上場企業の発表する決算報告書は、あとから有価証券報告書として監査意見も発表される。現在、話題になっている中国恒大の場合、監査報告書には何らの「注釈」も付かず、経営問題はないとされていた。現実には、大変な事態が持ち上がっていた。悪い兆候を見逃したのか。全くそれもなかったのか。注目されるところだ。
恒大の取締役会は1~6月期(上半期)の決算報告書で、短期債務を返済する能力や継続企業として存続する能力について懸念を表明していたという。こうなると恒大の経営危機は、会計事務所の会計監査時点では大丈夫でも、上半期を過ぎてから悪化していたことが明らかになったのか。これから、話題になりそうだ。
米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(9月25日付)は、「中国恒大の会計監査、出されなかった『警告』」と題する記事を掲載した。
(1)「昨年、中国の不動産開発大手、中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)の株式や債券価格が乱高下し、同社は新型コロナウイルス流行下でも売り上げを伸ばすために物件の大幅な値引き販売に踏み出していた。一方、政府は同社の過剰な借り入れに懸念を示していた。それでも、監査法人は恒大が今年の春に公表した2020年の決算報告書にお墨付きを与えていた」
私は若い頃、東洋経済記者で『会社四季報』記事も書いていた。その経験から言えば、市場で悪い噂の出ている企業については、同業の評価も聞いて執筆するものだ。それに、社内に過去、同一企業を担当した記者が何人もいるから、甘い記事を書くとすぐにチェックされる。東洋経済編集局は、こういう無形システムが連綿として続いている。
恒大のような巨大企業の監査ではチームで行うはずだ。参加した公認会計士が全員、同じ判断をしていたとすれば、それなりの根拠があったのであろう。いずれ、監査企業から説明があるだろう。
(2)「恒大は現在、総額3000億ドル(約33兆円)を超える債務を抱え、経営破綻の危機に直面している。中国政府は地元当局に対し、恒大が破綻した場合に備えるよう指示している。監査を担当した大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)の香港事務所は恒大の昨年の財務諸表を承認した際、いわゆるゴーイングコンサーン(継続企業)注記を記載しなかった。それが記載されれば、当該企業が少なくとも12カ月間存続できる能力について、監査法人が疑問視していることを示す警告となる。PwCはコメントを控えた。恒大はコメントの要請に応じていない」
監査報告では、問題があれば「注記」を記載することになっている。恒大の最新監査報告書にはそれがなかったという。
(3)「恒大は野心的な拡大戦略を追求するため、借り入れを膨らませた。中国当局は昨年、不動産開発業者の債務膨張を抑制する措置として「3つのレッドライン」を導入したが、恒大はこの基準を満たすことができずにいる。恒大にとって最も差し迫った財務上の問題は、短期債務の返済だ。直近の決算資料によると、サプライヤーへの支払いなどを除く、銀行などからの借り入れが885億ドルあり、このうち約42%が1年以内に返済期限を迎える」
中国人民銀行(中央銀行)は昨年8月、大手不動産会社に対して負債比率など守るべき財務指針「3つのレッドライン」を設けた。
「総資産に対する負債(前受け金を除く)の比率が70%以下」
「自己資本に対する負債比率が100%以下」
「短期負債を上回る現金を保有していること」
不動産会社は守れなかった指針の数に応じて銀行からの借り入れ規模などが制限される仕組みであった。恒大は、前記の3項目中2項目がパスしなかったという。会計事務所が、この事実にいつ気付いたかである。
(4)「恒大は昨年の秋、資金繰りの行き詰まりを回避し、今年6月には、債務返済ができなかったことは過去に一度もないと表明していた。しかしながら、恒大の取締役会は1~6月期(上半期)の決算報告書で、短期債務を返済する能力や継続企業として存続する能力について懸念を表明していた。監査を受けていないこの報告書は、恒大が財務上の問題を明確に認識していたことを示している」
恒大は、中国不動産開発企業第2位の企業である。その「ブランド」で金融機関から資金を借入れていたのだろう。一方では、グッチや家電などの景品を付けて「理財商品」(利息7~12%)を売って資金集めをしていたことも判明している。資金調達で相当に苦しんでいた事実が、会計事務所に把握できなかったのだろうか。恒大の取締役会の上半期の決算報告書では、短期債務を返済する能力や継続企業として存続する能力について懸念を表明していたのだ。
(5)「米国や香港の会計基準に基づくと、恒大の財務状況に関する懸念は、20年の決算報告書でゴーイングコンサーンの注記を記載するほど大きくはなかったかもしれない。専門家によると、注記の記載に関するハードルは高く、こうした警告が示される前に企業が倒産や事業再編に至るケースは多い。米国会計基準では、ゴーイングコンサーン注記が必要かどうかの判断は、まず会社の経営陣が行う。その後、監査法人が別個に評価を行い、経営陣が同意しない場合でも警告を出すことができる」
香港の会計基準と米国の会計基準では、「注記」の出し方が異なるという。米国式では厳しいが、香港式ではそうでもないのかも知れない。いずれにしても、一件落着後に会計事務所の説明があるだろう。