先ほどのブログで、韓国メディアによる「日本羨望論」を取り上げた。引用コラムは『中央日報』(7月27日付)の「隣国の日本は慶事を迎えているが」である。筆者は、同紙のナム・ユンホ東京総局長だ。
前記のコラムは、前半で日本を取り上げ、後半で韓国に言及している。今回は、この後半にスポットを当てたい。
韓国政治を観察していて気づくことは、妥協のない政治である。現在のように少数与党であっても、「与党は与党」という強気を貫いて、野党を徹底的に追い詰める姿勢をとっているのだ。フランスの文明批評家であるギ・ソルマン氏が、「韓国は大統領が強大な権限を持っている。このため選出された独裁ということができる」と韓国で発言している『中央日報』7月13日付)。
この記事によれば、ソルマン氏は「選出された独裁が大統領の性格や政治傾向のために発生することもあるが、韓国の制度そのものが権限乱用を誘導する下地がある」とし、「権力のけん制とバランスは心理的なものでなく制度的な装置として作らなければならない」と述べた。職権濫用と言えば、強引な最低賃金の大幅引き上げが、韓国経済を破綻に追込むリスクを抱えている。それでも、自説を主張して譲らないのだ。
OECDは、6月に最賃大幅引き上げがもたらす危険性を指摘している。「OECD加盟国でどこも実験したことのない政策である」と。最賃引上は不可欠である。問題は、一度に16.4%(今年)、10.9%(来年)という無謀さだ。日本は3%に留まっており、必ず実行できる前提での引き上げだ。
『中央日報』(7月27日付)は、「隣国の日本は慶事を迎えているが」で、次のように指摘している。
(1)「(文政権は政策を)なぜ変えず、なぜ変わらないのか。単純に無能だと見るには症状がやや重い。まず考えられる仮説は集団思考だ。似た考えを持つ人たちが青瓦台(チョンワデ、大統領府)に集まり、『我々が正しい』という幻想に浸っているのかもしれない。『無誤謬の幻想』は有能であるために陥りやすい罠だ」
我々が正しいと言い張り、「無誤謬の幻想」が許されるのは、フランスの文明批評家であるギ・ソルマン氏の指摘通り、「民主的な独裁を許す大統領制」に帰着するようだ。
(2)「2つ目、硬直した原理主義だ。自分の考えが合理的に受け入れられにくい時もこれを政治的な信念で守ろうとする頑固一徹の姿勢だ。高い支持率の中でも『押されれば負ける』という戦闘心理まで感知される。経済問題を解決する時には柔軟な実用主義が有利だが、本当に残念だ」
これも、「民主的な独裁を許す大統領制」に問題がある。
(3)「3つ目、権力の磁場のためかもしれない。普段は健全な人でも権力側に入れば変わる。羅針盤が極点近くで誤作動するように、だ。教授出身の前経済首席秘書官がそうだった。便宜的な統計で『プラス効果90%』を言って論議を呼んだ。教授だったらそのようなレポートを出した学生に『F』を与えたはずだが、あえて間違っていないという」
権力の持つ魔術性が、ここに現れている。「民主的な独裁を許す大統領制」が原因である。
(4)「4つ目、この政府が熱烈なサポーターに振り回されているのかもしれない。偉大な名前の団体が一言いえばよく反応する。時には権力がハイジャックされたのではと感じるほどだ。自信がないからか、同じ仲間だからか、何か借りがあるのか。これでもなくあれでもないのなら、これらすべてのことが入り混じった風土病なのかもしれない。これは左派政権に限られた慢性病ではない。権力の力量とビジョンによって避けることも、かかることもある。不幸にも今はひどくかかっているようだ」
文政権の2大サポーターは、労組と市民団体である。保守政権に対しては「反権力」を絶唱するが、自らが権力内部に入り込むと、絶対的な権力を振るう。カメレオン集団である。政権から距離を置くという慎ましさがない。これも、「民主的な独裁を許す大統領制」に原因がある。





