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韓国政治は屈折している。同じ歴史問題でも中国への批判は遠慮しがち。日本へは速射砲で反応してくる。この違いは何か。中国へは恐怖感が先立ち、言いたいことも言えない遺伝子が、過去3000年の歴史の中で生まれているのだろう。片や日本へは遠慮会釈なく非難の矢を放つ。儒教における日本は、化外(けがい:野蛮国)扱いである。韓国政治は、現実を無視して古代の価値観に縛られて日本を見ている。歴史観にいささかの進歩もなさそうだ。

 

『中央日報』(10月26日付)は、「また中国の顔色伺い? 同じ歴史わい曲めぐり日本には『遺憾』、中国には『疎通』」と題する記事を掲載した。

 

韓国政府が韓国戦争(朝鮮戦争)の責任を米国に転嫁した中国に対して一歩遅れて「ローキー(low-key)」基調の立場を明らかにして問題になっている。



(1)「韓国外交部は25日、中国の習近平国家主席が韓国戦争を米国帝国主義侵略に対抗した戦争だと規定したことについて「韓国戦争勃発など関連事案はすでに国際的に論争が終わった問題で、このような明らかな歴史的事実は変わり得ない」とし「韓国戦争が北朝鮮の南侵によって勃発したというのは否定することができない歴史的事実」と明らかにした。続いて「韓国政府は関連動向を鋭意注視していて、われわれの関心事案について中国側と必要な疎通と措置を取っている」と強調した」

朝鮮戦争の勃発の過程は、旧ソ連の崩壊によって「秘密資料」が公開された結果、北朝鮮と中国が開戦責任を負うべきであることが明らかになっている。中国は開戦時に朝鮮人部隊を編成して、38度線を突破させた。こういう経緯から言えば、習近平国家主席が朝鮮戦争を米国帝国主義侵略に対抗した戦争だと規定したことは、大嘘というべきだ。

 

(2)「習主席は今月23日、「抗米援朝参戦70周年記念式」で「米国政府は国際戦略と冷戦思考から出発し、韓国の内戦に武力干渉することを決めた」と演説した。米国から北朝鮮を守るために参戦が避けられなかったという中国の韓国戦争観がそのまま反映された発言だった。朝鮮戦争の責任を否定する中国の態度は新しいものではないが、中国最高指導者の口から直接出た発言だったため波紋を呼んだ。特に、習主席のこの日の行事出席は、2000年の江沢民元主席以来、20年ぶりのことだった」

 

習近平氏は、「抗米援朝」(米国に対抗し北朝鮮を支援)という意味で、朝鮮戦争の責任を米国に押し付けようという魂胆である。これは、現在の中国が米国の圧力を受けて身動きできない状態に陥っていることへの意趣返しである。

 

(3)「中国最高指導者のこのような歴史わい曲発言が出てくると、韓国内では直ちに批判世論が起きたが、政府は動かなかった。満一日が過ぎた24日夕方になってから立場を表明した。「また中国の顔色伺いをしているのではないか」という指摘が自然に出てきた。一歩遅れて発表された政府の反応も水準が低かった。抗議どころか遺憾表明もしないまま疎通を強調したのは、低姿勢とは何が違うのかということだ」

 

韓国政府は、習近平氏による歴史を歪曲する発言に対し沈黙した。この無様な態度を、韓国メディアが批判している。醜いほど、中国に傾斜しているとしか言いようがない。

 

(4)「一部では、「日本の指導者級が歴史わい曲をしてもこのような形で対応するだろうか」という批判まで出てきた。実際、今月17日、日本の閣僚や議会関係者らが靖国神社に供物を奉納した際、外交部は直ちに報道官の論評を出して「深刻な遺憾を表す」とし「韓日関係の未来志向の発展要求に応じるよう強力に促す」と明らかにした」

 

韓国は、靖国神社問題まで干渉してくる。厳密に言えば、韓国は日本によって「戦場」になった訳でないから、「発言権」はないのだ。戦勝国気分で、日本を批判しているにすぎない。便乗組である。

 

話は変わるが、福島原発処理水問題で政府として抗議しているのは韓国だけである。他国からは、そのような声が聞かれないのだ。韓国という国が、日本に対していかに越権行為をしているかを物語る事例である。

 

(5)「今回の習主席の発言に関連し、政府の立場表明の方式も釈然としなかった。外交部は政府の立場を当局者名義の論評などを通して公開するのではなく、メディアの問い合わせに回答する形式を取った。それもせいぜい3行にすぎなかった。これは日本の靖国供物奉納に対して報道官名義の論評だけではなく、フェイスブックでコメントまで出しながら強力に対応したこととは対照的だ

 

韓国政府は、対中国については腫れ物に触るような態度だ。日本には言いたい放題。こういう矛楯に気付かないとすれば、韓国進歩派の「いいからかげん」さを象徴している。まともに相手にならない政権である。