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習近平中国国家主席に、賢明な安全保障政策があるのか疑問である。ヒマラヤ山中の中印国境線で6月15日夜間、中国部隊がインド部隊を急襲して20名を殺害した。この日は、習氏の誕生日である。血塗られた誕生日になったが、インドの怒りは沸点に達している。「象の国」インドが、南シナ海で中国へ復讐するというブーメランを招くことになろう。

 

習氏に、インド急襲でこういう復讐を招くリスクを発生させることに気付かせなかったとすれば、「中国再興の夢」もこの程度の行き当たりばったりのものであろう。中国の置かれている状況を子細に検討すればするほど、中国に勝ち目のないことが明らかになるのだ。インドは、ASEAN(東南アジア諸国連合)と水面下で安全保障のつながりを求めて、積極的に動いている。

 


『フィナンシャル・タイムズ』(10月28日付)は、「インド、海洋でも対中強硬に傾斜」と題する記事を掲載した。

 

(1)「インド政府は今夏、中国軍との国境係争地域での衝突で20人が死亡したのを受け、南シナ海に最先端の戦艦をひそかに派遣した。これは異例の動きで、戦艦やその任務についてはほとんど何も公表されなかった。だが、インドの安全保障アナリストは、中国と周辺国が領有権を巡って激しく対立するこの海域でインドが突然存在感を示したのは、中国政府に対する明らかな警告だとみなしている。中国政府は南シナ海の広大な海域の領有権を主張している」

 

下線部のように、インドはヒマラヤ山中での中印衝突事件のあと、間髪を入れずインド軍艦を南シナ海へ秘かに派遣した。これは、インドが、南シナ海で中国へ報復するシグナルと見られている。

 

(2)「ベンガルールに拠点を置くシンクタンク、タクシャシラ研究所のナティン・パイ所長は、「戦艦派遣によるメッセージは『うちの裏庭を荒らすな。さもなければお宅の裏庭を荒らすことになる』ということだった」と解説する。これは中印のヒマラヤ国境地域での緊張が数千キロメートル離れたアジアの海域に大きな影響を及ぼしかねないことを示している。インド政府は侵略的とみなしている国境地帯での中国の動きに対抗するため、海軍力の行使に傾き、各国との安保連携を強化しつつある」

 

中国の物資輸送では、どうしてもインド洋を通過しなければならない。これが、インドにとって絶好のロケーションと解釈している。インドを怒らせた中国は、多大の負荷を背負わされた格好である。

 


(3)「インドは先週、日米と毎年インド洋で実施している合同海上演習「マラバール」にオーストラリアを招いた。安保アナリストたちや中国政府はインド太平洋での中国の拡張主義を抑えるための戦略的提携の構築に向けた第一歩だとみている。「クアッド」と総称される4カ国(注:日米豪印)は表向きにはあくまで海上での有事を念頭に置いているが、インド政府はこの新たな提携を膠着状態にある国境問題での立場の強化につなげたいと考えている。中印両国は国境問題についてハイレベル協議を重ねているが、緊張緩和には至っていない」

 

インドは先週、定例化されている日米印による合同海上演習に、初めて豪州海軍を招いた。これで「クアッド」(日米豪印)が勢揃いした。豪州は、最近の中国による経済制裁に危機感を強め、「クワッド」に強い期待を寄せている。インドも同様な状況に置かれている。

 

(4)「前出のパイ氏は、「ヒマラヤの安保問題は(インド洋と太平洋が接する)マラッカ海峡の東に広がっている」と語る。「ある対立の舞台で問題を解決できないのなら、舞台自体を拡大しなくてはならない」とも指摘する。インド海軍の元将校で現在はインドのシンクタンク、オブザーバー研究財団で海洋政策の部門を率いるアブヒジット・シン氏は、「インドが国境問題の解決方法が不満だと中国に伝える方法はいくらでもある。海域での緊張を高めるのもその一つだ」と指摘した」

 

インドは、海洋作戦に強い自信を持っているようだ。逆に言えば、中国のウイークポイントは、海洋作戦にあると見ている。下線部は、中国の弱点を示している。

 


(5)「中国共産党系メディアの環球時報でマラバール演習について「これは明らかにインド(洋)にミニ北大西洋条約機構(NATO)を創設するステップだ」とも指摘。「インド洋で軍事同盟が形成されれば、他国は対抗措置をとらざるを得なくなる。軍事衝突のリスクが高まるだろう」と懸念を示した」

 

このパラグラフでの中国の言い分は、自らの弱点を告白しているようなもの。「アジア版NATO」が結成されれば、中国海軍は手出しができなくなる。もう一つ、最近のドイツがインド太平洋構想に関心を寄せていることだ。NATO(北大西洋条約機構)と「アジア版NATO」が提携して、中国軍に共同で対抗する構想も出る可能性がある。中国は、EUでも最大の警戒国となっており、袋のネズミになるリスクが高まっている。