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連日、世界を駆け巡る暗い話題の中で、人間としてほのぼのとさせられる明るい話が、ジワジワと登場してきた。これまでの価値観が、大きく変わりつつあるのだ。ロックダウンで、家庭に長期滞留を余儀なくされるとともに、家事一切を取り仕切る母親への感謝で、今年の「母の日」は例年の2倍もカーネーションが売れた。また、日々の地味な公的サービスを担う人々への感謝が伝えられている。

 

ビジネス面でも変化が出てきた。これまで敬遠されてきた遠隔診療が、すっかり定着するムードになったこと。ホテルもフロントを通さず直接、部屋へ行くことに抵抗感がなくなってきた。サービスへの観念が180度変わってきたという。これは、日本の「オモテナシ」に大きな変革をもたらしそうである。

 

『フィナンシャル・タイムズ』(5月19日付)は、「コロナ危機がもたらした大切な変化」と題する記事を掲載した。

 

本紙フィナンシャル・タイムズで先週、前代未聞の出来事があった。3日間の国際ビジネス会議をズームで開いたのだ。新型コロナウイルス感染症が世界をどう変容させるか、重要な地位にある人たちが興味深い見識を披露した。その多くが現代への警鐘に満ちていた。会議のスピーカーの多くが、コロナ危機が生活をより良くする変化をもたらす可能性があるという見方を語っていたのは印象的だった。

 

(1)「最初の変化は遠隔医療に関したものだ。ハイテク業界投資家のソナリ・デライカー氏が先週語ったように、英国ではオンライン診療に対する抵抗が大きく、どうしても主流にはなれなかった。「それがコロナで一夜にして変わった」とデライカー氏は言う。同氏の会社が投資しているある会社では、オンライン診察の件数が2月以降、倍増したという。最近まで世界最大のファクス機の買い手だった英国民医療制度(NHS)ですら、新型コロナをきっかけに一気にデジタル化した。3月に感染が急拡大すると、NHSは数千の診療所に対して、医師と患者を感染から守るため、遠隔診療に切り替えるよう指示した。人々がデジタル診療の便利さを知った今となっては、もう元に戻ることはないとデライカー氏は確信している。彼女が正しいことを願うばかりだ」

 

英国では、一夜にしてオンライン(遠隔)診療に違和感がなくなったという。英国では、「ホームドクター制」(かかりつけ医)が普及している。それだけに対面診療に馴れきっている。だが、オンライン診療に抵抗感がなくなったという。これは、英国人気質も手伝っている。古い物を大事にする一方、それが限界に来るとあっさり、切り替わる気性である。蒸気機関車から電気機関車に切り替わるとき、ロンドン市民は大挙して蒸気機関車に涙の別れを告げた。翌日は、旗を振り電気機関車を迎えた、という話が残っているのだ。

 


(2)「米ホテル大手ラディソン・ホスピタリティのフェデリコ・ゴンザレス最高経営責任者(CEO)も、医療ほど命に関わらないまでも、今回のパンデミックがもたらすやはり喜ばしい改善について語っていた。伝統的なホテルのチェックインが終わりを迎えるというのだ。その見通しも現実になることを願いたい。旅行客を呼び戻すために、ホテル側は、滞在期間中を通して宿泊客に安心してもらう必要がある。すでに一部のホテルは、宿泊客が事前にオンラインでチェックインして到着時に部屋に直行し、自分の携帯電話でカギを開かせる技術を持っているという。今後多くのホテルが追随するというのが同氏の見立てだ」

 

ホテルのチェックインが消えると言う。ホテルマン(ホテルウーマン)には、一大事である。コロナ禍で非人的サービスが案外、快適であると知ったのだろう。

 

(3)「改善はデジタルに限らない。米国やオーストラリアでは510日は母の日だったが、オーストラリアで花屋を営む友人は、今年の注文が例年の週末の2倍を超えたと話してくれた。米テキサス州の花屋も同じように注文が殺到したと話していた。各地のロックダウン(都市封鎖)でバラバラになった家族が母親に感謝の気持ちを伝えるようと心を砕いたためだ。驚くことでもない」

 

ホテルのチェックインが不要と言いながら、家族愛は復活である。これから在宅勤務が主流になるという専門家が増えている。テレワークである。家族と一緒に居る時間が増えれば、「家族愛」復活は必須である。これは、結婚願望を生み出すきっかけになるかも知れない。「お一人様」に分かれる促進剤か。

 

(4)「求人ウェブサイト「インディード」の先週のリポートでは、英国の労働者の半数近くが、ロックダウンのために家族や家庭に対し以前よりも感謝の気持ちを抱くようになったと答えていた。その比率は、給与が満額支給される定期収入やじかに同僚と会うこと、雇用保障などにあらためて感謝を感じたと答えた人の割合をはるかに上回った。この感謝の念がこれからも続き、その相手も家族にとどまらないことを願いたい。世界中で、パンデミックをきっかけに、看護師や介護施設のスタッフ、バス運転手など、日ごろ十分に評価されていない労働者に対する感謝が表されている。それが恒久的なものであり、そうした謝意に見合った報酬の引き上げがあることを心から願うこうした変化はいずれも、このパンデミックがもたらした命や暮らしの壊滅的な喪失を埋め合わせるものではない。だが、何らかでも慰めがあるなら、感謝すべきだろう」

 

コロナ禍で、社会はデジタル化が一気に進むという反面で、看護師や介護施設のスタッフ、バス運転手など、日ごろ十分に評価されていない人々に対する感謝が表されることは大事である。ギスギスした社会修復には、またとない機会となる。こうして、社会は良い方向へ一歩ずつ進んでゆくのであろう。ぜひ、そうあってほしいものだ。