勝又壽良のワールドビュー

好評を頂いている「勝又壽良の経済時評」の姉妹版。勝又壽良が日々の世界経済ニュースをより平易に、かつ鋭くタイムリーに解説します。中国、韓国、日本、米国など世界の経済時評を、時宜に合わせ取り上げます。

    あじさいのたまご
       

    習近平中国国家主席は、国民の生活困窮を救うよりも、財政赤字拡大による自らの統治能力欠如批判を恐れているようである。共産主義イデオロギーを守って、世界覇権を握ることが習氏にとって最大の任務である。だが客観的にみて、中国には世界覇権を制する条件が備わっていないのだ。それは、普遍性の欠如に基づく。共産主義が、民主主義に取って代われる普遍性とは「個の尊重」である。中国共産主義には、そのような概念が存在していない。個人が、経済的に困窮していても救済できない点にそれが表れている。

    『日本経済新聞 電子版』(1月14日付)は、「中国、経済政策の大転換はあるのか 習政権の命運を左右」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙の編集委員中沢克二氏だ。

    中国にとって2025年は政治・経済、社会の安定を含む全ての面でカギを握る年となる。習近平長期政権が、これまでのように求心力を維持できるのか。最初の関門は、深刻さを増す景気動向だ。

    (1)「中国ではけん引役だった上海、広東省深圳、浙江省杭州といった大都市でさえ住宅・不動産価格が暴落した。ピークからの下落率は既に30〜40%という。24年1〜11月の中国の新築住宅販売面積も21年同期に比べ半減するなど異常な状態だ。地方中心に不良債権が積み上がり、財政は急速に悪化している。余裕を失った地方政府は公務員の給与を削るしかない。多くの中小民間企業も自信を失っている」

    不動産バブル崩壊は、世界史的事件である。習氏には、その認識がゼロである。需要不足程度とみているのであろう。

    (2)「次世代を担うべき若者らの失業率は高止まりしている。25年夏の大学卒業予定者は24年より40万人以上も多い1200万人超になる見込みだ。その就職先の確保は至難の業である。社会的な不安、不満も反映している悲惨な大事件が多発している。24年11月にはマカオに隣接する広東省珠海で車の暴走により35人が死亡する事故が発生した。衝撃を受けた中国指導部は、習近平国家主席自ら事件収拾に向けた指示を出し、その後、市長と公安局長も更迭された」

    現在の中国経済には、1200万人の大卒を就職させる力がなくなっている。第三次産業を弾圧したからだ。

    (3)「これに先立ち、広東省深圳で日本人学校に通う男児の刺殺事件が発生。江蘇省蘇州では日本人母子が刺され、止めようとした日本人学校バス案内役の中国人女性が亡くなった。東北部の吉林省では米国人教員4人が刃物で刺される事件もあった。中国の「安全神話」は既に崩れている。1月20日、米国でトランプ政権が復活すれば、経済面での対中圧力もさらに強まる。外国からの対中投資の減退傾向は続き、中国経済の一段の下押し要因になりうる。習政権は、胡錦濤前政権がリーマン・ショック後に打ち出した大規模財政出動について住宅高騰など負の遺産を生み出した元凶とみている。その轍は踏まないのが基本姿勢だ。だからこそ大規模な財政出動を拒否してきた」

    卒業しても、職がない現実ほど空虚なものはあるまい。虚無主義が流行り、自暴自棄になる状況が自然発生的生まれている。これが、刹那的犯罪を生んでいる背景だ。

    (4)「だが、理論を押し通して実体経済が壊れるなら元も子もない。景気低迷が続けば、経済運営の基本方針を巡る大転換に追い込まれかねない。目先の25年成長率を確保するインフラ投資中心の従来型景気刺激策である。これは事実上、過去の失政を認める行為になる。遅すぎる転換は当然、共産党内での政治的な求心力にも影響する。もし習氏が27年の共産党大会でトップ続投をめざすなら、考えたくないシナリオだ」

    中国国民は、共産主義という「霞」で生きていけない以上、客観的にみて政策転換が避けられない状況にある。しかし、習氏はそれが自己の権威を傷つけることになるので極端に恐れている。あくまでも、「イデオロギー死守=習近平終身国家主席」がワンセットになっている。70歳を過ぎた習氏が見据えているのは、自己の将来の姿であろう。毛沢東も晩年はそうであった。

    (5)「では、中国経済に未来がないのか。そんなことはない。習政権が旗を振る「新質生産力」戦略の下、新たな技術開発も進みつつある。電気自動車(EV)分野では中国の先進性が際立ち、デジタル家電、人工知能(AI)なども有望だ。問題は、これらが中国経済全体を引っ張るほどの馬力を持つのかだ」

    習氏が、製造業に補助金を投入し続けているのは、台湾侵攻の際に軍事力が不欠であるからだ。その備えだけは、しなければならないからだ。

    (6)「習政権下では民間企業の活力をそぐ政策が余りに目立つ。例えば、当局が突然、10年以上も前の事例に遡って企業・個人の問題点を指摘し、多額の罰金を取り立てる動きまである。これではやる気がでないのは当たり前だ。義務教育段階の生徒を対象にした学習塾をいきなり廃業に追い込んだり、厳しいゲーム禁止措置もあった。まずは理にかなわない政策を全廃できるかである。政策のゆがみが解消されるなら、中国の企業人も自信を回復する」

    トウ小平の改革開放路線を放棄した理由は、経済成長が国民に共産主義の有り難みを忘れさせることを恐れたからだ。これでは、習近平氏の「終身国家主席」も不可能になろう。習氏にとって一番大事なことは「御身」である。終身国家主席維持なのだ。習氏は、自己を捨てられないのだろう。


    あじさいのたまご
       

    米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)は13日、日本製鉄によるUSスチール買収計画をバイデン大統領が阻止したことを歓迎した。日鉄による買収計画に絡んで、「日本は中国より悪だ」と批判。「私には(買収の)計画がある。米国の国家安全保障を守れるのはクリフスだけだ」としてUSスチール買収に意欲を示したという。

    『ブルームバーグ』(1月14日付)は、「USスチールへの買収提案、競合クリフスとニューコアが検討」と題する記事を掲載した。

    米鉄鋼会社クリーブランド・クリフスは、同業ニューコアと協力してUSスチールを買収することを検討している。事情に詳しい関係者が明らかにした。クリフスのローレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)はその後の記者会見で、USスチールへの関心を認めた。

    (1)「関係者によると、クリーブランド・クリフスがUSスチールの大半を取得し、ニューコアが「ミニミル」(注:小規模電炉)と呼ばれる資産を取得する内容を検討中だという。非公開の情報だとして同関係者が匿名を条件に明らかにした。最終決定は下されておらず、両社はまだこの取引を断念する可能性もあるという。米経済専門局CNBCは、クリフスがUSスチール全体を現金で買収し、その後にUSスチール傘下のビッグリバー・スチールをニューコアに売却する案が浮上していると伝えていた。買収提案価格は1株当たり30ドル台後半になる見通しだという」

    日鉄のUSスチール合併と異なるのは、クリフスがUSスチールをバラバラに解体して利益を上げようという「ハゲタカ戦法」である。利益率の高い「ミニミル」は、ニューコアが買収する案だ。しかも、買収提案価格は1株当たり30ドル台後半になるという。日鉄の55ドルとは大違いである。買い叩いて、「転売する」という商法を見せつけている。

    (2)「日鉄の提示した買収額は、1株55ドルだった。NBCの報道を受けてUSスチールの株価は一時10%余り急伸し、37.75ドルを付ける場面もあった。クリフスのゴンカルベスCEOは、ペンシルベニア州で行った広範囲にわたる記者会見の中で、日鉄による取引が破棄された時点で「われわれは行動を起こす」と発言。クリフスの計画には、USスチールの名称採用やピッツバーグへの本社移転が含まれると話した。同CEOはさらに、「私は買収したい。計画がある」と述べ、米企業だけから成る解決策を用意していると語ったが、取引条件については言及を控えた。同CEOはその後のブルームバーグ・ニュースのインタビューで、USスチール買収資金はデットファイナンス(注:借入金)で調達するつもりだと述べたが、詳細は明らかにしなかった」

    クリフスの日鉄買収計画は、対米外国投資委員会(CFIUS)がバイデン氏の命令を受けた計画の破棄期限を当初の2月2日から6月18日まで延期したので、この後になる。だが、クリフスのゴンカルベスCEOは、延期について「大した問題ではない」としている。「(バイデン政権下の)CFIUSは6月18日まで延長したが、(次期政権下の)新しいCFIUSは再び2月2日にずらすこともできる」と主張した。『日本経済新聞 電子版』(1月14日付)が報じた。自信満々である。

    (3)「クリーブランド・クリフスは2023年、USスチールの売却入札に参加したが、日鉄に競り負けていた経緯がある。バイデン米大統領は3日、外国資本による米企業所有と国家安全保障への懸念から、日鉄によるUSスチール買収計画を正式に阻止すると発表した。買収計画については、審査を担当していた対米外国投資委員会(CFIUS)では結論に至らず、バイデン氏に判断を委ねていた」

    クリフスの動きをみると、バイデン大統領による日鉄・USスチール合併阻止が、何とも不条理なものであるかがわかる。CFIUSは、「国益論」で目が眩んでいた感じだ。

    (4)「日鉄とUSスチールは先週、買収計画を維持するための最後の手段として、2件の訴訟を共同で提起。バイデン氏が自らの政治的目的を達成するために全米鉄鋼労働組合(USW)の支持を得て、法の支配を無視したと主張。バイデン氏が不適切な影響力を行使したことにより、CFIUSは誠実な審査を実施しなかったと断じ、大統領の買収阻止命令とCFIUS審査の無効などを米裁判所に申し立てた」

    クリフスが、「ハゲタカ」的行動を取ること明らかである。USスチールが事実上、解体されることにCFIUSは気付いていないのだろう。米国鉄鋼業に「死」をもたらすのだ。こうした点を隠すために、クリフスは「日本が中国よりも悪い」と言い始めた。同盟国日本に対する最大の侮辱である。



    テイカカズラ
       

    次期米国大統領に就任するトランプ氏は、就任前から世界経済へ大きな影響を与えている。トランプ氏が関税引き上げを広言しているからだ。予想される貿易戦争の対象となる国や製品は、前倒しで発注され船積みされている。この効果が、中国の24年貿易黒字を前年比21%増の9920億ドルと年間ベースで過去最高へ押上げた。むろん、これは一時的な現象で需要先食いである。25年の輸出額は減少するので貿易黒字も減る。

    『ブルームバーグ』(1月13日付)は、「中国貿易黒字、24年は1兆ドルに迫る トランプ氏復帰控え輸出急増」と題する記事を掲載した。

    中国の貿易黒字は昨年、年間ベースで過去最高となった。トランプ次期米大統領のホワイトハウス復帰を控えているほか、国内の需要低迷を補うために企業が輸出を急いだことが影響した。

    (1)「中国税関総署が13日発表した2024年の貿易黒字は前年比21%増の9920億ドル(約156兆30000億円)。輸出が過去最高を記録する一方、輸入が伸び悩んだことが背景にある。輸出は昨年、ほぼ毎月増加し、年間ベースで新型コロナウイルス流行期の22年に付けた従来の最高記録を上回った。長引く住宅危機と消費低迷で苦戦している中国経済の成長を力強い外需が支えてきたが、そうした下支えが今や外的リスクにさらされている」

    輸出が過去最高を記録する一方、輸入が伸び悩んだことで、24年の貿易黒字は前年比21%増の9920億ドルとなった。需要の先食いであり、25年は減少する。輸入は、長引く住宅危機と消費低迷で伸び悩んだ。

    (2)「昨年12月単月の輸出は前年同月比で約11%増の3360億ドルと、月間ベースで21年12月に次ぐ過去2番目の高水準。24年全体の輸出は3兆6000億ドルだった。12月の輸入は1%増加。通年では1.1%増えた。12月の対米輸出は490億ドル近くと、約2年ぶりの高水準。通年では5250億ドルとなった」

    昨年12月の輸出は、前年同月比で約11%増となった。21年12月に次ぐ過去2番目の高水準である。トランプ関税を回避する「駆け込み輸出」である。

    『ブルームバーグ』(12月30日付)は、「世界的な供給網が『パニックの渦中』、トランプ関税巡る脅威が引き金」と題する記事を掲載した。

    中国浙江省・杭州市の紅山村にある杭州スカイテック・アウトドアのサニー・フー氏は米大統領選後の約2カ月間にわたり、自社の屋外用家具や大型テントを米国の顧客に急いで出荷し、他の市場への多角化を急ピッチで進めている。一方、ドイツでは白ワイン用ブドウ品種「リースリング」の産地に住む8代目のワイン醸造家、マティアス・アルノルト氏が、米国の輸入業者から殺到する特別注文への対応に追われている。ドナルド・トランプ次期大統領が欧州産ワインへの関税を復活させる前に、可能な限り多くの注文に応えようと必死だ」

    (3)「トランプ氏は25年1月20日の就任式以降に貿易戦争の対象となる国や製品、関税率を発表すると予想されているが、世界の企業は座視しているわけではない。トランプ氏による全世界一律の関税賦課の脅しだけで緊急的な対応が巻き起こっており、これによって生じ得るグローバルな貿易システムのボトルネックがコスト上昇を招きかねないだけでなく、経済ショックが起きた場合に混乱に陥りやすい状況となっている。カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点とする通関・物流コンサルティング会社クリーガー・ワールドワイドのプレジデント、ロバート・クリーガー氏は「われわれはまだパニックの渦中にある。サプライチェーン(供給網)に最大級の大潮が来ようとしている」と警鐘を鳴らす」

    トランプ「2.0」は、世界に物流に大異変を引き起した。今年は、この騒ぎが収まる。

    (4)「一部の企業は注文を前倒ししている。他の企業も新しいサプライヤーを探すか、それが不可能な場合は、既存のサプライヤーと条件を再交渉している。共通点は在庫の増加や輸送費の上昇、取引実績のないパートナー企業を採用するリスクという形でコスト増とともにもたらされる新たなストレスだ。企業側は利益が減少し経費が削減されると口をそろえるが、その代償を最終的に負うのは消費者だ」

    24年の騒ぎの後にはコスト増が、25年の消費者負担増となって現れてくる。

    (5)「中国の港湾では、選挙前後の2週間でコンテナ取扱量が2桁増となったほか、12月第2週にはさらに30%近く増加した。国際航空貨物便は10月半ば以降、週ごとに少なくとも約3割ずつ増加している。エコノミストは、顧客が注文の前倒しを急ぐ中、こうした傾向は続くとの見解を示している」

    中国の港湾では、24年11月の米大統領選挙前後の2週間で、コンテナ取扱量が2桁増となったほか、12月第2週にはさらに30%近く増加した。中国の駆け込み輸出の実態が窺える。

    (6)「ロサンゼルス港とロングビーチ港から成る、米国で最も取扱量が多いコンテナターミナルでは、トランプ氏が1期目で中国製品に関税を課した際と大して違わない輸入貨物の急増を経験している。両港とも7-9月(第3四半期)に新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)時の記録を破り、来年も高水準の取扱量が続くと予想されている。注文の前倒しは11月5日の大統領選のかなり前から始まっていたが、現在も港湾で散見されている。ロサンゼルス港だけでも11月の輸入コンテナ取扱量が前年同月比で19%増となった。2024年はロングビーチ港の取扱量が過去最多になると見込まれている」

    米国は、最も取扱量が多いコンテナターミナルで、トランプ「1.0」の際と大して違わない輸入貨物の急増を経験した。この貨物急増が、今後の語り草になるかどうか。中国経済の命運がかかっている。

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    IMEC(インド・中東・欧州経済回廊)構想が、関係国の覚え書き署名によって動き出す態勢ができあがった。IMECは23年9月、ニューデリーで開催した20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、モディ首相とバイデン米大統領が明らかにした巨大インフラプロジェクトである。中国の「一帯一路」へ対抗するもので、インド経済が欧州・中東と結びつく上で欠かせないルートになる。

    このほどIMECは、インド、米国、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、フランス、ドイツ、イタリア、欧州連合(EU)が参加を表明し覚書に署名した。インド洋からアラビア半島に向かい、UAE、サウジアラビア、ヨルダン、イスラエルを通過して地中海や欧州に至る経済回廊を築く。総距離は、陸上と海上を含めて7000~8000キロメートルとされる。一帯一路は、8000~1万キロメートルとみられるのでIMECが有利な立場とされる。

    IMEC構想が実現すれば、インドとヨーロッパの間の貿易が大幅に改善される。中国にとって脅威なのは、欧州がインドと直結して将来、欧州市場喪失リスクが高まることだ。

    『日本経済新聞 電子版』(1月13日付)は、「インド・欧州、経済回廊が始動 中国の『一帯一路』に対抗」と題する記事を掲載した。

    中東を経由してインドと欧州を結ぶ「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」の計画が動き始めた。構想自体は2023年に持ち上がったが、その後の中東情勢の混乱で協議は棚上げになっていた。インドのシン外務担当相は24年12月20日、「東回廊はインドと湾岸地域を結び、北回廊は湾岸地域と欧州を結ぶ。アジア、欧州、そして中東の画期的な統合を呼び込むだろう」。国会でIMECの役割を問われこう自信を示した。

    (1)「IMECは、湾岸地域とアラビア海の港湾からイスラエルのハイファ港までを結ぶ鉄道路線など、物流網の他に送電網、通信網、水素輸出に用いるパイプラインなども構築する。インドは、サプライチェーン(供給網)を強化し、持続的な経済成長につなげたい考えだ。この構想は米印の発表からわずか1カ月後に失速の憂き目に遭う。イスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘が激しくなり、中東各国の協議が遅れてきた。一連の計画はここにきて具体化し始めた。24年12月にはUAEのアブドラ・ナハヤン副首相兼外相が訪印し、モディ氏との間で「歴史的な取り組み」とうたいIMEC計画の推進で合意した」

    IMECは、中国とロシアには不気味な存在になる。中国は、欧州市場を失いかねないこと。ロシアは、自国天然ガスが湾岸諸国産に代替されるリスクである。

    (2)「IMECに、中国の広域経済圏構想「一帯一路」に対抗する狙いがあるのは明らかだ。中国は、イランとサウジの国交回復で仲介役を演じるなど、中東に触手を伸ばしてきた。米国はその影響力を封じ込めたいと考えている。インドは、近海で拡張主義をみせる中国海軍の存在に脅威を感じており、IMECが海洋安全保障にも機能すると期待する面がある。ロシアのウクライナ侵略が長引いたことで、欧州によるIMECへの関心は高まった。ロシア産天然ガスのEUへの供給が減少し、その代替として湾岸諸国産の液化天然ガス(LNG)に注目するためだ」

    IMECが完成すれば、中ロは欧州や湾岸諸国との経済的な結びつきが弱体化する。外交面でも弱点を抱えることになる。

    (3)「中東との距離感は複雑だ。インド側には「UAEやサウジアラビアなどが進める経済開発にインドも一枚かみたい」(印シンクタンクORFのカビール・タネジャ氏)という考えがある。一方、トルコ政府の視線は冷たい。トルコは、欧州とアジア間の物資輸送で中心的な役割を果たしてきたとの自負があり、IMECを脅威とみなす。エルドアン大統領は「トルコ抜きの回廊はありえない」と述べた。スエズ運河の通航料で外貨を稼ぐエジプトも心穏やかではない。欧州とインドが運河への依存度を減らせば、エジプトの財政状況には大きな打撃になるからだ。思惑の不一致や主導権争いはプロジェクトの遅延などを誘発する要素になる」

    IMEC構想では、トルコとエジプトの利益が損なわれる問題が出てくる。この二国への経済的配慮が必要になろう。

    (4)「IMECの最大の問題は資金調達だ。当初の試算では輸送回廊の各ルートの費用は30億ドル(約4700億円)〜80億ドルになるとされているが、さらに膨らむとの指摘がある。中国が単独で資金調達と監督を行う一帯一路とは異なり、国境を越えた多様な国家や企業の協力が必要で、それゆえに大きなリスクを伴う。インド経済に詳しい国際貿易投資研究所の野口直良専務理事は、「民間投資の誘致を呼び込むためにも、開発銀行など国際的な金融機関の参加が欠かせない。日本も経済安全保障上のインフラとして活用の機会を探るべきだ」と指摘する」

    IMECの資金は、30億ドル(約4700億円)〜80億ドル(約1兆2500億円)程度だ。その気になれば、簡単に捻出可能な規模である。それだけ、工事も簡単という意味だ。





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    次期米大統領トランプ氏が、デンマーク領グリーンランド獲得に意欲を見せている。同地域が、安全保障や経済面での要衝となりつつあるからだ。周辺海域は、温暖化で氷が解け船舶の運航が急増する。レアアース(希土類)など、豊富な地下資源も近年明らかになった。北極圏への進出を強める中国とロシアをけん制する狙いもある。

    だが、グリーンランドはデンマーク領である。他国領土を公然と「獲得」するという発言は、ロシアのプーチン氏のウクライナ侵攻や中国習近平氏の「台湾侵攻論」と異なるところがない。領土拡張は、19世紀的な発想である。トランプ氏が、この19世紀的「事大主義」に取り憑かれていることは、ウクライナや台湾の問題解決でいかなる対応をするのか懸念を深めざるを得ない。

    『日本経済新聞 電子版』(1月9日付)は、「トランプ氏、グリーンランドになぜ執着 安保要衝に触手」と題する記事を掲載した。

    北極圏のグリーンランドは中国やロシアと覇権を争う地政学的な要衝になりつつある。気候変動で水面温度が上昇し、冬場の海氷域が縮小。開通期間が延びた北極海航路の活用が加速している。

    (1)「アイスランドの北極圏海洋環境保護作業部会(PAME)によると、北極海周辺を往来する船舶数は23年に13年比で37%増加した。地域の制海権は経済・軍事的な重要性を増す。中ロと米国の中間地点に位置する北極圏では近年、ロシアが軍事基地を新設し、中国がアイスランドなどに研究所を構えた。24年には、中ロの海上警備機関が合同で北太平洋で監視活動をしたり、北極海を中国海警局の船が初めて航行したりするなど、地域への進出を強めている。米国は敵対国がグリーンランドを支配しないよう、デンマークと安全保障協定を結んでおり、グリーンランドに米宇宙軍基地を置いている」

    北極圏が、安全保障上の重要地域になってきたことは事実だ。中ロが、頻りと動きを強めている。米国は、こういう事情から他国領のグリーンランドを手に入れようという「単純な行動」が許されるはずがない。乱暴な「上から目線」の振舞が、成功するはずもないからだ。

    (2)「グリーンランドは、欧州と北米大陸の間に位置する世界最大の島。面積は約217万平方キロメートルと日本の国土の約6倍に及ぶ。大部分は北極圏に位置し、面積の85%が氷に覆われている。居住可能地域は東部や南西部の沿岸にある全体の15%にすぎない。人口は、約5万7000人で、そのうち2万人弱は首都にあたる政庁所在地のヌークに住んでいる。4年に1度開かれる自治政府議会選挙が今年予定される。世界銀行によると23年の域内総生産は約32億ドル(約5000億円)と中米ベリーズの国内総生産(GDP、約30億ドル)と同程度だ」

    グリーンランドは、GDP約32億ドル程度である。米国が、中ロの接近を監視する必要はあるとしても、乱暴な振舞をしていい訳でない。

    (3)「資源開発を巡っても地域の注目度は増す。デンマーク・グリーンランド地質調査所(GEUS)は、グリーンランドにはチタンやバナジウムなど脱炭素社会に必要な資源が集中している可能性があるとの報告書を23年にまとめた。英ロンドン大ロイヤル・ホロウェイ校教授のクラウス・ドッズ氏は米CNNの取材に対し、トランプ氏らが「中国が(レアアースなどを)独占しているように見える状況を強く懸念しているのは疑いの余地がない」と指摘する」

    グリーンランドは、米国とEUが共同でアプローチするという丁寧さが求められる。米国は、EUの存在を忘れた行動をしないことだ。

    (4)「米国は、過去にも買収を画策してきた経緯がある。1860年代のアンドリュー・ジョンソン大統領の時代、アラスカ買収に続いてグリーンランドの取得にも動いた。第2次世界大戦直後にはトルーマン大統領が購入を提案した。米メディアによると当時の1億ドルでデンマークに買収を打診したが拒否されている。2025年時点では約20億ドルに相当する額だ。「売り物でないし、これからも決して売り物にならない」。グリーンランド自治政府のエーエデ首相は、米国の獲得意欲に反発する。デンマークのフレデリクセン首相も、米国との協力関係は重視するとしつつも「グリーンランドはグリーンランドの人のもの」との立場を示す」

    米国が、自由主義国の旗手たらんとするならば、中ロと同じ振舞は厳禁である。トランプ「2.0」は発足前から騒々しくなっている。

    (5)「トランプ氏が24年12月22日にグリーンランド購入は「絶対に必要」と発言。同月24日にデンマーク政府はグリーンランドの防衛費を拡大すると発表した。トランプ氏が1期目に買収意欲を示した際、当時のデンマークの首相が「ばかげた議論」と一蹴し、両国の関係が一時悪化する展開となった。デンマークやグリーンランドは、トランプ氏の獲得構想に反発しており、現時点での実現性は高くないとみられる。前嶋教授は、「トランプ氏は現実的に購入を想定しているのではなく、自身の言動を通じて北大西洋条約機構(NATO)加盟国に軍事費負担上積みを求め、中国へのけん制を強めようとする意図がある」とみる」

    トランプ氏が、グリーンランドに対して取っている行動は、NATOや中国への影響力誇示を狙ったものという解釈が出ている。常識的に考えれば、こういう線であろう。


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