北朝鮮の最高指導者・金正恩氏の健康不安説がにわかに高まっている。脳死説も有力である。次期政権が固まらない限り、正恩氏の脳死発表はないであろう。注目の次期指導者は、実妹の金与正(キム・ヨジョン)氏との見方が強い。
与正氏については、正恩氏が後継者として指名していたという報道がある。「昨年10月、金正恩が白頭山(ペクドゥサン)を訪問した際、随行した幹部に『私の後継者は金与正同志』と話した」(『中央日報』2020年2月21日付)というのである。正恩氏は、体重130キロでタバコと酒を非常に好み、持病の心臓病を悪化させていた。それだけに、後継問題を意識していたのであろう。
『フィナンシャル・タイムズ』(4月27日付)は、「金正恩氏健康不安説、妹が後継有力に浮上」と題する記事を掲載した。
北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)委員長が国家的な祝賀イベントに姿を現さず、健康不安の臆測が飛び交うなかで、妹の金与正氏に世界の注目が集まっている。
(1)「与正氏(32)は故金正日(キム・ジョンイル)総書記の娘。正日氏は生前、その聡明(そうめい)さをたたえ、かわいがっていた。北朝鮮政治の専門家、マイケル・マッデン氏によると、与正氏は十代の頃から、北朝鮮のプロパガンダ(宣伝)を仕切る金己男(キム・ギナム)氏から帝王学を教え込まれた。「彼女は北朝鮮政治について特別講義を受けている」とマッデン氏は本紙フィナンシャル・タイムズ(FT)に語った。さらに、与正氏は重要な会議に出席者や主催者として定期的に立ち会っており、彼女と会った中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席も感心させてきたと指摘する。「この状況で登場するのは彼女以外にはいない」とマッデン氏は言う」
下線部のように、与正氏は10代の頃から指導者教育を受けてきたとされる。兄弟の中では、子どもの時から政治に対する興味を一番持っていた。冒頭に挙げたように、正恩氏が、次期指導者として指名したのも唐突に思えないのだ。
(2)「与正氏が一躍有名になったのは2018年。同年にソウルで開かれた冬季オリンピックに出席した時のことだ。朝鮮戦争以降、北朝鮮の金一族の一員として初の韓国訪問に注目が集まった。舞台裏では、与正氏は与党・朝鮮労働党内で次第に重要な役割を担いつつ、トランプ米大統領とのやり取りを含め、兄を支え続けているとの見方が有力だ。北朝鮮のプロパガンダ担当者たちが、革命を率いた建国の父で、神格化された故金日成(キム・イルソン)主席の直系の血族である与正氏の正統性を強固にしていると専門家は指摘する」
与正氏の存在が、西側に知られたきっかけは2018年の韓国平昌での冬季オリンピック開会式に出席した時である。北朝鮮の「露払い」役を担い、その後の南北首脳会談への道を開いた。父・正日からその政治センスを見込まれていたとされる与正氏だけに、後継役を果たす力量はあるのであろう。
(3)「北朝鮮のテレビが昨年、聖地とされる白頭山で、二重あごで赤ら顔の正恩氏が白馬に乗った姿を映し出した時、目ざとい北朝鮮ウオッチャーは、その傍らにいた妹に注目した。与正氏は兄と並んで馬に乗り、その馬の馬具には正恩氏が乗る馬と同じ記章が輝いていたからだ。元米政府北朝鮮アナリストのレイチェル・リー氏は、「平均的な北朝鮮庶民からみれば、それは明らかに、彼女が特別な人間で、『白頭山血統』に属することを示している」と言う。米中央情報局(CIA)の元アナリスト、ブルース・クリングナー氏は、北朝鮮には儒教文化の厳しい家父長制の伝統があるため、女性が北朝鮮で支配者になる可能性はないと「広く考えられてきた」が、与正氏は近年、権力を手に入れてきたという」
儒教の血統社会では、与正氏は女性であっても「金ファミリー」として特別の存在に違いない。
(4)「北朝鮮および中国の政府関係者と直接接触するある人物は、与正氏がひとりで国を支配する可能性は低く、正恩氏が死亡した場合は、その後を継ぐ集団指導体制の一員となる可能性が高いと匿名を条件に語った。正恩氏が11年に権力を握った時、北朝鮮ウオッチャーは体制崩壊に身構えた。急な権力継承であり、政治的な権威と一族の正統性が不足している可能性を考えたためだ。与正氏についても同様の見方が出ている。「彼女は序列トップに立てる唯一の人物だ。だが、その実現には、何らかの集団指導体制の確立が前提となる」と前述の人物はFTに語った。専門家の間では、与正氏が帆船の船首像のように国の象徴的な役割を果たす可能性はあるものの、習氏が独裁的な地位を固める前の中国と同様に、「党」を中心にした権力構造になるとの見方が多い」
与正氏が序列トップになるにせよ、集団指導体制が取られるという。
(5)「このような状況下では、正日氏の長年の盟友で、最近北朝鮮軍の統率を任された有力者の崔竜海(チェ・リョンヘ)氏が摂政役として実権を握る可能性もあるとみる向きもある。正日氏の異母弟で65歳の金平一(キム・ピョンイル)氏も注目されている。日成氏の息子で唯一存命の平一氏は、「敬愛する指導者」と称される正日氏との権力闘争に敗れた後、昨年平壌(ピョンヤン)に戻るまで40年にわたり、欧州各地で大使職を務めた」
金ファミリーとそれに仕えた忠実な「番頭」らが、次期集団指導体制を組むという見方だ。いずれにしても間もなく、正恩氏の健康問題と次期指導者は、誰かが明らかにされよう。