中国政府は、外交政策で懲らしめたいと思う相手国には、中国人観光客を減らすべく団体旅行ツアーを禁止すれば事足りた。だが最近は、個人観光客が増え始めており、政府の思い通りにことが運ぶこともなくなっている。共産主義と言えども、個人の趣味趣向を左右できる段階は終わったようである。
今年は、「中国・ニュージーランド(NZ)観光年」と銘打たれた年である。だが、中国共産党系新聞『環球時報』は、中国人観光客のNZへ旅行計画を考え直していると報じて、チグハグナ感じを与えている。NZ側が、華為技術(ファーウェイ)の第5世代(5G)移動通信システム採用を禁止する方針を打ち出したことへの報復策だ。『環球時報』は、NZへのけん制球を上げて反応を見たものである。
果たして、中国政府のけん制球は効くだろうか。
『ブルームバーグ』(4月21日付け)は、「威力陰る中国人団体の海外ツアー、個人客増も政治目的の効果は上がらず」と題する記事を掲載した。
政治の主張のためには国民の旅行先を別の国に誘導するのもいとわないのが中国政府だ。中国人観光客の急減でパラオや韓国などは、実際に大きな打撃を受けた。この「公然の秘密兵器」ともいうべき常套手段の効果が今後長続きしそうにないことは、NZをはじめとする観光立国にとっては良いニュースだ。
(1)「海外旅行需要は、90年代半ばの所得増加に伴い拡大し、一段の規制緩和を迫られた中国政府は渡航先を個別に認可する『ADS』と呼ばれる制度を導入した。中国の旅行代理店が、ADS認定を受けた国向けの団体ツアーを扱うことを許可されるとともに、認定国による中国観光マーケティング活動を認めるというものだ。ADSの効果は驚くほどで、2018年には中国本土に住む1億5000万人近くが越境旅行を楽しみ、世界一のアウトバウンド大国になった」
中国人の海外旅行は最初、団体旅行で始まった。2018年は、中国本土に住む1億5000万人近くが、海外旅行を楽しむ時代である。一方、団体ツアーに飽き足らず、個人旅行が増えるのは時代の趨勢。中国では今、これが主流になろうとしている。
(2)「中国人観光客を受け入れる国の恩恵も大きく、ある調査はADS認定後の3年間にその国を訪れる中国人が50%余り増えることを示した。NZはGDPの6%を旅行・観光業から直接得ており、海外の観光客数で言えば中国はオーストラリアに次ぐ2位だ。だが17年、中国は韓国への団体ツアーの認可を休止。韓国政府が米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を決めた後のことだ。同年だけで韓国の観光業界は70億ドル(約7800億円)近い打撃を被ったと韓国政府は試算する。昨年になると中国は、台湾との外交関係を維持すると決めた太平洋の島国パラオへの団体ツアーを禁止し、観光業で成り立つパラオ経済は壊滅的打撃を受けた。パラオの観光客の約45%が中国人だった」
前記の通り、1億5000万人もの中国人が海外旅行する時代では、旅行先となる外国が中国への売り込みを始めるのも当然だ。NZは、豪州に次いで2位の実績を持つに至った。すでに、中国へのマーケッティングが浸透している。韓国やパラオでは、中国人の団体ツアーにお任せスタイルであったためか、中国政府の「団体ツアー」取消しによって大きな被害を受けた。中国人観光客が杜絶したのだ。
(3)「この経済兵器の威力は確実に薄れそうだ。中国人が一段と豊かになり、より洗練されて自信を持つにつれ、今のところは政府の制限対象でない個人旅行が選好されるようになっているからだ。13年時点で、中国人海外旅行客に占める個人旅行者は37%だったが、18年前半にはその割合が50%に達した。豪州への旅では中国人の58%が個人旅行を選び、14年の42%から割合が上昇した。18年4~6月に米国を旅していた中国人の78%は個人旅行客だった」
中国人の海外旅行は、団体ツアーから個人旅行が選好される時代に移りつつある。団体ツアーの「お仕着せ旅行」からリピーターになって、「オーダーメード」の個人旅行へ移行することだ。豪州への旅では中国人の58%が個人旅行である。米国旅行では78%にもなっている。
(4)「高度な教育を受け比較的恵まれた若い世代は、それまでの世代よりも消費の選択で自立志向が強まっていることがうかがえる。こうした中国の変化を早くから認識していたのがNZだ。中国が最近のような脅しをかけてくる前から、NZ観光局は中国でマーケティング活動の対象を金銭的に余裕のある個人にシフトし始めていた。こうした取り組みを続けることが中国政府に抵抗する最善策かもしれない」
NZへの個人旅行比率は不明だが、豪州並みの60%弱はあるだろう。米国並みなら80%弱になる。中国政府による、NZ旅行を妨害するような振る舞いがあっても、「80後」(80年代生まれ)や「90後」(90年代生まれ)はそれを乗り越える、と期待されているがどうなるか。中国共産党の「威令」はどこまで効くか。テストケースになろう。