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米中貿易戦争の勃発は、中国経済にとって大きな痛手のはずである。ようやく、デレバレッジ(債務削減)に取りかかったところで、米国の関税引上げという強烈な一発をあびたからだ。さらに悪いことに、「徹底抗戦」などと言わなくてもいいことまで発言して、米国を刺激した。問題の発端は、中国のWTO(世界貿易機関)のルール違反であるから、中国は慎重に対応すべきであったのだ。

 

最早、賽(さい)は投げられた。中国は、米国の関税引上げによる打撃を内需でどれだけカバーするかである。内需と言っても個人消費は低下傾向にある。そうなると、インフラ投資という中国の十八番の出番である。インフラ投資はこれまで、GDPの40%以上を占める最大の需要項目だ。この資金の多くが債務で賄われてきた経緯から見て、さらなる債務拡大が避けられなくなっている。この結果、中国経済に何が起こるかである。

 

それは、「限界資本係数」の上昇という望ましからぬ事態を招くことである。限界資本係数とは、GDP1単位を生み出す投入資本の単位である。少ない投入資本で多いGDPを産み出せれば効率の高い経済といえるが、中国は多額の投入資本を必要としている。自動車で言えば「燃費」が悪いクルマである。この燃費の悪いクルマが、今回の貿易戦争を凌ぐため、さらにガソリン(資本)を食う状態になった。病状の悪化である。

 

中国の限界資本係数は、2009年~11年当時で5.0である。他国は、2~3近辺であるから極めて非効率な経済である。それが、2015年には6.8にも跳ね上がっている。つまり、投資効率が悪化状態に陥っている。リターンを生まないインフラ投資を拡大していることの必然的な結果だ。

 

中国は、よく資金が豊富だという。「一帯一路」で各国へ資金を貸し付けていることを見てそう言われているのだ。それは、間違いである。本来の対外直接投資資金は、経常収支の黒字で賄うべきもの。それを計る尺度が、対GDPの経常収支黒字比率である。中国は今、これが急速に低下している。今年は、1%を割る懸念が強い。その背景にあるのが、先の限界資本係数の上昇だ。非効率経済ゆえに、対GDPの経常収支黒字比率を引下げている。対外直接投資を自前の経常収支黒字で賄えない状態である。だから、中国は「一帯一路」で日本へ資金的な協力を求めてきたのである。中国は、決して資金豊富な国ではない。

 

やや、小難しい話をしてきたので、整理しておきたい。

 

 

今回の貿易戦争に突入する以前に、中国は「借金漬け経済」に陥っていた。それが、さらに借金を重ねざるを得ないので一層、「限界資本係数」が跳ね上がって危険な状態になる。それが、対GDPの経常収支黒字比率を押し下げ、対外直接投資に余裕を失せるだろう。ここまで追い込まれた中国経済に輝きなど残っているはずがない。要するに、中国経済の危機は一段と進行するだろうと見るのだ。

 

習近平氏は国家主席へ就任後、4年間の政府活動報告で「市場経済重視」姿勢を見せていた。今年の活動報告では、なぜかそれが消えている。政府関係者は、書き忘れたと弁解している

と言うが、年一回の政府活動報告でそのような事態は考えられない。明らかに意図的な抹殺行為である。

 

中国政府は、市場機能について書き忘れたとすれば、これに対する認識が急速に低下してきたことを裏付けている。中国の現状が、市場機構によって解決できる段階を超えており、権力で強制的に整理しなければならない段階を意味するのかも知れない。「モラトリアム」状況に立ち至っている証拠である。確かに、市場経済機能に任せていたら、中国の不動産バブルはここまで悪化することもなかったであろう。政府の意図的なさじ加減の結果、現在まで延命しているが、それだけ、内部矛楯=債務拡大=限界資本係数上昇=対GDPの経常収支黒字比率低下をもたらしたのである。

 

習氏は、市場経済機能を蛇蝎のように嫌っている。中国政府の意向通りに管理できないからだろう。逆に言えば、市場経済機能を生かしていれば、ここまで債務が過剰状態になることはなかったはずだ。習氏は、中国経済を自らの権力維持に利用できるようにコントロールしたいだけであろう。そういう恣意的な経済運営方針が、今日の危機を招いた背景である。

 

マルクス用語では、「全般的危機の深化」という言葉を使う。これは、資本主義経済批判に向けられものだ。皮肉にも、現代のマルクス経済の「殿堂」中国が、この状態に落込んでいる。過剰債務の処理以外、中国経済を回生させる道はない。ただ、それがもたらす政治的危機=共産党危機を恐れて微温的な対症療法で逃げており、病状はさらに進んでいる。