勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

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    中国経済はふらついている。過剰債務の削減(デレバレッジ)を始めたばかりで体力が墜ちているからだ。肥満体の人間が減量を始めたのと同じことであろう。そこへ、降って湧いたように米中貿易戦争が始まった。中国経済にとっては「泣きっ面に蜂」である。この危機を受けて、上海総合株価指数は1月末の高値以降、約20%の下落を記録した。

     

    ここまで下落したので自律反発の形で、7月10日の終値は2827ポイント。12ポイントほどの上昇だ。だが、これを以て、上海総合株価指数底入れ、反発に転じるとは誰も見ていない。ただ、トランプ砲が鳴らないだけの話で、誰かが「小遣い稼ぎでもやったか」という程度の受け取り方のようだ。

     

    今回の下落局面は、機関投資家がリードしているという。彼らは、投資のプロ集団ゆえに理詰めの投資戦略である。機関投資家は、中国株に対してどのようなイメージを持っているのか。知っておくことが必要であろう。

     

    『ウォール・ストリート・ジャーナル』(7月10日付は、「中国金融市場の動揺、今年は2015年より悪化か」と題して次のような記事を掲載した。

     

    (1)「3年前、上海総合指数は6月からの2カ月間でほぼ半分に下落。ようやく16年に入って底入れしたが、15年半ばにつけた高値水準をいまだに回復していない。人民銀が15年8月に突如2%の元切り下げを実施したことも市場に衝撃を与えた。今年さらに心配なのは、債務増大への中国政府の対策と米国との貿易戦争などだ。投資家は中国経済に潜む根本的な問題を指し示す兆候に理性的に反応しているようだ」

     

    中国株のリード役は交代した。15年が、個人株主の熱狂的な動きに煽られた。今回は、機関投資家が主役だ。それだけに、自らの投資尺度で動いている。投資家は、中国経済の抱える欠陥が過剰債務にあることを知り抜いており、一時的なムードに流されることはなさそう。冷静に分析している。中国当局の「口先介入」に乗せられないことが肝要だ。

     

    (2)「上海の資産運用会社CYAMLANインベストメントの張蘭丁最高経営責任者(CEO)は『15年の相場崩落は突然熱にとりつかれて、素早く引いたかのようだった。今回は下げ相場が長引きそうだ』と指摘した。今年と15年との大きな違いの一つは、一般的には市場を長期的観点でとらえる機関投資家が株安を主導しているように見える点だ」

     

    今年の株価下落は機関投資家主導である。それだけに、合理的な根拠が確認できなければ株価が大きく跳ねる見込みはなく、むしろ低迷相場は永続きしそうである。

     

    (3)「投資家の種類ごとに分類した取引のデータはないが、投資のプロが相場をけん引している様子を2つの要素が示している。第1に、今年の上海株の下落は中信証券や宝山鋼鉄など、主要な中国国有企業の株安が原因だ。これら優良銘柄は通常、大手機関投資家に好まれる傾向にある。第2は、中国に9000万人いる個人投資家が今年の相場低迷にそれほど影響を及ぼしていないという合図だ。借入資金での株式投資に利用される証拠金融資の急減である。7月5日時点の証拠金融資残高は、9089億元(約151000億円)と、15年夏の相場崩落直前に記録した過去最高の21000億元の半分弱だ」

     

    機関投資家主役説の根拠は2つある。第1の証拠は、優良銘柄の値下がりの大きい点で、いずれも機関投資家好みの銘柄が売られていること。第2の証拠は、借入資金での株式投資に利用される証拠金融資残高が、15年夏の半分程度であること。これら2つの点から、個人投資家よりも機関投資家が相場の主力である。このことは、中国経済の弱点を正確に把握して行動するに違いない。

     

     

     


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    中国政府が笛や太鼓で騒いできた「一帯一路」計画が、あちこちで「不都合な真実」が暴露されている。当初は、第二次世界大戦後、欧州経済復興援助で実績を上げた「マーシャルプラン・アジア版」という触れ込みであった。マーシャルプランとは、当時の米国務長官の名前をとり、米国が欧州の経済的な復興を支援した事業である。

     

    最近、中国政府は自国のメディアに対して「マーシャルプラン」なる言葉の使用を禁じる通達を出した。マーシャルプランは米国の援助であったが、「一帯一路」は援助でなく高利の貸付である。高利の債務を返済できない国では、担保を差し押さえられるという事態にまで発展し、中国がにわかに批判される側になっている。そこで、「マーシャルプラン」なる言葉を禁じたもの。

     

    マレーシアは、今年5月にマハティール氏が首相に返り咲いたことから、「一帯一路」計画の一環として契約済みの高速鉄道、「東海岸鉄道」(ECRL)計画を7月5日に中止決定された。中止期間は定められていない。同事業の第1期分契約額は、460億リンギット(約1兆2500億円)である。マハティール氏は、これだけの巨額投資が財政的に負担であることや、それに見合った効果が期待できないと指摘した。

     

    『サーチナー』(7月9日付)は、「マレーシアで『一帯一路』構想が躓き」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「マレーシア政府が同プロジェクトを中止した理由は、総工費が当初予算を上回る見込みとなり、財政悪化を防ぐためとしている。マハティール氏は今年5月の選挙戦でも中国との間で進んでいるプロジェクトは『国益にそぐわない』という見方を示していた。ECRLの総工費は当初550億リンギット(約1兆5050億円)と見積もられていたが、マハティール政権の最新試算によれば、中国への金利支払などを含むと810億リンギット(約2兆2100億円)に膨らむ見通しになったという」

    「東海岸鉄道」(ECRL)計画は、総工費が約1兆5050億円と見積もられていたが、金利分を含めると約2兆2100億円に膨らむ見込みだという。実に、当初金額に比べて46%増である。何か、「悪徳商法」の典型例という感じである。安い見積もりを出して契約を取り、その後に契約金額の上乗せをする。多分、こういうやり口で、スリランカなどを食い物にしてきたのだろう。

     

     

    (2)「マレーシアでは、同プロジェクトの他、中国との間で『一帯一路』関連で複数の大型プロジェクトの計画がある。これら計画に絡んで、ナジブ・ラザク前首相が背任、収賄罪容疑で逮捕されている。今回のECRLの中止に合わせて、中国企業との間で交わされたマレー半島とボルネオ島をつなぐパイプライン建設計画についても事業中止の判断が下されている。マレーシアにおける相次ぐプロジェクトの中止発表は、その他の地域での『一帯一路』プロジェクトの進行にも影響を与える懸念がある」

    マレーシアでは、前政権が「一帯一路」関連でいくつかのプロジェクトを中国政府との間で進めていた。ナジブ前首相が逮捕されたので、中国との間でいかなる契約があったかが、裁判過程で明らかにされるはずだ。そうなると、中国のメンツは丸つぶれだ。「一帯一路」計画は、中国の資金的行き詰まり感を反映して、すでに縮小方向に向かっている。マレーシアでの「取りこぼし」は、中国の野望を阻止するきっかけになり

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    7月6日からの対米関税引き上げをめぐって、中国国内では通関に遅れたために、特別関税を掛けられる「不運」が起こっている。同じ荷主で9個のコンテナで3個は「フリーパス」、残りの6個には引上げ関税が掛けられたという妙なニュースが報じられた。

     

    『ブルームバーグ』(7月9日付)によると、カリフォルニアから上海税関を通じて食肉を輸入しようとしていた中国の大手食肉輸入業者、蘇州華東食品は極めて高コストの米国産ステーキを何とかしてさばかなければならなくなった。新たな関税導入前に税関を通過できたのは冷凍の牛プライムリブや豚ロースなどを積んだ3個のコンテナだけ。残り6個には、1個当たり最大50万元(約830万円)の関税が課された。いかにも中国で起こりそうな嫌がらせである。輸入業者には何の落ち度もないのだ。

     

    コンテナ1個分の食肉の関税が830万円とは驚く。食肉輸入業者は「米牧場からの食肉購入を大幅に減らすことは確実だ」と語ったという。この嫌がらせには裏があって、商務省は米国以外からの輸入を促進させる手段に利用している節が窺える。

     

    今回の米中貿易戦争は、「中国の敗色」濃厚である。中国は、メンツのため負け戦を覚悟で臨んでいる。その対策が始まっているのだ。引上げられた関税収入を、米国での関税引き上げで採算困難になった企業の救済に当てるというもの。中国商務省が7月9日に発表した。

     

    中国は、米国への報復で大豆に25%の関税を掛けると発表している。輸入季節の関係で、米国産大豆に依存せざるを得ない事情がある。そこで編み出された手が、「国家備蓄用の大豆には引き上関税分を還付する」という方針である。中国特有の「上に政策あれば下に対策あり」という抜け穴が準備されているように思える。

     

    『ブルームバーグ』(7月9日付)は、「米国産大豆の輸入関税、国家備蓄分は業者に払い戻しへ」と題する記事を掲載した。

     

    「中国は米国からの大豆輸入について、国家備蓄用の購入を対象に25%の関税負担分を輸入業者に払い戻す方針だ。事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。関係者らによると、現時点で海上輸送中の米国産大豆のうち、少なくとも貨物1隻が国家備蓄用に購入されたものという」

     

    先の食肉業者の例から言えば、同じ輸入貨物でも7月5日の時間ぎりぎりで通関したものと、暦の上で6日になって通関したのは荷主の責任でない。通関業務を担当している側の責任である。この場合は、関税引き上げ前の税率を適用すべきもの。一方、国家備蓄用の大豆については、海上輸送中で通関どころの話でない。明らかに7月6日を過ぎている。それにも関わらず、関税を還付するという特別待遇を行なうのは不公平な扱いである。

     

    先の食肉業者が法的に訴えることが可能であれば、中国政府のこの矛楯した対応の是非が明らかになろう。と言っても、中国では政府が絶対権力の保持者である。食肉業者が訴えてももみ消されるか、後から酷い報復されるに決まっている。中国は、法があっても無きに等しい国である。泣き寝入りするほかないのだろう。

     

     


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    中国経済が昨年、予想外にも6.9%成長が可能になった背景に、輸出増加が寄与した。その輸出は今、米中貿易戦争で先行きが怪しくなっている。6月のPMI(製造業購買者担当指数)の輸出受注では、好不況の分岐点である50を割っている。「警戒警報」だ。

     

    こうなると、中国の奥の手は人民元相場の下落容認である。手綱をしっかりと握りしめながら、人民元相場の軟化を認めて輸出の支えにしたいのは明白である。下落の限界はどこか。ここ10年間の人民元相場を見ると、1ドル=6.9元は安値の限界線であることが分る。相撲で言えば、ここが徳俵という感じがする。

     

    中国は、米中貿易戦争の長期化に備え、輸出競争力を維持するために、1ドル=6.9元台へと大幅な元安水準にすると報じられている。中国政府は、ここまで「後退」しながら経済の態勢立て直しを図る意思表示のように思える。こうなると、6.9元は徳俵であり、かつて、独仏国境に敷かれたマジノ線という位置づけだ。

     

    『大紀元』(7月9日付)は、「中国当局、米中貿易摩擦、1ドル6.9元台付近の元安を容認か」と題する記事を掲載した。

     

    (1)「人民銀行の公表では、61日の対ドルの人民元基準レートは1ドル=6.4078元だったのに対して、6月29日は1ドル=6.6166元となった。元は1カ月で対ドルにおいて約3.25%と大幅に下落した。ロイターが市場関係者を対象に行った調査では、米国は通商問題で中国への圧力を強化しているため、元相場が対ドルで一段と下落する可能性が高いとの見方が多かった。一部の関係者は、3.25%の下げ幅を回復するのに1年かかると推測する」

     

    中国のように管理型変動相場制では、人民元相場は政府管理である。大きな変動はあり得ない。ここが、自由に変動すべき為替相場の性格から見て、極めて問題含みの点である。世界のGDP2位になりながら、政府という「親がかり相場」では、企業に自立性が育つはずもない。中国政府は、こういう矛楯に気づかない振りをしている。この状態で、世界覇権に挑戦するなど夢のまた夢、である。6月の人民元相場の変動幅が3.25%で、これが回復するには1年かかるとは驚きだ。

     

    (2)「ロイター通信は7月5日、中国当局高官の話を引用して、国内景気減速と米中貿易摩擦の激化を背景に、中国当局が元安を歓迎する姿勢を示し始めたと報道した。報道によると、情報筋は『当局はある程度の元安を認めている。しかし、元相場は1ドル=6.90元台を割り込むことを望んでいない』と話した。今後中国当局が元相場の急落の阻止と投資家の信頼回復を目的にする時のみ、為替介入を実施するという。英調査会社キャピタル・エコノミクスの最新調査によると、中国当局は人民元の動きをコントロールする姿勢を鮮明にした」

     

    人民元は2015年に、大荒れ相場になった。あれ以来、厳重な相場管理を行い、資本移動にまで網を張っている。行き場を失った国内の過剰貯蓄は、不動産バブルに火を付けて回っている。人民元相場の変動を抑えて、バブル経済を結果的に奨励する形になった。最終的には、中国経済の足腰を弱めており、米中貿易戦争ではその弱点を狙い撃ちされている。こういう総合的な視点を欠いたまま、目先の利益を求め動き回る。海の向こうでは、トランプ氏が高笑いしている姿に気づかないのだろうか。


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    中国浙江省といえば、浙江という土地柄ビジネスマインドが旺盛で、昔から「中国のユダヤ人」とも言われているほどだ。先行きを読む能力が長けていると定評がある。

     

    その浙江省出身では、中国経済界を代表する人物の一人に、馬雲(ジャック・マー)アリババグループ創業者がいる。この馬氏は、できるだけ政治から距離を置こうとしているとも伝えられる。自のビジネス感覚を政治によって染められないようにしているのかも知れない。この馬氏は後で取り上げるが、今回の米中貿易戦争に絡む「微妙」な発言をした。今や国際ビジネスマンになった、馬氏の発言だけに重みがあるのだ。

     

    中国国内では、米中貿易摩擦が深刻化し始めて以来、上海株価が下落に転じた。投資家は、中国経済の抱える病根である過剰債務問題が、解決しない上さらに米中貿易摩擦が加われば、中国経済は容易ならざる局面に突入する。そういう危険性を察知したのだ。株価は正直である。リスクが見込まれると下落する。

     

    日本でも、この傾向がハッキリと掴める。太平洋戦争勃発(1941年12月)後は、政府命令で株価テコ入れで上昇に転じた。開戦以前は、盧溝橋事件や国家総動員法、三国同盟など日本の運命に深く関わる事件が起きるたびに、株価は下落している。この伝で言えば中国の投資家も、米中貿易摩擦が中国経済に深刻な打撃を与えることを察知している。

     

    『朝鮮日報』(7月8日付)は、「米中貿易戦争後を見据える中国企業」と題するコラムを掲載した。筆者は、同紙の崔有植(チェ・ユシク)中国専門記者 である。

     

    「浙江省のビジネス関係者約200人が6月初め、省都杭州市で総会を開いた。杭州出身の馬雲(ジャック・マー)アリババグループ創業者は演説で、『米中貿易戦争が続く30年間で世界経済の地図は再編される。改革開放当時と似た大きな変化が起き、ここにいる200社の企業のうち生き残れるのは20社ほどではないか』と述べた。政府の輸入拡大政策と中産階級の急成長などで、中国が米国に引けを取らない消費市場に変貌する一方、市場開放で外国企業が大挙して進出し、激しい生存競争を繰り広げるとみられる。情勢を素早く読み、利益に目ざといことから『中国のユダヤ人』と呼ばれる浙江商人は既に貿易戦争後を見つめ、変化に備えている最近、韓国を訪れた林毅夫元世銀副総裁は、『貿易戦争で中国では0.5ポイント、米国では0.3ポイント成長率が鈍化する』と予想した」

     

    この記事では、中国政府の怒りを買わないように用心深く発言していることが分る。要約すると、次のようになろう。

    . 米中貿易戦争が続く30年間で世界経済の地図は再編される。

    . 市場開放で外国企業が大挙して中国へ進出し、激しい生存競争を繰り広げる。

    . ここにいる200社の企業のうち生き残れるのは20社ほどではないか。

     

    まず、米中貿易戦争は30年間という長期間続くと見ていることだ。米国は簡単に妥協せず、中国への抑制措置を続ける。この結果、何が起こるのかと言えば、中国は国内市場の完全開放を迫られる。その結果、国内企業と外国企業の厳しい競争が始まる。現在は、中国政府の保護政策で国内企業は惰眠を貪っていられるが、浙江省の企業200社は、30年後には20社ほどに整理されてしまう、というのだ。

     

    以上の内容に整理してみると、習氏が宣言した2050年に中国は、米国経済の覇権に挑戦するほど華々しい発展するはず。馬氏は、全く異なる業界地図が描かれている。林毅夫(元北京大教授)氏がまた、「貿易戦争で中国では0.5ポイント、米国では0.3ポイント成長率が鈍化する」と発言している。林氏といえば、超強気の予測をする人物だ。その彼が、ここまで成長率を下げてきたのは初めて。それだけ、中国の受ける損害を自覚したに違いない。ただ彼の指摘する中で、「米国では0.3ポイント」の成長率低下を予想しているが、0.1ポイントの誤りであろう。中国が0.5ポイントの低下ならば、米国は0.1ポイントに留まるはずだ。

     


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