皮肉なものである。中国の民営企業家は、習近平氏よりも米国トランプ氏に期待しているという。トランプ氏の対中要求が、現在の国有企業中心の「国進民退」にストップを掛け、中国経済活性化の起爆剤になるという期待である。習氏の見当外れの国有企業中心主義が、民営企業を圧迫しているからだ。
習近平氏は、民営企業家に随分と嫌われている。本人は、鄧小平と競争している積もりだが、民営企業家の目から見れば「器」が違うという。文化大革命で荒廃した中国経済を立て直すべく「市場経済化」という路線を引き成功させた。習近平氏は、この鄧小平を超える存在になりたいというのだ。日本から見ても、鄧小平と習近平では格が違う。鄧は苦労人。習は子ども時代、「下放」で苦労したと言ってもレベルが違う。民営企業家は、習の器に落第点を付け、絶望しているのだ。
『フィナンシャル・タイムズ』(2月21日付)は、「中国の投資家が対米摩擦より恐れること」と題する記事を掲載した。
(1)「買収対象の中国企業を物色している投資ファンドが最近、ターゲット企業の創業者にささやく口説き文句がある。『そちらの希望する売値を外貨建てで払いますよ』。この言葉で相手はぐっと関心を寄せてくる。中国の起業家になぜ今事業を売却したいのかと聞けば、個人的に政府が信用できないからだと言うだろう。彼らは習近平国家主席の経済に対する姿勢に問題があり、米国との貿易戦争はそれが原因で生まれた現象だと捉えている」
習氏は、民営企業家から信用されていないという。韓国の文大統領が、経営者から信頼されていないのと同じである。ということは、文氏も反市場経済主義者である。中国の民営企業家が、将来に絶望して自分の企業を売りたがっているのは、中国への絶望でもある。もはや、バブル経済崩壊後の中国に夢も希望もない。そういう絶望感のなせる業であろう。
(2)「香港大学付属のシンクタンク、アジア・グローバル研究所の陳志武所長は『中国の経済成長の鈍化に拍車をかけているのは政治不信であって、米国との対立が原因ではない』と話す。最初の誤りは習指導部が掲げるハイテク産業育成策『中国製造2025』だ。米国に追い付こうと航空宇宙やバイオ、産業用ロボット、電気自動車などの分野を重点的に支援するものだ。米国を追い越そうという野心は目立たぬように追求すべきだったのに、こうした軍事・民生双方の用途が多い技術分野で、中国政府は正面から米国に挑戦状をたたきつけたという見方が中国国内にはある」
習氏は、「中国製造2025」を自らの権力誇示のため、あえて大言壮語した。それが、米国の反撃を受けている。口は災いの元。米国の技術窃取が前提の産業高度化計画など、聞いたこともない脆弱な構想である。米国へ徹底的な中国攻撃の材料を与えた。
(3)「中国政府が民間企業を犠牲にして国有企業を一段と優遇しようとしていることも懸念材料だ。2012年に習氏が中国共産党総書記に選出されて以降、大半の雇用を生み出したのは民間企業だった。この懸念は習氏が憲法を改正し、2期10年までだった国家主席の任期を撤廃してからさらに強まった。任期撤廃は文化大革命を経験した世代に、習氏は経済の改革開放路線を進めた鄧小平氏のような改革者の器ではなく、実際は毛沢東氏のようになりたいと思っていることを痛感させた。毛氏は市場経済に非常に懐疑的だった。鄧氏は豊かになるのは名誉なことと考えていたのに対し、習氏は豊かさイコール腐敗と信じているようにみえる」
習氏は、豊かさ=腐敗=政敵打倒という自らの権力基盤確立に利用している。中国のような賄賂社会は、賄賂が名刺代わりになっている。叩けば誰でも埃が出る。それが中国である。これで4000年も保っている社会である以上、簡単に改善される訳がない。倫理感喪失社会だ。
(4)「今年に入り、中国の株式相場が反発したが、これは米中貿易摩擦が解決に向かうだろうという期待によるところが大きい。当局による締め付けは結局のところ、投資家にとって米中摩擦より大きな逆風になる。事実、中国企業のトップの多くは、トランプ大統領は短期的には中国の敵でも、長期的にみればたまたまであるにせよ、最良の友になるだろうと話す。中国本土の未公開企業をターゲットにする香港在住の投資家は『トランプ大統領が要求する改革は中国の利益にかなう。国有企業への補助金の停止や知的財産権の保護強化などは、改革を訴える中国人も支持していることばかりだが、力が弱いため実現していない』と話した」
習近平に頼るのでなく、「敵将」トランプに中国経済の改革を依存せざるを得ない。市場経済が、中国を救うという意味である。事態は深刻である。