勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:経済ニュース時評 > 中国経済ニュース時評

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    中国政府は、インフラ投資も不動産企業救済もすべて地方政府へ押し付けている。国家財政の負債を少なく見せかけるための小細工である。地方政府は、こういう中央政府による見栄の犠牲になっている。

     

    地方政府の新たな負担は、不動産企業が建設途上で放棄した工事続行費用の支出である。これまで地方政府は、多額の土地売却益を捻出して地方財政を維持してきた。こういう趣旨から、不動産企業の不始末の面倒を見させているのであろう。だが、地方政府の打ち出の小槌になってきた「融資平台」(金融と建設事業の兼営)も、経営的に限界を超えている。「隠れ債務」が、対GDP比で52%にも達するとの試算が発表されるほどだ。「隠れ債務」とは、中央政府に届けていない債務である。こうして、「融資平台」の発行する債券にデフォルト危機が囁かれ始めている。

     

    『ブルームバーグ』(11月10日付)は、「中国不動産セクターに新たなリスク、地方政府の救済関与強化に懸念も」と題する記事を掲載した。

     

    中国不動産危機の深刻化に伴い、本土債市場の一角、11兆6000元(約234兆円)規模の「地方融資平台」セクターへの圧力が高まっている。国の後押しを受け地方政府が不動産開発会社の救済に乗り出しているためだ。

     

    (1)「今年に入り開発会社に代わり最も多くの土地を購入するようになったのが、地方融資平台、つまり地方政府の資金調達事業体(LGFV)だ。LGFVは今や、中国恒大集団などデフォルト(債務不履行)に陥った開発会社が手掛ける未完成事業の主な買い手となっている。地方当局が、不動産業界への関与を強めつつある現状について、アナリストらは警告を発している」

     

    中国政府は、地方政府による土地収入の「水増し」を規制し始めている。「融資平台」と呼ぶ傘下の投資会社に国有地の使用権を買わせることを禁じた。融資平台が土地購入のために借金を増やすと、地方政府の「隠れ負債」が膨張すると警戒するためだ。債務リスクを抑え込む狙いである。金融危機になりそうな芽を早く摘み取ろうとしている。

     


    (2)「ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、LGFVの信用力が弱まる可能性があると指摘。LGFVのデフォルトは今のところないが、ブルームバーグ・エコノミクス(BE)はその可能性を排除していない。BEのデータは、最もパフォーマンスの悪いLGFV債の何本かで、平均信用スプレッドが1月中旬からほぼ倍増し10ポイント近くになったことを示している。こうした直接救済と不動産への関与強化は、中国の公的セクターにおける最も弱い部分の健全性に対する新たな懸念を生じさせている。11兆600億元に上るLGFV債は人民元建て社債の約3分の1を占めており、LGFVデフォルトは大混乱を引き起こす可能性がある」

     

    融資平台(LGFV)の発行する債券は今や、デフォルトリスクを恐れられ始めている。問題ありと見られるLGFV債は、すでに下落しており高い流通利回りに陥っている。LGFV債は、人民元建て社債の3割にもなっていることから、LGFV債のデフォルトが危惧されているのだ。

     

    (3)「クレジットサイツのシニアクレジットアナリスト(シンガポール在勤)、ツェリーナ・ツェン氏は、景気下降期に政府はLGFVに頼る必要があるが、「いったん政策の風向きが(悪い方に)変われば、われわれはLGFV公債デフォルトの可能性を排除しない」と述べ、成長が持ち直せば「中国は再び地方政府の債務一掃に焦点を絞る公算が大きい」と予想。その上で、今後6カ月間はデフォルトリスクが高まることはないとの見通しを示した」

     

    市場関係者は、LGFV債のデフォルトリスクを計算に入れ始めている。今後6カ月間は、デフォルトリスクが高まる恐れがあるという。これが現実化すると、「中国経済危機説」が言われるようになろう。

     

    (4)「BEの曲天石、チャン・シュウ両氏は、銀行からの借り入れを含めたLGFVの債務総額を最大60兆元と見積もっている。中国国内総生産(GDP)の約半分に相当し、デフォルトとなれば多大な影響が及ぶというのが2人の見方だ」

     

    ここでも、「融資平台」の抱える債務総額を最大60兆元としている。GDPの約半分と見ている。地価上昇がない限り、これら債務の返済は困難である。中国経済最大の泣き所だ。

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    中国製造業が、大ピンチに見舞われている。例年、9~10月は輸出用の製品受注をこなすために超繁忙であった。それが、今年はぱたりと注文が来なくなったのである。欧米が在庫を抱えていることも一因だが、「メード・イン・チャイナ」の魅力が落ちたと懸念している。ゼロコロナで、いつ生産が止められるか分からない中で、中国へ発注するリスクが高まっているのだ。

     

    英紙『フィナンシャル・タイムズ』(11月9日付)は、「中国の工場『希望が持てない』、国内外で受注急減」と題する記事を掲載した。

     

    中国南部の工場からの報告によると、欧米で在庫が満杯になっていることを背景に、10月の受注が50%も減ったという。このため、世界第2の経済大国の先行きは一層悲観的になっている。10月は通常、製造業にとっては最大の書き入れ時だ。そんな月に受注が激減したため、工場労働者は仕事探しに苦労している。

     

    (1)「広東省の家具製造工場を経営するクリスチャン・ガスナー氏は「繁忙期であるはずなのに、過去2カ月は最悪だ。誰もソファを買わないだけでなく、誰も何も買わない。欧州ではカネのある人が誰もいなくなった」と述べた。「皆が同じ事でなげいている。ある業種では、注文が30~50%も落ちている。工場閉鎖が相次いでいる」。中国南部に外注している香港企業の幹部、アラン・スカンラン氏によると、バイヤーが2022年向けに過剰に在庫を増やした後、電子商取引ブームが終わったため、この減速は必然的だという」

     

    10月の上海港でのコンテナ料金が、年初の8割も低下した事実は、すでに本欄で取り上げた。その実態は、製造業の受注減にあったことが、こうして明らかにされた。

     

    (2)「欧州系運用会社ナティクシス香港支社のエコノミスト、ギャリー・ウン氏は「中国の国内需要が、ロックダウンの影響で落ちている一方、世界的な高金利のために欧米の需要も減っている」と指摘した。「中国南部にとって、この状況はかなり厄介だ。そして、南部の各省は中国経済にとって重要な地域だ」。広東省の製造業の中心である東莞市のある高官は、工場支援のための補助金を出し続けることに苦労していると話す。地方政府は新型コロナ検査費用も支払わなければならないからだ。匿名希望のこの高官は「どうしろと言うのか。工場や地域経済を見殺しにして、市民からの税金をすべて、きりのないPCRテストにつぎ込めというのか」と疑問を投げかけた」

     

    地方政府は、経営難の工場支援を要請されているが、PCR検査費用に多額の資金を投じている。土地売却益も減っており、地方政府には工場支援の余裕もなくなっている。

     

    (3)「工場長らによると、今回の低迷は労働市場に波及しており、緊急に人手が要る場合にも簡単に人の手当てができるという。東莞市でアルミニウム工場を運営する香港中小企業協会の名誉会長、ダニー・ラウ氏は「受注が落ちれば、コスト削減をせざるを得ない。最大の支出の一つは人件費だ」と話す。「我々の工場には昨年前半、200人を超える従業員がいたが、今年は100人前後だ。主に受注減が原因だ」と指摘」

     

    受注減は、従業員の採用減になっている。失業者が増えて当然の状況である。

     

    (4)「広東省に拠点を置き、世界のスーパーマーケットに物資を供給する企業に働く陳さんは、労働時間の減少で、昨年8万元(約161万円)あった収入が、今年は5万元に減った。24歳の陳さんは「以前は、タピオカティーを悩まずに正規の値段で買っていた」と話す。「今は割引券のあるカフェにしか行かない」。陳さんはFTに対し、勤めている会社の受注は、4月以来、前年に比べて40%ほども落ちているとみていると述べた。そして、「顧客は中国を信用しなくなっている。もはや中国に全面的に入れ込むことはしなくなっている」と述べた。中国本土での人件費の値上がりを受け、すでに、東南アジアへの生産移行が進んでいる」

     

    海外の顧客は、中国の人件費アップやゼロコロナというリスクを抱えて、発注先を中国以外に選ぶ時代になってきた。これは、中国製造業にとって深刻な事態である。メード・イン・チャイナ終焉の前兆であろう。

     

    (5)「米中関係の悪化も、中国の製造業からのシフトを加速させている。香港に本拠を置くエバスター・マーチャンダイズの取締役、スキ・ソー氏は「もはや、中国にいてもいいことは何もない。米国人がメード・イン・チャイナをほしがらなくなったからには、中国本土での事業はたたんだ方がいい」と述べ、広東省にある自社工場を閉鎖する考えを明らかにした。ソー氏は残りの工場を東南アジアに移転させており、そこではクリスマス向けの電飾を作っている」

     

    米中対立も、中国製造業にマイナス要因になった。米国の消費者が、中国製品を欲しがらなくなったという購買心理の変化は、中国にとって痛手だ。

    テイカカズラ
       

    現代自動車は、米国でEV(電気自動車)が好調である。中国では、全く存在感がなくなっている。中国のトラック販売台数は9月までに1800台と超低空飛行である。年間生産能力は16万台もあるだけに、操業率は1.125%である。良く、撤退しないで我慢していると、その「我慢力」に驚く。

     

    『ハンギョレ新聞』(11月8日付)は、「現代自動車、今年の中国での販売は中・大型トラックわずか1800台のみ」と題する記事を掲載した。

     

    現代自動車は、THAAD(高高度防衛ミサイル)問題の発生後に販売台数が急減した中国での商用車の販売台数を拡大するため、中国の大型投資銀行と手を組んだ。2012年に初めて中国商用車市場に進出した現代自動車は、今年史上最低の成績を記録する可能性が高い状況だ。投資銀行の投資ネットワークを中心に販売量を増やす戦略だ。

     

    (1)「現代自動車は8日、中国国際金融公社(CICC)の子会社「CCM」と中国での商用車事業活性化のための業務協約を結んだと明らかにした。CICCは1995年に北京に設立された投資銀行に始まり、香港・上海の証券市場に上場された。現在、中国国内200支店と香港・ニューヨーク・ロンドンなどに支社を置くグローバル投資銀行企業で、売上規模は7兆8000億ウォン(約8200億円)」

     

    CICCと販売提携を結んだという。CICCは、英米にも販売網をもつという。9ヶ月間で1800台のトラック販売台数では、赤字も赤字の大赤字である。よくここまで我慢してきたと驚くほどだ。

     

    (2)「今回の協約を通じて、現代自動車とCICCは公社の投資ネットワークを活用し、エコ商品の販売活性化に乗り出す。現代自動車は四川省の商用車製造工場と研究開発センターで商用エコカーの研究・開発、生産、ディーラー運営などを担当し、中国国際金融公社は中国内の政府、国有企業、大型物流企業など様々な機関とファンドを作り、新規販売チャンネルを構築する」

     

    エコのトラック販売に力を入れるというが、中国経済は停滞しているだけに、乗用車と異なり景況悪化の影響は不可避である。

     

    (3)「現代自動車が、中国の商用車市場に進出したのは2012年8月。四川南駿自動車と50対50の割合で四川現代汽車有限公司(CHMC)を設立し、中・大型トラックの販売に乗り出した。昨年第1四半期には四川南駿自動車が保有する持分50%を買収し独立した。社名も現代トラック&バス(HTBC)に変えた。年間生産能力は16万台に達する」

     

    年間生産能力は16万台になるが、販売台数が9ヶ月で1800台では話にならない。一桁間違えているのでないかと思うほどの超低操業度である。

     


    (4)「販売実績はTHAAD問題以前のレベルを回復できずにいる。現代自動車は2016年に内需と輸出を含め現地で3万8560台を販売したが、その後は毎年販売台数が減り、5515台(2019年)まで下がった。その翌年は1万4645台を販売し反騰に成功したが、昨年は7725台に止まった。今年も9月までの累積販売台数が1809台にとどまり、歴代最低の販売台数を記録する見通しだ。現代自動車の関係者は、「今回の協約は、エコカーを中心に急変する市場と多様な顧客の需要に応える推進動力になるだろう」とし「責任感ある協業と相互信頼向上のための持分取引契約も進める計画」だと述べた」

     

    2016年には、内需と輸出を含め3万8560台を販売した時もあった。それにしても、16万台もの生産能力にしたのが間違いのもとであろう。ただ、組立てるだけの工場であれば、スペースを広く取って置くだけのことかも知らない。ベルトコンベアだけ据え付けてあるのだろうか。常識的には操業度1.1%ではとっくに倒産組であろう。

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    習近平氏は、念願の国家主席3選を実現させた。その上、最高指導部メンバーは全員、習氏の取り巻き連中である。これまでの中央政治局常務委員会と異なり、反対意見はない。習氏は、胸をなで下ろしているに違いない。

     

    だが、この見方は早すぎるという指摘が出てきた、江沢民派と共産主義青年団(共青団)ががっちりと実務を握っていると指摘する。これから、習派・江沢民派・共青団が権力争いするというのである。現代の「三国志」が始まるのだろう。

     

    『ニューズウィーク 日本語版』(11月9日付け)は、「文革で学習能力が欠如する習近平ら『一強』体制が、うかうかできない理由とは?」と題する記事を掲載した。筆者は、練乙錚(リアン・イーゼン)氏である。経済学者で香港出身のコラムニスト。

     

    習近平国家主席は、24人の政治局員から反対派を一掃した。現首相の李克強を筆頭とする中国共産主義青年団(共青団)の出身者と、そのシンパと目される人物は排除された。

     

    (1)「それでもまだ「習が全権を握った」と言い切るのは時期尚早だ。なぜか。宿敵の共青団派はまだたくさんいて、おとなしく敗北を認めるとは思えないからだ。共青団は14~28歳の若者を対象とする党内の巨大なエリート養成機関だ。約8000万人が所属しており、ここで優秀な成績を上げれば党員として出世街道を歩める」

     

    共青団派は、8000万人もいる。官僚機構のあらゆるところに配置されている。習近平派は、一握りの派閥だ。

     

    (2)「その対極には、「太子党」と呼ばれる革命第1世代の党指導者たちの子弟がいる。太子たちは共青団を経由しなくても入党できる。彼らから見ると、共青団の人間は傑出した革命家の血筋を引かない「平民」であり、だからこそ若いうちに徹底的な洗脳教育を受ける必要がある。結果、太子党と共青団派は互いをさげすむ間柄となった。貴族のような立場の太子党は相手を執事のように扱い、共青団派は太子党を甘やかされた無能なパラサイトと見なす。そんな関係が、派閥間の対立を醸成することになった」

     

    「太子党」は、習氏の派閥である、習氏の父親は、革命第1世代である。共青団とは、水と油の関係である。

     

    (3)「共青団派は、今度の党大会で「党と国家の指導者(党和国家領導人)」と呼ばれる指導部から締め出された。とはいえ、70人ほどで占める最高幹部の役職(100前後)を除けば、無数にある党や官庁の要職を埋めるのは、結局のところ共青団系の人間になる。習は彼らの復権を阻止したいだろうが、そうすると国家機関のシステムが回らなくなる。一方で、元総書記の江沢民に連なる一派もまだ消滅してはいない。この国に13年も君臨した江は、毛沢東を除けば誰よりも(現時点では習近平よりも)長く総書記として党トップの座にあった。そして鄧小平が始めた改革・開放路線を忠実に引き継いでいた」

     

    江沢民派は、経済界に地盤を持っている。改革・開放路線に忠実だ。習氏は、改革開放政策を棚上げしたが、政敵・江沢民一派を根絶やしにしたいのであろう。だが、中国経済は大きな打撃を被ることを厭わないという壮絶さである。権力闘争のためには手段を選ばないのだろう。

     

    (4)「中国では四半世紀前から、異質な3つの政治勢力が共存している。政権の中枢を占める時の権力者と、それ以外の機関の多くを牛耳る共青団派、そして国有企業以外の経済部門で影響力を持つ江沢民派だ。中国は一党独裁の国家だが、今までは指導部内にもこの3つの勢力が混在し、一定のバランスを保ってきた。互いに牽制し合うから、党内対立も抑制されてきた。ところが習はひたすら自派の勢力拡大を追求し、指導部内で権力を集中させ、この微妙なバランスを崩してしまった。今の中国では、習近平派で固めた党中央と、締め出された共青団派や江沢民派の熾烈な争いが始まっている」

     

    下線部は、重要な点を指摘している。習氏は、太子党一派の利権拡大を目指している。習氏が、「三派鼎立」という安定性を崩した以上、中国は政治的に不安低化すると見ている。

     

    (5)「習自身を含め、今の最高指導部(政治局常務委員会)を構成する7人には重大な欠陥がある。政策の立案と執行に関して、誰にもまともな実績がないのだ。なぜか。問題の根は深い。7人全員が、あの文化大革命の時代に学齢期を迎えていた。1970年代の後半には、こうした世代の多くが(ほとんど読み書きもできないのに)「工農兵学員」として高等教育機関に入学できた」

     

    (6)「失われた学習能力は、ほとんど回復されなかった。習が演説の原稿を読み上げるとき、よく単語の発音を間違えるのはそのせいだ。中国人なら、みんな承知している。読み書きの能力だけでなく、人格形成にも影響があった。この世代は思春期を政治に翻弄された。まともな教育を受けて社会へ出る準備をすべき時期に、「文化大革命」の名の下で残酷さとずる賢さ、道徳的規範の完全無視をたたき込まれた」

     

    最高指導部7人が全員、文化大革命時に学齢期を迎えていた。正規の義務教育を受けていないのだ。一般教養に欠けている反面、権謀術数では秀でている。

     

    (7)「(習一派は)国内で政敵との壮絶な戦いを始めてしまった今、台湾攻めに乗り出せば内側から足を引っ張られる恐れがある。なにしろ共青団派や江沢民派にとって習近平を「台湾解放」の英雄に仕立ててしまうのは自らの墓穴を掘ることに等しい」

     

    習氏が、台湾解放の栄誉を得られるようにさせないとしている。台湾侵攻を妨害するというのだ。さて、どうなるかである。

     

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    外敵を強調する習氏の腹

    棚上げ「改革開放政策」

    ねじ曲げる国民の価値観

    王滬寧は習近平「軍師」

     

    中国の習近平国家主席は、独裁者に共通の手を使い始めた。国内矛楯を外に向けさせる、というものだ。習氏は、「中国の安全保障は一段と不安定で不確実になっている」とし、あらゆる戦争に備え軍事訓練と準備を総合的に強化すると述べた。中国国営中央テレビ(CCTV)が11月8日報じた。唐突な発言である。

     

    この発言の裏にある「種」は、習氏が蒔いたものだ。ロシアのウクライナ侵攻に対し、中国は非難せず支持したことに始まった。これによって、中国も台湾侵攻に踏み切る前兆と見られたのである。7月末のNATO(北大西洋条約機構)は、新たな「戦略概念」において、ロシアに次いで中国へ警戒姿勢を明らかにした。

     

    習氏は、なぜ冒頭のような発言をしたのか。NATOが、警戒姿勢を取っていること。アジアでは、対中国を目標にした緩い結束である「クアッド」(日米豪印)や、軍事同盟「AUKUS」(英米濠)が存在すること、などを上げているのであろう。だが、「クアッド」や「AUKUS」は、中国の軍事拡張を警戒した抑止措置である。

     

    南シナ海の軍事基地化は、ASEAN(東南アジア諸国連合)への脅威になっている。また、台湾侵攻予告は、自由と民主主義という価値観を守る西側諸国にとって、ウクライナが侵攻されている現状と同じ危機感の対象である。中国は、台湾を自国領土ゆえに奪回するとしている。だが、台湾には確固とした主権が存在する。その台湾が、軍事侵攻されることは許さない事態だ。国連精神から見ても、台湾は防衛されなければならない対象である。

     

    外敵を強調する習氏の腹

    習氏は、「中国の安全保障は一段と不安定で不確実になっている」とし、あらゆる戦争に備え軍事訓練と準備を総合的に強化すると発言した。現在の中国は、開戦準備をする前にやるべき「仕事」があるのだ。人口14億人の生活を向上させることである。現在の一人当り平均名目GDPは、1万2562ドル(2021年)である。21年の人民元相場が上昇したので、前年よりも19.3%も増えた形だ。

     

    この1万2000ドル台は、「僥倖」というべきものである。現在の人民元相場から見れば、今年はこれを割込むであろう。つまり、現在の中国の経済レベルは、引き続き生産性を向上させる意味で、経済問題は最重要課題である。ところが、先の共産党大会の報告で、習氏は経済問題よりも軍事問題に政策の焦点をシフトさせる方針を明らかにした。習氏は、自ら台湾侵攻を予告して西側諸国に台湾防衛を急がせる矛楯した行動を取っているのだ。

     

    習氏は、国内的に台湾侵攻を約束することで、異例の国家主席3期を実現させた事情がある。それゆえに、「公約実現」を反古にできない事情を抱えている。ただ、今回の最高指導部メンバーには、次期国家主席になるべき人物がいないことから、習氏は国家主席4期目も狙っていることを覗わせている。ということは、台湾侵攻がこれから最大限10年の時間をかけて行なわれるであろうことを示唆している。習氏は、台湾侵攻失敗が自らの政治生命に直結するリスクを抱えている。

     

    中国経済は、最大限これから10年間、習氏の冒頭の発言によれば「戦時経済」へ移行する。これは、中国にとっては致命的な損失をもたらすはずだ。国家主席が、先頭に立って「安保危機」を唱える国に投資する「物好き」はいないからだ。習氏には、こういう経済面でのデメリットを計算する精神的余裕もないように見える。

     

    国際金融協会(IIF)によると、中国債券市場は2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、資金が毎月流出している。10月までの流出額は、9カ月間で1051億ドルに上った。これは、中国の台湾侵攻リスクを回避することや、ゼロコロナによる国内経済の不振を反映している。ゼロコロナはいずれ終わるが、「戦時経済」リスクは台湾侵攻の結末がつくまでずっと続く。さらに、中国への経済制裁は「侵攻終了後」も続くだろう。中国にとっては、計り知れない損失をもたらすに違いない。

     

    棚上げ「改革開放政策」

    習氏は党大会で、「安全」を91回も言及したと指摘されている。これは、政策の優先度が経済から政治にシフトしたことを明確に示すものだ。具体的に言えば、鄧小平以来の「改革開放政策」が棚上げされることである。既述の通り、中国の一人当り名目GDPは1万2000ドル台である。この水準で、政策の焦点が改革開放政策から安全(保障)の台湾侵攻へ移ることは「自殺行為」である。こういう大きな矛楯を冒してまで、台湾侵攻へ走るのか解せない点なのだ。

     

    この背景として、次の2点に要約できよう。

    1)習氏の国家主席2期10年間で、中国経済は不動産バブルにすっかり染め上げられてしまい、厖大な過剰債務を抱えるにいった。だが、目先の解決案がないこと。

    2)一人当り名目GDPの上昇は、中国社会の価値観を変える。これは、個人の価値観を重視する西側的な中国人を増やし、共産党の価値観を崩壊させること。(つづく)

     

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