韓国社会は、進歩派(民族主義)、保守派(自由主義)、中立派がそれぞれ4:4:2の割合で世論を形成している。選挙では、この2割の中立派を味方に引入れた方が勝利を収めるというのである。具体的には、55%対35%の世論調査結果が出れば、大勢が決するとされている。つまり、55%の支持率を収めた側の勝利が確実というのである。
こういう状況を眺めると、韓国は二大政党制のような趣だが、互いに対立派を感情的に攻撃するという「醜さ」を見せている。現在、来年3月の大統領選挙をめぐって、激しい感情的な争いを始めている。出所不明のような「怪情報」を取り上げて攻撃する一方、立派な刑事事件になる情報が報じられているにもかかわらず、与党候補者に関わる問題だけに検察が真剣に捜査を取り組まない。こういった雑音が、激しくなっている。
韓国特有の「敵・味方論」にたった批判・攻撃がされている中で、保守派を一方的に切りつける寄稿が登場した。いかにも韓国的な相手を一方的に批判しまくる内容である。
『ハンギョレ新聞』(10月30日付)は、「メルケル時代の16年と大韓民国の政治」と題する寄稿を掲載した。筆者は、キム・ヌリ韓国・中央大学独語独文学科教授である。
ドイツでは今、「アンゲラ・メルケルの時代」が終わりつつある。メルケル首相の16年間を振り返ると、何かと大韓民国の政治が重なって見える。メルケル首相の政治が韓国政治に示唆するものとは何か。
(1)「ドイツは過去72年間、キリスト教民主同盟の成長重視政策と社民党の分配志向政策が周期的に交代してきたことで、成長と分配が理想的にバランスを成す安定した福祉国家として発展してきたのだ。韓国は、ドイツとはあまりにも違う。大韓民国が今、世界で最も不平等な国の一つとなっているのは、まさに進歩と保守の競争と交代という成熟した民主国家の基本的な政治地形を持てなかったからだ。韓国の政治地形は、世界で類を見ないほど極端に右傾化している。保守をせん称する守旧、進歩を装う保守が互いに寡頭支配する政治地形こそ、韓国の真の姿だ。こうした「守旧-保守オリガーキー(寡頭政治)」によって、私たちは「社会的地獄」に向かって突き進んでいるのだ」
このパラグラフは、目を覆いたくなるほど公平さを欠いている。筆者は、与党「共に民主党」支持者のようだが、学者として中立の立場で判断しなければならない。ドイツが、保守政権と革新政権がバランス良く続いているのは、ドイツ国民が二度とヒトラー時代へ戻してはいけないという信念からだ。だから,特定政党へ絶対多数の議席を与えず、連立政権にさせている。先ず、こういう政治的背景を理解すべきである。
韓国の進歩派は、欧米の進歩派と違って民族派であり、南北統一を目指している。それゆえ、北朝鮮へ接近する立場から共産主義に対して極めて寛容である。南北統一を実現するためには、あらゆる犠牲を払っても良いというニュアンスさえ感じられるのだ。文政権の行動は、まさにそれを象徴している。北朝鮮の軍拡に対しても、ひたすら沈黙しており韓国の国益を著しく損ねている。この対北朝鮮政策の延長で、中国に対しても平身低頭の外交姿勢だ。米韓同盟を結びながら、米韓には隙間風が吹いているのが現実である。
(2)「アンゲラ・メルケルの政治は、保守政治の本質について考えさせる。保守とは何か。保守主義とは、何よりも個人を共同体よりも優先する自由主義とは異なり、個人よりも共同体を重視する政治理念だ。だから保守主義は、共同体の原型である民族を重視し、共同体の過去である歴史を重視し、共同体の生活様式である文化を重視するのだ。メルケル首相が「社会的市場経済」の路線を堅持し、ドイツ統一の意味を大切にし、過去の清算と難民受け入れの政策を展開してきたことは、保守の肯定的な姿と符合する。こうした合理的保守主義がドイツを「尊敬に値する国」、メルケルを「信頼に値する指導者」にしたのだ」
ここで、筆者は保守主義にの本質について誤解している。保守主義とは、既存の価値・制度・信条を根本的に覆そうとする理論体系が表われた時に、これに対抗するイデオロギーである。欧州で言えば、市場経済をぶち壊そうとする共産主義には敢然として対抗するのだ。欧州に、めぼしい共産主義政党が存在しない理由であろう。市場経済の基本は、市民社会である。その基盤は、市民革命である。こういう欧州の歴史と伝統を考えれば、欧州の保守と革新と言っても紙一重の差にしかならない。ドイツでも、連立政権を組める基盤がある。
(3)「韓国はどうか。韓国で自らを「保守」と称する人々を見てみよう。彼らは共同体を語れば「アカ」と攻撃し、民族を語れば「容共」と非難し、歴史を語れば逃げたり歪曲したりし、文化を語れば垣根を作って生きている人々だ。韓国政治の悲劇は、このように良い保守がいないというところにある。いまや韓国政治もメルケル首相から学ぶところがなければならない」
韓国は、宗族社会の遺制を色濃く持っている社会だ。政治上でも、反対派には「敵・味方」論で厳しく対抗して妥協せず、最後まで排斥する。特に、この傾向は進歩派の「共に民主党」に顕著である。文政権は、朴政権に連なった高官をことごとく検察の手に委ねて厳罰を要求した。自殺者が,20名も出たとされている。韓国進歩派は、こういう報復政治を行いない、進歩派政権を20年間継続させる野心を抱いてきた。これに合せて検察制度を変革し、文大統領は引退後に検察の手が回らないように手を打っているのだ。
韓国保守派が、言われるように「箸にも棒にもかからない」とすれば、進歩派も同様にあくどい振る舞いをしていることに気付くべきである。そうすれば,初めて筆者の「大学教授」の肩書が生きるであろう。
反日も、韓国ではこういう論調で切り捨てられている。日本が、一方的に悪いという位置づけだ。韓国は一度、台湾と共同のディスカッションをした方が良いだろう。タイトルは、「日本植民地時代の朝鮮と台湾」である。ぜひ,実行して欲しいものである。