10月30日、韓国大法院(最高裁判所)の下した日韓徴用工判決は、パンドラの箱を開けることになった。1965年、日韓国交正常化の前提である日韓請求権協定が、個人請求権を認めたこと。請求権には時効(10年)を認めないなど、遺族は永久に請求権行使が可能になった。対象者は14万9000人。今回の判決で一人1000万円が認められた。
韓国政府は、この判決で極めて困難な立場に追い込まれた。文大統領は、昨年8月に今回の大法院判決を導くような、「個人請求権容認説」を唱えていた。韓国司法は、時の大統領の意向を忖度する判決を下すことで知られている。文氏が、それを熟知して「誘導発言」したとすれば、なんと無知な発言をしたかと思われる。
韓国政府は今回の判決で、日本企業に判決履行を迫れない立場にある。日韓請求権協定で、「個人の請求権は存在しない」と認め、韓国政府が一括して受領する立場を明らかにしているからだ。それに応じて、日本政府は「無償3億ドル+有償2億ドルの供与・貸付」で決着した。韓国大法院は、この日韓請求権協定自身を認めない判決を下したのだ。
文氏が昨年8月、日本企業と日本政府を虐めてやれ、というレベルの認識に基づく発言であったならば、余りにも浅薄であったと言うほかない。1965年以降の日韓関係の土台になってきた政府間協定は、今になって無効という判決が出たのだ。その「導火線」が「文発言」にあった印象が強い。文氏の責任は極めて重い。
『朝鮮日報』(10月31日付)は、「強制徴用、被害者14万人中962人が訴訟、今後続々勝訴の可能性も」と題する記事を掲載した。
(1)「強制徴用問題で訴訟を提起できる人は少なくとも14万人と推定される。国務総理室(首相室)の「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会」が実態調査で把握した被害者は14万8961人だ。うち生存者は約5000人だが、損害賠償対象は本人に限られず、遺族も訴訟を起こすことができる」
請求権に時効がなく、遺族が請求できる。だから「1000万円の判決」に勇気を得て、「100年裁判」が始る可能性も出てきた。
(2)「韓国政府の調査によると、日帝強制占領期の強制徴用で動員された韓半島(朝鮮半島)の労働者を雇用した日本企業は299社ある。当時の三大財閥である三菱、三井、住友の系列企業をはじめ、日産など自動車メーカー、カネボウ化粧品(旧鐘紡)、キリンビール、パナソニック(旧松下電器産業)なども含まれる。韓国に事業体を持つ企業も多い。国税庁によると、韓国に進出している日本企業は395社で米国(420社)に次ぐ。投資総額は891億円だ。強制徴用に関連する299社と直接的、間接的に関係する企業が多数含まれており、大法院の判決による動揺は避けられない。損害賠償請求訴訟などの民事訴訟は原告の一方的な提訴で始まる」
韓国に進出している日本企業は395社ある。徴用に関連する299社と直接的、間接的に関係する企業が多数含まれている。これら日本企業は、原告の一方的な提訴で被告の立場に身を置く。日本政府は国際司法裁判所へ提訴する方針である。その間の裁判は停止となろう。
(3)「被害者は損害賠償を受ける権利を確保したが、実際に賠償を受ける道のりは遠い。新日鉄住金が自発的に賠償を行わない限り、裁判所を通じ、新日鉄住金の資産を差し押さえなければならない。しかし、日本国内の資産差し押さえは不可能だ。過去に日本の裁判所が「新日鉄住金は賠償責任がない」と判断しているからだ。結局、韓国国内にある資産が差し押さえ対象になる。新日鉄住金はポスコの株式3.32%(289万4603株)を保有している。30日現在で時価7550億ウォン(約748億円)相当だ。ところが、米国の銀行が中間に介在する米国預託証券(ADR)であるため、差し押さえには米国の裁判所による承認が必要となる」
(4)「ソウル大法学専門大学院の石光現(ソク・グァンヒョン)教授は、『米国の裁判所が『賠償責任あり』とする韓国の判決と『賠償責任なし』とする日本の判決のいずれを受け入れるかにかかっている』と指摘した。国民大日本学科の李元徳(イ・ウォンドク)教授は、『強制執行など極端な措置に出ることは、歴史戦争を布告するに等しい。政府も政治的合意で問題を解決するのではないか』と予想した」
関連日本企業は、韓国に所有する資産が差し押さえされる対象になる。ただ、米国の法律の絡む場合は、米国裁判所が韓国大法院判決か日本の最高裁判決のいずれかの判決を採用する。すぐに、大法院判決が執行されるわけでない。
(5)「大法院は損害賠償請求権の時効(最長10年)も認めなかった。大法院は「被害者はこれまで権利を行使できると考えられない状況だった」とした。韓国外国語大法学専門大学院の李長熙(イ・ジャンヒ)教授は「いくらでも過去にさかのぼり、賠償請求問題を争えるという趣旨だ」と述べた。時効を認めなかったことで、損害賠償は「強制徴用」にとどまらない可能性がある」
今回の大法院判決が、時効を認めなかったので徴用工以外にも適用される道が開かれた。そうなると、日韓併合時代の全事件が提訴の対象になりうる。まさに、「パンドラの箱」である。日韓は、1910年の日韓併合以来の問題で対峙する立場に変わる。歴史の彼方に消えた問題が、現実問題として日韓で争われるのだ。文氏はそれが楽しみなのか。「未来志向」でなく「過去志向」である。