習近平中国国家主席は、国民の生活困窮を救うよりも、財政赤字拡大による自らの統治能力欠如批判を恐れているようである。共産主義イデオロギーを守って、世界覇権を握ることが習氏にとって最大の任務である。だが客観的にみて、中国には世界覇権を制する条件が備わっていないのだ。それは、普遍性の欠如に基づく。共産主義が、民主主義に取って代われる普遍性とは「個の尊重」である。中国共産主義には、そのような概念が存在していない。個人が、経済的に困窮していても救済できない点にそれが表れている。
『日本経済新聞 電子版』(1月14日付)は、「中国、経済政策の大転換はあるのか 習政権の命運を左右」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の編集委員中沢克二氏だ。
中国にとって2025年は政治・経済、社会の安定を含む全ての面でカギを握る年となる。習近平長期政権が、これまでのように求心力を維持できるのか。最初の関門は、深刻さを増す景気動向だ。
(1)「中国ではけん引役だった上海、広東省深圳、浙江省杭州といった大都市でさえ住宅・不動産価格が暴落した。ピークからの下落率は既に30〜40%という。24年1〜11月の中国の新築住宅販売面積も21年同期に比べ半減するなど異常な状態だ。地方中心に不良債権が積み上がり、財政は急速に悪化している。余裕を失った地方政府は公務員の給与を削るしかない。多くの中小民間企業も自信を失っている」
不動産バブル崩壊は、世界史的事件である。習氏には、その認識がゼロである。需要不足程度とみているのであろう。
(2)「次世代を担うべき若者らの失業率は高止まりしている。25年夏の大学卒業予定者は24年より40万人以上も多い1200万人超になる見込みだ。その就職先の確保は至難の業である。社会的な不安、不満も反映している悲惨な大事件が多発している。24年11月にはマカオに隣接する広東省珠海で車の暴走により35人が死亡する事故が発生した。衝撃を受けた中国指導部は、習近平国家主席自ら事件収拾に向けた指示を出し、その後、市長と公安局長も更迭された」
現在の中国経済には、1200万人の大卒を就職させる力がなくなっている。第三次産業を弾圧したからだ。
(3)「これに先立ち、広東省深圳で日本人学校に通う男児の刺殺事件が発生。江蘇省蘇州では日本人母子が刺され、止めようとした日本人学校バス案内役の中国人女性が亡くなった。東北部の吉林省では米国人教員4人が刃物で刺される事件もあった。中国の「安全神話」は既に崩れている。1月20日、米国でトランプ政権が復活すれば、経済面での対中圧力もさらに強まる。外国からの対中投資の減退傾向は続き、中国経済の一段の下押し要因になりうる。習政権は、胡錦濤前政権がリーマン・ショック後に打ち出した大規模財政出動について住宅高騰など負の遺産を生み出した元凶とみている。その轍は踏まないのが基本姿勢だ。だからこそ大規模な財政出動を拒否してきた」
卒業しても、職がない現実ほど空虚なものはあるまい。虚無主義が流行り、自暴自棄になる状況が自然発生的生まれている。これが、刹那的犯罪を生んでいる背景だ。
(4)「だが、理論を押し通して実体経済が壊れるなら元も子もない。景気低迷が続けば、経済運営の基本方針を巡る大転換に追い込まれかねない。目先の25年成長率を確保するインフラ投資中心の従来型景気刺激策である。これは事実上、過去の失政を認める行為になる。遅すぎる転換は当然、共産党内での政治的な求心力にも影響する。もし習氏が27年の共産党大会でトップ続投をめざすなら、考えたくないシナリオだ」
中国国民は、共産主義という「霞」で生きていけない以上、客観的にみて政策転換が避けられない状況にある。しかし、習氏はそれが自己の権威を傷つけることになるので極端に恐れている。あくまでも、「イデオロギー死守=習近平終身国家主席」がワンセットになっている。70歳を過ぎた習氏が見据えているのは、自己の将来の姿であろう。毛沢東も晩年はそうであった。
(5)「では、中国経済に未来がないのか。そんなことはない。習政権が旗を振る「新質生産力」戦略の下、新たな技術開発も進みつつある。電気自動車(EV)分野では中国の先進性が際立ち、デジタル家電、人工知能(AI)なども有望だ。問題は、これらが中国経済全体を引っ張るほどの馬力を持つのかだ」
習氏が、製造業に補助金を投入し続けているのは、台湾侵攻の際に軍事力が不欠であるからだ。その備えだけは、しなければならないからだ。
(6)「習政権下では民間企業の活力をそぐ政策が余りに目立つ。例えば、当局が突然、10年以上も前の事例に遡って企業・個人の問題点を指摘し、多額の罰金を取り立てる動きまである。これではやる気がでないのは当たり前だ。義務教育段階の生徒を対象にした学習塾をいきなり廃業に追い込んだり、厳しいゲーム禁止措置もあった。まずは理にかなわない政策を全廃できるかである。政策のゆがみが解消されるなら、中国の企業人も自信を回復する」
トウ小平の改革開放路線を放棄した理由は、経済成長が国民に共産主義の有り難みを忘れさせることを恐れたからだ。これでは、習近平氏の「終身国家主席」も不可能になろう。習氏にとって一番大事なことは「御身」である。終身国家主席維持なのだ。習氏は、自己を捨てられないのだろう。