バイデン米政権は、日本製鉄によるUSスチール買収計画について、米鉄鋼業に打撃を与え、国家安全保障上のリスクもたらすと8月31日付の書簡で両社に伝えた。ロイターが書簡を確認した。
『ロイター』(9月6日付)は、「米政権、日鉄・USスチール合併に懸念 中国の過剰供給巡り」と題する記事を掲載した。
書簡は安価な中国製鉄鋼の世界的な供給過剰に言及。日鉄が買収すれば、USスチールが鉄鋼輸入に関税を求める可能性が低くなるとしている。
(1)「外国企業による米国企業の買収案件を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)は書簡で、日鉄の決定が「国内の鉄鋼生産能力削減につながる」可能性があると指摘。「(貿易)紛争においてUSスチールが決定を下す際に日鉄の影響を受け、日鉄の商業的利益や世界の鉄鋼市場における同社の競争上の地位を考慮する可能性がある」とした。CFIUSは中国が世界の粗鋼生産量の約54%を占め、最大の輸出国であることを示す2022年のデータを引用し、中国は「市場をゆがめる持続的な政府介入」によって、世界の鉄鋼市場で不当に優位な立場を得ていると強調。USスチールは海外からの輸入に対する貿易救済を積極的に求めてきたが、日鉄は米国の救済努力に反対することもあったと指摘している」
CFIUSは、政治的な判断を行った。日鉄が、USスチールの設備削減を行うという判断をしているが、日鉄は設備増強を約束している。これを無視したものだ。また、日鉄の世界的な影響力が米鉄鋼業の及ぶことを警戒している。
(2)「この書簡について、企業や専門家からは説得力に欠けるとの声が出ている。この取引に関与していないCFIUSの弁護士、マイケル・ライター氏は「委員会が指摘した問題は、ほぼどのように見ても、国家安全保障の範疇に入るようなものではない。明らかに他の2つの範疇に入るものだ。国粋主義的な貿易保護主義と選挙政治だ」と指摘する。「(もし政府が)米国内での鉄鋼供給の維持を本当に心配しているのであれば、真の解決策はこの取引を阻止することではなく、CFIUSの力を使って日鉄がそのような投資を行い、維持する体制を整えることだ」と述べた」
日鉄によるUSスチールとの合併は、CFIUSによる思わぬ決定で覆された。CFIUSは、独禁法上の問題点だけを審査する「非政治的立場」と理解されてきた。それが一転して、国益を度外視した国粋主義の立場を打ち出してきた。CFIUSにとって一大汚点の決定である。
(3)「インディアナ大学教授で米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのフェローでもあるサラ・バウアリー・ダンズマン氏は、CFIUSが国家安全保障上のリスクの定義を「大幅に拡大」しようとしているようだと指摘。「米国内鉄鋼生産能力の強靭(きょうじん)性は明らかに国益だが、主要な条約同盟国に所在する企業による所有が、これをどう根本的に脅かすのか不明だ」と疑問を呈した。バイデン大統領や米大統領選候補のハリス副大統領は、「米国の鉄鋼会社は米国で所有されるべき」としており、トランプ前大統領も買収を阻止する姿勢を示している」
バイデン政権は、口先で日米同盟の重要性を強調するが、土壇場に来てこれを裏切る行動に出てきた。バイデン政権が、11月の大統領選を意識した決定であることは確かだ。
(4)「ロイターが入手した9月3日付の回答文書で日鉄は多額を投じて、遊休状態となっていたはずの米鉄鋼設備を維持・強化するとし、それにより米国内の鉄鋼生産能力の維持が可能になるほか拡大する可能性もあることは議論の余地がないとした。同社は米政府の懸念に対処するため、拘束力のある国家安全保障に関する協定を採択することも提案した。またUSスチールの生産能力や雇用を米国外に移転しないと改めて表明。貿易問題に関するUSスチールの決定に干渉しない方針も示した。日鉄はUSスチールの買収により「緊密な日米関係を土台に中国に対抗する、より強力でグローバルな競争相手が誕生する」とも指摘した」
バイデン政権は、日米関係と米国鉄鋼業の将来を冷静に考えるべきである。米国鉄鋼業が衰退すれば、最後は日本へ支援を求めるであろう。この分りきった事態に気づくべきだ。