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習近平氏は、国家権力を一身に集めて盤石の構えであったが、「新型コロナウイルス」にその座を揺さぶられている。3月5日開催予定の全人代(日本の国会)を延期のやむなきに至ったからだ。

 

連日、新型コロナウイルス感染者の死者が増えている中で、全人代を開催しても胸を張った演説は不可能である。国民への謝罪の一つも発言しなければ不満は収まるまい。となれば、この時期をずらした方がベターという政治判断が生まれて当然であろう。だが、全人代延期を決定する前に、最高指導部は意見が二つに割れたという。予定通り開催する案を主張した習近平国家主席と、延期論の李克強首相が対立して、ついに延期説が通ったというのである。

 

『日本経済新聞 電子版』(2月24日付)は、「習氏の訪日日程に影響も、中国が全人代を延期」と題する記事を掲載した。

 

(1)「全人代の延期を巡っては最高指導部内で意見が対立したとの指摘がある。20日付の香港紙・明報は、習氏は延期をしたくなかったが、李克強(リー・クォーチャン)首相が強く先延ばしを求めたと伝えた。真相は定かでないものの、盤石とみられた習氏「1強」体制で内部の対立が伝えられること自体が異例だ。新型肺炎を巡っては習指導部の初動の遅れに批判が集まった。習氏の4月の訪日計画に影響が出るとの見方も出るのは、共産党指導部が国内事情を理由に訪日を延期した例があるためだ」

 

習氏は、政敵をことごとく獄窓へ繋ぎ、無敵の状態を作り出したが、「武漢ウイルス」にその座を脅かされている。何とも皮肉な話に聞えるのだ。権力を固めて油断しているところへ、「武漢ウイルス」が習氏の統治能力を試してきたとも言える。

 

統治能力とは、上から強引に抑えつけることではない。不満を吸収しつつ方向付け誘導する力だ。習氏は、一党独裁を笠に着て政敵を追放する旧式スタイルである。毛沢東には可能でも、1人当り名目GDPが1万ドル時代の現在では不可能である。そういう時代背景を間違えている習氏とその取り巻き連中は、時代錯誤の点で進化する「武漢ウイルス」に敵わないのだ。

 

「武漢ウイルス」は、国民の不満を焚きつけている。1万ドル時代の環境にふさわしい「抵抗力」を身につけてきたとも言える。毛沢東時代の国民は、静かな羊の群である。今は、「一匹オオカミ」にもなり得る。この違いを知るべきなのだ。国民を嘲ると、何倍かのブーメランに襲われるであろう。経済危機は、習氏の独裁を倒す魔力を持っている。

 


(2)「江沢民(ジアン・ズォーミン)国家主席(当時)は、19989月の日本訪問を予定していた。ところが98年夏に長江流域で大洪水が発生し、国内対策を優先して訪日を先延ばしした。江氏は被災地域を何度も視察して洪水への「勝利宣言」をしたうえで9811月下旬に訪日に臨んだ。新型肺炎の脅威はなお広がっており、自国民の生死に直結する。習指導部は国内の動向をにらみつつ、慎重に判断するとみられる」

 

全人代の開催が延期される、かつてない事態を迎えている。これと、訪日の重要性を天秤にかけて見れば、全人代の重要性がはるかに大きいことが分かるだろう。その重要な全人代を延期した以上、訪日計画も変更されると見る方が自然だ。新型コロナウイルス感染が、4月に終息するはずがないからである。

 

(3)「習指導部には逆風が相次いでいる。トランプ米政権との貿易交渉は「第1段階合意」でひとまず休戦に持ち込んだものの、ハイテク覇権や構造問題を巡る争いは収まっていない。習氏の強権的な手法に反発した香港の抗議活動も収束していない。台湾では独立志向の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統が1月に再選を果たした」

 

米中貿易戦争、香港問題、台湾問題。この3つは一見、無関係のように見えるが同根による現象だ。中国経済が、不動産バブルによる過剰債務で身動きできなくなっている結果である。米中貿易戦争が典型的である。昨年5月には、まだ米国と経済的に対抗できるゆとりがあった。それから半年、中国経済は急坂を転げ落ちるように浮揚力を失った。だから、米国と妥協せざるを得なかったのである。「米高・中低」という経済的不均衡下で、中国は米国の風下に立たざるを得なくさせている。

 

米中貿易戦争を始めたのは、民族派の習氏である。李首相など経済改革派は、米国との妥協の道を探っていた。昨年5月に妥結していれば、中国経済がここまで疲弊することもなかった。習氏の完敗である。全人代開催時期を巡る対立で、習氏が李首相の意見に譲らざるを得なかったのは、米中貿易戦争の敗北が理由だろう。これが、香港や台湾の問題で米国に対決できない伏線になっていると見る。