あじさいのたまご
   

米国中が、中国との産業競争に負けてはならぬと緊張感が漲っている。電気自動車(EV)もその一つだ。中国政府は大気汚染を改善する目的で、EV依存度を高める工夫をしている。EVへの補助金支給もその一つである。その結果、2019年のEV販売台数は、中国が120万台だったのに対し、米国は32万台にとどまった。そこで、「米国は中国に負けてはならぬ」と檄が飛んでいるもの。

 

『フィナンシャル・タイムズ』(9月23日付)は、「米軍産ロビー団体『EV支援は対中安保問題』」と題する記事を掲載した。

 

米国が早急に自前の電気自動車(EV)産業を育成しなければ、将来、自動車産業を中国に依存せざるを得なくなる――米軍と米企業の幹部で作る有力団体がこう警告した。中国は鉱物資源の採掘からバッテリー生産、車両本体の製造販売に至るまでEV供給網での優位を確立しつつあると、米国のエネルギー安全保障を推進するロビー団体「セキュアリング・アメリカズ・フューチャー・エナジー」(SAFE)は主張している。

 

(1)「中国がEV市場を支配しようとする動きに今後5年以内に対抗できなければ「米自動車産業は衰退」し、同産業で働く数百万人が失業する恐れがあると、SAFEのエネルギー安全保障リーダーシップ会議のメンバーのデニス・ブレア元米国家情報長官は指摘した。「米国の市場占有率が下がり、中国企業やその子会社が製造するEVに比べて性能や魅力が劣る製品しか作れなくなり、雇用や産業のすそのの広がり、技術力まで失われる」とブレア氏は話した」

 

この記事は誤解を招きやすい。中国でEVを生産している国産自動車企業は、政府の大量の補助金でようやく息をついている。補助金がなければ生きられないのだ。次の記事が、その実情を報じている。

 

「補助金や民間資本の後押しを受けて、かつては破竹の勢いとみられていた中国新興EVメーカーを取り巻く環境は一変した。2019年初頭時点で635社に上ったEVメーカーの一部は、アップルがスマートフォンに変革をもたしたように、自動車業界に革命をもたらすと意気込んでいた。だが、その面影はもはやほとんど見られない。新興EVメーカーの多くはまだ1台も生産できておらず、事業を継続させるだけの販売台数に達しているところもほとんどない。これまでは補助金が販売の不足分を埋め合わせてきたが、補助金制度も年内で終了する予定で、民間投資家の間でも幻滅が広がっている」(『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月31日付)

 

上記WSJによれば、中国は深刻な事態に追い込まれている。中国EVを羨ましがることはなさそうだ。ただ、リチウムイオン電池工場を相次いで建設させている。

 

(2)「中国はEV開発で主導的地位を占める。米国はリチウムやグラファイト、レアアース(希土類)の採掘をはじめ、リチウムイオン電池や車体の製造でも中国の後じんを拝している。「中国は販売台数だけでなく、EV産業に関わる企業も多い。バッテリー生産を急いでいるほか、世界中でレアアースなどの原材料を確保したり優先権を得たりしている」とブレア氏は懸念を示した。「EV産業では他国の一歩先を行っている」。英調査会社ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンスのサイモン・ムアーズ氏によると、中国のリチウムイオン電池生産の世界シェアは19年には72%に上った。米国はわずか9%だった。同氏は5月、中国が1週間に1カ所のペースでバッテリー工場を新設しているのに、米国は4カ月かかっていると指摘し、両国の差がさらに広がっていると警告した」

 

中国のリチウムイオン電池工場は、外資系企業も関わっており、中国企業だけが行っているのではない。世界の自動車メーカーは、一斉に中国でEV生産に取り組んでおり、その技術ソースは海外企業が握っている。むしろ、中国自動車市場はEV実験場という意味がある。中国にはまだ、海外企業を脅かすほどの高い技術のある企業は存在しない。

 


(3)「中国は自前のEV産業向けに巨大電池工場を多数建設したのみならず、そうした工場向けのサプライチェーン(供給網)も作り上げた」と同氏は語った。「中国はバッテリーの主要原材料の23%しか生産していないが、次の製造工程で必要となる化学物質の80%、正極の66%、負極の82%、電池の基幹部品であるセルの72%を製造している」

 

外資系企業の中国進出の結果、表面的には中国生産が突出しているイメージである。2019年の中国EV販売が、外資系を含めて120万台であるのに対し、米国は32万台である。こういう実情から見て、前記記事のような高いシェアになるのは当然だろう。

 

(4)「SAFEの警告は、米大統領選が数週間後に迫るなかで公表された。民主党候補のバイデン前副大統領は国内EV市場の拡大を支持しており、30年末までに50万カ所の充電施設の新設と税額控除の復活を公約に掲げている。一方、トランプ大統領は企業に大規模なEV生産に慎重になるよう求め、EVが1回の充電で走行できる距離の延長についても疑念を示している」

 

トランプ氏がEV生産に慎重なのは、EVでは部品生産点数が大幅に減って、雇用問題を引き起すという懸念を抱えているからだ。世界が、完全な自動運転車EVへ移行し高齢社会の足になる時代が来れば、爆発的な販売台数が期待される。その過渡期のEVでは、雇用減という大きな問題にぶつかるのだ。