勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    カテゴリ:経済ニュース時評 > 米国経済ニュース時評

    テイカカズラ
       

    米国バイデン政権は、中国EV(電気自動車)の米国進出を警戒している。中国EVが、諜報機能を備えており、身近な情報がすべて北京へ筒抜けになる危険性が強調されている。バイデン大統領は、全米自動車労組の支持を得ているので、中国EV叩きに熱が入っている。 

    『ロイター』(3月4日付)は、「米の中国車調査、バイデン氏に大統領選への計算も」と題する記事を掲載した。 

    バイデン米大統領は「米国の自動車労働者を守る」と宣言し、中国製コネクテッドカーが米国でスパイ活動に使われる恐れについて調査を開始した。現時点でそうした脅威は現実味が薄く、バイデン氏の言動の裏には大統領選を控えた政治的な計算がありそうだ。ホワイトハウスは2月29日、インターネットに常時接続する「コネクテッドカー」が「スパイおよび妨害活動の新たな道」になるという国家安全保障上のリスクを理由に、調査開始を発表した。


    (1)「米自動車メーカーは現在、中国製の電気自動車(EV)と自国で競争しなければならなくなる可能性について、パニックに近い恐れを抱いている。自動車業界のロビー団体は最近、米メーカー「絶滅」の危機を引き起こしかねないとまで述べた。中国のEV産業は近年、諸外国を圧倒する勢いで急成長しており、世界中への輸出を視野に入れている。多くの場合、中国製EVの価格は米国製よりはるかに安い。
    バイデン氏は「自動車産業の未来が米国の労働者らによって、ここ米国で作られるようにする」と誓った」 

    中国製EVが低価格であるのは、政府補助金とリチウムイオン電池の原料生産で有利なことなどが重なっている。ただ、次世代電池である全固体電池ではトヨタが世界トップである。それだけに、中国EVが競争力を維持できるのは「限定的」である。 

    (2)「政治、政策の専門家らは、中国によるスパイ活動の脅威を認めつつも、バイデン氏の攻撃的な発言には対中強硬姿勢を強調する狙いがあるとみる。戦略国際問題研究所の中国専門家、スコット・ケネディー氏は「今回の発表は、この課題の解決策を見つけるという目的もさることながら、中国に対して弱腰だという批判を和らげる狙いがあるようだ」と語った。ケネディー氏は、調査は妥当だとしながらも「国家安全保障への過剰な懸念」に基づく保護主義に拍車をかける可能性に懸念を示した。業界関係者の多くは、中国の自動車メーカーに対する貿易障壁の強化を求めており、米欧各国の政府は実際にそれを検討している。米EV大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は1月、障壁を高めなければ中国は競合する世界の自動車メーカーを「壊滅」させると述べた」 

    テスラは、中国でBYDと値下げ競争を繰り広げている。それだけに、中国EVの手強さを実感している。

     

    (3)「対中貿易を制限する政策は、民主党と共和党の考えが一致する数少ない分野の一つだ。バイデン氏はトランプ前大統領が始めた「対中貿易戦争」を実質的に継続している。ミシガン州の世論調査員バーニー・ポーン氏はバイデン氏の発言について、米自動車産業の中心地であり、大統領選における激戦州の一つであるミシガン州で支持を高めるのが狙いだと解説。「彼(バイデン氏)は攻勢に本腰を入れ、雇用が中国のような場所に奪われるというトランプ氏の主張を骨抜きにする必要がある」と語る。トランプ氏は選挙戦でしばしばEVについて、雇用を奪う「詐欺」であり中国への屈服だと揶揄(やゆ)している」 

    米政界では、民主党も共和党も対中国では強硬策で共通している。米国は、過去の中国支援でみせた善意が裏切られたという深い挫折感に襲われている。米国は一時、日本よりも中国へ肩入れするほどだった。中国の「ニーハオ」謀略に引っかかった結果だ。それだけに、中国には「裏切られた」という怒りが収まらないのだ。

     

    (4)「全米自動車労組(UAW)の支持を受けるバイデン氏は、ミシガン州デトロイトの3大自動車メーカーと、その工場労働者の重要性を繰り返し強調している。ミシガン州選出のゲーリー・ピーターズ上院議員(民主党)は、中国製EVは経済的にも安全保障上も脅威だとし「要するに、中国共産党を後ろ盾とする企業が作る自動車の居場所は、米国には無いということだ」と言い切った」 

    民主党は、親中姿勢をみせていただけに、中国の裏切りを許さないという姿勢だ。開拓時代の「カーボーイ」と同じ心理状態である。 

    (5)「中国製EVの輸出急増は、業界の不安とバイデン氏への政治的圧力をさらに強めている。世界最大のEVメーカー、中国の比亜迪(BYD)は、メキシコに工場を開設する計画を確認するとともに、最も安価なモデルを中南米で発売した。BYDは、メキシコを米国市場への輸出拠点とする計画は無いとしている。一方、バイデン氏はEV政策に関し、相反する目標を両立させるという難題に直面している。つまり、環境保護の目的からEVを急速に普及させる貿易政策を採りながら、世界で最も先進的かつ手頃なEVバッテリーおよび部品を供給する中国からのEVや部品の輸入を事実上禁止しているのだ」 

    BYDは、米国内の「反中姿勢」を十分理解している様子だ。メキシコへ工場建設しても米国への輸出を控えるとしている。ただ、米国・カナダ・メキシコ3カ国の貿易協定では、中国企業への制限があるはず。メキシコは、この規制をどのようにしてクリアするのか。

     

     

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    米国は、英国とオーストラリアとの安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」で日本と技術協力する検討に入った。原子力潜水艦を除く防衛技術開発を対象とする。中国抑止に向けて多国間協力をめざす、としている。ニュージーランド(NZ)のラクソン首相は昨年12月、オーストラリアを訪問してAUKUSへの参加希望を表明した。

     

    こうした一連の動きをみると、日本が機密情報収集機関「ファイブ・アイズ」(米国・英国・カナダ・豪州・NZ)へ参加する準備が始まっている印象である。日本は、すでに「ファイブ・アイズ」参加意思を明らかにした。「ファイブ・アイズ」とは、米英などアングロサクソン系の英語圏5カ国によるUKUSA協定に基づく機密情報共有の枠組みの呼称だ。米英が立ち上げ、1950年代までにカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが加わった。米国以外は英連邦の構成国である。

     

    『日本経済新聞 電子版』(3月2日付)は、「AUKUS、日本と防衛技術協力を検討 中国抑止狙う」と題する記事を掲載した。

     

    米国は英国とオーストラリアとの安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」で日本と技術協力する検討に入った。原子力潜水艦を除く防衛技術開発を対象とする。中国抑止に向けて多国間協力をめざす。複数の米政府当局者が日本経済新聞の取材に、日本の協力に関して英豪と協議に着手したと明らかにした。

     

    (1)「米国のバイデン政権は岸田文雄首相が国賓として訪米する4月10日までの合意をめざす。実現すればAUKUSに米英豪以外の国が初めて関わることになる。AUKUSは人工知能(AI)やサイバー、電子戦能力、量子技術、極超音速兵器といった先端防衛分野で協力する。米英豪で、日本との具体的な協力分野やプロジェクトの選定を進める。日本とは限定的な防衛技術の協力にとどめ、AUKUSの正式メンバーとして迎える考えはない。AUKUSで進める豪州による原子力潜水艦の取得に日本の関与を求めない」

     

    日本が、AUKUSと技術協力する場合、AIや量子技術・極超音速兵器など日本が得意とする分野の協力になるとみられる。AUKUSの正式メンバーにはならない。

     

    (2)「米国家安全保障会議(NSC)のミラ・ラップフーパー上級部長(東アジア・オセアニア担当)は2月中旬、AUKUSの技術分野で協力国の拡大に意欲を示した。米シンクタンクのイベントで「別のパートナー国を招く可能性がある」と話した。「先端戦力の開発協力で大いに貢献する多くの同盟国やパートナー国がおり、とても近い将来の有益な進展を望む」と言明した。米国務省高官は日経の取材に「異なる戦力や技術、リソースを持つ国を迎えると技術開発の突破口を開いたり、開発を加速したりする可能性がある」と指摘した。協力国を増やす意義を強調し、複数国と協力するシナリオにも触れた」

     

    米国が、AUKUSの舞台で日本の技術を取り入れたいと意欲を持っている。この裏には、英国が控えている感じだ。英国は、日本との協力を密接にしたいと意欲的である。

     

    (3)「日本と防衛技術や実験データを共有し、技術開発を加速させる狙いがある。同じ防衛技術や兵器を使う国が増えれば軍事作戦で協力しやすくなる。日米英豪はいずれも中国による台湾海峡や南シナ海での軍事活動を懸念する。米戦略国際問題研究所(CSIS)のクリストファー・ジョンストン日本部長は、有力な協力分野として空と海中の無人機開発を挙げた。「既存の3カ国協力に日本が付加価値を高められる具体的なプロジェクトを見つけられるかがカギだ」と言及した」

     

    人工知能(AI)やサイバー、電子戦能力、量子技術、極超音速兵器の開発で日本の協力を求めている。

     

    (4)「米英豪の協議では、豪州が他国の早期の協力に慎重な姿勢を示している。関係国が増えるほど防衛技術の共有が複雑になる。技術開発が遅れるリスクがあり、当面は3ヶ国の枠組みに集中すべきだとの立場とみられる。日本の関与にはサイバー防衛が課題となる。国務省高官はAUKUSでの技術共有について「サイバー防衛が最重要事項だ」と強調した。豪州は自国へのサイバー攻撃増加に関し、AUKUSを巡る情報が標的とみられると分析した。米国防総省高官は、日本のサイバー防衛に関し「誰もが依然として改善が必要と認識している」と語った。米紙ワシントン・ポストによると、米軍は20年秋に中国軍のハッカーが日本の防衛機密にアクセスしていると発見した」

     

    日本は、サイバー攻撃に脆弱であると指摘されている。機密情報が、日本から中国へ漏洩する事態は絶対に回避しなければならない。日本のサイバー防衛強化には良いチャンスとなろう。米国も、一枚加わるであろう。

     

     

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    世界の半導体競争は、日米韓台4ヶ国が互いにシェアを高める厳しい時代を迎えている。台湾は、すでに日本と一体化することで国際競争を乗切る姿勢だが、韓国は協力すべき相手国もなく孤軍奮闘せざるを得ない状態である。「サムスン一強」が、台湾のTSMCの飛躍によって首位を奪われ挙げ句に孤軍奮闘とは、めまぐるしい国際競争の変化を反映している。 

    『ハンギョレ新聞』(3月3日付)は、「冷酷な半導体戦争、超格差をリードする人材はどこに」と題する記事を掲載した。 

    米国の半導体企業インテルの最高経営者であるパット・ゲルシンガーが最近、「過去50年間は石油埋蔵地が地政学的覇権を決定した。これからは半導体生産基地がどこにあるかがさらに重要だろう」言った。彼の言葉通り、半導体をめぐる最近の競争は経済論理を超える。韓国の半導体産業は国際分業構造に乗って成功の機会をつかんだが、今は風が逆に吹いている。

     

    (1)「米国は、最先端半導体の研究・開発、設計、生産が自国で行われる圧倒的な地位に戻ろうとしている。1980年代、日本の半導体を崩壊させても米国は独走せず、国際分業の枠組みを作ったが、今回は違う。これまでうまくいっていたシステム半導体だけでなく、最先端のメモリー半導体も生産し、人工知能の発達で重要性がさらに大きくなったファウンドリ(委託生産)でも強者になるという」 

    米国商務長官は、10年後に戦略物資半導体の自国生産(非メモリー)で世界シェア20%へ引上げる意向を表明した。米国自身が、先端半導体の囲い込みに出ている。 

    (2)「インテルが先月末、ファウンドリで1.4ナノ(ナノは10億分の1メートル)工程を2027年までに達成するという計画を打ち出したのは、ファウンドリ2位のサムスン電子を追い抜くという宣言だ。市場占有率1%の後発走者であるにもかかわらず、マイクロソフトのような米国企業は150億ドルの注文を集中させ、米政府は100億ドルの補助金を近く出す計画だ。DRAM3位の米マイクロンの動きも尋常ではない。マイクロンは、韓国のSKハイニックスとサムスン電子が開発し未来の食べ物として育てているHBM(高帯域幅メモリー)市場に韓国に近接した技術水準の製品で挑戦状を出した。マイクロンが脅威なのは、補助金と自国企業への支援を背負って出てくるためだ」 

    米国インテルは、米国政府の支援を受けて27年までに先端半導体でサムスンを抜いて世界2位を目指すと宣言した。本格的な競争を挑む体制である。

     

    (3)「日本も官民が総力戦を繰り広げている。先月末に竣工した熊本県のTSMCファウンドリ工場が象徴的だ。日本政府が投資額の半分近くを補助金として支給し、50年間縛っていたグリーンベルトまで規制解除する行政便宜を提供し、5年かかる工場をその半分で建設した。自国が持つ半導体素材・部品・装備の強みをTSMCの製造能力と結合し、国内生産能力を拡大し、半導体強国復帰のエンジンをかけようとするのが日本の夢だ。その過程で日本と台湾の密着が目立ち、韓国は相対的に疎外されている」 

    日本は、TSMCの熊本進出を契機に国策企業ラピダスの起業化など積極的に失地回復策に出ている。ラピダスは、受託半導体の製造工程で設計部門を取り込む従来になかった手法で、「短納期」実現を目指している。これによって、一挙に市場開拓へ挑戦する。現在は、先端半導体製造の「黎明期」に当る。ラピダスは、ここ数年で急成長の可能性を秘めているのだ。 

    (4)「各国が積極的に乗り出しているため、競争へのプレッシャーは日増しに大きくなる。韓国が最近、火がついたAI(人工知能)半導体競争で遅れを取っているのは、連日新高値を更新する米国、日本と対比される韓国の株価が示している。何より、サムスン電子が揺らいでいるようで残念だ。サムスンはメモリーでHBM市場の展望を過小評価した結果、SKハイニックスに先手を奪われた。先端工程を微細化するには優れた能力を見せたが、パッケージングのような後工程は疎かにし、NVIDIAやアップルのような大型取引先をTSMCへ渡してしまった」 

    日米の株価が急騰しているのは、半導体株が買われている結果だ。日本半導体株が急伸するのは、半導体が日本経済を牽引するという見方を裏付けている。

     

    (5)「(韓国半導体が)挽回する時間は残っている。その道は、技術力をつけることだ。他国のように数兆ウォン(数千億円)の補助金を財政で支援することも、行政便宜を果敢に提供することも難しいのが韓国の現実だ。2位を遠くへ蹴落とす「超格差」戦略は、サムスン電子が30余年間にわたりメモリー1位を維持した方法でもある。注文を受ける立場でも侮れない技術があれば「スーパー乙(劣者)」扱いされる」 

    韓国半導体が現在の地位を守るには、技術力を磨くことが最上の方法である。政府からの支援は受けにくい。 

    (6)「超格差を作り出すためには、人材が基礎科学と工学分野で成長しなければならない。半導体覇権の回復を宣言した米国は、10年間で半導体関連専攻者を3倍に増やすとし、これを1960年代に月に行く計画だった「ムーンショットプロジェクト」に例える。しかし、韓国は依然として優秀な理工系人材の医学部偏重が続いている。今年の韓国の入試で、上位圏大学の自然系列や半導体関連学科の未入学学生の割合が昨年よりさらに高くなったという。彼らは大半が重複して合格した医薬学系列に入ったと見られる。医学部の定員が拡大されれば、今後数年間、医学部への偏りはさらに激しくなるだろう」 

    韓国半導体が技術力を磨くには、優秀な人材をいかに確保するかだ。この点で、韓国は最優秀者が医学部へ進学しており、半導体部門で人材を集めることが困難になっている。こうした韓国特有の「人材の偏り」が、半導体産業発展に障害である。

     

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    習氏は毛沢東路線回帰

    「流動性の罠」へ転落

    金融政策で逃切り困難

    無益な争いで時間浪費

     

    中国は、3月5日から年1回の全人代(中国の国会)を開催する。ここで、24年の経済成長率目標が発表される予定だ。習近平国家主席は、すでにGDPを2035年までに約2倍にし「中国式の近代化」を成し遂げる方針を立てている。24年の成長目標は、これに沿って昨年同様5%程度に設定される見込みだ。中国には、短期的な成長率目標達成だけで済まされない難問を抱えている。不動産バブル崩壊によって発生した、過剰債務処理である。

     

    習氏は、この難問を小手先の対策でやり過ごそうとしている。中国国務院は3月1日、大規模な設備更新と消費財の下取りを推進する計画を承認した。つまり、自動車や家電製品を含む老朽化した消費財の更新や買い替えを加速させるというのだ。また、建築や都市インフラ、交通運輸、農業、教育、医療などの分野で設備更新を促進するため、財政と金融による支援を拡大する、としている。

     

    こういう政策は、「平常時」に行うレベルのものだ。不動産バブル崩壊という現在の「緊急時」には、余りにも低レベルの話である。ハッキリ言って「焼け石に水」なのだ。

     

    習氏は毛沢東路線回帰

    習政権は現在、3期目を迎えている。これに伴い5年間の経済重点政策を発表しなければならない。この場が、「3中全会」と言われるものである。昨年の11月が、過去の例からみてその時期であった。だが、まったくその気配もなく沈黙したままである。少なくとも「全人代」開催前に、「3中全会」を開かなければ全人代開催の意味は割り引かれる。中国経済は、こういう既定の日程を無視せざるを得ないほど、混乱しているのだ。

     

    習氏が、初めて国家主席に就任した後の「3中全会」は、従来とは路線が異なっていた。市場経済から計画経済への転換を意図していた。ここで、改革開放後の「3中全会」をみておきたい。1978年の第11期3中全会では、トウ小平が主導して改革開放路線を決定した。1993年の第14期3中全会では「社会主義市場経済体制」を打ち出し、現在の中国経済の基礎がつくられた。習近平指導部が、主導した2013年11月では、次のように微妙な方向転換をした。

     

    すなわち、「市場原理を重視し、政府関与を縮小する」と民間企業の育成を強調する一方で、「経済における国有企業の主導的な役割を発揮させる」と矛盾する表現を取り入れた。これが、習氏による市場経済から計画経済の「左旋回」を示唆していた最初のシグナルであった。中国経済の混乱は、この段階から始まったのだ。

     

    習氏は、生粋の毛沢東左派である。トウ小平・江沢民・胡錦濤という市場改革派による政策へブレーキをかけて、毛沢東時代の左派政策へ回帰させる目論見を始めたのだ。毛沢東時代の経済政策は、完全に破綻していた。10年にわたる文化大革命が、中国経済の基盤を崩壊させたのである。習氏は、こういう過去の経緯を忘れて「毛沢東二世」気取りで、再び経済政策の左旋回を始めている。その帰結が、不動産バブル崩壊の後遺症による重圧である。

     

    毛沢東の経済政策は、一口で言えば現実無視の「妄想」である。大躍進運動(1958~61年)によって、15年後に英国経済を追い抜くという大計画をぶち上げて、国民を扇動した。これによって、1600万~2700万人とも言われる餓死者を出す悲惨な結果に終わった。これが、後の10年に及ぶ「文化大革命」(1966~76年)の伏線になった。習氏には、毛沢東路線が中国経済を破綻させた認識が欠如している。ただ、共産党による支配確立という「政治目的」でみており、「経済目的」は付け足しに過ぎない。

     

    ここで、呉軍華氏の重要な指摘を取り上げたい。中国の現体制は、共産主義という西洋から取り入れたイデオロギーを思想の正統としているが、実際の統治は秦以降の歴代王朝による支配を支えた法家思想に影響されている。この結果、国民の存在を無視しており、経済政策で消費者重視思想は存在しない、としている。この呉氏の見解は、習氏の本質を見抜く上で不可欠である。

     

    法家思想は、秦の始皇帝が採用した国家統治の基本原則で、歴代の皇帝も全てこれに依拠した。法家思想は、儒教による徳治主義を否定して、厳罰主義で臨んだ富国強兵政治である。始皇帝が、「焚書坑儒」(ふんしょこうじゅ)で実用書以外の思想的書物を燃やし儒者を生き埋めにした事件は、法家思想の反映でもあった。

     

    習近平氏は、マルクスの法衣をまといながら、中国伝統の法家思想によって政治を行っており、習近平思想以外を弾圧している。こういう習氏の行動は、現代の経済政策からみて余りにもかけ離れている。中国が、未だに「3中全会」を開けないのは、習思想によって経済的難題を解決できないジレンマに陥っている結果であろう。(つづく)

     

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    ドル1強と呼ばれる通貨の世界は、これからどう変わっていくのか。あるいは変わらないのか。米ドルの衰退はこれまで何度も語られてきたが、貿易決済でも外貨準備でも「米ドルなし」のシステムは考えられない。米ドルの対抗馬の筆頭は、これまで中国の人民元であったが、規制緩和の遅れと強権的な政治体制の問題から、世界中で広く受け入れられていないのだ。中国経済は、不動産バブル崩壊で大きく躓いている。基軸通貨など、夢の夢という状況だ。

     

    『日本経済新聞 電子版』(3月2日付)は、「ドル衰退は『極論』なのか、日米欧中記者が語る現在地」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「2020年夏、中国は厳格な行動規制で新型コロナウイルスのまん延を抑え込み、他国に先駆けて経済の正常化を進めました。20年10〜12月の実質国内総生産(GDP)は前年同期比6.%増と新型コロナ前の伸びを回復し、21年は8.%増という高成長となりました。当時は「20年代後半に中国は経済規模で米国を上回る」といった試算も関心を集めました。経済成長への自信を深めた中国からは通貨覇権をめぐる強気の発言も聞こえました」

     

    「20年代後半に中国は経済規模で米国を上回る」という予測に対して、私は一貫して否定する立場であった。不動産バブルが、GDPを押し上げている現実を重視したからだ。日本でもかつて、米国経済を抜いて世界一になるという予測が流行った時期がある。これと同じで、「バブル惚け」が生んだ夢物語である。あり得ないことである。

     

    (2)「復旦大学(上海市)の孫立堅教授は20年9月、「中国は新たな決済システム網をつくり、米ドルの独占的地位を打ち破る必要があるし、その能力も持っている」と中国人民銀行(中央銀行)系の雑誌でこう強調しました。人民銀行が、いち早く開発に着手した中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)、デジタル人民元を武器に国際決済でも米国に肩を並べるという意欲を感じました」

     

    2020年前後が、中国の夢が最高に開いた時期である。人民銀行はデジタル通貨(CBDC)の実験まで行った。この経験を生かせば、今回の消費不況でデジタル通貨を無償で与えて消費を刺激すること可能である。だが、財政赤字拡大を忌避して実行しなかった。せっかくのCBDCも宝の持ち腐れになった。

     

    (3)「その後、通貨覇権をめぐる野心的な声は次第に弱まっていきました。不動産不況など景気停滞が続いたことと無関係ではないでしょう。利上げを急いだ米国のドルに対して人民元が下落しました。人民元は、米ドルに並ぶためには為替取引の自由化が避けて通れません。今の相場地合いでは元安圧力をさらに高め、為替相場を不安定にさせかねません。習近平政権が掲げた「強大な通貨」の追求は、より現実的な路線にシフトしたように見受けられます。経済安全保障に不可欠な資源の安定調達に向けてブラジルやロシア、中東とドルを介さない決済を広げていることが一例です」

     

    人民元相場は、一転して弱小通貨になっている。一帯一路で膨大な貸付をしたが多くが焦げ付け債権になっている。人民元の国際通貨化への夢がしぼんでいるのだ。現在の管理変動相場制や資本取引の自由化禁止などしながら、人民元が米ドルに対抗するとは、おこがましい限りである。相撲に喩えれば、横綱と十両ぐらいの格差がある。

     

    (4)「『先に見据えるのは台湾有事への備えだ』と指摘する専門家もいます。米国など西側諸国との対立が極限まで激化すれば、中国の経済社会にも甚大な影響が及び、共産党による統治を揺るがす恐れすらあるからです。最近の人民元の取引拡大は、共産党による安定した国内統治を保つという実利面をより重視した動きと捉えることもできるでしょう。資源の安定調達のほかに、世界第4位の決済通貨をどのように普及させていくのでしょうか。習政権の意向を探るうえで人民元の国際化は今後も目が離せません

     

    下線部の人民元の国際化など、現状ではあり得ないことだ。その前段で、管理変動相場制や資本取引の自由化禁止などを撤廃しなければならない。その勇気は、今後ますますなくなるだろう。つまり、人民元の国際化など実現は困難だ。

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