勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:経済ニュース時評 > 米国経済ニュース時評

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    ウソがばれた出生率データ

    人口動態で困難な覇権奪取

    習氏のサラミ戦術に先行者

    アジアで日本へ高い求心力

     

    中国国家主席の習近平氏は突然、内政重視政策に転換した。7月の学習塾規制が象徴的である。中国の出生率急低下の原因の一つが、子どもの教育費高騰にあると判断した結果である。夫婦の年収の半分近い金額を、子どもの塾通いの費用に充てるという極端な例も報道されている。

     

    こうした加熱した教育熱を生んだ背景には、35年間も続いた「一人っ子政策」がある。一人の子どもに両親と祖父母まで含めれば6人の大人が控える計算である。これでは、ほっておいても「教育熱」が高まる。加熱した教育熱の裏には、「一人っ子政策」が存在するのだ。

     

    ウソがばれた出生率データ

    中国の合計特殊出生率(一人の女性が出産する子どもの数)は、2020年の国勢調査で「1.30」と発表された。それ以前は、虚偽のデータを国連に報告するという操作をして実態を隠してきた。それが今、国勢調査で不可能になった。参考までに、これまで国連へ提出していた「ニセ・データ」を紹介しよう。

     

    2015年 1.67

      16年 1.68

      17年 1.68

      18年 1.69

      19年 1.70

     


    こうした「ニセ・データ」を公表してきた後で、2020年は「1.30」という「生データ」が出てきた。世界のマスコミは寛容である。これまでの「ニセ・データ」の発表について一言の「咎め」もなかった。私のように執拗に中国データを検証する立場から言えば、中国が実勢悪を認めざるを得ないほど深刻な局面を迎えている、と判断するのだ。

     

    人口データは、将来の国力を測る基本データである。中国がこれまで「合計特殊出生率」を隠してきたのは、これによって中国の国力衰退が明らかになることを恐れた結果と見られる。ちなみに、米国の合計特殊出生率(2020年)は、1.64である。米国は、移民を増やせばいかようにも人口を補充できる恵まれた位置にある。中国では、そういう「奇特な」ケースは期待できない。

     

    中国は、過去の合計特殊出生率について「ニセ・データ」でカムフラージュしてきたが、「平均年齢」は真実を報告していた。この平均年令では2020年、中国が米国を僅差で初めて上回ったのである。

     

        2000年  2010年  2020年

    中国  29.98歳  35.03歳  38.42歳

    米国  35.19歳  36.88歳  38.31歳

     


    平均年齢では2020年に、中国が米国を0.11歳の差で上回った。ここで、米中の過去20年の平均年令を見ると興味深い事実が浮上する。中国は20年間で8.44歳も上昇した。米国は、3.12歳に止まったのである。参考までに日本は、過去20年間で7.16歳の上昇だ。中国の「加齢速度」は日本を上回っている。

     

    米中の平均年齢差を単純に将来へ引き延ばすとどうなるか。2040年には、中国が46.86歳。米国は41.43歳である。中国の高齢化速度が、米国をはるかに上回ることは確実である。中国にとってはショッキングなデータであろう。

     

    人口動態で困難な覇権奪取

    こういう現実を付合わせて見ると、中国の「世界覇権論」などは夢の夢というのが偽らざるところである。この現実を認めたのかどうか不明だが、習氏は突然の方向転換を始めた。内政充実である。領土拡大という外延的発展を実現する前に、足元の中国経済が崩れかねないリスクを認識したのであろう。

     


    世界覇権は、GDP・金融システム・軍事力の3つによって構成される。

     

    中国は、これまでGDPと軍事力に力を入れて、米国追い抜き作戦を展開してきた。ところが、GDPという付加価値を最も強力に押し上げる、第三次産業のテック産業について取締り強化を始めたのだ。表面的な理由は、国民の生活費負担を軽くするというもの。現実は、習氏の政敵である江沢民一派への資金供給を絶つという「ドロドロ」した目的である。国内政争の延長なのだ。

     

    これは、通常の政策論の感覚では理解できない「突然変異」である。逆に言えば、GDPで米国を追い抜く戦術を取下げたと推測するほかない。

     

    中国では、これに代わって登場しているのが、製造業の育成強化である。製造業は第二次産業である。付加価値は、第三次産業のテック産業に劣る業種である。米国は、製造業を海外に移転させ、テック産業に力を入れてGDP押し上げを計ってきた。中国は、この状況と真逆のことを始めるのだ。中国が、GDPの押し上げ政策を放棄したのはなぜか、という疑問が新たに浮かぶのである。

     


    それは、米中対立によるデカップリング(分離)の進行である。米国は、サプライチェーンの再編によって、半導体・バッテリー・レアアース・医薬品の主要4業種をクアッド(日米豪印)4ヶ国によって「自給自足」体制を築こうとしている。中国は、このクアッドのサプライチェーンから除外されるので、やむなく国内で強化する事態になった。

     

    米国にも、グローバル経済体制と比べてデカップリングが、非効率化であることは明らかである。ただ、中国の軍事的台頭に伴い脅かされる安全保障を守るために、やむを得ない「必要コスト」になった。安全保障は、国家存立の基盤であるからだ。

     

    中国は、GDPで米国を追い抜く戦術をテック産業抑制で放棄したが、軍事力によって世界覇権に挑戦する目標を放棄したわけでない。これは、習近平氏が「永久国家主席」を目指す上での必要不可欠な要件である。台湾解放と尖閣諸島奪取が、習氏に課された政治目標である。となれば、軍事力拡張は習氏の永久国家主席実現に欠かせないことが分かる。(つづく)

     

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    米国の沿岸警備隊が、太平洋で業務に就いていると聞けば驚かれる向きがいるかも知れない。事実は、グアムを基地にして西太平洋で活動しており、中国船の取締りに従事している。この沿岸警備隊は、台湾の沿岸警備隊と共同訓練したとの報道がされたものの台湾政府が否定。ただ、今後はあり得ると肯定的である。中国を刺激するに十分なニュースだ。これを取り上げる前に、最近の米沿岸警備隊の活動状況を紹介したい。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(3月16日付)は、「中国に対抗する米沿岸警備隊、本土を遠く離れて」と題する記事を掲載した。

     

    「米沿岸警備隊は、西太平洋や中国沿岸海域での活動を徐々に拡大している。2019年には複数の船舶が10カ月以上にわたって西太平洋に派遣され、米海軍第7艦隊とともに活動した。そのうち警備艇「バーソルフ級カッター」1隻は中国の脅威に対抗するため台湾海峡を航行。極めて政治的な任務を沿岸警備隊の船舶として初めて遂行した」

     


    「中国は、漁船団と沿岸警備隊(海警)、海軍の行動を連携させて、南シナ海でのプレゼンスを確立してきた。南太平洋や中央太平洋でも存在感を増している。中国の漁船団は、キリバス共和国やツバルなど島国の周辺にも大挙押し寄せている。これらの海域には、世界有数の資源量を誇るマグロの漁場が幾つかある。中国海軍もこの海域で存在感を示しており、2019年に軍艦がシドニーに寄港したほか、18年には海軍の病院船がフィジーを訪れている」

     

    「米沿岸警備隊は、こうした中国の動きに対応してこの海域で態勢を強化している。最先端機材を備えた新型巡視船2隻をグアムに配備した。グアムから上海までの距離は、サンフランシスコまでの距離より約6400キロ近い。もう1隻が追加配備される。豪キャンベラの米大使館には米沿岸警備隊から初のアタッシェ(駐在官)1人が派遣されている。来年にはシンガポールにもアタッシェが着任する」

     

    こうした記事を読むと、米沿岸警備隊が台湾にあらわれても不思議はない。中国の海警船が動き回っている事態を迎えている現在、中国漁船の監視・取締りが喫緊の課題である。

     


    『ニューズウィーク 日本語版』(8月12日付)は、「米台の沿岸警備隊が『初の合同軍事演習』―台湾紙報道」と題する記事を掲載した。

     

    台湾政府は8月10日、台湾が米沿岸警備隊の演習に参加した事実はないと否定、しかし今後の協力の可能性は「排除しない」と述べた。今月に入って、船舶位置の追跡データから、台湾艦船が複数で太平洋に向かったことが示され、アメリカとの合同軍事演習の「予行演習」ではないかと報じられていた。

     

    (1)「台湾における米政府の窓口機関である米国在台協会は8月11日、米台の沿岸警備作業部会の初会合が行われたことを確認した。この作業部会は3月に、米台が海洋での連携強化のために設置することで合意していたものだ。台湾の外交部(外務省)によれば、会合はオンラインで実施され、今後も定期的に行われる予定だ。会合に先立ち台湾紙の自由時報が、米台初の海上での合同軍事演習が「近い将来」予定されていると報じたが、これについてはアメリカも台湾もコメントしていない。米インド太平洋軍の主導で827日まで実施されている「大規模広域訓練2021」に台湾が関与しているかどうかも明らかになっていない」

     

    米台初の沿岸警備隊の合同演習が、行われる可能性を報じられるようになった。従来では、考えられなかったことである。米台が、中国を意識しつつも、強いつながりをアピールしていることに注意すべきだ。つまり、米台が「中国恐れず」という意思表示をしているのだ。

     


    (2)「台湾『自由時報』は10日、台湾の大型巡視船「嘉義」が「安平」など複数の巡視船を伴って、東部にある花蓮港の沿岸から28海里の地点で演習を行ったと報じた。船舶位置情報サイトの「マリントラフィック」によれば、「嘉義」は11日早朝にも同じ地点に向かっている。この報道を受けて、台湾の艦船がアメリカと合同演習を行ったのではないかという憶測が浮上したが、台湾の海巡署(海上警察)は、アメリカの艦船の参加はなかったと否定した」

     

    8月10日、台湾の複数の大型巡視船が演習をしたが、米国側の参加はなかった。

     

    (3)「海巡署はウェブサイトに掲載した声明の中で、米台の沿岸警備作業部会が扱うのは、捜索・救助活動や違法操業・無報告・無規制の漁業の取り締まりなどの分野での協力だと説明。「将来、なんらかの形で(アメリカと)交流・協力する可能性は排除しない」と述べたが、沿岸警備に関する合意の内容については、双方の合意なしに開示されることはないとした。自由時報は、海巡署の関係者の発言を引用する形で、10日に4000トン級巡視船「嘉義」の主導で実施された演習は、今後予定されている米沿岸警備隊との合同演習に向けた「予行演習」だったと報じた」

     

    台湾メディアは、10日の大型巡視船の演習は、今後予定されている米沿岸警備隊との合同演習に向けた「予行演習」と報じている。

     

    (4)「防衛アナリストで、台北にある国防安全研究院に所属する蘇紫雲は、台湾とアメリカの協力は外交的に慎重に扱うべき性質のものであり、それを考えれば、台湾政府が情報の開示に慎重なのも当然だと指摘した。10日の台湾海巡署の演習は、ある種の「外交的トリック」だと彼は本誌に語った。参加した巡視船は船舶自動識別装置(AIS)の送受信機をオフにしておくこともできたが、あえてそうはしなかった。演習を監視している者たちがこれらの巡視船の位置を確認し、追跡できるようにすることで、彼らに米台の沿岸警備当局の協力関係を認識させることが狙いだと分析した」

     

    10日の台湾側演習が、あえてAISをオフにせず、演習所在地を明示したことを重視している。これによって、米台の沿岸警備当局の協力関係を認識させようとしている、というのだ。これは、米台が明らかに積極的になっていることを示す。 

     

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    習近平氏は、何を考えているだろうか。上海市で小学生の英語試験を禁止する一方で、習近平思想を必修化することになった。習近平思想と言っても中身があるわけでない。中国の民族再興を教える「民族主義教育」である。

     

    習氏が、2012年の国家主席就任時に提唱したのは、「二つの百周年」(一つは中国共産党建党100年=2021年、二つには人民共和国建国100年=2049年)を成功裏に迎えることであった。第19回党大会「政治報告」では、二つの百周年の間に2035年を節目として設定した。総合国力と国際影響力でトップの国になり、中華民族を世界民族の林に屹立(きつりつ)させるという内容だ。言わずと知れた世界覇権論である。

    習氏が、小学生から習近平思想なるものを教え込む狙いは、習氏の「終身国家主席」を想定しているのであろう。それには、英語教育が邪魔物となる。戦時中の日本が、英語を「敵性語」として禁じた、あの暗黒時代を思い出させるニュースである。

     


    『日本経済新聞』(8月13日付)は、「中国・上海で小学生の英語試験禁止 習思想は必修化」と題する記事を掲載した。

     

    中国の習近平(シー・ジンピン)指導部が教育分野の監督を強めている。上海市は9月の新学期から小学生の期末試験で、これまで実施していた英語の試験を除外する。試験の回数も減らす。学生の負担を軽減するためというが、同時に「習近平思想」を必修にして思想教育は徹底する。米国との対立長期化をにらみ、子供の時から愛党精神を育む狙いもあるとみられる。

     


    (1)「上海市は今月3日、新学期から35年生(上海市の小学校は5年制)の期末試験の対象科目を数学と国語に変更すると公表した。これまでは英語を含む3科目が試験の対象となっていた。一学期に中間と期末の2回実施していた試験の回数も期末試験の1回のみに改める。習指導部は「(受験競争の激化が)放課後の自由な時間を奪い、小・中学生に多大なプレッシャーを与えている」と問題視する。放課後の学習塾や家庭教師の利用は教育費の増加につながっており、少子化を助長する要因にもなっている。中国最大の国際都市である上海市の取り組みは今後、ほかの都市にも広がる可能性が高い」

     

    下線部で驚くべき事実が指摘されている。期末試験ではこれまで「英数国」の3科目が対象であったが、今後は英語を外すというのだ。英語を外すのも驚きだが、たった2科目の試験成績だけが義務教育対象であることに、さらに驚くのだ。「全人教育」という人間性を全面的に磨く教育でない。これでは、中国人が短見で物欲が強い人間に育たざるを得ないであろう。同じ人間として、気の毒というか哀れさを感じるほかない。

     

    (2)「同時に思想教育は加速している。上海市は9月の新学期から「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想の学生読本」と題した教材を使用する授業を小・中・高生の必修科目として新たに設ける。習氏の重要発言を暗記したりするとみられる。すでに一部の大学では習思想が必修になっているが、上海は小中高にも対象を広げる。北京市も10日、当局の認可を受けていない外国教材を義務教育で使用することを禁止する方針を公表した。思想教育を徹底し若者の共産党への関心を高めるほか、香港でのデモ活動などを念頭とした社会運動の芽を摘むという思惑があるとみられる。米中対立が長期化しそうなことも底流にありそうだ」

     

    「全人教育」を捨てて、習近平思想を教え込む。人間ロボットを育てるようなものである。英語を知っていれば、外国事情も分かるがその道も塞がれる。習氏は、国民を徹底的に「内向き人間」「習近平万歳」にさせる積もりである。これで、習氏への謀反を防ごうという狙いだ。

     

    東条英機も英語教育を廃止させた。だが、江田島の海軍兵学校では、堂々と英語教育を行っていた。陸軍に従わないという反骨精神とされたが、海軍が英語を知らなければ、通用しない意味もあった。中国は、世界から引離される孤立の道を選ぶのであろう。その先に待っているものは、破滅の二字である。

     


    (3)「中国政府は、学習塾など教育産業の監督にも躍起だ。オンライン教育の大手15社に対し、虚偽の授業料を提示したとして6月に罰金を科した。高まる教育熱もあり、自宅で本格的な授業を受けられるとオンライン教育は注目されていた。だが、高額な授業料を要求する業者も少なくなく、返金トラブルなどの苦情も相次いでいた。7月には学習塾の新規開業の認可を中止し、既存の学習塾は非営利団体として登記すると公表。今後は学費も政府が基準額を示して管理する方針だ。学習塾の株式上場による資金調達も禁止し、営利目的で競争が激化する業界をけん制した」

     

    習氏は、学習塾の取りつぶしも狙っている。高額な費用が、家庭の負担になるというもの。だが、高い塾の費用を払ってまで子どもを通わせる理由は、就職難が最大理由である。良い大学=良い就職先という方程式は、すでに崩れている。大学院修士課程を卒業しても、タバコ工場の現場工員にしかなれない現実が、今の中国である。

     

    習氏は、テック企業虐めを行っている。この業種こそ高学歴者を雇用できる場である。それが潰されれば、せっかくの高学歴も生かせないのだ。そういう根本的な矛楯を抱えていることに気付かないようである。塾を規制するならば、義務教育で「全人教育」を行うべきだろう。子ども達の学びへのエネルギーを、多方面に導くことが必要不可欠である。

     

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    中国経済は、ひたひたと危機の波が押し寄せている。国民生活にのし掛る経済的な負担を排除すべく、ハイテク企業の規制に取りかかったからだ。これだけに止まらない。中国国務院(政府)は、11日遅くに発表した声明で、国家安全保障や技術革新、独占禁止を含む分野での法整備に「積極的」に取り組むと表明したのだ。食品や医薬品、教育など国民の直接的な利益に関わる分野で規制が強化されるとしている。以上は、『ブルームバーグ』(8月12日付)が伝えた。

     

    このように突然の「強権発動」の背景には、個人消費の回復が芳しくないという事実がある。政府は、その原因が学習塾やインターネット・ゲームで金を使い果たしている結果と見ているがそれは浅慮というべきだろう。最大の原因は、家計債務の増加である。高額な住宅ローンを抱えて、その返済が個人消費を抑制しているのだ。この分かりきった理屈は、本欄で早くから指摘してきた点である。

     


    政府は、これまで不動産バブルを煽って住宅購入を推進してきた。これにより、GDPを押し上げてきたがついに家計債務の急増で、それも限界に達したのである。やむなく、学習塾やインターネット・ゲームをヤリ玉に上げているが、はっきり言って「的外れ」である。不動産バブルによる債務急増こそ、個人消費停滞の原因である。

     

    『日本経済新聞』(8月12日付)は、「中国、『血気』抑制でしぼむ期待」と題する寄稿を掲載した。筆者は、米エール大シニアフェロー スティーブン・ローチ氏である。モルガン・スタンレー・アジア会長などを経て現職。研究対象は中国経済など。

     

    中国経済について、25年以上も楽観的な見方を貫いてきたが、いまでは重大な疑念を抱くようになっている。中国政府は、デジタル技術をベースとする「新経済(ニューエコノミー)」に関連するIT(情報技術)企業を狙い撃ちにする。国家が「アニマルスピリッツ(血気)」を抑制しようとする深刻な問題だ。(建国100年の)2049年までに「社会主義現代化強国」を実現するという、習近平(シー・ジンピン)国家主席の掲げる「中国の夢」が危機にさらされる可能性がある。

     


    (1)「中国ネット通販最大手のアリババ集団は20年11月、傘下の金融会社アント・グループの大型上場が、当局の監督方針の変更で延期に追い込まれた。21年4月には、独占禁止法の管轄当局がアリババに約182億元(約3100億円)の罰金処分を下した。

    中国配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディ)は6月、米ニューヨーク証券取引所に上場した。こうした動きに対し中国の規制当局は7月、「国家安全法」とネット空間の統制を強化する「インターネット安全法(サイバーセキュリティー法)」に基づいて審査を始め、立ち入り調査にも踏み切った。ネット大手の騰訊控股(テンセント)に対しても独禁法違反での処分が下され、出前アプリ最大手の美団なども調査を受けている」

     

    中国政府が、軒並みテック企業を狙い撃ちにしたのは、政治的な理由である。アントが上場する際、大株主に習氏の政敵である江沢民氏の一派が名を連ねていたことに驚愕したことだ。テック企業の株式を公開すれば、一夜にして「億万長者」になれる。巨万の富が政敵に渡ることを何としても阻止しなければならない。そういう疑念から、テック企業全てに網が掛けられた。

     

    (2)「中国が、IT企業を取り締まる理由がないわけではない。中国の指導層は、人工知能(AI)を活用して分析するビッグデータの所有権に対し、高い価値を置くからだ。だが、データの多くは国家のひそかな監視によって収集されたものであると考えられ、偽善的な印象はぬぐえない。いずれにせよ問題は、当局がIT企業への規制を強めていることだ」

     

    旧式の製造業しか理解できない共産党指導部には、テック企業を異質のものと眺めているに違いない。この産業が、大きな付加価値を生み中国のGDPを押し上げるという効果よりも、政敵が居ながらにして巨万の富を掴むことへの恐怖感が先行したと見られる。

     

    (3)「中国の消費者も苦しんでいる。高齢化やセーフティーネット(安全網)の不備などにより、家計は圧迫され、自家用車やレジャーといった成熟消費社会に必要な支出に回すのをためらう。消費者は不確実な未来に対して安心感を持てるようになって初めて、視野を広げ、積極的な消費行動をとるようになる。消費者主導で中国経済の再調整を成功させるには、安心感が何よりも必要だ。企業や消費者が抱く信頼感は、経済を支える極めて重要な要素だ。ノーベル経済学賞受賞者のジョージ・アカロフ氏とロバート・シラー氏は、アニマルスピリッツの幅広い理論に自信が不可欠と考えている。経済学者ケインズはアニマルスピリッツを、企業収益や個人所得の裏付けをはるかに超える総需要につながるととらえた」

     

    これまでの中国経済は、総固定資本形成が半分近くを占めるという異常な構造である。この状態を消費者主導経済に「改革」することは、百年河清を待つような話だ。もっとはっきり言えば、不可能である。計画経済において、消費者主導経済はなり立つはずがないのだ。市場経済という「自然の調節メカニズム」を生かす以外に、米国型消費主導経済にはなれないことを知るべきだった。それには、アニマルスピリッツを前提する。米国経済の強みはここにある。中国は、テック企業抑制でこのアニマルスピリッツを奪おうとしている。

     


    (4)「社会主義市場経済という混合型の中国では、アニマルスピリッツの機能が先進国と異なる。国家は市場や企業、消費者への指導にはるかに積極的な役割を果たす。とはいえ中国経済が繁栄するには他国と同様、優先課題に取り組む指導層の一貫性や透明な統治、規制当局の監督に対する信頼の基盤が必要になる。現代の中国には、アニマルスピリッツを支える信頼の基盤がないようにみえる。長年、中国の大量消費の障害になっていたが、企業部門にも不信感が忍び寄る。政府によるIT企業への攻撃は激しい競争環境の中で成長し、繁栄するために必要な創造性やエネルギー、純粋な努力を奪うものだ

     

    下線部は、極めて重要な指摘である。「指導層の一貫性や透明な統治、規制当局の監督に対する信頼の基盤が必要」になる。中国国務院声明は、それを自ら踏みにじってしまった。中国経済は、大きく暗転するであろう。

     次の記事もご参考に

    2021-08-05

    メルマガ281号 中国「窮余の策」 成長断念し社会安定を優先、経済は構造的な「停滞期」へ突入

    2021-08-12

    メルマガ283号 中国は「巣ごもり」、テック産業抑制し製造業重視へ 世界覇権狙いより「習政権永続化」

     

     

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    非現実的「三人っ子政策」

    「寝そべり族」出現の背景

    不動産高騰カラクリで破綻

    製造業重視政策の落し穴へ

     

    中国が大きな路線転換を図っている。習近平氏は、トランプ米政権の対中貿易戦争を皮肉る意味から、頻りと中国の「市場開放」を宣伝してきた。その中国が、7月に入ってテクノロジーや教育など複数の業界の民間企業を対象に、締め付けを始めた。その裏には、中国の出生率急低下という問題が浮上し、これが引き金になっている。

     

    中国の10年に一度の「国勢調査」によって明かされたのは、将来の国力の基盤を左右する合計特殊出生率(一人の女性が生む子どもの数)が、2020年に「1.3」と公表されたことだ。それ以前は、「1.6」と虚偽の数字を発表してきたが、国勢調査という基本データに基づく算出だけに、偽りのデータ発表が不可能になったのであろう。

     


    中国政府は、「1
    .3」が世界へ公表された以上、何らかの対策を打たざるを得なくなった。そこで責任回避の盾に利用したのが、教育費高騰の悪役に擬せられた学習塾である。上場されている学習塾の活動を大幅に制約したのだ。具体的には、教育改革と呼ばれるものである。

     

    中国の教育改革では、「宿題」と「学習塾」の2つを減らすというもの。既存の学習塾については、一律で非営利機関に転換することを求め、学習塾の新規上場による資金調達を禁止した他、上場企業が既存の学習塾を買収などによって傘下に入れることも禁じた。さらに、学習塾については休日や夏休み・冬休みに授業を行うことを禁止し、平日もオンライン授業も含め午後9時以降の営業を認めないという厳しい規制だ。

     

    学習塾規制によって、新たに家庭教師稼業が成長するだろうと見られている。こちらは、「マンツーマン教育」だけに費用が学習軸の比でなく高くなる。経済的負担が増えると懸念されている。

     

    非現実的「三人っ子政策」

    こうした規制強化によって、教育費負担が軽減して出生率が高まるかと言えば、ほとんどの女性の反応は否定的である。「一人っ子政策」が35年と一世代続いたことから「子どもは一人」という社会通念が定着していることだ。2016年から「二人っ子政策」が始まったものの、成果が出たのはその年だけだった。翌17年からは出生率低下局面に転じている。こうして、新たに始まる「三人っ子政策」も失敗に終わるだろうと推測されている。

     

    習政権は、学習塾規制によって国民に分かる形で「悪者退治」に乗出しているが、ハイテク企業全体を敵視する姿勢も見せている。その敵視する相手の筆頭は、電子取引(通販)のアリババである。そのアリババの系列企業である金融企業アントが、株式公開する寸前に延期させ、結局は取り止めさせた。株主構成において、習氏の政敵である江沢民氏の系列人脈が多数、含まれていた事実が発覚したからだ。

     

    中国当局は、アントの株式公開について基本的に了解していたはずである。それが、株主構成において習氏の政敵が多数含まれていたので、一転して株式公開を阻止する方針に変わるなど、政治的思惑が前面に出てきた。表向きには、フィンテック企業が金融不安を煽るという理由である。アント潰しを狙った「付け足しの理由」である。

     

    フィンテック企業は、発展途上国では正規の金融機関を補足して、経済発展に寄与するものと認知されている。韓国政府は、金融的に恵まれない層に対して、このフィンテック企業の利用を呼びかけているほど。決して、いかがわしい存在でなく、貸倒れ発生率も低いのだ。

     

    習政権がもう一つ、ハイテク企業を敵視する理由がある。それは、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏が、習政権の金融政策を「古くさい」と批判したことである。これが、習近平氏の逆鱗に触れて、「政権批判」としてヤリ玉に上げることになった。

     


    こうしてハイテク企業は、習近平氏によって「敵役」にされている。その理由を、もう一度整理したい。

     

    1)教育費高騰など不平等を煽る。

    2)金融不安を高める。

    3)政府の権威に傷を付ける。

     

    すでに説明したように、一国政府が目くじらを立てて、ハイテク企業を押し潰そうという正統な理由とは言いがたい。いずれも「メンツ」という極めて感情的な措置である。独裁者にとっては、「メンツ」の維持こそが威令を保つ上で重要な位置を占めている。

     

    中国政府は、こうしたテック企業が中国の不平等を助長し、金融リスクを高め、政府の権威に挑戦していると批判し始めた。7月には、中国本土と香港、米国に上場する中国企業の株式時価総額が、約1兆ドル(約110兆円)も消失する騒ぎに発展した。これによって、中国の対外イメージは大きな傷を負っている。具体的には、次のような内容だ。

     

    海外投資家はこの10年間、高い経済成長率に目が眩み、中国の政策を巡る気まぐれ状況について見て見ぬふりをしてきた。こういう自戒の発言まで飛び出しているのだ。「その不注意さが今、数多くの投資家に跳ね返って大損を招くことになった。中国に関して、検討が必要な多くのリスクの一つは、政策のきまぐれ性にある」と警戒している。これは、『ブルームバーグ』(8月10日付)に紹介された、マディー・ウォーターズ・キャピタルの最高投資責任者(CIO)であるブロック氏の言葉である。

    (つづく)

     

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