テイカカズラ
   

韓国の文政権と与党は、北朝鮮のすることにすべて賛成という屈辱的姿勢を見せている。韓国国民が、海上で漂流していても、北朝鮮は救助せずに射殺。その上、遺体を燃やすという蛮行を行った。これに対して、韓国与党は金正恩氏の「遺憾表明」ですっかり舞い上がり、北を非難するどころか賞賛する始末だ。韓国与党は、自国民よりも正恩氏に関心を寄せるという倒錯した状況に置かれている。

 

これは、北朝鮮を「チュチェ思想の聖地」と考えているからだ。金正恩氏は、その聖地における輝かしい「シンボル」なのだろう。今も、こういう子どもじみた妄念から解き放たれず、ますます憧憬の念を深めているに違いない。

 

『中央日報』(9月28日付)は、「国民感情に火をつける、金正恩擁護」と題する社説を掲載した。

 

韓国の国民が北朝鮮軍に殺害されたにもかかわらず、責任ある与党側の人たちが北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を事実上称賛した。今回の事件の本質は、北朝鮮軍が海で行方不明になった韓国国民を救助するどころか銃で射殺した後に燃やしたという反倫理的な行為だ。

 

(1)「殺害されたイさんは韓国海洋水産部の公務員であり、海に落ちた後、浮遊物にしがみつきながら約30キロ漂流した。北朝鮮軍に発見された時は力尽きた状態だったはずだ。北朝鮮は国際規範に基づき遭難者を救助すべきだった。しかもイさんは非武装状態だった。金委員長は非難世論が強まると、3日後に謝罪性の通知文を送った。人を殺害した後に「申し訳ない」という格好だ」

 

海を漂流する人間を救助せず、射殺するという北朝鮮を崇め奉る韓国与党は、異常な集団と言うべきだろう。この集団が、「反日」をリードしてきたもので、いかに歪んでいるか想像がつくのだ。

 

(2)「にもかかわらず、韓国の一部の人たちはあきれるような表現で、北朝鮮の残酷な行為に怒りを感じている国民感情に火をつけた。柳時敏(ユ・シミン)盧武鉉(ノ・ムヒョン)財団理事長は、金委員長を「啓蒙君主」に例えた。柳理事長は25日、ユーチューブのライブ配信で金委員長の通知文が伝えられると「(迅速な謝罪は)我々が望んだ朗報」とし「(金委員長は)啓蒙君主のようだ」と語った」

 

(3)「共に出演した丁世鉉(チョン・セヒョン)平和統一諮問会議首席副議長は、「(金委員長は)度量が大きいところがある」と称えた。北朝鮮がイさんの遺体を海上で燃やした蛮行についても「残った残余物に対して防疫規定に基づき焼却措置を取ったとすれば理解できる」とかばった。北朝鮮の反倫理的行為に免罪符を与えたのだ」

 

金正恩氏を「啓蒙(絶対)君主」に喩えるとは、教養の程度が知れる恥ずかしい話である。ちなみに、啓蒙絶対君主とは18世紀ヨーロッパの絶対主義時代のことだ。200年前の歴史的に克服された君主を引き合いに出して褒めるとは驚く。批判対象であっても、褒められるべき対象ではないのだ。時代錯誤も甚だしい。

 


(4)「大韓民国の統一部長官を務めたという彼の経歴が疑われる。さらにこの日のユーチューブ参加者は北朝鮮の通知文を喜ぶように笑ったりもした。国民が犠牲になった状況でどうすれば笑いが出るのだろうか。李仁栄(イ・インヨン)統一部長官も同日、国会で「(北朝鮮最高指導者が)『申し訳ない』という表現を2回も使ったのは初めて」と金委員長を擁護した」

 

韓国進歩派は、常人の団体とは言いがたい。18世紀の啓蒙絶対君主に憧れるという、非民主主義の集団と言うべきだろう。文大統領をはじめ民主主義のルールを勝手に変えるあたり、彼らは200年以上も遅れた集団と再定義すべきだ。国民一人一人の権利を守る意識に欠けているのは当然であろう。

 

(5)「国民は北朝鮮の非人間的な蛮行に怒りを感じている。今回の事件に金委員長の許可や指示があったかどうかは分からないが、金委員長に総体的な責任がある。したがって金委員長に対して蛮行を糾弾し、真相究明および関係者の処罰を求めるのが正常だ。にもかかわらず金委員長を「啓蒙君主」「度量が大きい指導者」などと称賛する人たちの考えには怒りを越えて悲しみを感じる。このためSNSでは「悲惨だ」「北に対する文在寅政権の片思いに金正恩が韓国人銃殺で応えた」という非難が多い」

 

韓国与党は、北朝鮮が思想上の母国である。共産主義・専制主義を喜んで受入れている集団である。こういう韓国の政治状況を考えると、韓国経済が発展できないのは当然である。韓国は、終わりという認識を一段と深めざるを得ない。