中国を総合的に俯瞰するには、政治権力争いの行く末を占う意味でも、今後の経済問題がカギを握っている。マルクス用語で言えば、「下部構造(経済)が上部構造(政治)」を決めるという、あの名台詞が生きているからだ。
中国経済は、2001年12月、WTO(世界貿易機関)へ加盟以来、自由貿易体制を利用して急成長してきた。だが、突然の米中対立によって経済のデカップリング(分断)を迫られている。中国は、自由貿易体制から締め出される危険性が高いのだ。不思議にも、中国自身がその道を選ぼうとしている。
こうして、習氏が描いてきた世界覇権への道は、急に茨の道に変わってきた。中国経済が軌道から外れれば、「自立」は不可能である。食糧・エネルギーなどで米国などからの輸入に依存しているからだ。こういう現実に立ち返ると、習氏の世界覇権論は、白昼夢という印象を拭えないのだ。中国の下部構造(経済)が大きく揺らげば、上部構造(政治)に異変が起こって当然である。習氏は、そこまで計算に入れていないようだ。
『日本経済新聞 電子版』(12月25日付)は、「習近平氏が毛沢東になる日は来るのか」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の中沢克二編集員である。
中国共産党という存在が、いまほど世界中で意識された時代はない。それは、党総書記で国家主席の習近平が北京・天安門の楼上に立った2021年7月1日、結党100年の大イベントで一つのピークを迎えた。しかし、22年は、さらに大きな注目を集めるだろう。5年に1度の共産党大会が、中国ばかりではなく今後の世界の行方をも左右するからである。
(1)「世界第2位の経済大国は近いうちに経済規模で米国に追いつき、軍事・安全保障分野を含めた世界の勢力図を何らかのかたちで塗り替えるに違いない、とみられている。もしそうなら、われわれ日本を含めた各国が受け入れてきた「第2次世界大戦後の世界秩序」の再編が本格的に始まることを意味する。中国の改革・開放と急成長が長期にわたって成り立った基礎は、まさに戦後世界秩序にある。もしこれが変質して崩れるなら、中国の改革・開放も実質的な意味で崩壊してしまう。「中華民族の偉大な復興」というスローガンを掲げて経済・軍事両面で米国超えを目指す習近平政権は今後、どう動くのか」
下線部は、極めて重要な点を指摘している。中国は、第二次世界大戦後の自由貿易体制を利用し発展した。中国は、その発展基盤へ挑戦して、中国にとってより有利な秩序を構築しようという野望を持つに至った。この矛楯が、どれだけ大きいか。習氏は、そのことに気付かず、大きな落し穴に入り込もうとしている。中国にとって、危険この上ない事態である。
(2)「当然ながら党内には、習の権力がこれ以上強まることに裏で異を唱える勢力が存在する。習がまず警戒しなければいけないのは、自分と同じような革命時代からの高級幹部の子息である「紅二代」だ。彼らには人脈だけでなく資金力もある。紅二代は、習政権の発足当時、自分たちの利益を代表していると考えた新星の登場を歓迎した。そして習の激烈な「反腐敗」運動に協力もした」
習氏と同じ境遇の「紅二代」は、習氏が既得権益を守ると約束したので応援した。だが、それも、習氏の二期目から変って来た。「紅二代」を切り捨てたのだ。
(3)「期待は2期目に入るころから急速にしぼんでゆく。習が抜てきするのは自らに近い側近ばかりで、紅二代への配慮は薄れてゆく。そればかりか、長期政権の確立に向けた個人崇拝の色を強めていく。習としては、早めに彼らの支持を取り付けるのがベストだが、できなかった場合に備えた布石も打っている。紅二代である本人にまでは手を出さないが、その側近らを汚職で摘発するのも一つの手段になる。すでに引退した人物でもその標的になる厳しい措置だ。こうした裏の戦いは、22年夏まで続くだろう」
習氏は、長期政権を目指して「紅二代」重用から、側近重視の政治へ切り変えた。習氏が、「義理人情を無視する」と批判される理由はここにある。よくいるタイプだが、仲間を利用して立身出世し、あとは放り出すという冷たいタイプだ。この種の人間は、落ち目になった時、逆に寄ってたかって足を引っ張られる運命だ。
(4)「中国経済は、インフラ投資拡大や輸出増に支えられてきた。だが、懸念材料は多い。20年、コロナ禍で打撃を受けた雇用や所得の回復はなお遅れている。特に問題なのは若者の就職難だ。21年夏、中国の大学、短大、専門学校の卒業生は過去最高の900万人超になったが、主力である民間企業からの求人は少なく、職が決まらない学生が非常に目立つ。首相の李克強が就職問題を最優先課題に挙げたのも危機感の表れだった」
中国経済は、もはや総資本形成(民間住宅投資・民間設備投資・公共事業)依存度が、対GDP比で43%(2019年)という「異常経済」である。当然、この継続は不可能である。正気に戻らなければならない。個人消費が極端に抑えられた経済だけに、まともな就職先があるはずがない。大学生の好適の就職先であった「塾教師」は、政府の禁止令でゼロになった。100万人が失業したとされている。
(5)「米中関係はいま、歴史的な転換点に立っている。50年という単位で両国の向き合い方を考えるなら、変質は避けられない。習近平政権は、2035年までに経済面で米国に追いつき、追い越そうとする具体的な目標を掲げている。軍事面も同じで、ここに米中両国の技術覇権争いが絡んでくる。米国側から見れば、自ら育てた中国が今度は米国を標的にしはじめたのを見過ごすわけにはいかない。これが米中「新冷戦」といわれる構造だ」
2035年までに経済面で米国に追いつき、追い越そうとした前提には、自由貿易の存続があったはずだ。米中デカップリングは、この想定を破壊したのである。こうして、2035年計画は水泡に帰す運命である。基幹技術のない中国が、米中デカップリング下でどうやって成長率を維持できるのか。そんな妙案はない。
(6)「米国超えを視野に入れた習近平政権による「2035計画」の内容が明らかになったのは、17年の中国共産党大会だ。この方面の勘に優れた前米大統領のトランプは、習近平政権が掲げはじめた、かつての中国とは異なる種類の野望に比較的早く反応し、一気に対中強硬路線に傾斜してゆく。米中対立をめぐっては、バイデン民主党政権の誕生でそれなりの変化があるとの見方もあったが、対中政策は一段と厳しい方向に進んでいる。特に日本、英国、EUなどとの同盟を強化して中国に対処する手法は明確である」
米国の手早い反応で、中国包囲網が形成されている。技術遮断である。これには、中国もお手上げだ。一方の中国は、「一人っ子政策」によって、合計特殊出生率が昨年の「1.30」をさらに割込む公算だ。労働力不足の中で、技術封鎖を受ければどうなるか。習氏が、「第二の毛沢東」になれる経済基盤は、これから一層脆弱化していくと見られる。経済が失速すれば、習氏は道連れにされる運命だろう。