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韓国では、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官への批判が高まっている。韓国が、外交的な危機に直面しながら、何らの具体策も講じられないというものだ。確かに、外交部長官の責任は明らかだが、最大の責任は文大統領にある。文氏は、およそ見当外れのことばかり発言しているから、外交部長官はそれに従わざるを得ない面もあろう。ともかく、韓国外交は、日本・米国・中国の間をさ迷っており深刻な状態だ。米韓同盟という足元を見つめ直すことが、事態収拾の第一歩であろう。

 

『中央日報』(10月18日付)は、「総体的外交難局に存在感のない韓国外交部の康京和長官」と題する社説を掲載した。

 

(1)「東京で開かれた日米豪印外相会談は、縮こまり孤立した韓国外交の現住所をそのまま示した。日米豪印の外相が集まったこの会議は、中国牽制とともに北朝鮮の核問題を大きく取り扱った。特に日本が「北朝鮮の核は域内に大きな脅威」として議論を主導した。ポンペオ米国務長官はここに力を入れ、予定していた韓国訪問は電撃キャンセルした。北朝鮮の核をめぐる議論で核心当事者である韓国は抜け日本が主導権を握ることにより大韓民国の立地はさらに狭まった」

 

韓国が、日米豪印の「クアッド」に参加しなかったのは、文大統領自身が「米国か中国か」と顔色を覗っている結果である。米韓同盟という盤石な同盟を持ちながら、文氏が思想的に中国へ傾いているために、決断が付かない迷走状態にある。学生時代の「親中朝・反日米」が頭を持ち上げているのだ。



(2)「外交失踪」の明白な兆候だ。その核心には外交部の康京和(カン・ギョンファ)長官がいる。青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)が北朝鮮をかたくなにかばって韓米同盟を揺るがし、日本と対立し、中国には韓国の軍事主権を自ら制限する「3不原則」に合意したが、康長官は見ているだけだった。北朝鮮が非武装の韓国国民を射殺して燃やすぞっとする犯罪を犯したのに国連に問題提起さえしなかった。主要国の駐在大使・総領事職を親政権の非専門家らが掌握し外交能力の損失が火を見るより明らかなのに一度もブレーキをかけることができなかった」

 

康外交部長官は、国民に向けて外交を行っているのではない。文大統領の忠誠な「部下」としてふるまっている。これまで何回かあった更迭説をくぐり抜けてきたのは、康氏の「忠勤ぶり」が評価されたのであろう。その意味で、韓国には存在感のある外交部長官は存在しないのだ。韓国外交の最高責任者は事実上、大統領府の秘書官である。「86世代」の民族主義グループである。1980年代の外交観(親中朝・反日米)に懲り固まった面々だ。学生運動家上がりの彼らに、最新の世界情勢を把握・分析する能力があるはずがないのである。


(3)「その結果、康長官が在任した3年半の間に北朝鮮の核廃棄は「死語」になり、韓米関係は薄氷を歩んでいる。日本とは国交正常化から65年で最悪の関係に転落した。中国は「米国の対中牽制に参加するな」として主権侵害水準で韓国を圧迫している。「人権先進国」とされた国のイメージも昔話だ。北朝鮮の公務員射殺蛮行をやり過ごそうとしたが国連北朝鮮人権特別報告官から情報公開を要求される恥をさらした。康長官は国連人権高等弁務官室副弁務官を務めた「人権専門家」なので虚脱感が増す」

 

韓国外交は、大統領府高官が担っている。米韓問題が厳しくなると、大統領府から責任者が派遣されている。外交官経験者でない者が外交交渉に当るという珍無類なことが起っている。外交部は、完全に蚊帳の外に置かれているのだ。



(4)「世界10位の大韓民国の外交トップならば価値と原則を守りながらも懸案別に柔軟に対応する高度な戦略がなければならない。特に現在のような米中対立局面では韓米同盟を堅固に維持しながら中国との関係を老練に引っ張っていく「戦略外交」が切実だ。しかし康長官は米国が韓国のクアッド参加を促すと、「良いアイデアではない」と一蹴して自ら孤立を招いた。それでも中国から得た実益は全くない。康長官と青瓦台の非現実的な綱渡り外交が大韓民国を米中双方から「パッシング」される状況に追いやっている

 

下線部は、文大統領の判断が迷っているから起こっている現象である。韓国政治では、大統領権限がすべてである。日本で言えば、戦前の天皇制である。「天皇」がすべてを決めるスタイルゆえ、文大統領の責任は重大である。


(5)「今年の康長官の海外訪問は5カ国にとどまった。それぞれ16カ国を訪れた日中の外交トップと対照的だ。韓国国内での存在感喪失はさらに深刻だ。康長官は北朝鮮による公務員射殺直後に開かれた青瓦台緊急関係閣僚会議開催の知らせをメディア報道で知ったという。「外交部ではなく青瓦台外交局」という嘆きは理由もなく出ているのではない」

 

韓国政治における外交部の地位が沈下しているのは、有能な外交官をすべて追放した文政権の責任でもある。とりわけ、対日外交を担った外交官は全員、追放の憂き目に遭っている。自業自得なのだ。