a0960_006618_m
   

韓国歴代政権は、韓国の財閥を「財布代わり」に利用してきた。強制的に寄付金を課して財団を設立させてきたのだ。韓国では、これが普通のことであった。進歩派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権も行ってきた。こういう「癒着構造」が、政権と財閥企業の間にあるべき緊張関係を緩ませてきたのである。

 

財閥企業自体もコーポレートガバナンス(企業統治)から外れている。出資と経営の分離という企業経営原則が無視されている。財閥家族(出資)が、経営権を握ることが普通の現象である。日本から見ると、財閥経営者が信じられないような公私混同を起こして騒ぎを広げているのだ。

 

今回のサムスン副会長(事実上のサムスン・トップ経営者)が、贈賄事件で懲役刑に処せられたのは、韓国に多くの教訓を残している。

1)財閥と政府の癒着関係を糺す

2)財閥企業の出資と経営の分離を貫徹する

 


『朝鮮日報』(1月19日付)は、「サムスン電子副会長再収監 刑務所の塀の上を歩く韓国企業経営者の宿命」と題する記社説を掲載した。

 

(1)「サムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が経営権継承のために会社資金86億ウォン(約8億1000万円)を横領し、朴槿恵(パク・クンヘ)前大統領と側近の崔順実(チェ・スンシル)氏に賄賂として贈ったとして、ソウル高裁で18日開かれた差し戻し審の判決公判で懲役2年6月を言い渡され、収監された。国政介入事件を巡り、4年以上の捜査、裁判を受けた末、事実上刑が確定したことになる」

 

韓国を代表するトップ企業であるサムスンに対して、韓国歴代政権は本来国家財政で行うべきことでも、寄付金を強要する関係にあった。すべては、この癒着構造から始まっている。

 


(2)「李副会長の裁判結果は、韓国で起業するにはどんな覚悟が必要かを示している。裁判所は「朴前大統領が先に賄賂を要求した」とし、「大統領が要求すれば、拒絶するのは非常に難しい」とも指摘した。そうした事情を知りながら、李副会長の法的責任を追及した。李副会長に対する判決が朴前大統領の国政介入事件で判決の「従属変数」だったからだ。事件を最初に捜査した検察は、「朴前大統領の強要によるものだ」と判断した。それを特別検事が、「贈収賄事件」に切り替えた。朴前大統領にさらに重い刑罰を下すため、新たなフレームを構築したのだ。収賄罪を成立させるには贈賄側の人物がいなければならない。結局、強要された人物が贈賄の犯罪者になってしまった」

 

下線部分で、「朴前大統領が先に賄賂を要求した」とし、サムスンは「大統領が要求すれば、拒絶するのは非常に難しい」とも指摘している。ここでは、公然と「賄賂」という言葉を使っているが、「寄付」を悪意に「賄賂」と置換えている。この大統領と財閥の関係は、従来の政権が行ってきた「ルーティン」と見るべきだ。

 


(3)「今回の事件で李副会長は下級審から上級審まで4回の判決を受けた。争点となったのは、李副会長が朴前大統領の要求に従い、崔順実氏に馬3頭などを支援したことが賄賂に該当するかどうかだった。賄賂の金額が50億ウォンも増減し、李副会長は実刑と執行猶予を行き来した末、最終的に実刑判決を受けた。根拠は、李副会長が朴前大統領に「経営権継承を助けてほしい」と黙示的請託を行ったことだ。2人が以心伝心で心の中で請託のやりとりをしたという話だ。判事がのぞき込んだ被告の心中に基づき判決を下されたことになる」

 

下線部は、微妙な問題を含んでいる。崔順実氏の娘が、オリンピックの乗馬選手で出場できるように、競技用馬を用意させたもの。オリンピックといえば、国家行事である。本来、体育協会が用意すべき乗馬を財閥に肩代わりさせたのである。こういう事例は、過去の政権では随所にあったと見るべきだろう。これが、時代に変って、サムスンの贈賄と解釈されたのだ。

 


「黙示的請託」という、証拠もなく極めて曖昧な判断によって、判決を下していることが汚点であろう。証拠がないにも関わらず多分、「そうであっただろう」ということで判決が出ているのだ。これは、むりやり朴前大統領を犯人に仕立てるための「小道具」にされた。

 

(4)「企業は現政権の要求を拒絶すれば、政権下で報復を心配しなければならず、拒絶しなければ次期政権で代価を支払うことになる。刑務所の塀の上を歩く曲芸を迫られるのが大韓民国の企業の宿命だ」

 

今後、こういう事件を絶つには、政権と財閥の間に寄付金など金銭的な関係を無くすことである。政権は、財閥に税金以外の出費を要求しないという原則を打ち立てるべきであろう。