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米国トランプ大統領は、大統領選の敗北を認めないが、次期バイデン政権への業務引継を認めて、ようやく騒ぎが峠を見せてきた。トランプ氏への熱狂的支持者は、岩盤のように不動のものだが、多くの虚言を繰り広げて支持者をつなぎ止めてきた。

 

文政権は、こういうトランプ大統領の動きと瓜二つという指摘が、韓国国内で広まっている。そう言われれば、文政権は現実を歪曲して噓を公然と「大統領府発表」として流してきた。雇用統計を改竄したのを始め、最低賃金の大幅引上げに伴う失業増加を絶対に認めないという突っ張りを見せているのだ。

 

文政権支持者、このような噓を真実として受け取っている。熱狂的なフアンは、噓と受け取らないのだ。こういう面が、確かにトランプ支持者とよく似ているのである。

 


『中央日報』(11月24日付)は、「韓国のトランピズム、危険レベルだ」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙のイ・ジョンジェ中央日報コラムニストである。

 

トランプ米大統領は就任式の時から「過去最多の人数が集まった」(ホワイトハウスのショーン・スパイサー報道官)と嘘をついた。メディアが各種資料を通じて嘘を暴くと、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問は「代案的真実」という言葉まで作り出した。最初から、噓を平気でいうパターンであった。

 

(1)「韓国政府・与党にも脱真実は他人事でない。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は繰り返し「韓国の不平等は世界最高」「最低賃金引き上げの90%は効果」などの「脱真実」を話してきた。大統領を追って政権の核心にも脱真実は伝染病のように広がっている。秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官は「小説を書くつもりか」「特別活動費を(検察総長が)個人のお金のように使った」と他人を嘘つきにしてまで脱真実に率先している」

 

文大統領は、統計データの都合のいいところだけをつまみ食いしている。これは、最も質の悪い例である。データは一見、正しいように見えるが、整合性がなければならない。文大統領の発言は、そういう整合性を失っているから、すぐにメディアに尻尾を掴まれている。こういう「噓」の例は数え切れないが、性懲りもなく続けているところを見れば、支持者には受入れられているに違いない。文支持者は「狂信的」なところがある。トランプ支持者とよく似ているのだ。

 

(2)「トランピズムのもう一つの特徴である規範の無視も、韓国政府・与党に日常化している。月城(ウォルソン)原発1号機の捜査をめぐり政府・与党は「(大統領公約の脱原発は)統治行為であり捜査対象でない」と一斉に主張した。前任大統領の4大河川事業を繰り返し監査・捜査させた過去は完全に忘れた。ついに自分たちが作った規範までも否定し、ソウル・釜山(プサン)市長候補を擁立することにした。このような破廉恥の前に健在な規範はどこにもない」

韓国大統領府の秘書官は、6割が「86世代」である。1960年代生まれ、1980年代に学生生活を送って、学生運動に参加した「猛者」である。学生運動の闘士であったから、やたらと「弁」だけは立つ。白を黒と言いくるめる術に長けており、それが韓国政治で「全開」している。

 

(3)「検察総長が指揮する月城(ウォルソン)原発1号機の捜査で、政府・与党は「(大統領公約の脱原発は)統治行為であり捜査対象でない」と一斉に主張しているのだ。月城原発1号機は、経済的に黒字経営であったものを、原発を廃止するためにあえて、赤字経営に改竄して操業を止めてしまった。政府・与党は、この行為が選挙公約を実現する「統治行為」であると言い張って捜査の違法性を主張しているのだ」

 

ここで言う「統治行為」とは何か。

 

「国家統治の基本に関する高度な政治性」を有する国家の行為を指す。高度の政治性ある事柄に関しては、司法審査の対象から除外するという理論である。ところが、原発廃止は文氏の大統領選挙の公約としても、原発経営のデータを改竄することは「後ろめたい」ことがある結果だ。とうてい、有無を言わせず強引に執行する「統治行為」には当らない、と見るべきだろう。

 

この国家統治論は、国家間の条約などについて当てはまるもの。民主主義国家の国際法・国家間合意に関する外交問題などに関わるような重大な事柄に関して、裁判所(司法府)よりも国民の選挙で選ばれた政府(行政府)の立場尊重を基本とするため、「司法自制の原則」といわれるのだ。ここまで書いてくればお分かりの通り、旧徴用工問題の韓国大法院判決は、司法判断が避けるべき「司法自制の原則」に行き着き間違っている。

 

いささか理屈っぽい話になったが、韓国政府・与党の主張は穴だらけであり、徴用工問題は文政権の「負け」である。文氏は、「人権に時効はない」と大見を切ったが、「司法自制の原則」によれば、間違いである。文政権の「三百代言」は、空虚なものである。