テイカカズラ
   

米国大統領選では、共和党と民主党の両候補が対決するディベートが、勝敗の行方に大きな影響を与えると言われている。発言内容、態度など候補者のすべてが、全米にテレビ放送され、有権者はその印象で投票行動を決めるのだ。

 

今回の第1回ディベートは、9月29日である。民主党のバイデン候補は、話し下手とされる。できれば、ディベート開催を断りたかったと言われるほど苦手意識なのだ。一方の共和党のトランプ候補の滑舌は好調すぎるほど。両氏の対決の始めの30分で、勝負はつくというのである。

 

『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月15日付)は、「米大統領選、勝敗を左右する30分」と題する記事を掲載した。

 

今年の米大統領選を左右する最も重要な30分間は、まだ訪れていない。運命の時は、9月29日に行われる初回のテレビ討論会の最初の30分間だ。民主党のジョー・バイデン候補にとって、この30分は自身が大統領にふさわしいことを証明する最大のチャンスとなる。トランプ氏を好きになれない迷える有権者に対して、トランプ氏から民主党支持へと切り替えることが安全だと説得する上でも大きな機会だ。単なる第一印象にすぎないが、そこで残した印象は、3回予定されている討論会の中で最も重要な部分になる可能性がある。

 


(1)「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)とNBCが共同で行った直近の世論調査では、トランプ氏について個人的に「極めて否定的な」感情を抱いているとの回答がなんと44%にも上った。米国民の多くがトランプ氏を特に好きではないことは明らかで、かなり以前からトランプ氏には投票しないと決めている有権者も多い。だが一方で、2016年の大統領選で分かったのは、個人的にトランプ氏は好きではないかもしれないが、対抗馬はさらに悪いと考える人々を中心に、結局はトランプ氏に投票する有権者が大勢いることだ

 

選挙は、相手候補との比較で当落が決まる。その候補者自身が、いかに不人気でもライバルがさらに不人気であれば、比較感から「より不人気度の少ない候補者」が当選する。つ

まり、トランプ不人気は織り込み済みでも、バイデン氏がディベートでしくじれば、流れはトランプへ向かうというものだ。

 

(2)「バイデン氏の任務は、こうした有権者に対して、自身はトランプ氏に代わる安全な選択肢だと納得させることだ。具体的には、77歳で大統領に就任するバイデン氏が十分な力強さと知的鋭敏さを備えているということ、そして左派寄りの様相を強める民主党の主導権を握っているのは自分であり、その逆ではないことを示す必要がある。トランプ陣営はこうした面において疑念を抱かせようと余念がない。初回の討論会は、バイデン氏にとって有権者の疑念を打ち消す最大の機会となる」

 

バイデン氏にも弱点はいくつかある。年齢、民主党左派が勢力を強めている影響を受けないか、などである。トランプ氏がそこを突いてきたとき、的確に打ち返せるか。どぎまぎして、言い違えしたりしたら、もうアウトだ。トランプ氏は、百戦錬磨である。

 


(3)「こうした展開を象徴する典型例が1980年の大統領選だ。有権者の間では当時、現職のジミー・カーター大統領(民主党)はリーダーにふさわしくない――少なくとも激動の時代に国家を率いる重大な仕事を任せられる人物ではない――との見方が支配的だった。ギャロップ調査で、カーター氏の仕事ぶりに関する支持率は9月半ばの時点で37%だった。一方、共和党の対抗馬であるロナルド・レーガン氏についても有権者は同じくらい大きな疑問を抱いていた。69歳というレーガン氏の年齢は、現在の基準なら十分に若いと言えるが、当時は高齢の印象が強かった。率直に言うと、ロナルド・レーガンに対する典型的なネガティブイメージは、「浅はかで無知な主戦論者」だった。そのため秋を迎える頃までには、多くの有権者がカーター氏の再選は望まないものの、同じように不安視するレーガン氏が安全な選択肢だと納得させられる必要があった」

 

レーガン氏は俳優出身である。自らを「売れない俳優」と称するなど、飾らないタイプだった。もう一つ、ソフトな声も魅力であった。何とも言えない相手を包み込むような親しみが感じられたのだ。

 


(4)「同年秋に行われた民主・共和両党の大統領候補による最初で最後の討論会(投票日の1週間前に開催)では、レーガン氏が好調なパフォーマンスをみせ、有権者の説得に成功した。終始落ち着いた態度で乗り切ったのだ。カーター氏は、レーガン氏がメディケア(高齢者向け医療保険)の予算削減を狙っているなどとして、民主党の決め台詞であった「レーガン氏は危険なイデオロギー主義者」との主張を持ち出した。するとレーガン氏は、首を横に振りながら戸惑った表情で、最も印象に残る一言を発した。「また始まったよ」。これは「カーター氏が私の立場をまた誤って伝えている」という意味だった。この一言でレーガン氏は、怖い人物ではなく好感が持てる人物になった」

 

討論会直前に行われたギャロップの調査で、レーガン氏はカーター氏を3ポイント差で追う展開だった。討論会後には逆に3ポイント差でリードするまでに挽回した。せきを切ったようなレーガン支持の波は、まだ始まったばかりだった。同氏は投票日に10ポイントもの大差で勝利した。このように、「またはじまったよ」というつぶやきが、不利なレーガン氏を大統領に押し上げたのだ。

 

今年のトランプ対バイデンの討論会は、くしくも当時と同じクリーブランドで開催される。偶然とは言え、トランプ・バイデンの両氏は、歴史の教訓をどう生かすかだ。