インドは、インド太平洋戦略「クアッド」で日米豪と共にその一角を形成している。中国の対外膨張主義へのストッパー役である。このインドが、ウクライナ危機では「クアッド」メンバー国と共同歩調を取らず、ロシアへ親近感を見せている。この奇異な光景に、誰でも疑問を持つが、この背景には「対ロ信頼、対米不信」の歴史があるのだ。
米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(4月27日付)は、「ウクライナ危機中立のインド、対露信頼と対米不信」と題する記事を掲載した。
次々とニューデリーを訪れた米当局者らは、ロシア政府を孤立させる取り組みにインドも加わるよう説得した。だが、傍観者の立場を変えるべきだと納得させるのは難しかった。インドは今回のウクライナ戦争で中立姿勢を維持しており、ロシアの行為に対する国連非難決議の投票で棄権に回り、対ロ制裁への参加も拒否している。インドのこうした姿勢はある意味、必要に迫られたものでもある。ロシアが、インドに対する最大の武器供給国だからだ。
(1)「2020年に領土問題でもめる国境地帯で中国との衝突が起き、インド人20人、中国兵士4人が死亡した際には、インドの国防相が3カ月間で2回モスクワを訪問した。当時の状況を直接知る当局者によれば、この訪問の目的の一つは、武器弾薬を追加で確保し、国境地帯の防備を強化することだったという。これを受けてロシアは、ミサイル、戦車部品、その他の兵器をインドに追加供与した。イデラバードのカウティリヤ・公共政策大学の学部長で、元インド国連常駐代表のサイード・アクバルディン氏は「多くの人々は、インドが危機に瀕した際にロシアとの友好関係がインドの利益に貢献したと信じている」と語った」
インドは、国境問題で中国と長年にわたり対立し衝突を重ねている。国境を守るには武器が不可欠であり、ロシアがその武器供給で重要な役割を果たしてきた。ロシアへの「恩義」があるのだ。
(2)「インドは何十億ドルもの資金を費やしてロシアから武器を購入しており、ロシアは何十年にもわたってインドにとって最大の武器の供給元となっている。インドは供給元を多様化する取り組みを行っているものの、2016年~2020年に輸入された武器の50%近くは、依然としてロシアから来たものだ」
インドは、ロシアの武器輸出国構成比(2010~21年)で33.8%と1位である。2位の中国(13.5%)を大きく引離している。ロシアにとっても、インドは最大の顧客になっている。インドとロシアは、持ちつ持たれつの関係だ。
(3)「米当局者は、(ウクライナ)開戦以降続いているインドとの協議で前進していると指摘し、モディ氏が最近、ウクライナのブチャでの市民の殺害を非難する発言をしたことを例に挙げた。それでもなお、一部の米当局者は時々、インドがロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対する一段と強い非難を渋っていることに対して不満を示している。インド当局者は、米国がウクライナについてインドに説教をするようなことになれば、インドの米国に対する懐疑的な見方は一段と強まると述べている」
米国は、インドもロシアを非難してくれるものと期待していたが、武器の購入関係を見ると、深いつながりがある。武器=安全保障である以上、性急に「反ロシア」になるのは無理であろう。実は、ロシアの武器輸出国は45ヶ国に上がっている。これら国々は、表だってロシア批判できない事情にある。その代表がインドだ。中国もこの範疇に入る。
(4)「カーネギー国際平和基金に所属するアジア地政学の専門家、アシュリー・J・テリス氏は、「インドの人々は常に、ロシアの人々から尊敬され、支えられてきたように感じてきた。その一方で、われわれ(米国人)は威圧的な態度を取りがちだ」と述べる。現旧のインド当局者の多くは今も、米国がインドを不当に扱ったと感じられた歴史上の瞬間を容易に列挙できる。1960年代には、ガンジー首相によるベトナム戦争への米国批判に対して食糧支援で報復したこと。1971年には、インド・パキスタン戦争で、米国がパキスタンを支援したこと。1998年には、米国が核実験の実施を理由にインドに制裁を科したことだ」
下線部分は重要である。国際関係は、尊敬されているという実感が友好の裏付けになる。ロシアは、インドが武器輸出で最大の顧客である。丁重に扱って当然であろう。
(5)「バイデン政権当局者はインドの当局者に対し、インドと中国の国境周辺での紛争に関し、米国の方が兵器供給国として信頼性が高いことを納得させようと努めてきている。ウクライナでの戦争は、ロシアの軍事装備が信頼できないことを示しているほか、ウクライナの戦場で装備を消耗し、自国の軍事備蓄を補充しなければならないためロシアは間もなく供給不足に陥る可能性がある、と米当局者らは指摘する。同当局者らはまた、西側の制裁によりロシアは先端兵器システム向けの部品を確保できなくなるだろうと述べた」
ロシアは、遅くも来年には経済制裁で軍需品の生産がストップする筈だ。武器弾薬は、演習による消耗で部品など補給しなければならない。ロシアは、その部品供給が不可能になる時期が近い。ロシアから武器を購入している国は、大変な事態が発生するであろう。
(6)「ボリス・ジョンソン英首相は4月22日にインドを訪問した際、インドへの武器輸出の促進、インドが自国の防衛装備品を製造するのを支援するための専門技術の共有化を図ることを約束した。あるインド当局者によると、同国政府はハードウエアおよび武器の供給拡大に関する米国の提案を検討しているものの、高額なコスト、技術移転に米企業が消極的なことから協議は進んでいない。米国務省当局者によれば、協議にはインドが購入できるようにする目的で米国の余剰防衛装備品を活用することや、各種融資案などが含まれている」
米英は、インドに対して軍需品問題で具体的な提案をしている。インドも、ウクライナ戦争におけるロシア軍の作戦ぶりを見て、ロシア製武器への疑念が湧くであろう。
(7)「ブリンケン米国務長官は、「インドはロシアの関係を何十年にもわたって発展させてきた。この間、米国はインドにとってのパートナーとなることができなかった」と述べた。その上で同氏は、「時代は変わった。われわれは現在、インドの選択するパートナーとなり得るし、またそうなりたいと思っている」と語った」
米国は、インドから選択されるようなパートナーになる、としている。インドは、クアッド・メンバー国である以上、誠実に対応する必要がある。