勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    NATO軍(北大西洋条約機構)は四六時中、空からロシア周辺情報を収集している。この情報が即、ウクライナ軍に伝えられている。一方、米軍も独自情報をウクライナ軍へ提供している。ただ、提供された情報の選択については、ウクライナ軍の判断に任されている。そういう面で、米軍とウクライナ軍は画然と分業体制になっているという。

     

    それにしても、ウクライナ軍はNATOと米軍との二本建による情報収集の機会を持っており、ロシア軍に比べて極めて優位な立場である。今後のウクライナ・ロシア両軍の戦術では、この情報量の差が大きく開いてくるものと見られる。

     


    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月9日付)は、「ウクライナと対ロ機密情報を共有、米の綱渡り」と題する記事を掲載した。

     

    米国は大量の機密情報をウクライナと共有する上で際どい綱渡りをしている。ウクライナ軍がロシア軍を撃退できるよう支援しつつ、米国がロシアのウラジーミル・プーチン大統領と直接衝突するのを避ける取り組みだ。米国の現・元当局者らが明らかにした。

     

    (1)「現・元当局者らによれば、米国の情報共有政策の要諦は、米国がロシア軍の部隊・戦車・艦船の動きに関するデータを提供し、ウクライナが自らの情報収集能力も活用して攻撃のタイミングを決める、というものだ。ウクライナ軍が米国から提供された情報を使って、ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」の位置を特定して攻撃したり、ロシア軍の将軍らを戦場で死亡させる攻撃を行ったりしたことが、過去1週間に明らかになった。これにより、米情報機関からウクライナ政府にデータが迅速に提供されていることが浮き彫りになった。こうした情報共有はほぼ前例がないと当局者らは指摘する。米国が、ウクライナに対し、攻撃すべきロシア側の目標や殺害すべき人物を指示していたのではないかとの見方を強く否定している」

     


    米国の情報収集能力の高さから見て、超一級の情報が集められているのだろう。ウクライナ軍は、それを活用して攻撃目標を決めている。武器の面で劣勢であるが、それを補っているのだ。

     

    (2)「戦争が3カ月目に入り、ウクライナは米国やその同盟諸国から提供された一層高度な兵器を手にしている。その中で米バイデン政権が、当局者らが「微妙なバランス」と認める状態を維持できるかどうかは分からない。元米当局者らは、プーチン氏が米国の情報共有政策の微妙な意味合いを理解する可能性は低いと指摘。地上と海上でロシア兵を殺害している攻撃にバイデン政権が直接関与していると、ロシア政府が判断するリスクがあるとの見方を示している」

     

    米国とウクライナが、情報収集において二人三脚で進んでいることに対して、ロシアがどのように反応するか。これが、今後の課題という。

     


    (3)「ロシアで活動していた元米中央情報局(CIA)の高官、ダン・ホフマン氏は、「われわれの見方からすると、われわれは彼らに戦術的な情報を与えている。ここに司令部があって、ここに艦艇がある、といったことだ。判断は彼ら自身で下している」と話した。しかし、ホフマン氏によれば、ロシアはそうしたやりとりを同じようには捉えていない。「重要なことはロシアがこれをどう見るかであり、彼らはこれを米国との代理戦争と捉えたがっている」

     

    米国は、ウクライナに対して情報提供だけである。ウクライナは、その提供されたデータを活用して具体的な攻撃目標を決めている。

     

    (4)「米国は4月、ウクライナに提供する情報を大幅に拡大し、ドンバス地方やクリミア半島などのロシア支配地域で展開するロシア軍をウクライナが標的にできるようにした。米当局者は安全保障上の懸念から、共有している情報の詳細を明らかにしていない。ただ、それには衛星写真が含まれることが知られているほか、傍受した通信の内容が含まれることもほぼ確実だ。米当局者によると、情報共有の制限はごくわずかしかない。米国は、ロシアの軍指導部や民間指導者を狙うのを手助けするような情報も共有していないという」

     

    米国は、4月から大幅に情報提供の範囲を広げている。衛星写真・傍受した通信などである。ウクライナは、豊富になった情報を組み合わせれば、自ずと攻撃目標が決まるのであろう。

     


    (5)「米国の情報共有に関する姿勢や、ウクライナへの武器供与に何十億ドルもの予算を割いていることは、バイデン政権が二大核保有国の衝突を引き起こすことなく、ロシア軍にウクライナ侵攻の高い代償を払わせる取り組みの一環だ。ロイド・オースティン国防長官は4月下旬にアントニー・ブリンケン国務長官とともにキーウを訪問した後、「ロシアがウクライナ侵攻でこれまでしてきたようなことをできなくなるまで弱体化することを望む」と述べた」

     

    下線部が、米国のロシアに対する本音部分であろう。この一環として情報がウクライナへ提供されているものと見られる。

     

    (6)「米国の現・元当局者はウクライナ独自の情報収集能力を過小評価すべきではないと指摘する。2014年のロシアによるクリミア半島併合やドンバス地方の不安定化を狙った作戦が行われたあと、米軍とCIAの支援を得て情報収集能力が向上したという。ウィリアム・バーンズCIA長官はこのほど、英フィナンシャル・タイムズ紙主催のイベントで、「ウクライナが持つ独自の強大な情報収集能力を過小評価するのは大きな誤りだ」と語った

     

    ウクライナ軍は2014年以降、NATOや米軍から軍事訓練を受けてきた。これによって、旧来のソ連式軍隊から脱皮している。その成果が、戦術面に現れていると見られる。

     

    (7)「元CIA諜報(ちょうほう)員のダグラス・ロンドン氏によると、標的となり得る対象の追跡情報を米国がウクライナに提供しているのは明らかだが、ドローンからのライブ映像といった、米政府が過去にパートナーと共有していた情報が含まれているかどうかは分からない。ロンドン氏は、米国がウクライナ側にロシア軍の配置に関する情報を提供する際、何らかの行動を示唆することはないと指摘。「われわれは、こうしろとは指示してい

    ない。彼らは主権国家であり、独自の課題がある」と語った」

     

    ウクライナの愛国精神は、極めて高いものがある。過去の歴史で、従属させられてきた屈辱の経験を持つだけに、抵抗精神が強いのであろう。 

     

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    中国の習近平氏は、2月4日の中ロ共同声明でロシアと「限りない友情」を誓い合った仲である。そのロシアが、ウクライナ戦争で残虐行為を働いたとして、世界中から非難されている。「友人」である習近平氏には、困った事態であろう。「友人」が評判を落とせば、習近平氏にも累が及ぶのだ。

     

    『時事通信 電子版』(5月8日付)は、「中国の習氏『ロシアのウクライナ侵攻で動揺』 台湾侵攻の決意変わらず 米CIA長官」と題する記事を掲載した。

     

    米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は5月7日、ワシントン市内で開かれた英紙『フィナンシャル・タイムズ』主催の会合に出席し、ロシアのウクライナ侵攻を受け、中国の習近平国家主席が「動揺している印象を受ける」と語った。

     


    (1)「バーンズ氏は、侵攻で明らかになったロシア軍の残虐性により、ロシアと緊密な関係を維持する中国が「評判を落としかねない」と指摘。習氏は「予測可能性」を重視しており、「戦争に伴う経済の不透明感」も習氏の動揺につながっていると説明した」

     

    習氏は、「友人」プーチン氏とは60回以上も会談を重ねてきた親友である。それだけに、友人の評判が悪いのは、習氏自身にもはね返ってくることだ。「朱に染まれば赤くなる」で、習氏も侵略志向と見られている。中ロの密接化が、こういう警戒観となって現れているのだ。

     

    (2)「中国はロシアの侵攻で欧米諸国の結束が深まったことに失望しており、台湾侵攻に向けて「生かすべき教訓」を慎重に見極めていると語った。「時間をかけて台湾を支配するという習氏の決意は損なわれていない」としつつも、「(中国の)計算には影響を与えている」と話した」

     

    ロシアのウクライナ侵攻に対して、欧米は結束を固めている。中国の外交戦術では、米国と対決する一方で、欧州との関係を強化して共同で米国と対決する構図を描いていた。現在、この構図は大きく崩れている。

     


    もともと、米欧は同じ仲間である。米国は、欧州の移民で成立した国だ。その欧州が、米国と対立して中国と連携するはずがない。こういう経緯を見誤る当たり、習氏の「外交眼力」は相当鈍っていると言うほかない。日本が、中国と手を組んで米国と対決することなど100%あり得ない。それは、価値観=文化の違いでもある。習氏は、この辺の判断が間違っているのだ。

     

    『時事通信 電子版』(4月27日付)は、ウクライナ危機で中国政府は大ショック、庶民はロシア応援」と題する記事を掲載した。筆者は、柯 隆(か・りゅう)氏である。東京財団政策研究所主席研究員である。

     

    中国の一般の庶民は、ウクライナのことをあまり知らない。逆にロシアは身近な存在である。中国の公式メディアやインターネットのSNSでは、ウクライナが米国を中心とする先進国の手先となって、ロシアを追い詰めているから、ロシアは反撃しているといわれている。民衆の間では「ロシア、頑張れ」の声が上がっている。

     


    (3)「これに対して、知識人の間で事情をよく知っている人は少なくない。言論統制されているため、声を上げることができないが、心の中でウクライナを応援する人は多い。中には、プーチンのロシアと手を切るべきだと主張する政府系シンクタンクの研究者も現れている。ウクライナ危機を見た中国政府は、大きなショックを受けているはずである。なぜなら、中国の軍事技術の源泉はロシアだからだ」

     

    ウクライナ戦争で、ロシア軍の戦況が芳しくないことにより、中国は失望している。中国の軍事技術の源泉はロシア軍である。この状態で、仮に米国と戦うことになれば、冷や汗ものである。

     

    (4)「ロシアが短期間にウクライナを攻略できると中国は確信していたが、1カ月たっても、ウクライナを攻略できていない。すなわち、ロシアの軍事力が本当に強いものかどうかが今、疑われている。単なる「張子の虎」ではないか、とさえ思われている可能性は高い。なぜ中国政府がショックを受けるかというと、もし、ロシアから導入した軍事技術をもって台湾に侵攻したとしても、本当に台湾を攻略できるのか、自信を失ってしまう可能性がある。すなわち、中国人民解放軍が台湾に侵攻した場合、短期間に台湾を攻略できなければ、後方から補給が追い付かず、失敗に終わる可能性が高いからである」

     

    中国は、ロシアの武器体系にそっている。そのモデルたるロシアの武器が、ウクライナ軍によって破壊されている映像は、身震いするほどの恐怖であろう。

     


    (5)「中国政府はロシアと米国の間で、自分にとって最も得する解を求めようとしている。すなわち、損得の勘定を一生懸命しているところである。米国などからは、中国がロシアに軍事支援した場合、重い代償を払うことになると警告されている。これに対して、駐米中国大使の秦剛氏は、米CBSの番組に出演した時、中国はロシアに軍事支援をしていないとコメントした。このコメントから中国はロシアへの軍事支援による代償を十分に認識していることが分かる。もう少し時間がたって、ロシアの敗戦がはっきり見えれば、中国は自然にロシアと距離を置くようになると思われる」

     

    ロシアが敗北すれば、中国はロシアと自然に距離を置くようになるという。これは,習氏の外交的失敗を意味する。国家主席3選どころの話でなくなるであろう。

     


    (6)「中国経済が先進国に依存しているのは明白な事実である。それを無にしてロシアと同盟を組むことはあり得ない。ただし、米国から経済制裁を受けているのは事実であり、中国政府は米国に対する警戒も強めている。習近平政権の本心は、米国との関係を改善したいということである。しかし、ここ数年の米中対立の溝はあまりにも深い。簡単には埋まらないだろう。これからは、ある種の準冷戦の状態に突入していく可能性が高い」

     

    中国にとって、ロシアが頼れる相手でないことが分れば、中国はどうするのか。今さら、米国との関係復活も言い出せないのだ。苦しい局面にきた。

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    世界中が、米ドル高の影響を受けている。円相場もその一つだ。5月6日のニューヨーク外為市場では、主要通貨に対するドル指数が下落。5日の米株急落を受け、オーバーナイト取引ではドル指数は20年ぶりの高値を付けていた。米連邦準備理事会(FRB)による積極的な金融政策引き締めが、どの程度ドルに織り込まれているか注目される中で、ドルが下げに転じたのである。

     

    6日発表された4月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比42万8000人増加。市場予想を上回る堅調な伸びとなった。時間当たり平均賃金は、前月比0.3%上昇と、前月の0.5%から鈍化した。前年同月比では5.5%上昇。3月は5.6%よりもわずかだが鈍化に向かっている。

     


    米国の消費者物価上昇は、賃上げが影響しているとの見方が多数説である。それだけに4月の時間当たり平均賃金が、前月比と前年同月比でいずれも伸び率が鈍化したことは注目点である。4月の消費者物価指数は、今週発表予定であるが、沈静化の可能性がある。

     

    インフレ基調のすう勢をより正確に示すとされる食品・エネルギー価格を除くコア指数は、3月が前年同月比6.5%上昇と、1982年8月以来の大幅上昇を記録した。だが、季節調整値での前月比では3月は0.324%と2月よりも鈍化していたのだ。ここから、インフレはピークを越えたのでないかとい見方が出ている。次の記事を読んだ以降、私は状況の変化を見ていたが、ここに取り上げることにした。

     

    米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月13日付)は、「米インフレにピークの兆し FRBの変心は望み薄」と題する記事を掲載した。

     

    米労働省が4月12日公表した3月の消費者物価指数(CPI)は、季節調整済みで前月比1.2%上昇した。前年同月比では8.5%上昇となり、1981年12月以来の高い伸びとなった。インフレ基調のすう勢をより正確に示すとされる食品・エネルギー価格を除くコア指数は、前年同月比6.5%上昇と、1982年8月以来の大幅上昇を記録した。

     

    (1)「急激なインフレ加速――昨年3月のコア指数は前年比でわずか1.6%の上昇――は、FRB当局者が年内に積極的な利上げを進めると同時に、バランスシートの縮小に近く着手する理由に他ならない」

     

    FRBは、5月4日に政策金利を0.5%引上げた。ところが、5月6日にはドル相場の下落になった。この両者を見比べると、FRBがこの先も利上げをしていくのか疑問符がつくのだ。

     

    (2)「FRB当局者は先月の会合時点で、フェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を年末までに2%近くに引き上げるとの予想を示した。昨年9月時点では、ゼロ近辺にとどまると見込まれていた。インフレ率は近く一時的であることが明らかになるという(FBRの)昨秋の予想は、まさに「一時的」であることが判明したのだ」

     

    このパラグラフは、昨年9月時点でのインフレ率に関するFBRの予想が間違えたことを皮肉っている。次のパラグラフでは、今回は逆な方向で間違えるのでないかと見ているのだ。

     

    (3)「とはいえ、3月がインフレの天井となることはあり得る。ガソリン価格はここ1カ月に値上がりが緩やかになっており、物価全般の抑制に寄与するはずだ。インフレを大きく押し上げてきた中古車価格も、ついに鈍化に向かっている。さらに全体に目を向ければ、小売業者が在庫確保に奔走する要因となっていた品不足や物流の目詰まりも緩和する兆しが出ている。そのため、広範にわたるモノの物価高騰が冷めつつあるようだ」

     

    WSJは、今年3月がインフレ率のピークでないかと予想している。広範にわたるモノの物価高騰が冷めつつある点に注目している。

     


    (4)「今後は、前年比のベース効果も剥がれ落ち始める。コア指数が前月比0.9%上昇するなど、インフレが急加速したのは昨年4月からで、その伸びは今でも1981年9月以来の大きさだ。だが、4月のデータからは比較対象となる前年同月比のベース効果もなくなる。4月のコア指数の前月比上昇率が3月と同じでも、前年比の上昇率は5.9%まで縮小する

     

    ここに上げたデータは、インフレ率予想で極めて重要である。短期的動向を見るには季節調整値の前月比を見なければならない。次のデータがそれだ。

     

    これによると、コアCPIが急上昇したのは昨年4月以降である。となると、必然的にこの4月以降の上昇率は、急速に鈍化することが分る。なぜなら、比較する昨年4月CPIが急上昇しているからだ。同時に、今年1月以降のコアCPIの前月比は急速に鈍化している。こういう点を組み合わせれば、4月のCPIが急速に沈静化する可能性を持っているであろう。「4月のコア指数の前月比上昇率が3月と同じでも、前年比の上昇率は5.9%まで縮小する」と記事では分析している。となれば、今年3月がピークであった、ことになろう。

     


    米コアCPIの変動率(前月比:季節調整値)

    2021年1月 0.048%    2022年1月 0.583%

         2月 0.151%         2月 0.505%

         3月 0.305%         3月 0.324%

         4月 0.856%

         5月 0.748%

         6月 0.800%

         7月 0.314%

         8月 0.184%

         9月 0.255%

        10月 0.603%

        11月 0.523%

        12月 0.562%

    出所:米労働省データ

    掲載:『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月13日)

     

    (5)「供給ひっ迫の緩和や前年との極端な比較がなくなることで、向こう数カ月にインフレがかなり急ピッチで低下するシナリオはあり得るだろう。中古車など新型コロナウイルス禍を通じて大幅に値上がりしていた品目の一部で、さらに上昇が和らげばなおさらだ。これはFRBにとってはもちろん歓迎すべき展開だが、インフレ圧力が消えてなくなるわけではない。実のところ、失業率が下がり続ける限り(現時点では低下傾向が続くと思われる)、FRBは利上げ継続へと傾くだろう。このメッセージを国民にうまく伝えることは、そう簡単ではないかもしれない」

     

    下線部のように、失業率が下がり続ける限り、インフレ圧力はつづく計算である。だが、深刻な事態を抜け出す可能性が強くなっていることは間違いなさそうだ。

     

     

     

     

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    ウクライナ東部は、平原が多く戦車戦が想定されている。ウクライナ軍は、戦車戦に備えた兵器が不足していることから、米欧諸国がこの補強に着手している。早ければ5月末からの東部反攻作戦が開始されると報じられてきた。その準備が、確実に始まっている。

     

    その手始めに東部ハリコフ州で6日、ロシア軍が侵攻した5つの集落を奪還したと発表した。米シンクタンクの戦争研究所によると、ウクライナはハリコフ北東部で攻勢に転じており、今後数日で「ロシア軍をハリコフの射程外に追いやる可能性がある」と指摘した。

     


    『日本経済新聞』(5月8日付)は、「米欧、長期戦へ重装備供与 火砲・装甲車でウクライナ防衛増強」と題する記事を掲載した。

     

    米国と欧州はロシアによるウクライナ侵攻が長期に及ぶことを想定した軍事支援に乗り出した。訓練に時間が必要な火砲や装甲車なども供与し、防衛態勢を増強する。東部制圧のため戦力を集めるロシア軍との地上戦拡大に重武装で備える。

     

    米政権は6日、ウクライナへの1億5000万ドル(およそ200億円)相当の追加の軍事支援を決めた。バイデン米大統領は同日の声明で「ウクライナが次の局面で成功するには米国を含む国際社会の仲間が団結し、絶え間なく武器供給する決意を示し続ける必要がある」と強調した。ロシア軍は3月下旬、ウクライナの首都キーウ(キエフ)周辺から東部へと部隊の再配置を決めた。米国はそれ以降に大型の軍事支援を立て続けに決めている。

     


    (1)「ウクライナ軍は、キーウ付近で携行型の対戦車ミサイル「ジャベリン」や地対空ミサイル「スティンガー」などを効果的に活用して、ロシア軍に抵抗した。これらは米欧が侵攻前から譲渡してきた武器だ。次にロシアが照準を合わせる東部戦線はキーウなどとは環境が違う。オースティン米国防長官は「異なるタイプの地形であり、長距離砲が必要だ」と訴える。起伏が少ない開けた地形で火砲や戦車の重要性が増すとみる。ロシア軍の電波を妨害する装置もわたす」

     

    オースティン米国防長官が、ウクライナでゼレンスキー大統領と会談して以来、米国は重火器の供与に転じている。現地で詳細な軍事情報に接した結果であろう。ウクライナ東部は、北部と違って起伏が少ない開けた地形で火砲や戦車の重要性が増す。対ロシアの戦い方が大きく変わってくる。ウクライナ得意の奇襲攻撃は効かなくなるのだ。

     

    (2)「米欧の軍事支援の内容が実際に変わってきた。米政府が4月13、21日に承認した計16億ドル(2000億円)相当の武器供与には、射程が30キロメートルほどある155ミリりゅう弾砲計90門を初めて盛った。これから主戦場となる東部の平地で機動的に対応できるように装甲車も新たに送る。りゅう弾砲を移動するための輸送車72台と砲弾20万発超も届ける。ウクライナ側の弾薬の在庫は減ってきており、激しい地上戦に備えて態勢を充実させる。ロシア軍による砲撃位置を特定するレーダーも加える。りゅう弾砲と装甲車は訓練が必要になる。ウクライナ軍は同国外で訓練を受けている。200台を予定する装甲車の納入までには数週間かかる可能性がある」

     

    このパラグラフに登場する武器は、近代戦に不可欠なものであることが分る。ロシア軍による砲撃位置を特定するレーダーも加えるというから、ウクライナ軍は正確な反撃が可能になる。ロシア軍は、精密弾でなく着弾地点の定まらない非精密弾とされる。今後の戦闘には、差が出てくるであろう。

     


    (3)「元米海兵隊員で、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)で上級顧問を務めるマーク・カンシアン氏は「りゅう弾砲も装甲車も専門的な訓練がなければ運用できない」と指摘する。
    米国が長期戦を想定していることを示している」と分析する。ウクライナのゼレンスキー大統領は攻撃力の高い兵器の供与を繰り返し呼びかけてきた」

     

    下線のように、米国は長期戦の構えである。東部でロシア軍に支配されている地域の奪還が目標と見られる。

     

    (4)「本格的な重火器支援に慎重だったドイツが4月26日、低空の飛行機を狙う「ゲパルト対空戦車」の供与に踏み切ると発表した。英国は3月下旬に戦闘車両にも搭載できる対空ミサイル「スターストリーク」を送ると決めた。英軍は英国内でウクライナ軍に装甲車や欧米諸国が支援した兵器の使用法などを訓練している。チェコは4月上旬に旧ソ連製戦車など数十両の戦闘用車両の譲渡を決定した。スロバキアは旧ソ連製の地対空ミサイルシステム「S300」を提供したと明らかにした。米国は旧ソ連時代に開発されたヘリ「Mi17」のほか、無人の沿岸防衛艇も支援する。ウクライナの要望を踏まえて米空軍が開発した攻撃型のドローン(小型無人機)「フェニックスゴースト」121機も提供する。すでに渡している自爆攻撃機能を持つドローン「スイッチブレード」に加え、攻撃能力の向上を支える」

     

    このパラグラフは、軍事情報に精通していない向きにとって難しい内容である。要するに、近代兵器によってウクライナ軍がロシア軍へ立ち向かえるということだ。旧ソ連領であった国々が、それぞれ武器を提供している点に、かつて受けた「ソ連恐怖」を見ることができる。

     


    (5)「ロシアがウクライナに侵攻した2月24日以降、米国が6日までに決めたウクライナへの軍事支援は計38億ドルにのぼる。2020年のウクライナ国防費59億ドル(ストックホルム国際平和研究所調べ)の6割超に達する。EUは4月中旬に5億ユーロ(約700億円)の追加軍事支援を発表し、その時点で支援額は累積で15億ユーロとなった。ボレル外交安全保障上級代表は「ウクライナの領土と市民を守り、さらなる苦しみを防ぐためには、軍事支援強化が重要」と語る」

     

    ウクライナの国防費(2020年)の6割超が、すでに米国から支援されている。第二次世界大戦で、米国はナチスドイツを倒すべく連合軍へ巨額の武器弾薬を供与した。こういう歴史を見るとかつてのナチスが現在は、ロシアに代わっただけという印象である。ロシアは、ウクライナをナチスと呼んでいるが、実態はあべこべになっている。

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    ロシアは、ウクライナ侵攻よって西側から強烈な経済制裁を科されている。ロシアは抜け穴探しをして対抗しているが、これには限界を伴う。世界経済のメインストリームである、ドル決済から隔離されることで、まさに「鉄のカーテン」で仕切られてしまったことを意味するのだ。流血を伴わないものの一種の「大量破壊兵器」である。ロシア経済が、長く持ち堪えられないのは言うまでもあるまい。

     

    『日本経済新聞 電子版』(5月4日付)は、「経済制裁という大量破壊兵器」と題する寄稿を掲載した。筆者は、米シカゴ大学教授ラグラム・ラジャン氏である。インド準備銀行(中銀)総裁。国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストを経て現職へ。

     

    戦争はどんなやり方でも恐ろしいものだ。各国はウクライナに戦闘用の兵器供与だけでなく、ロシアに経済兵器を動員した。ロシアは軍事力に比べて経済力は小さいものの、兵器の種類や対象地域を拡大して攻撃を仕掛けてくる可能性がある。それは世界が受け入れなければならないリスクだった。

     


    (1)「ロシアの中央銀行への厳しい制約でルーブルは、暴落し国境を越えた決済や融資の新たな制限は即座に影響を及ぼし、ロシアの銀行に対する信頼は低下した。貿易制裁や多国籍企業の撤退は、即効性はなくても、いずれ経済成長率は低下し、失業率は大幅に上昇するだろう。やがてロシアの生活水準は低下し、健康状態は悪化し、死者が増えると予想される」

     

    ルーブルは、経済制裁発動で急落したが、ロシア当局の高金利と送金禁止という強硬策で表面的には回復した。だが、その永続性には多くの疑問が付されている。今年のGDPは、マイナス10%前後、来年も数%のマイナス成長が予測されている。軍事侵攻が招いた経済制裁の結果である。

     


    (2)「経済兵器は、侵略や野蛮な行為に対して有効でありながら、文明的な対応を可能にする。だが、これらの兵器がもたらすリスクを軽視すべきではない。ビルを倒したり、橋を壊したりはしないが、企業や金融機関、生活、そして生命さえも破壊する。罪のある者だけでなく無実の人にも打撃となる。現代世界の繁栄を可能にしたグローバル化のプロセスを逆行させることになりかねない。

     

    経済制裁は、グローバル化経済とは真逆のことである。侵略戦争を止めさせるには必要不可欠な手段である。古来、侵略戦争の勝敗が決まってから賠償などという後始末が行なわれた。だが、現実に起こっている戦争を止めるにはどうするか。経済制裁を科して、侵略側の戦費調達に圧力をかけるしか道はない。だが、その圧力は、一般国民を苦しめるマイナス効果がある。

     


    (3)「この点について、いくつか関連する懸念がある。まず、経済兵器は一見流血を伴わず、統治する規範がないため、乱用される可能性がある。これは単なる臆測ではない。米国は、キューバに対する厳しい制裁を続けている。また中国は最近、オーストラリアの輸出に制裁を科したが、同国が新型コロナウイルスの起源に独立した調査を求めたことへの報復だったのは明らかだ。同じくらい心配なのは、企業に特定の国での事業活動の停止を求める世論の高まりだ。こうした要求は、政策立案者が意図した以上の制裁拡大になる可能性がある」

     

    制裁は、一国レベルで行なうと恣意的なケースになりかねない。それゆえ、今回のように戦闘に参加しない代わりに、複数国が経済制裁で侵略国へ対抗する方法もある。この方が、経済制裁の目的がはっきりして明瞭である。

     


    (4)「無差別な制裁への不安が広がれば、各国が自衛の行動をとるかもしれない。ドルやユーロの外貨準備ほど流動性の高い資産が他にほとんどないため、各国は国境を越えた企業の借り入れなど、外貨準備を保有する必要がある活動を制限し始めるだろう。また、国際決済網である国際銀行間通信協会(SWIFT)に代わる代替手段を模索する国が増え、世界の決済システムが細分化する可能性がある。民間企業は、政治・社会的価値観を共有しない国同士の投資や貿易の仲介により慎重になっていくかもしれない」

     

    経済制裁は、詰まるところ同じ価値観の国が集団で行えば、正統性が明らかになる。一国で行なうのは、「恣意的」なもので共感を得られないのだ。現実世界になぞらえると、民主主義国と権威主義国の紛争解決手段になる有力ツールである。権威主義国が、経済制裁を恐れるならば、貿易は「金」で取引するほかない。「金本位制」の世界は1816年からおよそ200年間続いた制度である。ロシア・中国・イラン・北朝鮮が、この古典的取引の世界に戻るとすれば、完全に世界の潮流と離れた経済世界を形成するであろう。

     

    (5)「先進国は、自国の力を制約することに消極的だろう。だが、世界経済が分裂すれば、すべての人に痛手だ。「経済的軍備管理」に関する協議は、壊れた世界秩序を修復する一歩になるかもしれない。平和的共存は、どのような形態の戦争よりも常に優れている」

     

    いかなる言分があろうとも、国際的な紛争を戦争で解決することは「悪」である。国連設立の意義はここにあるのだ。それを破った国には、経済制裁で対抗することを宣言すればいい。ロシアや中国のように、依然として軍事力で相手国を圧倒することを「国是」とする国に対しては、経済制裁がやむを得ない罰である。難しい理屈は要らない。侵略戦争の当事国は、経済的罰を受けることを覚悟すべきなのだ。

     

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