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日常的に韓国を観察して気付くのは、極めて単純な国民性であることだ。単眼であって、複眼的な構想力を持たないのである。文大統領は、韓国社会のこの単純さを熟知しており、選挙戦に利用して勝利を得てきた。自らの大統領選と昨年4月の総選挙がそれだ。

 

文氏は、どちらの選挙でも「積弊排斥」「公正の実現」である。いずれも、植民地時代の日本をヤリ玉に上げており、今こそ朝鮮民族の公正を実現すべきだという論法である。これは、韓国人の魂を奮い立たせるに十分な迫力を持つ。だが、過去の日本を批判して何が戻ってくるのか。日本は反発を強めるだけである。韓国の日本批判は、叫んでみても虚しいだけであろう。

 

単眼発想の「公正論」でなく、複眼発想の「平等論」が必要であることだ。日韓関係を例にとれば、日本批判からは何も生まれない。日本の反発を呼ぶだけである。複眼発想になれば、植民地時代の朝鮮近代化がどのように進んだか。それを冷静に分析すれば、現在の日本への理解も深まるに違いない。協力の道も開けるだろう。

 


韓国の大学には「日本学科」が多く設置されている。そこでは、まさか「反日のやり方」を教えているはずがない。相互文化の交流論による成果であろう。こういう学問成果を無視するのが韓国政治である。次に取り上げるコラムは、日本問題を直接扱ってはいないが、韓国社会の単純さを厳しく指摘している。

 

『ハンギョレ新聞』(9月21日付)は、「『正のわな』にはまった韓国社会」と題するコラムを掲載した。筆者は、キム・ヌリ韓国中央大学独語独文学科教授である。

 

(1)「大統領選の候補がみな公正を最重要公約に掲げる現象は実に奇異だ。考えてみよう。果たして公正が実現すれば、韓国社会は良い社会になるのか。世界で最も多くの人が自殺し、世界で最も多くの労働者が仕事で死に、世界で最も多くの子どもたちがうつ病にかかっており、世界で最も子どもを産まないこのヘル朝鮮が幸せの国に変わるのか。社会集団間の対立を意味する「文化戦争」が世界で最も深刻な国(イプソスとキングス・カレッジの共同調査、2021)が平和の国に変わるのか」

 

韓国では、自らの道徳性の高さを自慢して日本を批判する。だが、現実の犯罪発生率(人口比)は、韓国が日本をはるかに上回っている。韓国人が、こういう日本の低い犯罪発生率を認識すれば、決して韓国人の道徳の高さを自慢できるはずがない。韓国人の思い込みと現実にはこれだけの差があるのだ。公正論を叫びながら、不平等を認識しない点は、実に良く似ているのだ。

 


(2)「国民の苦しみと不幸が急速に極端へと向かっているにもかかわらず、大統領になろうと名乗りをあげた人々の現実認識はあまりにもおめでたく、原因診断はあまりにも安易だ。不公正という反則を正したからといって、この国が良くなろうか。韓国社会の根本問題は不公正ではなく不平等だ。これほど不平等な国はどこにもない。長きにわたって経済的不平等の代名詞だったメキシコや米国をも追い越して久しい

 

下線部分は、正しい指摘である。韓国では不公正といえば、不平等の実態を覆い隠してしまう力がある。不公正=不道徳という認識があるのだろう。韓国朱子学では、道徳性が最も重視されている。朝鮮李朝の置き土産である儒教が、韓国国民の思考パターンを決めているのだろう。

 

不平等は、現実問題と関わってくる。韓国では、不公正が不道徳とみなされて、不平等よりも「上位概念」になっているから、不平等の解決に真剣にならないのだ。ここが、韓国社会の持つ一大欠陥である。日韓併合も不公正概念として取り上げる。それゆえ、日韓併合によって実現した平等性は、平然と無視している。邪悪な結果として、取り合わないのである。つまり、韓国朱子学では実証概念が成立せず、最初から「善悪」の二分法で分けられている。

 


(3)「我々の生活世界も不平等が蔓延している。大企業と中小企業、正規労働者と非正規労働者、首都圏と地方との不平等と差別は、すでに危険水位を越えている。学閥、性別による不平等も想像を絶する。にもかかわらず、これを解決しようとする政治家は見当たらない。本当におかしな国ではないか。このような不平等な国で「公正」ばかりを叫ぶというのは、どういうことを意味するのか。公正になれば自然に平等になるのか。公正の理念が実現されれば、韓国社会は「不公正な不平等社会」から「公正な不平等社会」へと進化するだろう。しかし公正な不平等社会は、ともすると不平等をさらに正当化し、合理化する社会へと堕落しうる」

 

下線部分は、韓国の抱える「断層」である。大企業は、中小企業を足場(食い物)にして成長している。この結果、大きな賃金格差が生まれている。大企業労組の組合員は、それを不平等と思わないのだ。労働者の当然の権利と見ているから、公正と判断している。「同じ労働者」という連帯感が希薄な結果であろう。

 


韓国には、公正な市場競争が疎外されている。その結果、満足すべき転職市場が育たずにいる。終身雇用と年功賃金を頑なに守ろうとする大企業労組のエゴである。公正が、エゴに利用されている。ここに、韓国社会の深刻な「連帯感喪失」を生み出す背景がある。

 

(4)「今回の大統領選挙は、世界最悪の不平等国家を改革する選挙にならなければならない。しかし、選挙戦のどこにもこのような問題意識は見られない。韓国社会は今、「公正のわな」にはまっている。大統領から与党候補から野党候補に至るまで、みな同じだ。不平等は言わず、公正を訴えてばかりだ。公正は韓国社会では正義のわなとなった。深刻に傾いた運動場で「公正」ばかりを叫ぶのは、不平等を正当化するのと同じだ。公正は、厳格な視点から見れば社会的な既得権を持つ者の論理だ。不平等や差別が支配する社会で叫ぶべきなのは手続き上の公正ではなく、社会的正義だ

 

下線部は、痛烈な既得権益側への批判である。既得権益は、自らの行動を公正として認識している。大企業労組員の得ている経済的利益は、中小企業・零細企業の労働者が得べかりし経済的利益を横取りしている集団である。それを文政権が容認し強化しているから事態は悪化するばかりである。

 

反日運動は、韓国人による日本企業への就職機会を奪っている。就職先を選ぶのは、「職業選択の自由」で基本的人権の一つである。韓国の過激集団(与党支持派)は、国民の平等な権利を奪っていることに気付くべきだ。反日には、犯罪的側面が含まれている。