中国の汚職は、「文化」である。「人縁社会」であるから、賄賂が潤滑油になって人間関係をつくってきた。古来、政治家は賄賂を受け取って普通という感覚である。ただ、それが度外れて巨額なものになると罰せられたという記録は残っている。習近平氏が、国家主席になる2012年以前は、賄賂が「名刺代わり」であったのだ。
実は、最近の中国経済不振の裏には、習氏による厳しい汚職追放によって、中国経済の「イノベーション」が止まってしまったのでないかという説が登場している。市場経済機構が十分に機能しない中国では、賄賂が重要な役割を果たしていたというのである。人縁社会では、賄賂が人と人をつなぐ重要な役割を果たす。
市場機構に生きて来た民主主義国の人間が、中国の賄賂先導システムを理解することは不可能である。だが、市場機構という合理的な資源配分機能が存在しない中国では、「義理」「人情」「恩顧」「顔」という人縁社会特有のキーワードが社会を動かしてきたのだ。
習氏は、自らの政敵を倒す道具として「汚職取締」を強化し、同時に国有企業優遇という市場機構弱体政策を採用した。国有企業優遇は、脱市場機構である。こうして、習氏の「特色ある社会主義」は、汚職撲滅と国有企業優遇によって、経済成長率を引き下げているというのである。この説は、後で取り上げる。
習氏が、汚職撲滅に努力しているが、中国の「汚職認識指数」(トランスペアレンシー・インターナショナル調査)による、世界ランキングを紹介したい。
世界順位(順位が低いほど良い)
2010年 78位
11年 75位
12年 80位(習氏の国家主席就任)
13年 80位
14年 101位
15年 83位
16年 79位
17年 77位
18年 87位
この腐敗認識指数によれば、習氏が国家主席に就任して厳しい取締を行なっても、ほとんど改善していないことを示している。毛沢東主義者は、中国の汚職腐敗は市場経済を採用した結果としている。これは、中国人社会自体が「人縁」という汚職と密接な構造であることを認識していない議論だ。日本の「腐敗認識指数」の世界ランキングは、18位(2018年)で、ほぼ18~20位にある。米国よりも上位だ。
以上のような事実を理解すれば、中国の汚職撲滅を効果あらしめるには、徹底的な市場機構の採用によって、無駄や非効率性を排除するシステムを生かす社会を作ることだ。まさに、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が生きる経済システムの構築である。
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(11月4日付)は、「汚職なくして成長なし:中国経済のパラドックス」と題する記事を掲載した。
1990年代から2000年代初めにかけて、中国では汚職が横行していたが、経済成長ペースも速かった。近年ではさまざまな面で汚職が減ったが、成長も減速している。これは単なる偶然ではないかもしれない。制度部門や金融部門の抜本的な改革がない中、ある程度の汚職は実のところ中国の成長モデルに不可欠だった可能性を示唆する調査が増えている。
(1)「秩序に欠ける地方当局者を統制することは、2012年に習近平国家主席が就任して以来、政権の目玉政策となっている。容赦ない汚職撲滅運動は習氏の地位固めと権力強化の一助となった。だが、政府と渡り合う裏ルートを閉ざされて最も痛手を被るのは、国内の官僚制度で既に多くの壁に直面している民間の中小企業かもしれない。中国の過去30年の急成長を支えてきたのはこうした中小企業であるため、これは大きな問題となる」
官僚の非効率性は、制度の壁になって経済活動を停滞させる要因である。市場機構が完全に作動していれば、官僚機構の非効率性を克服できる。だが、専制体制下の官僚は恣意的であって動きは鈍いもの。賄賂は、この恣意性を乗り越えさせる「魔力」を持つから、スピード感のある決定が行なわれる。これが、皮肉にも中国の改革を促進させる原動力になってきた。
習氏は、賄賂を禁止すると同時に、市場機構を完全作動させずに国有企業中心という脱市場機構に走ってしまった。こうして、中国経済を動かすインセンティブが消えてしまったのだ。
(2)「習氏が権力を握る以前にも、専門家の間では中国の収賄と成長の気になる関係が取り沙汰されていた。主立った論調はこうだ。裁判所や市場といった公的制度が公正かつ十分に機能していれば、汚職は成長の足かせとなる。機能していない場合――さらに当局者が成長に直結する利害関係を持つ場合――には、一定の汚職は地方の官僚と企業が非効率な制度や無意味な規制を避けて通るのに役立つ可能性がある」
下線部分が重要である。賄賂(汚職)が、カネの力によって非効率な制度や無意味な規制を乗り越えさせる役割を果たしてきた。ここでは、賄賂が市場機構代替役を果たしている。
(3)「学術誌「China Economic Review(中国経済展望)」に2012年に掲載された論文は、こうした仕組みが企業レベルでどう機能するかを焦点にしている。執筆者は中国人民大学の経済学者で、企業と政府機関の接触日数を指数として活用した。その結果、売上高の伸びの大部分に関して、汚職の可能性で説明がつき、小規模な株式非公開企業では特にその傾向が強いことが分かった」
汚職の可能性の大きい企業ほど、売上高の伸びが大きかったという。
(4)「特に興味深いのは、中国の民間企業に共通する問題である資金調達に苦労している企業で、影響が一段と大きかったことだ。中国では国有の銀行システム事業の向かう先が国有企業に大きく偏っている。これが示唆するのは、2016年終盤に始まった徹底的なシャドーバンク(影の銀行)の取り締まりが、汚職撲滅運動と共に、経済の成長エンジンにもたらす問題を増幅させたということだ。過去には、民間企業は資金難を埋め合わせる方法を見つけ出せたかもしれない。今や当局者は、例外措置を講じることをとてつもなく恐れている」
不正金融の温床とされた影の銀行は、汚職撲滅運動と共に整理淘汰されている。これが、経済の成長エンジンである民間中小企業の成長に大きな打撃を与えた。中国の経済構造が脆弱性を示している例である。





