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中国経済を過大視している人たちは、現在のデジタル人民元の実験が、米国ドル覇権へ挑戦する前兆と指摘する。だが、世界貿易に占める人民元の比率は、2%程度と「雑魚」扱いである。これでは、デジタル人民元が「鯨」の位置を占めることは不可能である。過大評価しないことだ。

 

デジタル人民元の狙いは、人民元の管理である。紙幣は、どのように使われているか個別の把握は不可能である。デジタル化すれば、当局が全ての取引記録を把握できるという恐ろしい事態になるのだ。人民元が、秘かに海外へ持ち出されてドルと換金される。その結果、外貨準備高の減少をもたらすという懸念も消えるのである。このように、デジタル人民元の目的は、中国国内にある。

 


『ブルームバーグ』(4月19日付)は、「デジタル人民元、ドルに取って代わる意図ない-中国人民銀副総裁」と題する記事を掲載した。

 

中国人民銀行(中央銀行)の李波副総裁は、同国の人民元国際化の取り組みは元がドルに取って代わることを目指していないと述べた。また、デジタル人民元計画は「少なくとも今のところ主に国内の使用に焦点を絞っている」とも話した。

 

(1)「副総裁は18日、「われわれがこれまで何度も繰り返し説明した通り、人民元の国際化は自然なプロセスであり、われわれが目指すのはドルやその他国際通貨に取って代わることではない」とし、「市場に選択肢を与え、国際貿易や投資の便宜を図るのが目標だ」と述べた」

 

人民銀行副総裁は、いたって謙虚である。米国が、米中対立で中国への制裁で人民元をドル覇権から切り離した場合どうするか。そういうリスク対応という秘かな目的もあるだろう。現実の目的は、冒頭で私が指摘した国内にある。

 

(2)「同日開幕した「博鰲(ボアオ)アジアフォーラム」年次総会で語ったもので、デジタル人民元の国際的な相互運用は「非常に複雑な問題」であり、「まだ特定の解決策に達することは急いでいない」としつつも、「長期的には」国境を越えた使用があるかもしれないと発言した。その上で、2022年の北京冬季五輪では国境を越えたデジタル人民元使用の試験を計画しており、国内ユーザーだけでなく外国人選手や観客などにも使ってもらう可能性があると話した」

 

北京冬季五輪出場選手や外国人観客が、デジタル人民元を使ってもらい、馴れて貰うことも考えている。使い残した場合の処理問題も発生するだろう。それが、国境を越えた問題として意識されている。

 


『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月20日付)は、「デジタル人民元、ドル覇権を脅かさず」と題する記事を掲載した。

 

国のデジタル人民元がドルの脅威になると興奮気味に語る解説者は、中国人民銀行(中央銀行)の李波副総裁の言葉を受け入れるべきだ。李副総裁は18日、デジタル人民元はドルに取って代わろうとする取り組みではないと述べた。

 

(3)「人民元のデジタル化は政治的な意味合いや、中国政府に国内の新たな経済的手段がもたらされるという点で魅力がある。ただ、人民元の国際的な存在感を高めるツールとしてはもの足りないうえ、ドルの覇権に挑む武器としてほとんど役立たないことは言うまでもない。人民元は世界最大の貿易国の通貨でありながら、実力はほとんど発揮していない。国際通貨基金(IMF)が2019年に公表した調査によると、16年のデータに基づけば中国の輸出の約93%、輸入の95%がドル建てとなっていた」

 

中国の輸出入においてすら、ほぼドル建てである。これは、取引相手の力が上でドル建てを要求する結果である。誰だって世界通貨のドルを要求し、地域通貨の人民元を欲しがる人はいないのだ。

 


(4)「その後もほとんど変わりはないようだ。国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、国際決済に占める元のシェアは今年2月が2.2%、2016年2月は2.45%だった。だがそれすら、国際的な元の活用を過大に描いている。一貫して国際決済の4分の3が香港で処理されている。ピーターソン国際経済研究所のマーティン・チョルゼンパ上級研究員は先週、米中経済安保調査委員会で、デジタル化が実際にどのように国際的な利用を促進するのか、説得力ある主張がまだ見当たらないと述べた」

 

下線のように、国際決済に占める人民元シェアは、2%台と微々たるものだ。

 

(5)「送金は、従来型の銀行送金より速いかもしれない。それでも、主要な国際企業にとって、即時性は最重要課題に程遠い。何より、送金するためにはまず元を取得しなければならない。デジタル化によって米国の制裁をすり抜けることができるかもしれないが、国際企業の大多数はそうすることを望まないだろう。それに、制裁は国外で元の利用が限られる主要因ではない。歴史的に通貨の機能は三つあり、そのうち価値の尺度と交換手段の二つに関しては、元の世界的な有用性はいずれ、国際的な利用の広がりとともに向上するかもしれない。だが三つ目の価値保存機能は、中国の資本規制によってほぼ完全に切り落とされている」

 

デジタル通貨の国際間決済は直接、相手口座と結ぶから瞬時に終わる。だが、個人は別として企業間決済で、そういう「瞬時性」が求められるか疑問である。通貨の機能は、価値尺度・交換手段・価値保蔵の三つだが、最後の「価値保蔵」は中国の資本規制(自由送金規制)によって、実現不可能である。現状の中国では、デジタル人民元がドル覇権に挑める資格さえないのだ。