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韓国という国には、真の「公平さ」とは何かという基準が存在しない。権力を握った者が、公平さの尺度になる「強い者勝ち」国家である。スポーツと同じだ。勝てば良いという認識である。フェアプレイと無縁である。

 

今年から採用される高校歴史教科書は、文在寅政権の「治績」が堂々と記述されているという。政権発足後わずか2年半で、「歴史」として判定されるはずがない。それを「歴史上の治績」として記述する。一方では、軍事政権下の高度経済成長である「漢江の奇跡」については、大幅に記述を減らさせる。現政権に都合のいいように書き換える歴史教科書が、教室で教え込まれるのだ。

 

狙いは、現政権の「進歩派」がいかに民主的であるか。それを教科書という公正なオブラートに包んで、「若い頭脳」に刷り込ませて永久政権化を図る。何とも、党利党略の見本のような話が現実になっている。今年4月から、高校3年生の18歳以上の者が選挙権を持つことを狙ったのであろう。

教科書検定基準もデタラメである。経済データという基本部分が、教科書によって異なる。教育部(教育省)が、歴史教科書で現政権の治績を認めた。理由は、筆者の自由を尊重するという理由である。これが、データのバラバラを放置した理由になっている。

 


『朝鮮日報』(1月12日付)は、「韓国史教科書のでたらめ資料に『問題なし』とする教育部」と題する記事を掲載した。

 

韓国政府による検定を通過し、今年3月から高校で使用される「韓国史」の八つの教科書のうち、六つに「192030年の米生産量」に関するグラフが掲載されている。日帝強占期の産米増殖計画が一目で分かる資料でもあるため、多くの教科書がこれを採用したのだ。ところが四つの教科書と二つの教科書の間では、年ごとの生産量が少ない場合は53万石、多い場合は567万石もの違いが出ている。

 

(1)「この統計だけでなく、「多くの部分で出版社ごとに記述が異なっている」と本紙が指摘したところ、韓国教育部(省に相当)と韓国教育課程評価院は7日「執筆者の自律性を尊重し、さまざまな内容に基づいて記載されたものだ」との考えを示した。米の生産量とその価格が異なっていることについて、四つの出版社は朝鮮総督府農業統計資料を、二つの出版社は朝鮮米穀要覧を引用元としたからだという。しかしこの二つの引用元を作成したのはいずれも朝鮮総督府で、生産量に関する元の資料も同じだ。また朝鮮米穀要覧を引用元としている二つの教科書でさえ、同じ年の生産量を異なって記載している」

 

教科書によって異なるデータを掲載している。日本の教科書であればあり得ないことが起っている。執筆者の「自由」という前提あってのことだ。これが「左傾教科書」を生んでいる理由であり、文政権の治績が教科書に記述される背景である。

 

(2)「問題の「朝鮮米穀要覧(1937)」という資料はすでにネットで誰でも見ることができるが、評価院は7日「元の資料は確認できない」として別の資料を提示した。つまり今回の問題は、検定審議の対象となった教科書をしっかりと比較さえすれば事前に防げた単純ミスだったのだ。しかし「さまざまな内容に基づいて記載された」とする教育部などの主張は今も変わっていない。経済史を専攻する複数の研究者は「同じデータを集計した統計が見る時期によって大きく変わっている。その全てが正しいと主張するのはあまりにも無責任」「いずれにしても修正・補完を勧告すべきだ」と主張した」

 

韓国教育部は、現政権の「進歩派」が継続することを目的とする教科書認定である。次期政権が保守派に代われば、また「教科書改訂」になろう。こういう政争の片棒を担ぐ教育部とは、百害あって一利なしの存在であろう。

 

(3)「このように韓国における教科書検定の実態は単なるミスさえ発見できないレベルなのだろうか。その一方で今回検定を通過した韓国史の教科書は文在寅(ムン・ジェイン)政権の治績を強調し、北朝鮮の軍事挑発は最低限しか記載しないなどあまりにも偏向している。ずさんな検定には何か他の理由があったのではないかと強く疑わざるを得ない」

 

歴史教科書が、南北統一の準備テキストに成り下がっている。明らかに政治目的を持っている。最近の世論調査では、南北統一よりも現在の共存共栄スタイルが選択されている。この傾向は、若者になればなるほど顕著だ。文政権は、明らかにこの流れを逆転させる意図を持っている。