むという説が登場した。私は、中国にその経済力がないと見る。仮に、中国が開戦の火ぶたを切れば、民主主義国の経済包囲を免れない。

 

これから取り上げる説の起点は、次に指摘するように、いささか現実離れしている。トランプ大統領が、中国へ戦争を仕掛けるという妄想を抱いているのだ。

 

「行動が予測できないトランプ米大統領は、第1次大戦前のドイツを率いていた皇帝ウィルヘルム2世を彷彿とさせる。よりまともな指導者がいなければ、西側、ひいては世界が深刻なトラブルに陥るのは必至だ」(『フィナンシャル・タイムズ』(11月27日付))というのだ。ドイツ帝国皇帝のウィルヘルム2世と、民主主義国・米国のトランプ大統領を同じ「戦争狂」に見立てるのは、飛躍である。米国民主主義が、戦争抑制システムとして動いている現実を見落としている暴論だ。

 

『フィナンシャル・タイムズ』(11月27日付)は、「現在は第1次大戦前に並ぶ難局」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙のチーフ・エコノミクス・コメンテーターであるマーティン・ウルフ氏である。

 

(1)「現在は、(過去の世界的戦争の要因になった)3つ(の要因)がすべて入り交じっている時代だ。冷戦時と同じく超大国同士の政治制度とイデオロギーが対立していて、30年代と同じく金融危機後の民主政治と市場経済に対する信頼感が低下しており、ポピュリズム、ナショナリズム、権威主義が台頭している。1次大戦勃発前に台頭した米国と同様、中国の経済力が大幅に増したことも重要な特徴だ。米国は第1次大戦以来初めて、自国より経済力が勝る可能性がある大国と向き合っている」

 

下線を引いた部分で分るように、中国の経済力をきわめて過大に評価している。私は、英国経済紙『フィナンシャル・タイムズ』(FT)の記事には、一つの強い傾向があることに気付いてきた。それは、米国を批判する一方で、中国を実力以上に高く評価する傾向があることだ。その点で、米国経済紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)の情報量と見識の高さを買っている。同じ英国の経済誌『エコノミスト』は、厳しい中国批判で一貫しており、FTとは見識を異にしている。

 

この記事の筆者は、世界銀行のエコノミストなどを経て87年にFT入社し、ジャーナリストに転じたという。ならば当然、現在の中国経済が不動産バブルにまみれた最悪事態にあることを承知のはずだ。日本経済で分るように、バブル経済崩壊に伴う後遺症がどういうものか理解しているに違いない。そういう視点で、現在の中国を観察すれば、空前絶後の負債を抱えている経済である。この中国が、「米国は第1次大戦以来、自国より経済力が勝る可能性がある大国」に発展する可能性は「ない」と見るのが、合理的な判断であろう。

 

中国の人口動態から見ても、絶望的である。合計特殊出生率は日本の「1.4台」よりも低位で、正式の発表を取り止め、「偽データ」を世銀に提出するという厳しい状況に追い込まれている。世界銀行は、中国国務院と共同で、長期経済成長率予測を発表した。それを見ると、惨憺たる結果が発表され、米国の潜在成長率を下回るのは時間の問題である。このような中国が、科学技術も窃取せざるを得ないほど立遅れいる。世界覇権に挑戦しても勝てる公算はない。

 

(2)「(米ハーバード大学のグレアム・)アリソン教授は、相互不信が第1次大戦の勃発への道のりをあおった様子をうまく描写している。米国と中国が今、正面衝突を避けることは、それ以上に重要だ。冷戦の最大の成果は、直接的な戦争が回避できたことだ。だが、それをもたらした核抑止力だけでは今は不十分かもしれない」

 

中国が、米国に戦争を仕掛けることは、第一次世界大戦の口火を切ったドイツ皇帝ウィルヘルム2世と同じ振る舞いとなろう。習近平氏を取り巻く民族主義グループは、きわめて危険な存在である。米中貿易戦争で妥協を阻み拡大させたのは、この民族主義グループである。米国は民主主義国である。中国の専制主義国と違い、簡単に開戦には踏み切れない政治システムだ。それが、民主主義の利点である。

 

(3)「最も重要な結論は恐らく、新たな破滅的戦争を避けるだけでは不十分だということだ。どれほど避けられないようにみえたとしても、現在の我々には、昔のように大国同士が張り合うゲームに興じる余裕はない。そんなことをするには互いの利害が密接に絡み合いすぎている。世界が直面する経済、安全保障、環境面の課題に対処していくには、西側と中国とその他諸国の関係について、全員が得をする「ポジティブサム」のビジョンを共有して、人類は過去よりはるかにうまくやらなければならない」

 

この論調の裏に、私は中国の存在を嗅ぎ散る。中国は、米国に負けない経済力を持つが、戦争を自制していると臭わせている。それよりも、世界が利益になる課題に取り組もうという論法である。この主張は、誰も反対できないし賛成する。中国は、時間稼ぎするつもりだろう。毛沢東が、蔣介石に二度も「国共合作」を持ちかけて、弱点をカバーした戦略と同じ手法が隠されている。手の込んだ中国の仕掛ける謀略戦の一端を担いでいる記事だ。