ウソがばれた出生率データ
人口動態で困難な覇権奪取
習氏のサラミ戦術に先行者
アジアで日本へ高い求心力
中国国家主席の習近平氏は突然、内政重視政策に転換した。7月の学習塾規制が象徴的である。中国の出生率急低下の原因の一つが、子どもの教育費高騰にあると判断した結果である。夫婦の年収の半分近い金額を、子どもの塾通いの費用に充てるという極端な例も報道されている。
こうした加熱した教育熱を生んだ背景には、35年間も続いた「一人っ子政策」がある。一人の子どもに両親と祖父母まで含めれば6人の大人が控える計算である。これでは、ほっておいても「教育熱」が高まる。加熱した教育熱の裏には、「一人っ子政策」が存在するのだ。
ウソがばれた出生率データ
中国の合計特殊出生率(一人の女性が出産する子どもの数)は、2020年の国勢調査で「1.30」と発表された。それ以前は、虚偽のデータを国連に報告するという操作をして実態を隠してきた。それが今、国勢調査で不可能になった。参考までに、これまで国連へ提出していた「ニセ・データ」を紹介しよう。
2015年 1.67
16年 1.68
17年 1.68
18年 1.69
19年 1.70
こうした「ニセ・データ」を公表してきた後で、2020年は「1.30」という「生データ」が出てきた。世界のマスコミは寛容である。これまでの「ニセ・データ」の発表について一言の「咎め」もなかった。私のように執拗に中国データを検証する立場から言えば、中国が実勢悪を認めざるを得ないほど深刻な局面を迎えている、と判断するのだ。
人口データは、将来の国力を測る基本データである。中国がこれまで「合計特殊出生率」を隠してきたのは、これによって中国の国力衰退が明らかになることを恐れた結果と見られる。ちなみに、米国の合計特殊出生率(2020年)は、1.64である。米国は、移民を増やせばいかようにも人口を補充できる恵まれた位置にある。中国では、そういう「奇特な」ケースは期待できない。
中国は、過去の合計特殊出生率について「ニセ・データ」でカムフラージュしてきたが、「平均年齢」は真実を報告していた。この平均年令では2020年、中国が米国を僅差で初めて上回ったのである。
2000年 2010年 2020年
中国 29.98歳 35.03歳 38.42歳
米国 35.19歳 36.88歳 38.31歳
平均年齢では2020年に、中国が米国を0.11歳の差で上回った。ここで、米中の過去20年の平均年令を見ると興味深い事実が浮上する。中国は20年間で8.44歳も上昇した。米国は、3.12歳に止まったのである。参考までに日本は、過去20年間で7.16歳の上昇だ。中国の「加齢速度」は日本を上回っている。
米中の平均年齢差を単純に将来へ引き延ばすとどうなるか。2040年には、中国が46.86歳。米国は41.43歳である。中国の高齢化速度が、米国をはるかに上回ることは確実である。中国にとってはショッキングなデータであろう。
人口動態で困難な覇権奪取
こういう現実を付合わせて見ると、中国の「世界覇権論」などは夢の夢というのが偽らざるところである。この現実を認めたのかどうか不明だが、習氏は突然の方向転換を始めた。内政充実である。領土拡大という外延的発展を実現する前に、足元の中国経済が崩れかねないリスクを認識したのであろう。
世界覇権は、GDP・金融システム・軍事力の3つによって構成される。
中国は、これまでGDPと軍事力に力を入れて、米国追い抜き作戦を展開してきた。ところが、GDPという付加価値を最も強力に押し上げる、第三次産業のテック産業について取締り強化を始めたのだ。表面的な理由は、国民の生活費負担を軽くするというもの。現実は、習氏の政敵である江沢民一派への資金供給を絶つという「ドロドロ」した目的である。国内政争の延長なのだ。
これは、通常の政策論の感覚では理解できない「突然変異」である。逆に言えば、GDPで米国を追い抜く戦術を取下げたと推測するほかない。
中国では、これに代わって登場しているのが、製造業の育成強化である。製造業は第二次産業である。付加価値は、第三次産業のテック産業に劣る業種である。米国は、製造業を海外に移転させ、テック産業に力を入れてGDP押し上げを計ってきた。中国は、この状況と真逆のことを始めるのだ。中国が、GDPの押し上げ政策を放棄したのはなぜか、という疑問が新たに浮かぶのである。
それは、米中対立によるデカップリング(分離)の進行である。米国は、サプライチェーンの再編によって、半導体・バッテリー・レアアース・医薬品の主要4業種をクアッド(日米豪印)4ヶ国によって「自給自足」体制を築こうとしている。中国は、このクアッドのサプライチェーンから除外されるので、やむなく国内で強化する事態になった。
米国にも、グローバル経済体制と比べてデカップリングが、非効率化であることは明らかである。ただ、中国の軍事的台頭に伴い脅かされる安全保障を守るために、やむを得ない「必要コスト」になった。安全保障は、国家存立の基盤であるからだ。
中国は、GDPで米国を追い抜く戦術をテック産業抑制で放棄したが、軍事力によって世界覇権に挑戦する目標を放棄したわけでない。これは、習近平氏が「永久国家主席」を目指す上での必要不可欠な要件である。台湾解放と尖閣諸島奪取が、習氏に課された政治目標である。となれば、軍事力拡張は習氏の永久国家主席実現に欠かせないことが分かる。(つづく)