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文正仁(ムン・ジョンイン)大統領特別補佐官(外交・安全保障)の発言が、ワシントンで嘲笑の対象になっているという。米国の外交専門家からは、「道化師」とまで蔑まされている存在だ。これでは、特別補佐官としての任務を果たすことは不可能である。米韓関係に摩擦の種をまき散らすだけだ。

 

文大統領は、こういう問題の多い人物を特別補佐官に任命している。しかも無給である。当人は、「無給」を理由にして言いたい放題を誇りにしているというのだ。この困った存在の人物が、大統領特別補佐官という重責を担うのだから、韓国の外交・安全保障の基本線がぐらぐらするのは当然であろう。

 

『朝鮮日報』(7月12日付)は、「文大統領特別補佐官の軽率な口」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のキム・ウンジュン政治部記者である。

 

(1)「最近の文正仁大統領特別補佐官の発言とレトリックは、その辺の評論家・論客レベルだ。文特補は72日、国会の討論会で「米国を信用できる国と言えるかという思いは強く抱いた」として「ホワイトハウスの決定プロセスを見ると、完全にお笑い番組の水準」と発言した。海外の指導者に対する評価も遠慮がない。トランプ大統領は「まあまあ問題ない人物」、安倍首相は「一段とアグリーな、醜い人物」だ。昨年までホワイトハウスに務めていた国家安全保障担当の元大統領補佐官に向けては「最悪の人物」と言い放った。

 

主要国のトップについて論評することは、外交慣例上の禁句である。それを弁えずに喋るとは、大統領特別補佐官としての認識に欠ける。

 


(2)「外交部(省に相当)が口を閉ざす米国大統領選挙を巡っては、「バイデンが大統領になったら意思決定構造が複雑で、南北関係に悪影響」と損得勘定をする。この発言を巡り、元職のある幹部外交官は「文特補はますます外交ではなく政治をやろうとしている」として「大統領特補ともあろう方がこんな形で全部ぶちまけていたら、その言葉が正しかろうと間違っていようと、どういう風に外交をするつもりなのか情けなく思う」と語った」

 

文正仁氏は、韓国進歩派政権では重鎮として遇されてきた。金大中・盧武鉉の両大統領が、北朝鮮の金正日氏と南北会談する際は同席している。南北交流の「生き証人」であることが、本人を有頂天させて奔放発言させているのだろう。

 

(3)「文特補がソウルとワシントンを行き来しつつ「平地に波乱を起こす」のは、きのうきょうの出来事ではない。文特補は2018年5月、「アトランティック」誌のインタビューで「私にとって最善のことは、実際に同盟をなくすこと」だとして「韓米同盟解体論」をぶち上げた。昨年12月には「米軍撤収時には中国が核の傘を提供したらどうか」と発言し、米国の上院議員から「笑える考え」ととがめられた。文特補の「お笑い番組水準」発言に対し、タフツ大学のイ・ソンユン教授は「あなたほどの道化師はほかにいない」とした」

 

文正仁氏は朝鮮半島専門家という奢りが、米韓関係ではとんでもない発言をさせている。道化師扱いされているのだ。韓国の恥であることを知らないのだ。

 


(4)「文特補が、自らの発言で論争が拡大するたびに繰り広げる論理がある。韓国政府から月給は一文たりとももらっていないポストだから学者としての所信は自由に開陳できる、というものだ。だが米国は、特補という肩書を持っている文氏を「中心的な役割を果たす政府官僚」と認識している。20年間にわたって進歩陣営の外交路線を学問的に後押しし「文大統領の外交・安全保障の家庭教師」と呼ばれる文特補自身がこれを知らぬはずがない」

 

文正仁氏の発言は、世界情勢の変化を弁えない点にある。かつての南北関係を規定した国際情勢が、今も生き続けているという認識である。文大統領の「家庭教師」とされるが、「この師ありて、この弟子あり」という感じだ。

 

(5)「文特補が「表現の自由」を享受している間に、米国政府内外では文在寅(ムン・ジェイン)政権の外交・安全保障路線に対する疑念が拡大している。文特補が3年前に語った「5・24措置(哨戒艦天安撃沈事件を受けた韓国独自の対北制裁)再整備」や「韓米合同演習中断」などは実際に現実になったからだ。米国の韓半島専門家グループは、「在韓米軍を5000人減らしても支障はない」という文特補の主張について、青瓦台(韓国大統領府)の世論探索用のものではないのかと不安な目で見守っている」

 

文大統領は、自分の言えないことを文正仁大統領特別補佐官に喋らせて、その反応を見ているという説も出ている。これは、「師弟」が企む南北交流促進へのステップにさせる意図であろう。国際情勢が、米中対立という厳しい角を回っている現在、南北交流は一段と困難な状況に陥っている。この変化を前提に、韓国の対北戦略は組み替える必要がある。

 


(6)「メディアが文特補に質問をするのは、「教授・文正仁」よりも「大統領特補・文正仁」の考えが気になるからだ。振る舞いや言行もそれにふさわしく慎重であるべきだ。表現の自由を100%享受したいのであれば、「教授・文正仁」に戻ればいい。そうでないなら、文特補は自分の肩書が持つ意味と重みをもう一度考えてみる必要がある」

 

普通の国家なら、大統領特別補佐官を無給で雇うような異常事態はあり得ない。「無給」は、責任を負わないという意味である。文大統領は、この無給を悪用して文特別補佐官を「泳がせている」という意味にも取れる。無給=ボランティアである。国家の外交・安保戦略が、ボランティアの手に委ねられているとは驚きである。