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韓国文政権を支持するメディアが、日本より優秀だと吠えている。理由は、新型コロナウイルスで、韓国の防疫体制が完璧であったというのだ。コロナ禍は、まだ「終息」していない。「収束」の段階である。一時的に収まったという程度の話である。それを、韓国が勝ったと言って早とちりしているのだ。韓国の開放性、民主性、透明性などが日本より上回っている結果だという。

 

話が、ここまで広がってくるとひと言、言う必要がある。韓国がそれほど開放性、民主性、透明性において優れている社会かと問わざるを得ないのだ。現在、韓国社会を揺るがしている元慰安婦支援団体の「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)に5月20日、捜査のメスが入った事件は何だったのか。

 

韓国政権支持のメディアが、お仲間の醜態を隠して、何ごともなかったようなポーズを取ることは、まさに「メディアの自殺」である。文政権支持のメディアには、仲間の醜態であるはず。そうであればあるほど、きびしくその原因を突き止め、韓国国民に向かった再発を呼びかける立場だ。それにも関わらず、日本に向かって空威張りしている。見苦しい態度に映るのである。

 

『ハンギョレ新聞』(5月22日付)は、「加害者」日本がなぜ恥知らずにも介入するのか」と題する社説を掲載した。

 

日本のある新聞が20日、正義記憶連帯(正義連)と共に市民党のユン・ミヒャン当選者をめぐる問題を取り上げ、「平和の少女像」撤去と水曜デモの中止を要求した。「慰安婦」問題の加害者である日本でこのような主張が出てくるとは、開いた口が塞がらない。

 


(1)「極右性向の産経新聞はこの日、社説に当たる「主張」欄に「反日集会やめ(少女)像の撤去を」という一文を載せた。同紙は「反日憎悪の象徴である『慰安婦像(少女像)』を早急に撤去してほしい」と主張した。また、日本軍慰安婦問題の解決を要求する「水曜集会」を「反日集会」と描写して「反日集会をやめるべきだとの主張はその通りだ」とした。韓日関係では泥棒がムチを持つことがたまに起こったが、盗人猛々しいにもほどがある。慰安婦問題は「反日憎悪」ではなく、「戦争犯罪」だ

 

先ず、言いたいことは「極右」というレッテルを貼って相手を罵倒する非生産性である。この記事は、社説である。メディアの顔である。それが、自分と意見が異なるといって相手に「極右」のレッテル張りは慎むべきことだ。恥ずかしい行為なのだ。

 

下線を引いた部分は、「慰安婦問題は『反日憎悪』ではなく、『戦争犯罪』だ」と規定している。抽象的に言えば、その通りである。ただ、歴史問題として語る場合、その時の歴史条件を抜きにしては善悪を語れないのだ。まず、そういう制約条件を前提にして議論を進めたい。

 

当時の日本では、売春が公認されていたという事実を承認することだ。この点は、当時の世界で共通であった。売春は、貧困ゆえの哀しい話しである。「管理売春」は、貧しい女性が業者の食いものになることを防ぐ狙いもあった。戦場での慰安婦問題は、業者の経営下で女性が搾取されないように、日本軍による監視下にあったことだ。日本軍が経営していたのではない。

 

こういう歴史的事実からすれば、「慰安婦問題は戦争犯罪」と直結しない。現に、朝鮮女性が拉致されたという韓国側の主張は、韓国人学者の実証分析で否定されている。あくまでも「自由意志」であった。だから、先述の通り「貧困ゆえの哀しい話し」なのだ。日本軍の戦争犯罪に結びつけるのは論理的飛躍である。まさに、「反日意図」から出発している。

 

そこまで、日本の戦争犯罪に結びつけるには、もう一つ法的な根拠が欠けているのだ。売春が法的に違法であったという仮定が必要である。現在の法意識で、75年前の売春を罰することはできない。罪刑法定主義で、その当時に「売春は違法」という立法措置がなければ、何人も罰せられない。冷たいことを言うようだが、『ハンギョレ新聞』が、大上段に振りかぶった主張を展開するならば、そういう法的な回答しかできないのだ。

 

もう一つ補足したい。韓国は、ベトナム戦争(1960~75年)に参戦して、韓国兵は現地で何をやってきたか。ベトナム女性に子どもを生ませ、置き去りにしてきたのである。日本兵の慰安婦問題を追及する前に、自国の恥を償ってくるべきなのだ。

 

日本の売春禁止法は、1958年である。韓国は2004年である。この時間差は、46年という半世紀もの遅れがある。この事実を以てしても、韓国の売春に対する意識の低さは鮮明である。日本を責める資格はないのだ。

 

(2)「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応の過程で立証された開放性、民主性、透明性など、韓国社会の力量は日本のそれを上回る。日本は筋違いな口を挟む立場にはない。日本の極右勢力は、慰安婦の人権運動の30年にわたる活動を毀損せんとする挑発を止めなければならない」

 

このパラグラフでは、韓国優越論が全開である。こういう社説を書く論説委員の顔を見たいのだが、論説は一人で書くものではない。私の経験から言っても、論説委員が事前に相談して執筆するものだ。社説は性格上、論説委員長が編集して初めて脱稿する。このプロセス経てきた社説とすれば、『ハンギョレ新聞』論説委員は全員、韓国優越論に酔っていることになる。一人も冷静で論理的思考の持ち主はいなかった、という証明になる。

 

韓国の慰安婦運動は、慰安婦問題を解決するために存在したわけでないことが、今回の寄付金流用疑惑で判明した。慰安婦問題を未解決のままにしておき、その間に寄付金を募る「ビジネス」に使ったことは明白である。2015年に合意した日韓慰安婦合意を破棄させた元慰安婦支援団体は、「解決」よりも未解決による「維持」を狙ったのだ。そうでなければ、寄付金が集められず、それを流用できなかったからだ。

 

こういう状態で、韓国が「開放性、民主性、透明性などで日本を上回っている」と言えるはずがない。この記事を書きながら、論説委員は胸が痛まなかったであろうか。もしそうとすれば、「病膏肓(やまいこうもう)に入る」である。