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かつて、世界の7つの海を支配した大英帝国が、中国からの「離脱」を模索している。理由は簡単だ。コロナ禍で中国の姿勢に不信感を強めたことと、香港返還に伴う中英共同宣言の「一国二制度」が骨抜きにされることである。さまよえる英国は、日本や韓国などの関係強化で難局打開を図ろうとしている。

 

『日本経済新聞 電子版』(5月31日付)は、「幕を閉じた中国との『黄金時代』」と題する寄稿を掲載した。筆者は、英『フィナンシャル・タイムズ』前編集長、ライオネル・バーバー氏である。

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が英国を公式訪問した2015年は、両国関係の「黄金時代」と言われた。しかし米国のトランプ大統領が欧州やアジアの同盟国に対して米中貿易戦争への立場を明確にするよう求め、中国政府が香港を締め付けたことなどを受け、中英関係は冷めていった。新型コロナウイルスの感染拡大は、冷え込みをさらに強めた。英国側にとっては、コロナ禍を巡り中国に非があるとの認識を持ちながら、投資家や製品・技術のサプライヤーとして頼っている気まずい構造が浮き彫りになった。

 

(1)「香港のデモへの対応など中国自身の行動も、不信感の種をまいてきた。英国とオーストラリア、カナダの外相は5月下旬、香港で社会統制が強まることに「深い懸念」を表明した。1984年の「中英共同宣言」に言及し、香港には高度な自治が認められると強調した。実際には、習近平体制下で香港の自治が徐々に奪われ、実質的な「一国一制度」が出来上がっているともいえる。中国を頼り続ける違和感が膨らむにつれ、ジョンソン政権は、敵対しうる国々から見た英国の弱点を洗い出す考えだ。医療用品などの調達について、中国依存をやめる計画を立てるよう指示を出したという。英政府は1月、国内の次世代通信規格「5G」の通信設備を巡り、中国の通信大手華為技術(ファーウェイ)などの製品を一部容認すると発表した。だが23年までには、ファーウェイ製品を排除する意向のようだ

 

中国の香港国家安全法適用が、中英共同宣言の「一国二制度」に違反していることは言うまでもない。共同宣言を反古にされる英国が、中国に対して不信感を持つのは当然。下線部のようにファーウェイの「5G」を一部、認める方針だったが、23年までにはファーウェイ製品を排除する意向という。米国の警告が、身にしみたのであろう。

 

(2)「サッチャー元首相の公式伝記作家のチャールズ・ムーア氏は英紙デーリー・テレグラフに、英国が「頭を下げてへつらう」ばかりの外交に終止符を打つべき時が来たと書いた。「(別の鳥の巣に卵を産む)カッコウのような中国に餌をやる代わりに日本や韓国、フィンランド、スウェーデンと技術パートナーシップを結ぼうではないか」。(2代前の)キャメロン政権時代と隔世の感がある。当時のオズボーン財務相は中国との関係強化に力を入れ、159月には北京などを訪れた。オズボーン氏はロンドンの金融センター、シティーを「人民元取引の中核にする」と宣言し、オフショア(中国本土外)の中心地に選ばれるといった戦略的見返りを狙っていたという。英国は中華人民共和国が成立した翌年の1950年、西側主要国として早い段階で承認した。最近10年、中国からの投資は拡大方向にあった」

 

英国は、中国との関係強化よりも、日本や韓国、フィンランド、スウェーデンと技術パートナーシップを結ぶ方が良いという見方が出ている。異質の政治体制の国へ餌をやるよりも、裏切られる心配のない西側諸国との関係強化が最善、という結論が出てきたのであろう。カントは、『永遠平和のために』で民主国同士の同盟を勧めた。英国は、大英帝国という看板で他国から騙されることがなかったであろう。今や、民主国同士の信頼に託す方が安全なのだ。

 

(3)「英下院外交委員会のトゥーゲントハット委員長は、20年前に急成長する中国に目を付けたのは、合理的な戦略に思えたと指摘した。しかし、コロナ危機の初期の不適切な対応まで判明しつつある現在、強権支配を強める習政権への接近が「お粗末な」戦略だった印象を受けるとも述べた。トゥーゲントハット氏は、EUからの強硬離脱を掲げた議員グループ「ERG(欧州調査グループ)」をまね、「CRG(中国調査グループ)」を立ち上げた。CRGはERGほどの影響力を持っていないものの、今後の方向性を暗示している。英国も欧州やアジアなどの他国と同様、経済や政治面で「第2の超大国」として振る舞う中国の存在感を無視することはできない。だが当面、「中国寄り」の姿勢が好ましいとは考えられなくなった」

 

コロナ禍で、中国が世界から不信感を持たれたことは言を俟(ま)たない。加えて、英国には香港問題が突付けられている。これでは、中国との関係見直しは当然だ。見直しをしなかったならば、国家とは言えない事態に直面している。中国が、こうして信頼を失っていくのは、内外で中国共産党独裁体制の矛楯深化が招いた結果と言えよう。中国共産党の敗北である。